【完結】ハリー・ポッターとラストレッドショルダー   作:鹿狼

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予め言わなくてはならない事がある。
大 変 な 事 に な る と 。


第三十九話 「冷獄」

猛烈な吹雪によって閉ざされる視界、その中を一人孤独に歩く。

このような悪天候の中では歩くのも精一杯、だからだろう、出歩く者は俺一人しか居ない。

ダンスパーティーを終えた俺は、残り僅かなクリスマス休暇を使いノクターン横丁を訪れていた。

 

ノクターン横丁、つまり目的は武器洗浄(ロンダリング)の店である。

別にイースター休暇の時に行っても良かったのだが、それでは少し不安要素が残ってしまう。

だからギリギリになってでも訪れる事にしたのだ。

 

しかしその店の前を通り過ぎてしまい、俺がその店に入る事は無い。

いや、今入る事はできない。

何故なら、俺は何者かに追跡されているからだ。

 

気付いたのはついさっきの事、体の内側まで舐め回すような視線を感じ取ったからだ。

だがどれだけ周りを探っても、そいつが出てくる気配はない。

しかし何かが居るのは確か、その何かから俺は逃げている。

 

追跡者の正体、それは多少察しはつく。

死喰い人か、もしくはその手先か。

どちらにせよ、俺を殺すために来たのだろう。

 

考えられる理由としては、俺がヴォルデモートに対し不利益な行動ばかりを取っている事。

それを恨んだ誰かが、俺を殺すためにゴブレットに名前を入れた。

そして殺す可能性を上げる為に、わざわざ暗殺者まで差し向けた…といった所か?

 

だが何にせよ、何の目的にせよ、俺を狙っているのは確かだ。

そいつを見付だし、対処しなければならない。

だがどれだけ気配を探れど、そいつは影も形も無い。

何かの呪文か、もしくは相当の手練れか…

 

…勝負を掛けた方が良いかもしれない、このままではらちが空かない。

そう考えた俺は不意に、一気に走り出した!

要り組んだノクターン横丁、その路地を次々と潜り抜けて行く!

 

これで撒く事ができればそれが理想的、できなければ―――

 

「…!」

 

できなければ仕留められる!

連続する路地裏から突然に開けた道へ出る!

賭けに等しいが、俺の逃走にヤツが付けて来てるとしたら。

見逃さんと全力で追跡をする余り、この通りに飛び出てしまう筈だ!

 

そして俺は、この通りの中に追跡者の気配をひしひひと感じ取っていた!

作戦通り、ヤツは通りに飛び出ている!

吹雪で視界は閉じたままだが、大雑把な位置が分かればそれでいい!

確信と共に、懐からするりと得物を抜き出す!

 

呪文は使えない。

17歳より下の魔法使いが呪文を使えば、″臭い″に引っ掛かる。

正当防衛の為なら免除されるが、実際に襲われていない以上それは成立しない。

だが、俺の武器は杖だけではない。

いや、むしろこういう時の為にこれを持っているのだ―――!

 

乾いた撃鉄と、鋭い破裂音が雪の中に響く。

ブラックホークの凶弾が吹雪を貫いた。

 

「…やったか」

 

銃声を掻き消す吹雪の中、敵の気配が消えて行くのを感じる。

どうやら命中したらしい、銃を構え警戒を保ちながら、姿の見えぬ暗殺者へ近づいて行く。

 

それでもそいつの姿は見当たらない。

だが確かな手応えはあった、ならばすぐ近くに居る筈なのだが。

その付近を探していると、足元からほんの僅かな、小さな音が聞こえてきた。

 

「…虫?」

 

そこに居たのは小さな黄金虫だった、その足は痛々しく千切れ飛んでいる。

…まさかこいつか?

切断面を見てみると、銃弾がかすったような焦げ目が付いている。

つまりこいつが追跡者だったという事か、成る程、このサイズなら気付けなくても無理はない。

 

こいつは″動物もどき″なのだろう、只の虫に追跡なんてできる筈が無い。

取り合えず正体を明らかにするのが先決だ、こいつをどうするかはその後考えればいい。

俺は黄金虫を摘まむ事で、ようやく店の中へ入る事ができたのだ。

 

「いぃっらっしゃ…何です? それ?」

「動物もどきだ、…恐らくな、これの正体を暴いてほしい」

「まぁそのくらぃなら、スペシアリス・レベリオ(化けの皮よ、剥がれろ)

 

俺は呪文を使えないので、店主に頼みこいつの変身を解除する。

すると黄金虫はムクムクと巨大化していき、けばけばしい格好をした女が現れた。

いや、こいつは確か…

 

「リータ・スキータ…ですねぇ」

「…ああ」

 

まさかこいつだったとは、という事は暗殺ではなく俺のゴシップを狙っていたのか?

だとすれば暗殺者より不味かった、14歳の少年が違法武器業者の店に入るのを観られていたらスキャンダルどころでは無い。

この女、俺の予想よりも遥かに危険だったようだ。

 

「…どぉしますぅ? これ」

「…縛っておこう」

 

近くのロープで腕と足をしっかり拘束し、店主の呪文で止血だけしておく。

その後店主はどっかで見たような青緑色の液体を取りだし、それをスキーターに…

 

「ぁ、間違えた」

 

ではなく真っ黒なコールタールの様な液体をスキーターに飲ませる。

すると足の切断面から怒濤の勢いで蒸気が発生した、こいつ何を飲ませたんだ。

 

「…これは?」

「再生促進剤ですよ…さぁ、店の奥へどうぞぉ」

 

切断面が見るに堪えなくなっているスキーターを置いて、俺達は武器庫への階段を下っていった。

久し振りに来てみれば、懐かしい火薬の臭いが俺の鼻を刺激する。

 

「では、ゆぅっくりどうぞ」

 

店主の言われるまま、色々な武器を手に取り試し撃ちをしていく。

それも隠し持てる様な拳銃や手榴弾ではなく、突撃銃等の大型火器ばかりを撃ちまくる。

 

「ぉや? デカブツを買ぅ目処がつぃたんですか?」

「…まあな」

 

それは資金が貯まったからだけではなく、これらの武器を安全に運べる様になったからである。

 

「…………」

「ぉ決まりですね? ではぉ会計…」

 

多めに買ったそれを前に、俺は大型の軍用バッグを取り出す。

明らかに入りきる大きさではないが、銃火器は何の問題も無くその中に吸い込まれていく。

 

「おぉ、″検知不可能拡大呪文″ですか」

 

そうだ、つい最近会得したこの呪文、これによって俺はようやく重火器を持てる様になったのだ。

これで武器を隠し持てる様になり、学校に持ち込む事ができる。

 

何故こんな事までして武器を持ち込むのか。

それはこの異常事態に備える為だ、今のホグワーツの何処かに黒幕が居るのは必然。

にも関わらず、武器となるのが杖と拳銃だけでは余りにも心もとない。

 

だからこそ、これらの武器を学校に持ち込める様にしたのだ。

最も、常に持ち歩く為にはもう一工夫必要だが…

 

『こ、ここは何処ざんすか!?』

「ぁ、起きたみたいですね」

 

バッグに武器を詰め終わった頃、スキーターの悲鳴が聞こえてきた。

地上へ戻るとスキータ―が凄まじい眼光でこちらを睨み付ける。

 

「キ、キリコ・キュービィー! ネタは掴んだざんすよ! こんな違法マグル用品の店に居ることが知られたらどうなるか分かってるざんすね!?」

「…………」

 

手足を縛られ、片足は再生途中だというのにこの言いぐさ、こいつのゴシップに掛ける情熱はどれ程のものなのか…

まあそんな脅しに屈する筈も無いのだが。

 

「…黄金虫」

「!? 何でそれを知って…知って…」

 

驚いた後何処か納得した様な顔を浮かべるスキーター、自分の身に何が起こっていたのか思い出したらしい。

 

「非登録の動物もどき…うわぁ、重罪じゃないですかぁ」

「そ、それがどうしたざんす!? それを密告するならこっちも考えがあるざんす!」

「無駄ですよぉ、私は杖を持っています、忘却呪文を掛けてしまえば真実は水の泡…」

 

唸るスキーター、ヤツにとって今の状況は最悪そのものだ。

折角掴んだスキャンダルも忘却呪文を喰らえば水の泡、それどころか動物もどきだという事を一方的に密告されるだけ。

だからこそこの状況は価値があった、俺はある事を思いついたのだ。

 

「…取引だ」

「は? 取引?」

「…俺の依頼を受けるなら忘却呪文も掛けない、密告もしない」

「それは脅しって言うざんす」

「無論謝礼もする」

 

実際その通りだが、だからといってこの脅しをヤツが拒む事はできない。

恨みつらみの言葉をぶつぶつと綴った後、ようやく口を開いた。

 

「…なんざんす、一体何を言うざんすか!?」

「アラスター・ムーディ、ヤツを見張ってほしい」

「は!?」

 

途中まで俺に一切気付かせないという驚異的な追跡能力、それ程の力ならムーディに気付かれる可能性は低い。

怪しいとは思っていたが決定的な証拠は無かった、だがこいつが協力してくれればそれを掴む事ができるかもしれない。

 

また唸った後、「前金寄越せ」と言い、取引は成立した。

人を利用するのはどうかと思うが、報酬を払っている以上問題は無い。

 

「イースターの日、ここで情報を貰う、それが終わった後残りを渡す」

「まったく、何で私がこんな事を…ブツブツ」

「…それと」

「!? まだ何かあるざんすか!?」

 

こいつの能力から考えて、もしかしたらアレを知っているかもしれない。

役員室に潜りこむなり、他の選手を探るなりしている可能性は高いからだ。

 

「第二の課題、あの騒音は何だ?」

「あれざんすか? マーミッシュ語ざんすよ! もう私は行くざんす!」

「そうか、感謝する」

 

礼を聞く間も無くヤツは店から出て行ってしまった、心境を考えれば当然だが。

しかし思わぬ収穫があった、マーミッシュ語…だったか。

確か図書館で見た覚えがある…がハッキリ言ってうろ覚えだ、しかし正体が分かれば対処のしようはある。

…問題はムーディの秘密を掴めるかどうかだが、それはヤツの能力を信じるしかないのだろう。

 

 

*

 

 

試合当日、気温は8度以下という極寒、天候は稲光を伴った曇り、昨日の夕方は晴れていたのだが、生憎の天候である。

しかし舞台は水中、嵐が来ようが関係ないのはある意味救いだった。

そう、第二の課題は水中戦だったのだ。

 

あの後マーミッシュ語について調べ直した所、それは水中でしか聞き取れない言語だと分かった。

なので必要の部屋を使い、風呂の部屋を呼び出して貰った。

そして卵と共に水中に入りそれを開いてみると、美しい歌が聞こえてきたのだ。

 

探しにおいで、声を頼りに。

地上じゃ歌は、歌えない。

探しながらも、考えよう。

我らが捕らえし、大切なもの。

探す時間は、一時間。

取り返すべき、大切なもの。

一時間後のその後は、もはや望みはありえない。

遅すぎたなら、そのものは、もはや二度とは戻らない。

 

この歌の意味は大体こんな所だろう。

水中人の歌を頼りに、何か大切なモノを探し出す、水中人の歌が聞こえるのだから舞台は当然水中。

会場を創り上げるとも考えにくいので場所は恐らくホグワーツ湖、制限時間は一時間、という事だ。

 

大切なモノが何かは分からないが、そこは実際見てみなければ分からない。

問題は場所が水中、それも真冬の湖だという点だ。

しかも長時間潜る事になるのは必須、冬の湖で最長一時間潜り続ける、それが何を意味するかは考えるまでも無い。

溺死、凍死、水圧による圧死、死亡要因は山ほどある。

 

その脅威への対策は当然考えてある、と言っても無難な物になってしまったが。

最初は第一の課題同様ATで挑もうと考えた、その第一候補はマーシィドッグ。

思いついた後数秒で却下になった憐れなATだ、何故ならこいつは″水中戦″用では無く浮き袋を使った″水上戦″用だったからだ。

湖の中を探すのに水上を軽やかに走るAT,道化も良い所だ。

 

次に浮かんだのはダイビングビートル、こいつなら水中戦も対応できる。

が、これも一瞬で却下となった。

何故か、単純である、俺が覚えている設計図はドッグ系しかないのだ。

…というか、乗ったかどうかさえも定かでない物を覚えている筈が無かった。

 

結果無難な選択肢として顔を泡で包み、呼吸を可能とする″泡頭呪文″。

体温低下を防ぐ″耐寒呪文″を使う事にした。

水圧に関しては軍に居た頃に潜水訓練を受けていたので問題は無い、水中を泳ぐのも同様だ、必要になった時の高速移動も考えてある。

 

残る二か月間その呪文を全力で練習し続け、迎えた試合当日、予想通り場所はホグワーツ湖であった。

水着姿となった選手たちは既に準備運動をしながら試合開始の時を待つ。

クラムとセドリック、俺はランニングシャツに競泳用のパンツ、デクラールは競泳水着を着ている。

 

ハリーはというと、…まだ来ていなかった。

もう開始二分前だ、一体ヤツは何をしているんだ。

焦り始める観客と共に周りを見渡すと、校舎の方から息を切らしながらハリーが走って来ていた。

だがその姿はいつものローブと、これから泳ぐ格好には見えない、しかも下に水着を着ている訳でも無い。

あいつは大丈夫なのだろうか…

 

『時間です! 生憎の天気になってしまいましたが試合を止める事はできません! そんな事したら私がゴブレットに焼かれてしまうからです!』

 

不安を他所に始まったパグマンの実況、苦笑を漏らす観客達だがあながち冗談とも言い難い。

ゴブレットによる魔法契約、その中に試合中の介入を禁ずるものがあってもおかしくないからだ。

 

『待ちに待った第二の課題、その内容は水中に潜り、大切なモノを取り返す事です!

如何に早く取り返し、如何に早く戻ってくるかが評価の分かれ目になりそうです!

この極寒の中でどう活躍してくれるのか、乞うご期待!』

 

そしてヤツの前に出てくるダンブルドア、挨拶をするのだろう。

隣を見ると何やらハリーが昆布の様な物を無我夢中で齧っている、途端に顔が水色になっていた、不味かったらしい。

 

「諸君らの活躍を期待しておるぞ! 大砲が鳴ったら選手は水中に飛び込むのじゃ! ではカウントダウンを始め」

 

ズドンッ!

 

「…………」

 

大砲の係を変えるべきだ、顎を外しているダンブルドアを見ながらそう思った。

次々と飛び込む選手に続き俺も冷水の中へ飛び込んで行く。

 

 

 

 

「―――!」

 

やはり冷たい、予想以上の極寒だ…!

今年の悪天候が響いたのか、水温は三度、…いや氷点下ギリギリの様に感じる。

そんな感覚から逃げるべく杖を振るう。

″泡頭呪文″と″耐寒呪文″を掛けると、その苦しさは直ぐに消え去った。

一度掛けてしまえばこちらのものだ、この杖によって強化されているので一時間は確実に持つ。

しかし油断できる訳でも無い、素早く探し出さなければ…

 

浮上するのは楽だが潜るのは難しい、体力のある前半に潜り、浮上しながら探すのが賢明だろう。

ゆっくりと、だが確実に、そして歌を聞きもらさない様下へ、下へと潜って行く。

 

…十分ほどたっただろうか、未だ音は聞こえず水底にも到達していない。

まあ十分で見付かる筈も無い、焦らずに確実な一歩を進ていく。

…その時、俺は音を聞き取った。

だがそれは美しい歌声では無い、まるで巨大な潜水艦が通る様な水切り音だった。

 

(―――こいつは!?)

 

振り向けば目の前に迫る巨大な影!

身を翻しその突撃を回避する、そしてその影の正体を見た。

 

(ホグワーツ湖の…イカか!?)

 

ホグワーツ湖には巨大なイカが住んでいる、しかしこのイカに凶暴性は無く、至って穏便である。

だが今目の前に居るのは違った! キリコに向かって明らかな殺意を向けている!

 

(どういう事だ…? だが…!)

 

その訳を考える前にキリコの体は動く。

この判断力の高さこそこの男の強みなのだ!

 

フリペーダ・ブレイト(貫通弾頭)!」

 

フリペンドを弾頭呪文に適応させた物を撃つ、その特徴は狙撃銃並の速度と貫通力!

周りの水を巻き込みながら放たれた弾丸が足を捩じ切った!

あまりの回転力に纏めて吹っ飛ばされたのだ!

だが!

 

(止まらない…!?)

 

野生とは即ち実力社会である、野生動物は力の差に敏感だ。

キリコはそれを知っていたからこそ驚いた!

足を吹っ飛ばされると言う明らかな″差″を見せたにも関わらず、こいつは向かってきていたのだ!

 

(″服従の呪文″か…!?)

 

この巨大イカは何者かに操られていたのだ、でなければ足を失ってまで向かってくる筈が無い!

再び襲い掛かる5mにも及ぶ足! それがキリコを包囲する!

ここは水中、どちらに分があるかは明らか! どうする!?

 

アグアメンティ(水よ)!」

 

逆手で杖を持ちながら水を噴出させる!

キリコが″水増し呪文″を使った時、どれ程の勢いで水が噴出されるかは知っての通り!

右へ左へ! まるで踊る様に攻撃を回避する!

分かっただろうか、キリコは″水増し呪文″を水圧ジェットにしたのだ!

 

空を飛ぶように動き回るキリコに大イカは翻弄される一方!

止めを刺すために背後に回り、そして距離を取る!

何故か? 巻き込まれないためだ! 何に? それは―――

 

グレイシアス(氷河となれ)!」

 

″凍結呪文″からだ!

威力に任せたゴリ押し、周りの水諸共氷漬けにしてしまった!

そのまま水底へ沈んで行くイカの氷漬け、それにキリコは掴まった。

彼は体力を温存したまま、一気に水底へ辿り着く事に成功したのだった。

 

 

 

 

巨大イカエレベーターを利用し水底へ辿り着いた俺は、それからすぐに歌を聴く事ができた。

着地した場所にたまたま居たハリーと合流しながら進む、しかしハリーはどうやって泳いでいるのか。

答えは首元にあった、あの鰓、そうか鰓昆布を使ったのか。

 

と他人の事を考えながら歌を辿って行った場所、そこには海藻で覆われた広場と一本の柱があった。

そしてそこに、大切な″者″が繋がれていた。

 

(…ルーナ・ラブグッド)

 

あのダンスパーティーはこれが目的だったのか、その隣にはロンやハーマイオニー、そしてキニス達が繋がれている。

彼らは眠っているのだろうか? ともあれ大切な者は見つかった、時間を過ぎたからといって本当に死ぬような事はないだろう。

…黒幕の存在が気になるが、第三の課題も残っている以上まだ犠牲者は出さない筈だ。

 

冷静に考えればそうだがハリーはそう思わなかったらしく、その場に留まり他の人質にも手を伸ばし警備の水中人(マーピープル)に止められていた。

 

しかし俺も余裕とは言い難いので、ハリーには悪いが先に行く事にする。

ラブグッドに絡まった海藻を切断し、浮上しようとした時の事だった。

 

(!?)

 

突如、何も無かった筈の水底から水魔が現れた。

それも一匹ではない、そんな数では無い。

―――視界を黒く塗り潰す程の水魔が、一斉に襲い掛かった。

 

アグアメンティ(水よ)!」

 

水圧ジェットで緊急離脱!

ハリーは無事か!?

しかしその心配は無用だった、代わりに俺が悪夢を見る事となる。

 

水魔の大群は、全て俺に向かって来たからだ。

ハリーに目もくれないのは良いが、逃げきれるか…!?

 

何とか水面が見え始めるが、その瞬間片足を掴まれる!

あと少しだ、何とか振りほどけないか!?

水底に引きずり込まれかけながらも、脱出しようと必死で地上を見つめる。

 

その時俺は見た、青白い光の粒を。

大穴を開け、雷鳴を響かせる黒い雲を。

その光が、雪の様に水面に降りてくるのを。

 

(―――!!)

 

杖を反転させ水底へ潜り直す!

水魔に揉まれながらも、それを承知の上で逃げる!

俺の直感が、魂が、そして記憶が告げていた!

…もし、この判断が一瞬でも遅れていたら、彼女はここで死んでいただろう。

 

…そして水面が全面凍結した。

一瞬でホグワーツ湖全域の水面が、厚さ10m級の氷塊になったのだ。

 

だが、この逃走がより最悪の事態を呼んだ。

潜る途中に、合流してしまったのだ。

人質を抱えた4人の選手と。

それはつまり、俺を追う水魔達の獲物が、4人に増えた事を意味する。

 

 

 

 

俺の誘導によって、今はまだ安全な岩陰に逃げ込んだ俺達。

しかし、その心に安全などありはしなかった。

互いの泡に顔を突っ込み、怒声とも悲鳴とも言えない声を出し続ける。

 

「一体どうなっているーんですか!? 早く脱出しなーいと!」

「…無理だ、あの厚さでは破壊できない」

「キリコ! あの水魔の大群は何なんだ!?」

「そうだよ、何で僕には向かって来なかったんだ!?」

「分からない、人質を助けた瞬間奴等が現れた」

「…助けを呼ぶことはできなヴぃか?」

「いや、それができるならダンブルドア先生が何とかする筈だよ」

「…え? い、いや、嘘…!?」

「どうしたんですか?」

「結氷が、…大きくなっていまーす…!」

「な!? 何故!? 一体何がおこってヴぃる!?」

「まだ続いているのか…!?」

「キリコ! 知っているのかい!?」

 

意図してか、意図せずか。

唐突に作られた巨大な水牢。

俺達を押しつぶさんとする氷塊と、引き裂かんとする水魔の大群。

俺はようやく気付いた、今までのは本当の地獄などでは無かったのだ。

 

「…ダウン・バースト」

 

恐怖の中で死ぬのを待つ、脱出不能の処刑場。

それこそが俺達の辿り着いた、真の冷獄だった…




溺死か凍死か
食い潰される固まるか
その間にある果てしなく脆い不安定な一滴
震える恐怖と才能がその記憶を探る
信じるか、信じられるか
助かるか、助けきれるか
ポリマーリンゲル液、俺はかつてこの鉄の血液に運命を託してきた
だからこそ
次回、『ダウン・バースト』
しかし、生き延びたとしてその先がパラダイスのはずはない


ど う し て こ う な っ た
※ボトムズではよくある事です。
※あとキリコが居たからです。

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