このへんでピンク婆の活躍を思い出し、
どうブッ飛ばすかを考えておきます。
「…焼き払え! ―――全てだ! 全て焼き尽くせ!―――」
目の前も見通せない炎の海から声が聞こえる。
無数の赤い鉄鬼兵が隊列をなし、全てを塵に帰していく。
建物が、大地が、老いも若いも炎に焼かれ、大地に断末魔の悲鳴が鳴り響く。
炎に、熱に、煙に巻かれ次々と倒れ伏す子供たち、その中で俺はヤツを睨み付ける。
ヨラン・ペールゼン、俺の全てを狂わせたあの男に憎しみの炎を燃え上がらせながら。
そして俺は走り出す、同じく取り残された少女に向かって。
…そして俺は炎に焼かれる、その瞬間俺の視界は真っ黒に塗りつぶされた―――
「―――!!」
ブラックアウトした視界、それが光りを取り戻した時見えたのは既に見慣れてしまった医務室の天井だった。
体の神経が蘇っていくのと同時に全身がべたついた汗と寒気を感じ取る。
…一体何が起こったのだろうか、コンパートメントの扉を開けた瞬間そこから炎が噴き出し、気が付けば俺はサンサに居た、覚えているのはそこまでだ。
…何故今になってあの悪夢が蘇ったのだろうか、先ほどまでの悪夢を思い出し全身が冷たくなるのを感じていると、カーテンが開かれた。
「おや、意識が戻ったようだね」
カーテンから顔を出してきた男は、心なしか声が俺に似ている気がした。
だが見た目はだいぶやつれている、目には深い隈があり、ローブは継ぎ接ぎ、白髪交じりの髪の毛と下手したら浮浪者と間違われそうだ。
「…あんたは?」
「ああ私かい? 私は″リーマス・ルーピン″、今年から闇の魔術に対する防衛術の教授としてホグワーツに赴任したんだ」
その一言で俺は全身に先ほど以上の震えを感じた。
闇の魔術に対する防衛術、それは俺がかつてもっとも期待していた科目である。
だが一年目は犯罪者、二年目は人間のクズ、一人としてまともな授業をする教員は存在しなかった。
…目の前の男は果たして大丈夫なのだろうか、その震えを勘違いしたのかヤツは胸元から何かを取り出してきた。
「チョコレートだ、食べるといい、体が温まる」
「…ありがとうございます」
渡された蛙チョコレートを口の中へ放り込むと、じんわりとその甘味が温かく全身に回っていく、心なしかいつもと比べ美味しく感じた。
「やはり吸魂鬼に襲われた時はチョコレートに限る」
「…吸魂鬼?」
「何だ覚えていないのかい? 君は列車内に侵入してきた吸魂鬼に襲われて気絶してしまったんだよ」
吸魂鬼の事は知っている、アズカバンの看守でありこの地上でもっとも穢れた生き物、人の幸福を喰らいつくし絶望しか残さない恐怖の存在。
だがそれに襲われた覚えは無い、扉を開いた時にいたのは吸魂鬼ではなく吸血鬼だった筈だ、というより何故吸魂鬼が列車内に侵入したのだろうか、あいつらはアズカバンで一括管理されていた筈。
「…すみません」
「ん? どうしたんだい?」
「そもそも何故吸魂鬼が居るんですか?」
「ああ…そう言えば説明を聞けなかったんだよね」
「?」
「昨日の入学式の時ダンブルドア校長が説明して下さったんだけど、その時君はまだ寝込んでいたんだ」
昨日、その言葉に俺は思わず窓の外を見る、そこには美しいホグワーツ湖に真っ赤な空と地平線まで伸びる夕焼けが映っていた、雲の切れ間には小さな黒い物が飛んでいる。
丸一日中寝続けていたという事態に俺は驚いた、あの出来事が一体どれ程負担になっていたのだろうか。
「あー、じゃあ説明するよ、シリウス・ブラックが脱獄したのは知っているね?」
「はい」
「で、そのシリウス・ブラックがホグワーツに侵入したら大変だ、という事で魔法省が―――」
「吸魂鬼を警備につかせたと?」
「…その通りだ、ダンブルドア校長は反対したんだけどね」
やはり先ほど空に居た黒い影は吸魂鬼だったか。
ルーピンはチョコレートを食べながら深いため息をついた、こいつも吸魂鬼の配備に良い感情は抱いていないらしい。
それは当たり前の反応だろう、むしろ承認している魔法省がどうかしている。
というのも吸魂鬼に目は無い、ついでに言うと人間以外の生き物も認識できない。
よっていつ誰が襲われてもおかしくないのだ、現に俺も襲われている(記憶に無いが)。
「さて、私はそろそろ失礼するよ、君も今日は休んでおきなさい」
「はい、ありがとうございます」
外を見ればもう日は落ち、吸魂鬼も闇の中に紛れ始めていた。
夕食を食べに行きたかったが、マダム・ポンフリーに今日一日は休むように言われてしまった為叶わなかった。
布団の中に入り瞼を閉じ寝ようとするが、中々寝着く事はできない。
眼の裏に地獄が見えることこそ無かったが、呼び起された悪夢が簡単に離れることもないのだ。
そのトラウマは体に纏わりつき、俺はいまだ悪夢の中でもがいている。
何故あの時サンサが現れたのか、それは吸魂鬼の仕業だったのだろうか、一瞬とはいえ蘇ったそれが安らぎを与える筈も無く、心に乱れたモノを残したまま悪夢ではないただの夢の中へと俺は落ちて行った。
*
「いやー、大丈夫だった?」
「何とかな」
禁じられた森へ歩きながら二人で話す。
俺が意識を取り戻した翌日の授業の一つ、″魔法生物飼育学″で実習をするためだと、新任教師になったハグリッドは言っていた。
だが昼間とはいえ森は暗い、何人か木の根や穴に引っかかり転びかけている、俺は歩きなれているからいいが他の連中は中々大変そうだ。
そうこうしてる内に開けた場所に出る、そこには鳥か馬のような生物が堂々とした佇まいをしていた。
「こいつは″ヒッポグリフ″ちゅう生きもんだ、俺はバックビークって呼んどる」
ハグリッドがそう呼ぶと、名前に反応したのかそれは前足を上げ嬉しそうな咆哮を上げるが生徒達はそれに驚き数歩後ろへ下がってしまった。
「ああ怖がるこたあねえ、こいつは穏やかな性格だから大丈夫だ」
ハグリッドがそう言っても尚何人かの生徒は怯えている、まあ確かにハグリッドが要領の良いヤツでは無い事は全員知っている、その言葉を信用しきれないのだろう。
その後ハグリッドによるヒッポグリフの説明が入った。
その概要は簡潔に言うと、基本的に温厚、ただし侮辱されると激怒するので礼儀良く接しなければならない、―――つまりお辞儀をすることらしい。
とどのつまり変な気を起こさなければ何てことは無い安全な生き物という事だ。
説明が終わり、早速選ばれたのはハリーだった、ちなみに受講人数が少なかったので四寮合同での授業である。
ハリーが近づいて行くが近すぎたのかヒッポグリフが威嚇をする、それに怯んだハリーはハグリッドが注意する前に退いてしまった。
再度近づいて行くハリー、今度は適切な距離だったのかヒッポグリフもゆっくりと近づいてくれている。
そして少し震えながらお辞儀をする、暫くたちヒッポグリフも頭を下げた…かと思った瞬間その鋭い嘴でハリーの首元を掴み、自分の背中に投げてしまった。
「わあああああ!?」
「おお! バックビークに気にいられたみてえだな!」
予想外の事態に悲鳴を上げるハリー、そんな事気にしていないかのごとくヒッポグリフはその巨大な翼を広げ飛び立って行ってしまった。
「か、かっこいい…」
大空を飛翔するヒッポグリフを見ながらキニスは目を輝かせていた、確かにあれだけ巨大な生物がここまでの速度で飛翔する光景は凄まじいの一言に尽きる、他の生徒達も口を開けながら感歎の声を漏らしていた。
ハリーが戻ってきた後は当初の予想通り授業はつつがなく進行していった。
その背中で空を飛び、帰って来た生徒は皆興奮を残している、キニスは飛行中ヒッポグリフをひたすら撫で続けるという奇行に及んでいたみたいだが。
「もふもふ、かわいい」
「………」
そして俺の番となった。
俺とヒッポグリフの視線が交差し、目を逸らすことなくゆっくりと歩いて行く。
「………」
「………」
適切だろう距離になったのでお辞儀をしようと思ったが意外な事が起こった。
ヒッポグリフの方からお辞儀をしてきたのだ。
「おお!? お前さんよっぽど気に居られたらしいな」
生徒達はおろかハグリッドまで驚いている、一体何故ヤツからお辞儀をしたのだろうか、その理由を考えている内に俺の体は宙を飛んでいた。
「………!」
俺の知っている空からの光景と言えば、真っ赤に染まった大地か歓迎の弾幕くらいだ。
視界いっぱいに広がる光景、それは圧倒的な物だった。
どこまでも続く空、雄々しくそびえ立つ山々、全身で風を切る感覚。
それは俺が生きて来た中で間違いなく最も美しいと呼ぶことができた。
この速さ、あのバケモノ箒よりも速いかもしれない。
崖を渡り、湖を駆け、木々の間を飛んだところで広間に戻って来た。
暫くの間俺は意識を失っていた、その壮大かつ圧倒的な光景は、いつか向き合わなければいけない現実を少しだけ忘れさせてくれるのだった。
…その後マルフォイがしでかさなければ、だったが。
*
崩壊というものには二種類ある。
一つはゆっくりと崩れていくもの、雨に風に打たれ削られる石像のようにに消えてゆく。
もう一つは一瞬で崩れるもの、ほんのした一点から何もかもが崩れ去る。
ハグリッドの授業は後者の方だった。
あの後マルフォイが俺のマネでもしようと考えたのか、ヒッポグリフを無造作に触ってしまい結果としてヤツは腕の骨を折ってしまった。
それだけなら良かったのだが、あいつの父親は無駄に権力を持っていた。
魔法省は大騒ぎ、如何なる理由があろうと生徒が傷ついたのは教師の責任に他ならないといい、ハグリッドは停職中、しかもヒッポグリフは危険生物扱いされ鎖に繋がれてしまった。
揚句の果てにマルフォイは一体何が憎いのか、ハグリッドとヒッポグリフの悪評をこれでもかと言いふらしている、まあ人望はご覧のとおりなので効果は薄いようだが。
それにまたハリーが突っかかっていき、あいつらはまたもや注目の的になっているのであった。
「…ここか」
そんな騒ぎをしり目に俺は8階の突当りにある石像の前に立っていた。
そう、例の武器商人が言っていた″必要の部屋″を確かめるためである。
確かやり方は『物を隠す場所』と唱えながら三往復する、だったか。
周囲に人がおらず、ゴーストの気配も無いことを確認してから壁の前に立つ、
(物を隠す場所、物を隠す場所、物を隠す場所…)
そう唱えながら石像の前を三往復すると、武器商人の言っていた通り小さな扉が出現していた。
見つかったら面倒事になりそうなので素早く扉の中に入って行く、そこには箱が幾つも、まるで階段の様に、かつ扉を囲うように配置されていた。
周りを見渡すと机、本、ティアラ、クローゼット、マッスルシリンダー、統一性も何も無く色々な物が無造作に積み上げられている。
箱の中を覗いてみるとその底は10mくらいだろうか、蓋には鍵が刺さりっぱなしになっている所を見ると鍵付きロッカーみたいな物らしい。
だがこの深さだと取り出す事ができなそうだが、試しに羽ペンを落とし、それに向かって手を伸ばしてみる。
すると穴底の羽ペンは浮上し、吸い寄せられるように俺の手元に納まった、こういった仕掛けらしいな。
なるほど、確かに物を隠すには適しているだろう、しかし″目くらまし術″を使ってもここまで来るには人通りが多い。
だからといってあの館に鍵付きロッカーは無い、一長一短、どちらにするか…
しかし箱を見渡し終えた時点で、俺はどちらに隠すか即決した。
何故なら箱の一つが使用されていたからだ、これはつまり俺以外にもこの部屋、もとい箱を利用している人間がいるという事実を指し示している。
それは誰かと鉢合わせる可能性が極めて高いということ、よって隠し場所はあの館に決定した。
コツ…コツ…コツ…
「!」
その時扉の向こうから足音が聞こえて来た、瞬発的に箱の影に身を潜める、それと同時に人が入ってきた。
「~~~♪」
鼻歌を歌いながら入って来たのは占い学の教員″シビル・トレローニー″だった、手元にはシェリー酒の瓶と小さな鍵を嬉しそうに抱えている。
…こいつが使っていたのか、聞こえて来た珍妙な歌と何ともいえない感情に思わず力が抜ける。
シェリー酒をしまい部屋から出て行き、暫く経った所で俺も部屋から出て行った。
「!?」
扉を出るとシビル・トレローニーが俺に向かって立っていた、まさか気付かれてたのか? だが様子がおかしい、目線はあらぬ方向を向きまるで気絶しているように見える。
…持病か? 心配になったのでマダム・ポンフリーを呼びに行こうとした時、トレローニー―――のような何かが語り始めた。
『不死鳥が蘇る時 世界を渡った翅が合い見舞う
千古不易なる右の翼、世界を見渡す左の翼
翅が絡み合い 放たれる そして鳥の一片は歌を知る
賢者が語る千古不易のわらべ歌』
「………」
「………あらっ? 貴方一体どうしたのこんな所で?」
「!? いえ、何でもないです」
「あらそう? ならいいけど。
…まさか、見た? そこの石像」
「!?」
「いえいいのよ? 私は言わないから。
…代わりにお酒の事も言っちゃ駄目よ」
彼女はそう言い残して帰って行った、本当に一体何だったのだろうか…
シビル・トレローニーの残した謎の言葉、その意味は考えても全く分からなかった。
しかし、妄言と切り捨てることもできなかった。
確固たる理由など無い、だがあの言葉に俺は予感めいたものを感じ取っていたからだ。
シリウス・ブラックの回帰、吸魂鬼、トレローニーの言葉。
一つだけ分かるのは、今年も平穏に終わる筈が無いという悲観のような、もしくは達観のような諦めだけが俺の中に渦巻いていた。
荘重なる欺瞞、絢爛たる虚無
律を謳い、秩序を司って一千年
不可侵海域にあって獲物を睥睨する大監獄が、消えたる畜生を求める
ハピネス・キャン・ビー・ファウンド
イブン・インザ・ダーケストオブタイムス
ハリー・ポッターとラストレッドショルダー、第二十八話『ディメンター』
空白の魂魄が饑渇する
次回はボガート登場です、
さあ何が出るか。
…やべえ、候補が多すぎるぞ、どうすんだこれ。