【完結】ハリー・ポッターとラストレッドショルダー   作:鹿狼

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流石にこうも日常回が続くとだれてきますね…
ようやくターニングポイントです。


第二十話 「キニス」

クリスマス休暇が終わり数か月が経った、この前まで継承者の恐怖に脅えていたのはどこへ行ったのか、生徒はもうじき訪れるクィディッチに盛り上がっていた。

それもあの決闘クラブ以来継承者の襲撃が無いからだ、もうほとんどの生徒はこのまま何も無く過ぎていくものだと考えている。

またマンドレイクの成長も問題無く、このままいけば収穫できるらしい。

そして平穏な日々の一つ、聖ウァレンティヌスが殉教した日バレンタインデーとなった。

まあこの日は女性が愛を誓うというものだ、男子、俺には特に無縁だろう。

 

が、今年は例外だった、男も女も皆げっそりやつれている。

その原因はこの大広間にあった。

壁、床、窓の全てから自己主張の激しいピンク色の花が咲き乱れ、薄い青色の天井からはハート型の紙吹雪が舞っている。

なんだこれは、レッドショルダー色の方がマシに見えるなんて初めてだ。

 

「…やあ、キリコ、元気? ボクスゴイゲンキ」

 

キニスの目は死んでいた、いや全校生徒及び教員たちも全員死んでいる、俺はまた地獄に迷い込んだらしい。

 

このカオスの原因をキニスに尋ね…いや必要ないだろう、こんな馬鹿をするヤツなどアレ以外あり得ない、居てたまるか。

新たな地獄と化した教員席には、ピンク色の悪魔が居た。

部屋と同じ色の、汚いピンク色のローブを纏ったロックハートがいい加減見飽きた笑顔の無差別爆撃を放っている。

 

「あいつは何をしているんだ」

 

「さあ…でもキリコ、碌な事じゃないって断言するよ」

 

ロックハートの評価が地に落ちてから半年ほど経ち、今や誰にも相手にされなくなっている。

授業内容は全く変わらず自分の著書の再現演劇、たまに思い出したように魔法生物を持ってきてはそれの暴走を巻き起こす。

生徒はおろか教員からも厄介者扱いだ、いまだにアレを信望しているのはハーマイオニーくらいか…既に半信半疑以下だが。

 

「静粛に」

 

ほとんどの生徒が、この光景に唖然としつつも大広間に集まったのを見て、目も表情筋も死んでいる教職員の中からロックハートが喋り始めた。

 

「皆さんバレンタインおめでとう! 既に46人から私にバレンタインカードが届きました、ありがとう! まだまだ送って大丈夫ですよ!」

 

あんなのにカードを送るヤツが46人も居た事に衝撃を受けていると、大広間の扉が少し動いているのに気付く。

…猛烈に嫌な予感が脳裏をよぎる。

 

「そうです! 今日は皆さんを驚かせようと私がこの大広間をこのようにさせて頂きました。

し か も ! これだけではありませんよ、どうぞ!」

 

ロックハートが指を鳴らすと、大広間の扉から無表情、かつ派手…と言うより奇妙な格好をさせられた小人が重い足取りで入って来た。

 

「私の愛すべきキューピッド達です! 今日一日学校中をくまなく巡り、彼らが皆さんにバレンタインカードを配ります。

この程度で満足してはいけませんよ、先生方各々もこのお祝いのムードを楽しみたいと思ってらっしゃるのです」

 

もしも教師陣の死んだ目を知ってやっているのだとしたら、むしろ賞賛してもいいかもしれない。

この爆撃が過ぎるのを待っている教師達をしり目にまだ喋っている。

 

「さあ皆さん、スネイプ先生に″愛の妙薬″の作り方を聞けるのは今日くらいですよ?

フリットウィック先生は″魅惑の呪文″についてよく知っているそうで、素知らぬ顔をしていて、中々憎いですね!」

 

フリットウィックもあんな顔をするのだと思わず感心してしまった。

方やスネイプは…そんな事を聞こうものなら劇薬の実験台にされそうな顔をしている。

入学以来見た事も無いスネイプを前に、生徒達は震えあがっていた。

 

その結果、今日の授業は全て愉快なロックハートで塗りつぶされた。

ロックハートの被害者である小人達は、授業中だろうが何処だろうが、用を足してる時であろうがやって来てバレンタインカードをばら撒いている。

 

あげくの果てに小人達は、届けて来たカードの内容をその場で読み上げるのだ、当然の如く大声である。

俺はもともと知り合いが少なく、ハリーは後継者疑惑で避けられているから助かったが、他の生徒や人気者は本気の悲鳴を挙げていた。

 

「わあいとってもうれしいなあ」

 

目どころか感情も死にかけてるキニスもその一人だ、こいつは元々かなり交友関係が広いので、届くカードの数も桁外れになっている。

余りにもあんまりなので、最初の内は″黙らせ呪文″で対応していたが、カードの数が50を超えてから諦めた。

 

それにしても、何故よりによって今日魔法薬学の授業があるのだろうか。

教室に入った途端、凄まじい殺気をスネイプは放っていた、まあ当然言えば当然だが。

修羅の形相と化したスネイプは教室の中に小人が入ってくるたびに殺気を放ち、運悪くカードを貰った生徒はその視線を直接浴び震えあがっている。

 

これは後から聞いた話だが、普段罵りあっているグリフィンドールとスリザリンもこの日ばかりは話すのを止め、人が変わった様に授業を受けていたらしい。

 

「酷い目にあった」

 

本当は今日も図書館に籠るつもりだったらしいが、まともに調査出来ないだろうという事でキニスは談話室に避難していた。

 

「…これを許可したのもダンブルドア校長なんだよね…」

 

「恐らく、沈んだ空気を明るくしようとしたのだろう…アレは目立ちたいだけだろうが」

 

そもそも最初の授業日から思っていた事だが、決闘クラブの時といい今日といい、何故ダンブルドアはこんなヤツを雇い入れたのだろうか…

 

 

 

 

あの地獄から数ヵ月経ったが、いまだに継承者が現れる気配は無い。

無論それにこしたことは無い、だが嵐の前の静けさという言葉もある。

 

しかしほとんどの生徒達はそう考えず偽りの平穏を謳歌していた、その中でハリー、ハーマイオニー、ロン、キニスの四人だけは毎日図書館に籠り継承者が誰なのか、そして怪物の正体を探っている。

 

「正体は分かったのか?」

 

「ぜんぜん…って訳じゃ無いんだけどね…」

 

キニス達は調査の結果、50年前に秘密の部屋を開いたのがハグリッドという事を知ったらしい。

そして怪物は″毛むくじゃらの生物″だと絞り込む事ができ、今はその毛むくじゃらの生物が何なのかを調べているようだ。

 

しかしキニスとハーマイオニーはそれを信じておらず、別の可能性を探っているらしい。

 

「ハリーは凄い大きい蜘蛛みたいな生き物って言ってたんだ。

でもそんな目立つ生き物だったら、誰か見てるはずだよ」

 

「…ハリーは何故それを知っている?」

 

「え? …聞いてなかった。

ハーマイオニーから聞いただけだから、…ハグリッド本人に聞いたんじゃないかなあ、ハリーと仲良いみたいだし」

 

肝心な事を聞いていなかったキニスはばつが悪そうだ。

しかしハグリッドとは…信じがたいな。

…本当にハグリッドなのか? あまり関わらないのでよく分からないが、そんな事が出来るほどあの男は器用に見えない。

 

仮にハグリッドが継承者だったとしたら、今の継承者はハグリッドの親戚でなくてはならない。

だがハグリッドの親戚が学校に居るなど聞いたことも無い。

 

「でもハリー達の考えが今の所一番正しそうなんだ。

図鑑を片っ端から見てみたけど、水辺に住んでて相手を石にする生き物なんか居なかったんだ、だから僕の考えも間違ってたんだよ。

…キリコは怪物が何か分かる?」

 

「分からないな」

 

「さすがにキリコも分かんないか…せめてあと一つヒントがあればなあ…」

 

キニス達の調査によって今分かっている事。

一つ目は被害者は全員石になっていた点。

二つ目は現場は全て水浸しになっていた点。

…しかしこれに当てはまる生物は居ない、確かにあと一つ条件が見つかれば怪物の正体も明らかになるだろう。

 

「ねえ、キリコは怪物調査隊に参加しないの?」

 

「…いや、遠慮しておく」

 

確かに怪物を放置するのは危険だろう、しかし今回は状況が悪すぎる。

まず怪物の正体が分からない事、このままでは対策の仕様が無い。

次に正体が分かったとしても、その居場所が分からない。

さらに襲撃の時を狙おうにも、何処に現れるのか見当も付かない。

これでは怪物を撃破しようにも、生徒達を守ろうにも手の打ちようが無い、正直お手上げだ。

 

「そっかあ…残念」

 

「すまない」

 

またもう一つの理由として、あの呪文が完成間近なのもあった。

これは推測だが怪物は大型魔法生物の可能性が高い、この呪文はそういった相手と戦う為の魔法だ。

どうせ止めても無駄なのはよく知っている。

なら怪物の調査はあいつらに任せ、俺は怪物を倒す呪文を完成させた方がいいはずだ。

最も新呪文の開発は余り知られたく無いので、話してはいないが…

 

「そういえば明日試合だけど…練習しなくていいの?」

 

「今はグリフィンドールがグラウンドを使っている」

 

そう、明日はグリフィンドール対ハッフルパフの試合が行われる。

怪物調査に参加できなかった理由として、ここ最近クィディッチの練習が多かったのもその一因だ。

 

「…勝てそう?」

 

現在ハッフルパフはレイブンクローに対しては勝利しているが、スリザリンには僅差で敗北している。

対してグリフィンドールは全戦全勝、この状態から優勝杯を奪い取るには相当差をつけて勝たなければならない。

しかしグリフィンドールには現役最強と呼ばれるハリーがいる、開幕スニッチを奪われれば敗北確定だ。

つまり俺達が勝つには、グリフィンドールが点を入れる前にスニッチを奪い取らなければならない、かなり厳しい試合になるだろう。

 

「分からないな、…だが全力でやるだけだ」

 

「…ちょっと思ったんだけど」

 

「何だ」

 

「キリコって、緊張とか不安とか無いの?」

 

「どういう事だ?」

 

「あ、いや嫌味とかそういうのじゃなくて、キリコって去年トイレにトロールが出た時とか、試合前日と時とかも冷静だからさ、どうすればそんなに冷静さを保てるのかなーっと思ったんだけど」

 

「…しいて言うなら、常に状況を客観的に見る事だ」

 

今言ったのは嘘ではないが、本当とも言えない。

そもそも意識して冷静になっているわけではない、単に場馴れしているだけなのだ。

敵が急に襲撃してくる事はおろか、味方に襲われる事も何度かあった。

手を抜くわけでも、そんなつもりも無いが、試合にしても実戦に比べれば遊びでしかない以上、必要以上の緊張はしようと思っても出来ない。

 

「客観的かあ…何だか難しそうだね」

 

「常に意識していればそのうち慣れる」

 

「うーむ、…そもそも客観的って何だろう」

 

「………」

 

そこからか…まあ普通この年齢で、それをするのは難しいだろう。

そういった年相応な面を見ていると、何だか少し微笑ましくなってくる。

やはり子供が成長していくのは良い物だ、俺はあの忌々しい神から押し付けられた、あいつの事を思い出していた。

 

「…!? キ、キリコが笑っている…!?」

 

「…そんなに意外か?」

 

「入学以来初めて見たよ!?」

 

いつの間にか顔が綻んでいたらしい、そういえば人前で笑うのは何時以来だっただろうか。

しかし何もそこまで驚くことは無いだろう。

 

「びっくりした…ま、まああれだよ明日の試合、頑張ってね!」

 

「…ああ」

 

ここに来た時、俺は未だに地獄の中を彷徨っていた。

だがこいつと出会ったおかげで、僅かだが希望を持つことが出来た。

こいつと会っていなければ、今俺はどうしていたのだろう。

それがどんなものか、予想するのは難しくない。

未だ地獄に居る事に変わりは無い。

しかしヤツのおかげで、少しだけ生きる事に前向きになれた。

俺は今一度、キニスに心から感謝していたのであった。

 




人は、ここに何を求める。
ある者は、ただその日の学のため、ペンを走らす。
ある者は、虚栄のために己の手で忘却を与える。
また、ある者は、あてなき願いのために、禁忌と死臭にまみれる。
 秘密は汚れた管をたどり、流れとなり、怪物となって常に獲物をめざす。
次回「奮戦」。
人は恐怖に逆らい、そして力尽きて呑み込まれる。

ロックハートの馬鹿は結構書いてて楽しいです。
同じ無能でも、実力は一応あるカン・ユーとどっちがマシなんでしょうかね…

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