全力でネタに走るか真面目にネタに走るか、
難しい所です。
「―と、いう理由だったらしいよ」
なるほど、つまりキング・クロス駅の四分の三番線に何故か入れず、このままでは退学になるかもしれなかったから、やむを得ず車で空をドライブし、最終的に暴れ柳に突っ込んでいたと、何しているんだあいつら。
「でも羨ましいな…空をドライブなんて多分大人になっても出来ないよ」
出来てたまるか、しかもこの一件の後始末で魔法省の係が地獄を見たらしい。
何でも「心が乾く」と幻聴まで聞こえるほどだったとか。
新学期の初日、ハリー達のしでかした事は僅か一日で全校生徒に広まっていた。
それは話の種となり大広間を賑やかにしている、本来なら退学ものらしいが、厳重注意と厳罰で留まっているあたりは流石はハリー・ポッターと言った所か。
俺はその中、久しぶりのホグワーツの食事に舌鼓を打っていた。
昨日の長時間の移動で結構疲れている、だからこそ朝食は極めて重要であり、イギリス料理が朝食には力を入れているのだ。
が、毎日いつものメニューでは味気ない、皿にはいつもと違う料理がよそられていた。
今食べているのはサンドイッチだ、ただしいつものトーストを使った物ではない、固めのバケットに具材を詰め込んだフランス式のヤツだ。
中には様々な食材がこれでもかと詰め込まれている、それらをこぼさぬよう、かつ全ての具材を口に入れるようにかぶりついた。
広がるのは多種多様な具材の協奏曲だ、厚めのベーコンは濃厚な肉汁を、チーズは独特なコクと食感、レタスはその水々しさが潤いをもたらす。
それらの調和はまさに芸術的と言って良いだろう、レタスは口内の乾燥とチーズの癖を和らげ、チーズは単調になりがちな肉の味を鮮やかに彩っている。
バケットを食べきり、少し満足した胃を癒すのは薄味のコンソメスープだ、イギリス料理はとにかく具材を煮込む事に全力を掛ける、よって具材がぐちゃぐちゃになるわけだがそれが悪いとは限らない、こういったスープやカレーでは逆に長点となる。
原型を無くすほど煮込まれた野菜はその旨みを残す事なくスープに溶け込み、複雑な味を作り出す。
それに具材が溶けている事で飲み込みやすく、胃にも優しい、寝起きで上手く活動していない体にその温かさが染み渡るのを感じていた。
そこそこ満足出来たのでカップの中のコーヒーを飲み一服する、無論ブラックだ。
「…キリコ」
「何だ」
「何、それ」
「コーヒーだが」
「いや何でそんな大量に機材があるの!?」
「許可は得ている」
テーブルの上にはコーヒーを入れるための機材が積まれていた、無論コーヒーを入れるために自宅から持ってきたのだ。
何故なら、去年一年間通ったことで分かったのだが、ホグワーツではコーヒーを出してくれないのだ、あるのはせいぜいインスタントコーヒーぐらいである。
去年はそれでだいぶ辛い思いをしたので今年はコーヒーセット一式を持ち込むことにしたのだ。
無論他の生徒は注目しているしキニスは「ええ…」と言っているが全く気にはならなかった。
「そう言えば知ってる? 今年の闇の魔術に対する防衛術の先生」
「いや、知らないな」
結局去年はニンニクの臭いを浴び続け、挙げ句の果てには事件の黒幕という始末であった。
あの後クィレルは数週間聖マンゴ病院で治療した後、アズカバンに叩き込まれたらしい。
元々一番期待していた授業だ、今年こそまともな教師だといいのだが。
…まさか、あの大量の自著を買わせたあいつでは無いだろう、そうで無くては困る。
「ロックハートって人らしいよ。
…キリコ?」
…大丈夫だ、ダンブルドアも認めているのだ、教師としてはまとものはず。
その時大広間の扉が開き、そこから大量の梟が大広間に入ってきた。
梟は大小様々な荷物や手紙を抱えて飛んでいる、その中でポーズをとっているロックハートが居たが何も見なかった事にしよう。
その時であった。
「一体何を考えてるのあなたは!!!」
瞬間、大広間に響き渡る凄まじい怒声、いや地鳴りと言っていいだろう。
テーブルはガタガタと揺れており、食べ物は皿からひっくり返りそうになっている。
「車を盗み出すなんて退校処分になっても当たり前です! 首を洗って待ってらっしゃい! 承知しませんからね。
車がなくなっているのを見て私とお父様がどんな思いだったか。
お前はちょっとでも考えたんですか!
昨夜ダンブルドアからの手紙が来てお父様は恥ずかしさのあまり死んでしまうのではと心配しました。
こんな事をする子に育てた覚えはありません。
お前もハリーもまかり間違えば死ぬ所だった!
全く愛想が尽きました。
お父様は役所で尋問を受けたのですよ。みんなお前のせいです。
今度ちょっとでも規則を破ってご覧。
私たちがお前をすぐ家に引っ張って帰ります!」
そこまで言い切って、何とか収まった後怒声の出所を見てみるとハリーとロンがひっくり返っていた。
「な、何今の…」
静まり返った大広間、一体何が起こったのかといった顔で生徒達は爆心地を見つめていたが、少したった所で笑い声が起こり再び喧騒が戻ってきた。
新学期最初の授業日ということもあって、校舎内は迷子になる生徒や遅刻寸前で走っている生徒が多かった。
しかし俺達の場合、去年使っていた教室に行くのでそんな心配は無かった。
…そう、闇の魔術に対する防衛術、つまりアレの授業というわけだ、不安しかない。
「ロックハートってどんな先生なんだろ?」
そうだ、まだ授業も受けていないのに決めつけるのは早すぎるだろう。
廊下を歩いていると先ほど防衛術を受けていたのか、グリフィンドールとスリザリン生が向こうから歩いて来た、相変わらず廊下の端と端で真っ二つになっている。
その中に居たハリー達は何か不満げな顔で話をしていた。
「いい加減にしろよハーマイオニー、あれは君が思ってるようなヤツじゃないって」
「あれはきっと私達に経験を積ませようとしてくれたのよ」
「ピクシー小妖精に杖を奪われて机の下に隠れるヤツが?」
…大丈夫…のはず。
「私だ。ギルデロイ・ロックハート。
勲三等マーリン勲章、闇の力に対する防衛術連盟名誉会員。
そして、『週刊魔女』五回連続『チャーミング・スマイル賞』受賞。
もっとも、私はそんな話をするつもりではありませんよ、バンドンの泣き妖怪バンシーをスマイルで追い払った訳じゃありませんしね」
帰るか。
一瞬そんな考えが脳裏をよぎった。
ヤツは授業開始の鐘と同時にとても爽やかな笑顔と派手な服装をまといながら教室に入って来た。
″そんな話では無い″と言ってはいるが、誰がどう聞いても自慢にしか聞こえない、ほとんどの生徒はその笑顔に対し呆れた目線を向けていた、一部目を輝かせてるヤツも居たが。
「さて全員私の本を揃えているね? そして私の素晴らしい経験に感動を覚えてくれたと思う。そこで簡単なミニテストを実施したい。
心配は無用、君達がどれくらい私の本を読んでいるのかちょっとチェックするだけですからね」
面白可笑しく書かれていた物にどう感動を覚えろと、ヤツは一部の生徒にウインクを送りながらテスト用紙を配って行った。
「とても悲しい事に先ほど同じテストをしたグリフィンドールとスリザリンで満点をとれたのはハーマイオニー・グレンジャー嬢以外居なかった。
君たちはそんな事ないと信じている」
配られた紙を確認してみる。
問一 ギルデロイ・ロックハートは泣き虫妖怪バンシーをどうやって追い払ったか?
問二 ギルデロイ・ロックハートはどんな色が好きでしょうか?
問三 ギルデロイ・ロックハートはどうやってモナドから脱出したか?
答案用紙には裏表にギッシリとそんな事ばかり書かれていた、問六あたりから本の内容すら関係なくアンケートとなっている。
隣に座ってるキニスは早速落書きを開始していた、俺もどうしようか悩んだが、あれに文句を言われるのも絡まれるのも面倒なのでそこそこ答えておくことにした。
「ふう、とても残念だ、君たちの殆どが私の本を読んでいないらしい。
あんなに分かりやすく書いてあったのにちっとも答えられていない、ですが大丈夫です、読んでいなくても私がここに居るのですから。
君達は私の力を直接見ることが出来るのです」
テスト用紙を机に置いた後、やっと始まった授業内容は途中途中に自慢を挟みながらヤツの本を読む、という内容だった。
『バンパイアとゆっくり船旅』を読んでいき、バンパイアを退治したシーンで一旦解説は止まった。
「さて、今バンパイアを退治した私の戦いを語った訳ですが、それだけでは意味がありません。
このような穢れた生き物と戦う術を授けるのが目的なのですから、ではどうすればよいのか?
実演すればよいのです! そうすることで君達は戦う術を身に着けることが出来ます。
さて、バンパイアの役は誰に頼みましょうか…では君! 先ほどのテストで最高点を取ったキュービィー君に吸血鬼の役を…」
「………」
「…キュービィー君は体調が優れないみたいですね、生徒に無理をさせるのはとても良くない。
ですので隣のリヴォービア君に頼みましょう!」
「えっ」
「さあこっちに! おおっとそうではありません、もっと迫力満点に! 真剣にやらなければ戦い方は身に付きませんよ!」
この授業が終わったのはキニスが犠牲になってから20分経過し、バンパイアがレタスしか食べれなくなる所までやった時だった。
キニスの迫真の演技のおかげでハッフルパフは5点貰えたが、生徒の中で喜んでいる者は一人として居なかった。
閑散とした人気の無い図書館、新学期が始まってから一週間、この時期は試験も無ければ課題もほとんど無い。
逆に言えば、だからこそ勉強に適しているとも言える。
俺はハーマイオニーと共に図書館で勉強をしていた、別に予定を打ち合わせていた訳ではないが、お互い暇さえあれば図書館に籠っているので一緒になる機会は必然的に増えるのだ。
ただ今日は珍しくハリーやロン、キニスも来ていた。
何でも魔法薬学の課題が難しかったらしく、調べものに来てるらしい。
「なあキニス、ロックハートの授業どう思う?」
「あー…そもそも聞いてないから分かんないや」
「嘘でしょ? 貴方もロックハート様の話を聞いてないの?」
「ハーマイオニー…まさかまだあいつの事を信じているの?」
授業開始から一週間たった今、ロックハートの評価は地に落ちていた。
どれほど経っても授業がまともに機能する様子は無く、いつまでも自著の解説と再現を繰り返している。
だが彼女はまだロックハートの可能性を信じているらしい。
ハリーはおろかロンでさえ無能と理解出来ているのに…まあ、彼女も半信半疑になっているみたいだが。
「でもあのロックハート様よ、無能と見せかけていて、何か隠してるんじゃ…」
「あー、分かった分かった、ひょっとしたら有能かもしれないね」
またハーマイオニーのロックハート弁護が始まることにうんざりしていたのか、ロンが話題を切り替えてきた。
「ところで皆、オーディション…どうする?」
オーディションとはクィディッチの事だ、数週間後にクィディッチの新メンバーを決めるオーディションがある。
「僕は元々シーカーだからね、ロンは受けるんだっけ?」
「もちろん! ハリーに負けてられないからね、ハーマイオニーはどうする?」
「私はいいわ、それより勉強したいし」
「だろうな、二人はどうするの?」
ロンは俺とキニスに質問をしてきた。
「受けるよー、ビーターになって相手の顎の骨を砕きたいんだ!」
極めて物騒な理由に場の空気が一瞬凍りつく、一応ブラッジャーで相手選手を攻撃するのは違反ではないが…
ハリー達の顔は青ざめていた、いつもの笑顔もこうなると狂気の笑みにしか見えない。
「キリコも受けるよね?」
「いや、俺はやらない」
「え!? あんな箒上手いのに!?」
キニスだけで無く、ハリーやロンも驚いていた。
どうも去年の一件で、いつの間にか俺はハリーと並ぶ逸材という事になっているのだ。
そもそも俺はクィディッチに興味も無ければやる気も無い、そもそもそれ以前の問題として―――
「俺は自分の箒を持っていない」
そういうことだ、別に授業を受ける時困る訳でもないので、未だ学校のシューティングスターを借りている。
仮にこれで参加しても、シューティングスターは蝶よりも遅いと言われる品物だ、戦力にはならないだろう。
「勿体無い…絶対活躍出来るのに」
そう言ってはいたが、箒を持っていない以上どうしようもないと考えたのかそれ以上言ってくることはなかった。
「あ、そういえばこれ誰のか分かる?」
ローブの中から取り出したのは、少し高そうカバーの本だった。
しかし本その物は色褪せておりかなり古そうである。
ハリーが本を手に取りながら質問する。
「…これ何処で拾ったの?」
「グリフィンドール寮の近く、だから知ってるかなって思ったんだけど」
「中身を見れば分かるかもしれないわ」
ハーマイオニーはそう言うと、本をパラパラとめくっていく。
しかし中には名前はおろか文字も書かれていない。
「なんだこりゃ? 何も書いて無いけど」
「ノート…かなあ?」
「それも変よ、こんなに古いのに使ってないなんて」
その怪しい本は最終的に、ロンが監督生である自分の兄、パーシーに渡す事になった。
怪しいといえば怪しいが、何かの禁書という訳でも無いのだから、誰かの落とし物で間違いなさそうだ。
仮に危険な物だったとしても、その場合は監督生経由で教員に伝えられるはずだから大丈夫だろう。
しかし、その認識は甘かったと俺は知る事となる。
あの時から体に纏まりつく嫌な予感、あれがその正体だったのだ。
それに気付かなかったのは、友を得た安心か。
それとも愛すべき平穏が感覚を鈍らせていたのか。
だが、今の俺はそれを否定しない。
だからこそ、戦いの炎が上がれば俺は戦う。
ただそれだけの事だ。
飛ぶ黄金、起きる歓声。
こわばった腕が箒をを走らす。
鉄塊が、選手を外れ、虚しい音を立てたとき、
皮肉にも、生の充足が魂を震わせ肉体に溢れる。
クィディッチ。
この、危険な遊戯が、これこそがこの世に似合うのか。
次回「選考」。
シーカーが動けば、試合が決まる。
久々のグルメ回、愉快なロックハート、雑談の三話でお届けしました。
尚ピクシー小妖精が出なかったのは、直前の授業で流石に懲りたからです。
万一また放ってたらキリコの手で教室ごと爆破されていました。
スプラッター映画にならなくてよかったですね!