運良く逃げ切った後、あまり双龍橋から離れてはいないが一旦休憩を取ることになった。一度完全に撒いたら簡単には追ってこないだろうという判断だ。それに双龍橋が謎の勢力に襲撃されているような状況では迂闊に動けないだろう。
「ここからガレリア要塞までは道のりに進むだけだ。まだ結構な距離があるからしっかり休んでおけよ。」
「トヴァルさんはこの辺りに詳しいんですね。」
「ああ、まあ遊撃士の仕事で結構来てる。」
そろそろ行くか、と全員が腰を上げた時リィンとフィーが同時に頭上を見上げた。他の面々も遅れて見上げるがそこには何の変哲も無い岩があるだけだった。
「どうした、何かいたか?」
「見た感じ岩だけだな。リィンとフィーは何か見えたのか?」
正体は《西風の旅団》だろう。ゲームならばこの先戦う相手になる。初回プレイ時には簡単に倒せる相手ではなかった。どのキャラもそうだが基本本気で戦っていないようだから底が見えない。いくらステータスが高くても油断は許されないだろう。
「ーーいや、気の所為だっだみたいだ。」
「何でもない、早く行こう。」
各々は時々背後を気にしながらもガレリア要塞へ進んで行く。時折邪魔してくる魔獣も敵ではなく、順調だと言えるだろう。
勿論双龍橋からの追跡を警戒しつつだが世間話が出来る程度の余裕ができた。
「そう言えばナギトはどこに行ってたんだ?いつ合流したかは……まあもう何も言わないよ。」
「あはは、元から影が薄かったからねぇ。」
「これは酷い……。」
マキアスとエリオットから精神へ向けて強烈な一撃を加えられた。俺のコンプレックスになっている影が薄いという事実は例え世界が変わっても同じらしい。
……今から努力をすれば治るかな。
「ちょっと散歩だよ。双龍橋の方までな。帰り側に丁度歩いているリィン達が見えたからスッと紛れ込んだんだ。」
「双龍橋まで?」
「ん、そう言えばいきなり双龍橋が騒がしくなってた。もしかして……。」
「ん〜!!何だろなーあれ!ほら見ろよ、分かれ道だぜ!ガレリア間道って一本道じゃなかったんだな。でもおかしいな、街道から結構外れてるみたいだぞ?」
ほぼ間違いなく地霊窟に繋がっている道を、自分でも大根役者っぷり全開なオーバーリアクションで伝える。案外チョロい可能性に賭けてみた。
チラッと横目で覗き見ると五対十あるジトッとした目がこちらを見ていた。完全に失敗だ。
「ちょっとわざとらし過ぎたか……。」
「ちょっと?」
「け、結構だったかな。」
「わざとらしいとかの次元じゃない。何もなくても疑うレベル。」
今度はリィンとフィーによる連携攻撃でメンタルを削ってくる。マキアスやエリオットといい、体力が多いからって精神攻撃は如何なものか。
「まあそれは置いといて、とりあえず行ってみないか?」
「追手が迫っている可能性もあるからあまり時間は取れないと思うぜ。」
確かにどこかの誰かの所為で時間が限られているがそれでも行っておくべきだと思う。どちらにしろ後々来る事になるが一応だ。
「あそこに見えるのってガレリア要塞の外壁だろ?もう少し行けば到着だし、ほんの少しで良いからさ。」
そこまで言うならと大きく街道を外れた道に進む。特に障害物もなく、奥まで進むと崩れた廃墟のような建造物が見えてきた。一瞬ただの巨大な岩にも見える。
「あれは……。」
「建物?」
「古びた遺跡に見えるが……。トヴァルさん、これは一体なんですか?」
「見覚えがないな。前に来た時はなかったはずだぞ?」
トヴァルの言葉に全員が驚いた顔をする。俺も驚いた顔が引きつっていなかったか自信がないが。
確かに以前なかった遺跡が突然現れたとなれば恐ろしいものを感じるだろう。現実世界で言えばいきなり廃病院が出て来たようなものだ。絶対に関わりたいとは思わない。
「扉の向こうからの妙な気配、もしかしたら上位属性が働いているのかもしれない。」
「上位属性か。たしかトールズ士官学院の旧校舎もだったか。」
俺の言葉を受けてか、全員が黒い猫、セリーヌに注目が集まる。周りの空気を読んでかため息を吐くような動作。
「……まあ、今は関係ないわね。立ち寄るなら止めはしないけど。」
「今は?」
「よくわからないんだけど……。」
「……これは要塞に向かう前に調べた方が良さそうだな。」
「ほら、俺の勘っていうのか?当たっただろ。」
知っていた事をいかにも凄くないかと自慢しているようで申し訳ないが、怪しまれないためには仕方がない。若干セリーヌが疑うような視線を向けてくるが、本当に偶然アピールをしているうちになくなった。心臓に悪いからやめていただきたい。
「注意しながら進もう。」
全員がいつでも武器を構えられる状態で扉をゆっくりと開く。古い遺跡にしてはあっさりと扉が開ききり、中へと進む。
一歩入るとそこはまるで別世界に迷い込んだような錯覚が訪れる。
時折ホタルのような小さな光が飛んでいて、身体の温度が数度下がり背筋に悪寒が走る感覚。
間違いなく上位属性が働いている証拠だ。
「階段は下に向かっているな。」
「遺跡が崩れたら生き埋めかよ、危険だな。」
「大丈夫、そう簡単に崩れたりしないわ。安心なさい。」
半信半疑な状態で階段を下ると、再び現れた扉。言葉を交わす事なくアイコンタクトで意思を伝え合うと、エリオットとマキアスが左右から扉を押し開け、リィンとフィーと俺、少し遅れてトヴァルが中に入り、最後にエリオットとマキアスが入ってくる。
「へえ、案外小綺麗だな。」
「本当に遺跡って感じだな。こういう雰囲気嫌いじゃない。」
「ナギトは本当に探索とか好きだよね。」
「良いだろ別に!」
先ほどから執拗に弄ってくるVII組メンバーに強めに言い返すと笑いが響いた。
不本意ながらも良い感じに緊張感が和らいだ気がする。
「さ、ガレリア要塞にも行かなきゃいけないんだ、急ごうぜ。」
「ああ、上位属性も働いている。慎重に進もう。」
「魔獣もいるみたいだし。」
リィンの掛け声を合図に安全を確認しつつ進んでいく。ここの仕掛けは覚えていないが初めの方だし大掛かりな仕掛けではないだろうし、魔獣にしても相手にならないのではないだろうか。
……そう思っていた時期が俺にもありました。
「うああああ!!」
「ちょ、ナギト!?」
「あんまり暴走すんな!」
小型の魔獣ならまだ良かった。問題は大型の強敵に分類される魔獣だ。姿形が完全にG……そう、完全にゴキブリなのだ。
姿を見た瞬間抜剣、即斬。ブシュっという手応えとともに気持ちの悪い悲鳴が響き、光を散らすように消える。
手の中では嫌悪感のある手応えと鳴き声が脳内で無限ループ。
「うえ……気持ち悪い……。吐きそう……。」
「そう言えば前から虫型は苦手だったね。」
「でもここまで酷かったっけ?」
「この惨状は完全に重症じゃないの、どうするのよ。」
完全に地面に座り込み頭を抱える。小さい虫ならまだ耐えられるが、人より大きなサイズ、しかもゴキブリが相手では耐える自信がない。
こんな気持ち悪い奴いたか!?よく考えたらいたような気がする……。
「しょうがない、あれをやろう。」
「ん、準備は出来てる。」
俺とトヴァルが疑問符を浮かべているところにリィンが突然俺の背後に回って腕を完全に拘束する。
どうにか外そうともがくが、力が入らない押さえ方をされ動けなくなる。エリオットとマキアスが足を押さえ、抵抗が止まった瞬間フィーが白い布で目隠し。そのまま背中側で腕も固定され口も何かで押さえられる。さらに両足も捻られて拘束。
「ん〜〜!ん!ん!んーーー!!!」
「ごめんね、ナギト。苦しいだろうけど我慢しててね。」
「良し、改めて慎重に進もう。」
フィーの転ばせるよ、という声が聞こえ、足払い。真っ暗闇で頼りの地面の感覚すら失われ、上下感覚がなくなる。受け身も取れずに叩き付けられ、意思には従わずに足が浮く。
おそらく両足の布は長くなっていて誰かが握っているのだろう。そしてまさかと思っていた通り引きずられ始めた。
道の凹凸の度に身体が飛び跳ね、打ち付けられる。いくら頑丈な身体でも怪我をしているらしく、痛みはないが代わりにすごく熱い。
「ん〜!(離せ!)」
「あ、ごめんね。痛かったでしょ。……ティア!また痛くなったら言ってね。」
エリオットの好意によって回復した側から傷が増え、再び癒える。一種の拷問なんだろうか。
トヴァルの鬼だ……という声だけが唯一の救いだった。