ケルディックに戻ると、マキアスが変装だと眼鏡を外した。レーグニッツ帝都知事のおかげで特に警戒されているらしいが、眼鏡を外しただけで分からなくなるならこの世界は犯罪が絶えないと思う。コンタクトもあるようだしそこまで無能ではないと思うのだが。
「案外分からないものだな。」
「そうか?一目でわかりそうなものだけど。」
「末端の兵士には特徴くらいしか伝えられていないだろう。眼鏡は大きな特徴だからな。下っ端連中はこれで問題ないさ。」
「まあ遊撃士のトヴァルさんがそう言うならそんなもんなのかもしれないな。それよりリィン。俺は少し別行動しても良いか?」
「これからオットー元締めに挨拶に行く予定だがナギトは行かないのか?」
「少し用事があってな、定時連絡までには戻るよ。多分。」
多分って良い加減なというマキアスの呟きが聞こえたが聞こえなかったフリをして三人から離れる。記憶が正しければこの後オットー元締めから依頼を受けるはずだ。薬草探しは兎も角として魔獣退治に参加すると強さというか強力なステータスがバレる。リィン達にレベルの概念があるか分からないが、一応レベル上げの為に戦闘にはあまり介入しない方が良いだろう。
ゲームでは負けイベントで勝ってもストーリーは問題無く進むがここではどうなるか分からないし。
リィン達が見えなくなるとすぐに一目につかない影に入る。今から試すのはアイテムだ。個数が無限になっているステルス薬を取り出す。
「瓶に水が入っている様にしか見えないな。」
意匠を凝らした瓶の方が珍しいくらいだ。と言うか中身を処理して瓶を売るだけで大量のミラを稼げそうな気がする。
薬というくらいだから飲む物なのだろうが、まずは腕にかけてみる。丁度ステルス薬に触れた部分だけが透明になった。塗った量が少なかった為かすぐに元に戻る。武器を隠す用途などに使えそうである。
次に、瓶に口を付け一気に飲み干す。不味い味を想像していたが、ほのかに甘くて美味しかった。飲み水がわりに幾らでも使えそうだ。
自分の身体が半透明に見える。完全に効果が出なかったと疑問に思ったが、窓に自分の身体は一切写っていなかった。予想だが、消えている本人の身体は見えるようになっているのではないだろうか。
「効果時間は……と切れたか。時間にして約一分。」
延長できるかという実験で三本同時に飲んでみる。効果は無事に延長し、三分間透明になる事が出来た。色々と試したが音や匂いは消す事が出来ないようで、鼻が良さそうな犬には簡単にバレた。しかし身体に振りかけると匂いも消す事が出来るようで、潜入時には音だけ気を付ければ余程の事がなければ完璧に気配を断てる。
「少し遊んでみるか。」
ステルス薬をカブガブと飲み干し、おそらく十分程は透明でいられるだろう。悪用はしないにしても簡単に情報は集められそうだ。貴族連合の兵士に近付くとどうやら戦果を上げたいだの何だのと欲望に塗れた会話が大半を占めていた。貴族なんてどこもこんなものなのだろうか。
大市でやたらと絡んでいる兵士を背後から一撃加え追い返すと丁度ステルス薬の効果が切れる。
「っと効果切れか。時間には要注意だな。」
結局愚痴を聞いただけで終わった。だがステルス薬の効果は申し分ない事も確認できた。異常なほど気配に鋭いリィンの周りをうろちょろしても気が付かれる事はなかったからだ。リィンの間合いに侵入した時に一瞬反応したのはステルス薬が凄いのか、それともリィンの気配察知能力が高いのか。
「ついでに少し作って置くか。」
雑貨屋で水を大量に買い、作業しやすい大市の外れに行く。樽で買った水にステルス薬を混ぜる。匂いを消す為だけの効果しかない希釈ステルス薬の量産だ。
わざわざ調整して少し振りかけるなんて手間を省くためだ。一切透明にならないが匂いだけは完全に消す事が出来るレベルにすると、便利な副次効果で効果時間がなくなった。つまり消臭剤として使えるのだ。
「長旅のお供にって感じか。普通に売れそう。」
使い終わった瓶を洗って希釈ステルス薬を入れてアイテム欄に入れ、残りは樽のまま収納。希釈ステルス薬も腐る程完成した。
「案外時間余ったな。先に戻っても良いんだけど……。」
その時、ふと黒いコートを着た人が何人か目に入った。別段違和感があるわけではなく、少し多いなと思った程度だが一度疑問に思ってしまうと怪しさが際立っていた。何よりゲームでは存在しないはずだ。……追跡してみるか。
本日何本目になるか分からないステルス薬を飲みくだし、一番偉そうにしている黒コートを追う。希釈出来るんだから濃縮もして飲む量を減らしたいところだ。
「作戦はどうした。」
「全ては計画通りだ。」
「作戦……計画……?」
「誰だ!」
急いで口を閉じ、ステルス薬を追加で取り出し服用。声を出してしまった事を後悔するが、今は息を潜める事に集中する。
気のせいかと呟き黒コート達は別れる。狙いを絞っていた方に一定の距離を保ち尾行を続行。黒コートはケルディックを出ると風車小屋の前を通り過ぎる。
「このままだと定時連絡に間に合わないかもな……。いや、こいつらを放って置く方がヤバイな。」
執拗に背後を警戒する黒コートのせいで何本追加したか分からないステルス薬を永遠と胃に収めていく。軽く二リットルは飲んでいそうだが案外腹には来ないようだ。
方向的には双龍橋に向かっているようだ。検問の兵士に二言三言話しかけると双龍橋の中へ兵士に連れられて歩いて行く。黒コートの仲間は様々なところにいるらしい。
「全てはあの方の為だ。手は抜くな。」
「分かっている。」
あの方という曖昧な表現も聞こえてきた。味方しかいない状況で尚名前すら呼ばないという事はよっぽど警戒心が強いのか、それとも魔神とかで名前を呼ぶ事すら憚られるのか。
完全にだらけきっている兵士の横を簡単に通り抜けると黒コートの後ろまで足音を忍ばせつつダッシュ。たった一回、小石を蹴っただけで気が付かれそうになり焦った事以外は順調だ。五感が鋭いのは厄介だな。
「そこにいるのは誰だ!」
「名を名乗れ!」
突然大声を出した兵士に顔を向けると此方を睨んでいるようだ。視線の延長線上には怪しい人物はいない。黒コートの事かと思ってそちらを見るが、慌てた様子を見せるものの咎められている雰囲気ではない。ふと自分の身体を見ると本当に僅かではあるが透明化が解けかけている。
時間はまだ十分にあるはずなのにと頭を混乱させながら荷物の中に飛び込む。急いでステルス薬を追加し、ケルディック方面へ全力で逃げる。荷物に隠れた後は無事気が付かれなかったようで、辛くも逃げ切る事が出来たようだ。
双龍橋を振り返り見ると、全体が慌ただしくなり再侵入は不可能に近い。リィン達が来る前にまずい事をしてしまったなと頭を抱えながら検問の隣をすり抜ける。
人目がなくなったところでやっと一息をつく事が出来た。誰かを追跡するというのは驚くほど疲れる。ストーカーなんて人種は精神的体力が人間の限界を超えているのではないだろうか。
「定時連絡には間に合わないな。だったらもう合流ポイントに直接行ってもいいか。」
双龍橋の近くの合流ポイントは街道を途中で曲がったところだ。変わっていなかったらという条件付きではあるが。
リィン達に心配はかけていると思うがまあ大丈夫だろう。作戦は、道の途中で潜伏して魔獣達と戦っている最中にシレッと混ざる方向でいこう。案外違和感なく溶け込める方法だが誰にでも出来る芸当ではない。存在感が薄く気が付かれにくい者だけが使える奥義にして究極の技だ。これは生まれつきの才能が特に大切になってくる。クラスメイトにコツを聞かれた事もある程使い勝手が良い。……寂しさが胸にクリティカルヒットした。
「辞めよう、こんな悲しい話は思い出すべきじゃない。」
頭を左右に振り、悲しい記憶を追い出すと手頃な木陰に腰を下ろす。久しぶりに座った感覚に感動を覚えながらリィン達を待つ。
「ステルス薬、か。もう少し研究した方が良いな。」
過信しすぎないように注意しようと新たに決意を固めた。
黒の騎神ですがIIIに出てくるようですね。現時点では別物として扱う程度の案しかありません。ただどちらにしろまだまだ先の話なので今はこのまま続けたいと思います。上手い具合に何とかしたいと考えていますのでよろしくお願いします。