「ジェラール・フェルナンデス、連邦反逆罪で貴様を逮捕する。」
手枷を付けられるジェラール。彼はそれに一切抵抗をすることなく、ただただ受け入れるだけだった。
「待ってください!ジェラールは記憶を失っているんです!!何も覚えてないんですよ!!」
「刑法第13条により、それは認められません。
もう術式を解いてもいいぞ。」
「……」
部下に術式の解除を命じるラハール。ただ職務を全うするラハールを見て、マルクは拳を握りしめていた。
「で、でも!」
「いいんだ、抵抗する気は無い……君のことは最後まで思い出せなかった。本当に済まない、ウェンディ。」
「……この子は昔、あんたに助けられたんだって。」
「……そうか、俺は君たちにどれだけ迷惑をかけたのか知らないが、誰かを助けたことがあったのは嬉しい事だ。
……エルザ、色々ありがとう。」
シャルルの言葉を聞き、満足そうにするジェラール。悲しそうな顔をするウェンディを見て、マルクはある決意を固め始める。
そして、悲しそうな顔をしている者がもう一人。エルザである。悔しそうに歯を食いしばり、顔を俯かせ、拳を握り締める。
「他に言うことはないか?」
「あぁ。」
「死刑か無期懲役はほぼ確定だ。二度と誰かと会う事は出来ないぞ。」
ラハールの説明で、ジェラールはそうなることを受け入れるかのように、驚きすらもせしない。反対に、ルーシィやウェンディは驚きや悲しみでその表情を曇らせていた。
それが引き金となったのか、ジェラールを取り戻さんと━━━
「「行かせるかぁっ!!」」
ナツと、マルクが飛び出していた。ナツは評議院に殴りかかり、マルクは評議院の一人一人を押し分け掻き分けすすんでいこうとしていた。
「ナツ!?」
「相手は評議院よ!?」
「マルク……!?」
「どけぇ!そいつは仲間だぁ!!連れて帰るんだァァァ!!」
「と、取り押さえなさい!!」
ラハールは、スグに部下達にナツを取り押さえるように命令を下す。そうして大量の評議員に囲まれる瞬間、部下の一人をグレイが弾き飛ばした。
「グレイ!!」
「こうなったらナツは止まらねぇからな!!気に入らねぇんだよ……!ニルヴァーナの破壊を手伝ったやつに、一言も労いの言葉もねぇのかよォ!!」
グレイの言葉に皆思うところがあったのか、評議員相手に動き始める。
「それには一理ある……そのものを逮捕するのは不当だ!」
「悔しいけどその人がいなくなると、エルザさんが悲しむ!!」
『エルザの為に』『ジェラールの為に』皆大義名分を掲げて評議院一人一人を殴ったりしてジェラールへの道を作っていく。
「もう、どうなっても知らないわよ!!」
「あいっ!」
「ジェラール……さんが居なかったら
何より……ウェンディに涙を流させやがって……!」
思惑はあれどジェラールを取り戻す、それが全員の願いであった。悲しむ者を悲しませないよう、ニルヴァーナの功績も含めればそれを考慮してもいいはずなのに、一顧だにしない評議院に腹が立っていた。
「っ……!お願い、ジェラールを連れていかないで!!」
「来い、ジェラール!!お前はエルザから離れちゃいけねぇ!!ずっとそばに居るんだ!エルザの為に!!だから来いっ!!!
俺達がついてる!!仲間だろ!!」
「全員捕らえろぉぉぉぉぉぉ!!公務執行妨害及び逃亡幇助だ!!」
全力を持って捕えに罹る評議院。数だけはいるため、ナツも揉みくちゃにされていく。
「ジェラァァァァァル!!」
「もういい!!そこまでだ!!」
エルザの一喝。それで争っていた、ギルド連合軍側も評議院側も全員が動きを止めていた。
「騒がして済まない、責任は全て私がとる……ジェラールを、連れて、行け……!」
「エルザ!!」
恐らく、助けたいという思いはあったのだろう。しかしそれを飲み込んで押さえ込み、エルザはジェラールに罪を償わせる選択をした。
この場の誰よりも、悲しそうで悔しそうな表情を浮かべながら。
「……そうだ、
「……あぁ。」
そしてジェラールは評議院に連れていかれた。最後の一言の意味は、恐らくエルザだけが分かったのだろうと、マルクは感じていた。
ウェンディも、エルザの考えを受け入れた。マルクはウェンディの為を思ってジェラールを取り戻そうとしたが、ウェンディがエルザの考えを受け入れたのでしかたなくその拳を下ろしていた。
「……ウェンディ、良かったの?貴方も、あの男と一緒にいたかったでしょ?」
「……私より長い付き合いで、私よりジェラールの事を知ってるエルザさんが……多分、私よりも大事に思っていたエルザさんが我慢したんだもん……私も、我慢しないといけないんだと思う。」
「……あんたがそう言うなら、私は何も言わないわ。」
「ウェンディ、その……」
「大丈夫だよ、マルク……私は、大丈夫。」
空を見上げると、空は怖いくらいに緋色に染まっていた。既に夕方、空を染める緋の色は太陽から離れるにつれて暗く染まって行く。
まるで悲しみを表すかのように、緋色の美しい空には、悲しみの黒が混在していたのであった。
「……そういやずっと思ってたことなんだけどよォ。
「あぁ……言われてみれば俺も全く存在を知らなかったな。今回の作戦で初めて名前を知ったくらいだ。ジュラさんは?」
「……考えてもみれば、聞き覚えが無かったな。」
ギルド化猫の宿、ギルド連合軍の全員が今はこの場に集っていた。ギルドマスターの好意により、ボロボロになった服の代わりに新しいのを用意させてもらうのと同時に、お礼がしたいとの事だった。
「やっぱりウチは無名なんですね……いえ、なんとなく分かってはいましたけど……」
「あまり街に出てこようとしなかったのではないか?集落全体がギルド……考えてみればとんでもない事なのだが、しかし街へ通じる道があれでは、一般人が来るにはいささか不都合も生じるだろう。森が多いからな。
そのせいで無名だった可能性もある。」
「それあんまりフォローになってないだろ……だがまぁ、ギルドとしての仕事をしていなくても織物でやっていけそうだと思うがな。いいデザインだと思うぜ、なぁリオン。」
「そうだな。俺も気に入ったよ。」
「そう思うなら服着てください二人共……兎も角、そろそろ出ましょう。マスターたちが待ってるでしょうし。」
そうして、全員が外へと出る。集落の中央で化猫の宿とギルド連合軍のメンバー全員が集まっていた。
「
よくぞ
「どういたしまして!マスター・ローバウル!!六魔将軍との激闘に次ぐ激闘!!楽な戦いではありませんでした!!仲間との絆が我々を勝利に導いたのです!!」
「「「さすが先生!!」」」
「ちゃっかり美味しいところ持っていきやがって。」
「あいつ誰かと戦ってたっけ?」
「まぁ、言ってることは間違いじゃないと思いますよ。」
改めて六魔将軍との戦いを終えたのだと実感する面々。ようやく終わったことへの達成感などで皆気分が良くなってきていた。
「この流れは宴だろー!」
「あいさー!!」
テンションが見るからに高いナツとハッピー、そしてさらにテンションの高い青い天馬がそこにはいた。
「一夜が。」
「一夜が!?」
「活躍。」
「活躍!!」
「それ━━━」
「「「「ワッショイワッショイワッショイワッショイ!!」」」」
「さぁ化猫の宿の皆さんもご一緒にィ!?」
「ワッショイワッショイ!」
「ワ━━━」
謎のダンスを踊っている青い天馬の面々、そしてそれに便乗して踊り出すエルザを除いた妖精の尻尾の面々。一夜が一緒に踊ることを提案したが、ウェンディ、シャルル、マルクを除いた化猫の宿のメンバー全員が真剣な顔で黙っていた。
テンションの上がっていた面々は、その空気に面食らってすぐに大人しくなった。
「……皆さん、ニルビット族のことを隠していて、本当に申し訳ない。」
「そんなことで空気壊すの?」
「全然気にしてねーのに……な?」
「マスター、俺もウェンディも……シャルルだって、この場にいる誰も気にしてないですよ?」
マルクの言葉を聞き、ローバウルは深呼吸をする。真剣な表情から、何か緊張するかのような雰囲気が出ていた。
「……皆さん、ワシがこれからする話をよく聞いて下され。
まず初めに……ワシらはニルビット族の末裔などではない、ニルビット族そのもの……400年前ニルヴァーナを作ったのは……このワシじゃ。」
「400年前って……え……?」
ローバウルが語る真実。その言葉に誰もが驚きと動揺を隠しきれていなかった。ウェンディやマルク、シャルルの化猫の宿の面々が1番困惑していた。
「400年前……世界中に広がった戦争を止めようと、善悪反転の魔法『ニルヴァーナ』を作った。
ニルヴァーナはワシらの国となり、平和の象徴として一時代を築いた……しかし、強大な力には必ず相反する力が生まれる。闇を光に変えた分だけ、ニルヴァーナはその闇を纏っていった。
……バランスを取っていたのだ。人間の人格を無制限に光に変えることは出来なかった。闇に対し光が生まれ、光に対して必ず闇が生まれる……人々から失われた闇は、我々ニルビット族にまとわりついた。」
「戦争で起こる闇を……一民族が全て受けるって……そんなことになれば……」
「マルク、お主の考えている通りじゃ……ワシらはそのまとわりついた強大な闇に翻弄された。
地獄じゃ……ワシらは共に殺し合い、全滅した。生き残ったのは……ワシ一人だけじゃ。」
全員が驚愕していた。400年前から生きている人物、更に隠されていたニルヴァーナの真の闇。その全てに驚き、動揺し、困惑していた。
「……いや、今となってはその表現も少し違うな。我が肉体はとうの昔に滅び、今は思念体に近い存在。
わしはその罪を償う為……また、力無き
「そ、そんな話……」
「役目が終わったって……何なんだよ……」
マルクとウェンディが、謎の不安に震え始める。しかし、ローバウル……否、化猫の宿の面々がその体を光り輝かせ、次々とその姿を消していく。
「マグナ!?ペペル!?何これ……皆!?」
「あんた達!?」
「なんで、なんでみんなが消えて……!?」
「……今まで騙していて済まなかったな。ウェンディ、マルク……ギルドのメンバーは皆、ワシの作り出した幻じゃ……」
「人格を持つ、幻……!?そんな、そんなのって……」
涙を流し始めるウェンディとマルク。仲間だと思っていたのが幻だった……そして、その幻が今解かれようとしていることに、涙していた。
「ワシはニルヴァーナを見守るために
少年のその真っ直ぐな瞳にワシはつい、承諾してしまっていた。一人でいようと決めていたのにな……そして、ここがギルドだと嘘をついた。幻の仲間たちを生み出してな……」
「その後に……ジェラールが、ウェンディを連れてきて……ウェンディの為に作られたギルドで……俺は、ギルドができた後にやってきた……?
化猫の宿は……ウェンディのために、作られた……ギルド……」
「ウェンディと同年代の子供が来た時は何事かと思ったよ……その上
「何昔話みたいに語ってるんだ!みんな、みんなまだ一緒にいたい……いたいよ!!」
「バスコもナオキも消えないで!みんないなくならないで!!」
涙を流しながら、彼らが消えていくことを拒み、化猫の宿の面々とずっと一緒にいたいという願いを伝えるウェンディとマルク。
その言葉に、ローバウルは微笑みしか返さない。消える覚悟は決めた、と言わんばかりに。
「ウェンディ、シャルル、マルク……もうお前達に偽りの仲間はいらない……本当の仲間がいるではないか。」
ローバウルはそう言いながら、ウェンディの後ろにいるギルド連合に指を指す。そして、満面の笑みでウェンディ達を見る。その姿は、瞬きをしてしまえば消えてしまうのではないか、と思えるくらいに薄くなっていた。
「お前達の未来は始まったばかりだ……」
「「マスター!!」」
「皆さん本当にありがとう……ウェンディ、シャルル、マルクを……頼みます。」
手を伸ばすウェンディ達。しかし、その手は届くことなく……マスター・ローバウルは、完全に姿を消した。
その後すぐに、ウェンディ達に刻まれたギルドの紋章も消えた。役目を終えたかのように。
「マスターーーー!!」
「マスター……マスター……!」
二人は膝をつき、涙を流す。その肩に、後ろからエルザが安心させるかのように手を置いた。
「愛する者との別れの辛さは……仲間が埋めてくれる。来い、妖精の尻尾へ。」
この日、ギルド『化猫の宿』は姿を消した。3人のメンバーを残して。ニルヴァーナが消えた当日に役目を終えて、姿を消したのであった。
そして、