「ごがぁ!!」
「もっとだ!もっとだ!!」
殴ればかわし、反撃として攻撃しようとしたら先に攻撃をされる。先程からのやり取りは、このようなものばかりだった。
イービラーが殴り、地面が大きくえぐられる。それを軽々とグラトニーはかわしていく。
「くそ、くそっ……!」
「何も出来ない悔しさか?それとも怒りか?もしかしたらどっちもか!?だが、お前は俺に触れない!何も力を持たない『人間』では土台無理な話だ!!」
それを、イービラーの頭で眺めているマルク。だが、1番嫌そうな顔をしているのは彼だけだった。
自分では何も出来ていない、イービラーの力になることが出来ないことが、彼は1番悔しがっていた。
「マルク!お前は力を持たんでいい!あっしが守るからだ!!」
「守られてるだけで、いい訳ないだろう!!俺だってイービラーを守りたいんだ!そのために強くなったんだ!!」
「だがその力は元々俺のだがな!!人の力で強くなっていい気になったのか!?滑稽だ!!」
「っ……」
「反論出来ないか、出来るわけないな!悪魔の力を借りていたのだから!!」
グラトニーは、ハイテンションになりながら攻撃を避け続けている。ずっと激しい攻撃をかわし続けているにも関わらず、彼には疲労のひとつも見当たらなかった。
「ぐ……」
「ははは、疲れてきたかイービラーよ。当たり前だな…お前は俺との戦いで、確かに俺には勝っていた。
だが、それはお前の電撃あってのものだ。今のお前では俺には到底相手にならない、下位互換なのだからな!!」
「俺が、俺が戦えていれば……!」
「……それに、及ばん!!」
吠えるイービラー。それにマルクは下唇を噛み締める。頼られないのが、彼にとって今最も避けたかったことだ。
割り込んだのは自分である。しかし、自分の親だけが戦っていて何もしないまま逃げるのだけは、したくなかったのだ。
「さてイービラー、貴様はあとどのくらい戦える?何時間、いや何分か?」
「何を…」
「……それを聞いて、なんになる。」
「分かっているぞイービラー、お前は既に『死んでいる』」
グラトニーの言葉を聞いて、マルクは本気で何を言っているのかわからなかった。
目の前にいるにも関わらず、イービラーが死んでいるとはどういうことなのだろうか、と。
「貴様!」
「怒るなよ怒るなよ……ならどう説明するつもりだった?どうせ正直にしか喋れまい。
だったら……俺から語っても問題なかろう。」
「だからと、だからと言って!!」
「怒るな怒るな……あ、いややっぱり怒れ。そちらの方が戦いがいがある。」
「本気を出していないのはわかっている!!あっしをなめているのか!!」
困惑しているマルク、しかし執拗なイービラーの怒声の中に否定する言葉は入っていなかった。それどころか、寧ろ肯定とも取れる意見を言っていた。
「なめているさ、当たり前だ。貴様の雷は死んだ、そしてそれがなくなった貴様には、ある意味で絶望している。」
「貴様の絶望なぞ━━━」
ふと、マルクは浮遊感を覚えた。だが、イービラーから手は離していない。それでも落下し始めていた。
ならば、自身でなければ落下しているのはなんなのか。
「絶望しているさ……
「イー、ビラー…?」
「ご、は……!?」
「貴様の雷が強くなったのなら、俺はやられていたかもしれない。その雷の延長線にて、俺のような能力を有していたのなら、圧倒的にやられていたかもしれない。」
『そうでなければただの雑魚だ』と、一蹴した。地面に落ちたイービラーの頭から、マルクは投げ出される。
「……親を守れない悔しさはどうだ?それとも絶望に沈むか?」
「イービラー…イービラー!!」
「聞こえていない、か。それもまたよし。」
マルクは即座に駆け寄る。だが、首から下と首から上が離れ離れになっているのだ。もはや息がないのが当たり前だろう。
「ぁ……あぁ……!!」
「『俺に力があったのなら』と思ったな?思ってしまったな?その表情、絶望に染まっているな?
ここから覚醒すれば、お前は戦士だろう。だがしかし、このまま潰れれば……お前はその程度の人間だったということになってしまうな?」
グラトニーの言葉は、マルクの耳には一切入っていない。彼の目には、目の前にいるイービラーだけが倒れていた。
まだ何も話していない、まだ何も聞いていない。話したいことも聞きたいことも山ほどあったのに。
「っ!?イービラーの体が、光って……」
「やはり、魂だけの存在か。」
「魂だけ、だと‥?」
「その通りだ。そうだな…もう長居する必要も無いし、語るだけ語ってやろう。
フェイスも全滅したようだし、冥王マルド・ギールもやられたようだ。」
「簡単に説明しよう、イービラー‥いや、ヴァレルトと俺の過去をな。」
「そんなもの……!お前がどんだけ話したかろうが、俺には関係ない…!」
「うーん、そこまで興味を持たれないのか。流石に少し落ち込みそうだ。」
誰が見ても嘘だと思える。そんな様子で、全く声のトーンを変えずに言われても、信用ならないのだ。
「イービラー、イービラー……!」
「ふむ……」
「イービ…ん……?」
ひたすらイービラーの名を叫び、悲しんでいたマルク。だが、少ししてから気づいたのだ。イービラーの体が消えていく矢先、消えた部分の光の粒子が『魔力の塊』だということに。
「魔力…魂……」
「…マルク・スーリア、今貴様は何を考えた?」
マルクが何かに気づいた事を、気づいたグラトニー。その言葉は激しく言っているが、その顔は口角が上がっていてどこか楽しみに待っている子供の様だった。
「…はぁ、ぐっ!!」
マルクは、その場で『喰らい』始めた。何を?イービラーの体を構成していた魔力を、魂を、である。
「…ふ、ふははは、はははは、はははははは!!親を食らうか!そうかその魔力を体に取り込めば、魔法が戻ると思っているな!?
戻らん、戻るわけがないぞ!!何をするかと期待した━━━」
高笑いをし、実に楽しそうにしていたグラトニーだったが…一瞬で真顔に戻る。
「━━━俺が馬鹿だったよ。もう、何にも期待せん……死ね。」
「っ!!」
マルクに向けられる攻撃。その攻撃は、確かな殺意と……明確に相手を殺すほどの濃密な魔力が込められていた。
そうでなくとも、グラトニーの攻撃はまともに防御することが出来ない。
「………」
『これでマルクも死んだ』と、グラトニーがそう思いマルクもそう感じた瞬間……
「━━━あっしは、あいつの言う通り既に死んでいる身。アクノロギアによって、奪われたのだ。」
真っ暗な世界、確かに目の前で死んだはずのイービラーがそこにはいた。だが、マルクに返事をすることは何故かできなかった。
「だが、あいつの滅竜魔法によって魂を奪われる前に、なんとかマルクの体に避難した……それは、グランディーネやイグニールも同じだろう。
それが、あっしがお前さんの目の前に現れた理由。それが真実だ。」
続けざまに、イービラーは語っていく。答えられなかった疑問だけでも、解消していくかのように。
「お前さんは、元々人間だった。だが、とある理由により大怪我をおってな……その際、あっしの血を使って肉体を蘇生することにした…失いたくなかったのだ、お前さんを。」
ふと、頭の中に記憶が浮かぶ。だが、マルクが目の前にいることと、視点が妙に高いこともあり、これはイービラーの記憶だと判断出来た。
死んでこそいなかったが、体と頭から大量の血を吹いていた。マルクも生きていることが不思議なレベルである。
「その結果、お前さんは悪魔となってしまった……予想、できていなかった。出来なかったのだ……!」
謝るイービラー。自分を守ろうとしてくれたことを謝られるのは、どうにも複雑な気分になる。
自分を責めるな、と安易に言えないからだ。そもそも、返事もできない訳だが。
「……そして最後、あっしとグラトニーの関係性。
あっしがまだ…ヴァレルトと名乗っていた頃の話だ。その頃のあっしは、ただ強くなりたかった。人間共存派のドラゴン達と戦うために、強くなりたかった。」
イービラーは遠い目をする。あの時の自分を考えて、彼は何を考えているのか。それは、イービラー自身にしかわからないことだった。
「そんな時に、全てを食らう悪魔がいると聞いた。その悪魔を逆に食らい、強くなろうとした。
実際……その勝負に勝って、あっしはやつを食らった。食らったが……」
まるであのころを悔やむかのように、何故あんなことをしたのかと考えているようにも、見て取れた。
「…結果として……あっしは弱くなった。いや、新しいドラゴンとして生まれ変わったと言うべきか。」
自分の体を見渡しながら、イービラーはそう呟く。400年前から来たドラゴン、ヴァレルト。その本気の力を……いや、ヴァレルトだけではない。他のドラゴンたちも、おそらく本気らしい本気は出していなかったと、マルクは思った。
それほどまでに強力だったのは分かるが、だからといってイービラーが弱いと思ったことは1度もなかった。
「いいや弱くなったさ…そして、変わった自分を見て過去の自分を嘆いた。『なんと馬鹿なドラゴンだったのだろうか』と。」
1度見上げてから、再びイービラーは視点を戻す。その目は、慈愛のようなものを感じた。
「イグニールのように強くありたかった。グランディーネの様に雄々しくありたかった。メタリカーナの様に堅牢でありたかった。」
子供が親に憧れるように、何かを尊敬する気持ちがヴァレルトにもあった。それが、結果としてイービラーというドラゴンを生まれ変わらせる事となった。
「あっしの…ヴァレルトの思いはそのようなものだった。だが、失ってから気づいたのか…はたまた、別のドラゴンへと進化したことで憑き物が落ちたと言うべきか……『しょうもない』と割り切るようになった。」
当時のことは、深くは語らない。簡単なことだけを話すイービラー。時間が無いのか、それとも彼が語らないだけなのか。
「あっしにはあっしの、ヴァレルトとしての強さだけがあった。」
その言葉が何を意味するのか。『力を求めるな』『力に溺れるな』色々な意味を模索することは出来ようが、それも語らない。
「……言葉足らずか、そうなのだろう。だから、一言だけ伝えておこうマルク。
人であってもドラゴンであっても……力を求めすぎれば、別の何かに変質する。」
イービラーがそうだったように、怒りで悪魔になりかけていた大魔闘演武の時の自分のように、そして━━━
「アクノロギア、あいつもまた…力を求めすぎた結果なのだろう。だから…求めるのならば、せめて
まるで自分を省みるかのように、後悔があるようには見えないが…しかしとても寂しそうな目をしていた。
「なにかに変質してもいい、望んでいるのならば孤独になるのもいい……だが、決して溺れるな。」
イービラーの体が消え始める。手を伸ばそうとする、伸ばせない。その部位を、認識出来ない。
「……だから、お前がお前であり続ける限り…例え今が孤独になったとしても━━━」
「『自分を見失うな』」
「っ!?」
攻撃を弾くマルク。その行動に、グラトニーは驚愕するしかなかった。既に、イービラーの体は消え失せた。
だが、それとは別に消えたはずのマルクの魔法が蘇っていた。
「イービラーはドラゴンであってドラゴンでなかった。だから、自分は他のドラゴンとは違う……って、よく言ってたもんさ。」
「……何が言いたい?」
「東洋の文字は、特殊でな。同じ意味の言葉でも、全く別の形をした字があったりするんだ。
例えば……ドラゴンを意味する『竜』って言葉。」
グラトニーを無視して、マルクは話し始めていく。この状況も相まって、グラトニーの緊張感は一気に高まる。
「イービラーは、何故か東洋が好きだった。あいつは、自分のことをあっし、って呼ぶけど……東洋でそう聞いたらしい。」
「だから何を……」
「そう、だからイービラーは東洋の『竜』という漢字は使わなかった。あいつは、紫電竜から『魔龍』と名を変えた。竜でありながら、竜では無い……龍という文字。」
「……今一度聞くぞ、貴様は何を言いたい?」
「……俺は、一風変わった
マルクの両手に魔力が灯る。それが、マルクの覚悟を表すかのようにしっかりと、大きく。
「だからどうした?」
「返してもらうぜ…お前は既に死んだ身、その力は俺のものだ!!全てを守るために、人間を捨ててしまうほどのその力を!!みんなを、もうこれ以上誰も死なせないために!!」
拳を握り、マルクはグラトニーと相対する。過去との決別が、今を進むために今終わらされる。