フェイスは自爆した。大量に溜め込んだエーテルナノを、別の属性に変化させたことで、魔力の消失を防いだのだ。
だが、自爆の範囲内……自爆するように操作したマルクが、取り残されていた。
「……」
辺りは暗い。それはどうも、自分が目を瞑っているからではないようだった。
自分は死んで、ここは死後の世界なのではないか?とマルクはすぐに考える。だが、殺風景で真っ黒な空間に自分一人が立っていたとしても、なんとなく死後の世界ではない気がした。
「……」
誰もいない。本当に誰もいない。そう確実に思ってから、マルクの体から力が抜けた。
但し、倒れることはあっても地面に倒れ込む事は無かった。まるで、歩いてきた地面が急になくなったかのように、その場で一回転したのだ。
フワフワと、浮いている感覚。姿勢を維持出来ないまま、ただ回転し続けるしかなかった。
「……!」
そして、声が出ていないことにも気づいた。今の自分には、何もかもが足りない。歩くための地面も、話す為の声も。生きるための基盤とも言えるべき2つが足りない。
「…っ!…っ!」
誰もいない。そこには誰もいない。尊敬する人も、愛する人も、ともと言えるべき存在も、ライバルのような存在も。
そして何より、この場には敵も味方もいないこと。誰も自分を認知してくれず、また他の全てをマルクは認知することが出来ない。
「……本当に、そうか?」
「っ!?」
だが、その空間に響く1つの声。マルクは、その声のおかげで地面に倒れることが出来たし、声を発することも出来るようになった。
そして、後ろを見れば……そこには彼の親であるドラゴン、イービラーが鎮座していた。
「……マルク、あっしは…」
「…なんでこうして話せて、なんでイービラーが出てくるのかはわからないけどさ。
いつも、見守ってくれてたんだろ?」
「……」
軽く頷くイービラー。しかし、その顔は渋いものであった。マルクは少しムッとしたが、すぐに表情を笑顔に変える。
「そ、それならいいんだよ。ずっと見守ってくれてたってんなら…俺だって安心するし。」
「……しかし、お前には……もう━━━」
「イービラー!?待てよ、どこに━━━」
スッ…と突然消えるイービラー。それに驚いて、イービラーのいた所へ走ろうとしていたマルクだったが、そのマルクも意識を突然失ってしまう。
最後の一際、マルクは自分が持つありったけの不安を、内心で呟き続けた。特にこれといって意味は無いが、彼にとってそれが今一時的にでも不安を解消できる1つのことだったのだ。
「……?」
目を開けるマルク。ここはどこだ…と、起き抜けにそれを1番初めに考えた。
見渡す限りの平地。だがところどころ渓谷もあり、落ちたらまず助からないだろう。
「ドクゼリ渓谷から……いや、フェイスのあった場所は…?」
明らかに場所が変わっているのだ。フェイスのあった場所は、まず確実にフェイスの自爆のせいで吹き飛んだことだけは確実である。
「いででででででで!?」
動こうとして、起き上がろうとして。手に力を込めようとしたその瞬間に、マルクの体に激痛が走る。
いな、そうやって痛みを認識して、叫んだ瞬間にも体中に痛みが増え続けていく。どうやら、声で響いて体が痛みを感じているようだった。
「っ……!」
まず確信した。『全部が全部折れているまでは行ってないかもしれないが、全身の骨やら筋肉やらが悲鳴をあげてしまっているのだと。』
「ごはっ……」
軽く血を吐いた。一体何が自分の身に起こって、こんなことになっているのか。
痛みに耐えながら、ゆっくりと考えていく頭。そして、1つの簡単な答えに達する。
フェイスがあった場所といたところが違い、かつ高低差まで違う。そして、体中が痛む……つまり、フェイスの自爆によってそれ自体では確かにダメージはほとんどなかったのかもしれないが、吹き飛ばされてきたことが、大きな原因と言えるだろう。
「っ……!」
だが、マルクはこの時なぜ痛いのかだけを考えていたため、全く気づかないままだった。
自分の肌が、傷ついているところ以外はまるで生まれ変わったかのように綺麗になっていることに。
「……」
喋らず、呼吸も最小限にしながらマルクは思考を巡らせる。動けない、助けに行けない……そもそもウェンディは大丈夫なのか、と。
「気になっているな、半身。」
「っ!?」
覗き込んできているのは、幾度となくマルクの頭の中にイメージとして現れた黒い怪物だった。
だが、それは明確な言葉を持って、明確な意思と表情を持ってマルクを覗き込んでいた。
「おっと……動かない方がいい。お前の体はかなりぼろぼろだからな。今、俺がお前を食わないのは……ただのお礼だ。
とは言っても、なんで『お礼なんだ』って疑問があるが言えなさそうだな。」
「っ……!」
確かに、今のマルクは喋ることもままならないくらいに体を痛めていた。ボロボロ過ぎて、喋れない。
「まぁ聞いておけ。
お礼っていうのは、体と引き合わせてくれた事だ。何せ、復活出来たんだからな。」
聞きながら、マルクは考える。頭だけしかなかったのに、どうして体は全身残っているのかと。
「そんで、なんで俺達が分裂したか、って話だが……あのエゼルって名前の悪魔の攻撃、あれを受けた際に俺とお前が分裂した。
ほとんど覚えてないだろうが……俺はお前の鎧になってた、ってわけだ。」
「……」
「いやいや、確かに切れ味は凄まじかったな。倒れた後に、取り込ませてもらったがな。
魂すらも食らって、復活するかどうか怪しいなありゃあ。」
そういう悪魔。そして、じっと睨みつけているマルクを見て、嫌な笑を浮かべる。
「そう言えば、俺の名前を言ってなかったな……俺の名前はグラトニー、暴食の……グラトニー。
昔は悪魔仲間がいたんだがな……全員食って力にしちまったよ。っと、こう言えばお前は『仲間を食ったのか』って思うかも知んないがな……人間は人間、悪魔は悪魔だ。思想が相交わる事は無い。」
『だから説教はやめてくれよ?』と付け加えながら、笑い声をあげるグラトニー。だが、突然真顔になってマルクを見下ろす。
「ま……そういうわけだから、今回だけは殺さないでおいてやる。
あと一つ言っておくけどな……お前、もう魔法使えないから。」
それだけ残したあと、グラトニーはその場を去っていく。首を動かすことすら出来ないマルクは、呆然と見上げることしか出来なかった。
「っ……!」
なぜ自分は、敵に見逃されなければいけないのか…何故あの時ラボに近づいてしまったのか……マルクは色々なことを悔やみだす。
だが、どれもこれも後の祭りである。唇を噛むくらいしか、後悔を噛み締めることが出来ないが、それだけでも自分の事を考えるしかなかった。
「……」
だが、今のマルクは動くこともままならないどころか喋ることすらもままならない状況だ。
何もしていなくても、体が激痛に苛まれる。動けばいいが、動かそうとすると激痛が走りそれどころではない。
「……クー…」
「……?」
マルクの耳に、聞き覚えのある声が聞こえたような気がした。だが、彼女が近くにいるとはとても思えない。
「……ルクー、マ…クー……!」
気のせいではなかった。間違いない、確実に来ているとマルクは確信した。ウェンディである。
「いた!!マルク!!」
「よくそんな体で生きてるなお前……」
ボロボロの体を引きずって、ウェンディはドランバルトに支えられて来ていた。ワープで飛びながら、迎えに来てくれたのだろう。
「ごめんね……今、なんとか治すから……」
「しかしウェンディ、お前の魔法はこいつには……」
ドランバルトも知っているとおり、マルクにはウェンディの治癒魔法が通じないのだ。
だが、ウェンディが無心でかけた魔法……それは、マルクの体を確実に癒して、治していっていた。
「っ……効いて、る。」
「なんだと?おい、まさかお前だけ魔力が消えた……とかじゃないだろうな。」
「……魔力、というより…魔法が消えました。信じられなかったけど……俺は、魔法を失ったみたいです。」
「え…?ど、どういうこと?」
完全に治癒されながら、マルクはウェンディとドランバルトに、先程まで起こっていた事を話す。主に、グラトニーの話だが。
「……そんな事があったのか。」
「今の俺は、空気が詰まってない風船みたいなもんだ。
「だから、ウェンディの治癒が効いた理由だと思う。だから、ドランバルトも俺を担ぎながら、魔法を使えると思うぜ。」
「……確かに、ウェンディの頼みで安全な場所に運ぶことはあるだろうが…あんまり遠くには運べねぇぞ?」
マルクは首を振る。安全な場所などクソ喰らえ、今の彼が行くべき場所はもう既に決まっているのだ。
「冥府の門だ、そこまで運んでほしい。」
「なんだと!?忘れたのか、今のお前は魔法が……」
「魔力が無くなったわけじゃない。それに、戦うための手段が無いわけじゃない。」
マルクはポケットから
「……それと、だ。お前を迎えに来たのはもうひとつ理由がある。」
「もう、1つ?」
「すまんが、また何回か『飛ぶぞ』。」
ドランバルトは再び何回か飛び始める。マルク達は、胸に不安があった。各人それぞれ別の不安だが……その不安は、何かとても大きなことのような気がしていたからだ。
「……ハハハ、なるほどなるほど。こりゃあ冥王も守りをそんなに固くしないわけだ。」
羽を広げ空を飛んで、グラトニーは下を見下ろしていた。復活してからの彼は気になっていたのだ。何故、フェイスの守りを悪魔1人にやらせていたのかと。
事実、1人はここに来ていた。それが、あの少女でなく彼女以上の実力者であれば簡単にエゼルはやられていただろう。慢心していれば、の話だが。
「だが、フェイスには自立式魔法陣が組み込まれている。破壊してもその魔法陣を破壊しない限り無理だが……
例えば複数人……エゼルを倒せる者、フェイスの魔法陣を止められる者、そしてワープ系の魔法を使える者。3人もいれば十分なのだ。だが、その可能性があったにもかかわらず……冥府の門の実質的リーダー、冥王マルド・ギールはそうはさせなかった。
「
グラトニーの眼下には、
故に、たかが1つを守る必要はなかったのだ。残り2999機あるという事なのだから。
「そうか……冥王、初めからこのことを知っていたな?他の悪魔より、切れ者と言うべきかなんというか……ま、見せてもらおうか。ゼレフ書の悪魔の足掻きってやつをさ……」
呪法を持つ自分には、最早何も関係がなかった。魔法が消えようが消えまいが、彼にとってはその程度のことは道端の小石くらいにしか感じてないのだ。
たった一つ……自分を喰らい殺したドラゴンという種族がなければ……他は彼にとってはどうでもよかったのだ。
「さて、じゃあ早速見せてもらうとするかね……」
翼を広げて、グラトニーは飛び立つ。冥府と妖精の戦いを見定めるために……