「……俺は、なんのために。」
ウェンディ達よりも遅れて、ドクゼリ渓谷にたどり着く甲冑の悪魔。喋ることには慣れてきた、だがそれと共に自分がなんなのかが分からなくなってきていた。
時間が経つ事に、2つの記憶が入り交じる。この世のありとあらゆるものを取り込み強くなっていく悪魔の記憶。ドラゴンに育てられ、ギルドに入った少年の記憶。
その2つの記憶が混じっている自分は、何のためにここまで来たのか。
「考える必要は……ない。」
頭を振り、そう呟く甲冑。考える必要が無い、という言葉の意味は彼にとっては2つある。それを彼自身は理解していない。
フェイスを止める少女の殺害、もう1つはウェンディ・マーベルを守ること。
その2つの願いの矛盾に気づかずに、甲冑は歩を進める。
しばらく歩くと、フェイスが見えてくる……が、その場所に悪魔が1人立っていた。
「あ?誰だお前。」
恐らく、エゼルという悪魔だろう。甲冑はエゼルの姿を見やって……ウェンディがボロボロになって踏みつけられていることにきづいた。
「……その少女をどうする気だ。」
「壊すんだよ!暴れたりなかったからなぁ……ま、全然楽しめてないけどなっ!!」
「そうか……ならば、俺が相手をしてやろう。」
「……あ?何言ってんだお前。」
「その少女は俺が
甲冑の言葉を聞いて、エゼルがイラついた様子で溜息を吐く。自分の楽しみを邪魔されたこと、そして知りもしない悪魔に命令されていること。
そして、目の前のイカれた悪魔の存在そのものが、彼をイラつかせていた。
「うるせぇ!!なんならお望み通り切り刻んでやるよォ!どうせラボで生きかえんだ!!せいぜい後悔しながら……いっぺん死ねやァ!!」
「……気が荒い。」
身体中の刃を使い、呪法によって斬撃を飛ばすエゼル。それを、甲冑は見てからかわす。
「刃…剣……剣士……」
ふと、その斬撃に思うところがあったのか……甲冑は記憶を無意識的に探っていた。
そこで、1つの記憶に辿り着く。
『エルザさんって、鎧以外にもいろんな武器を持ってますよね。剣だけじゃなくて、槍とか大鎌なんかもあるって聞きましたけど。』
『よく知ってるな。ルーシィか誰かから聞いたのか……そうだ、1つマルクにも聞きたいことがあるのだ。』
『聞きたいこと、ですか?俺に剣の知識とかないですよ?』
『いやいや、ただどう思うかが聞きたいのだ。この剣なのだが……重い上にでかいので振り回すしかないんだが、どう思う?』
『なんで自分の身長の倍くらいあるもの買って持ててるんですか……でも、そうですね。
薙ぎ払うくらいなら……』
『なるほど、ルーシィやウェンディも同じ意見だった。やはり振り回すしかないのか……』
少年と、緋色の髪の女性との会話。その記憶から、自分が行うべきことを一つだけ考え、行っていく。
「……振り回す。」
甲冑の姿が変化していく。皮膚に張り付くような形だった鎧は、分厚いものに変貌していき……その手には巨大な剣が存在していた。
「アァッ!?」
「フンっ!!」
その攻撃は、全ての斬撃を打ち消していく。それどころか、エゼルすらもそのまま狙えるほどに長い剣だった。
「クソがっ!!」
「……やはり攻撃には向いていないな。素早く、狙わなければ━━━」
再び、自身の記憶の中を探る甲冑。今度は、悪魔と人間が戦っている記憶だった。
『クソっ!なんで銃弾が効いてねぇんだよ!!』
『怯むな!!速度上昇の魔法を使って、撹乱していきながらその隙を突くんだ!!』
速度、そして銃弾というキーワード。今度は、確実に狙うための姿へと変わる。
鎧は再び薄くなり、いや初め以上に薄くなる。最早、鎧と言うよりはただの布をまとっていると言っても過言ではないほどの薄さ。
そして、頭からは長い楕円形のものが2つ生えていた。
「……っ!」
「んだこのスピードはァ!?」
凄まじい速度で、エゼルの周りを縦横無尽に駆け巡る甲冑。大空洞ということもあり、上下左右前後の360°全ての足場を使って飛び回っていた。
その姿は、まるで真っ黒なうさぎのようで。
「ぐ、あぁ!?うぜぇうぜぇうぜぇ!!」
「……しかし致命傷まではいかないか。」
「てめぇてめぇてめぇ!!」
エゼルは激昂しながら、飛び回る甲冑を睨みつける。既に、完全な敵判定を受けているようで、甲冑にはそれが妙に清々しく感じられた。
「くそがっ!何だてめぇの呪法はよォ!?」
「……そうだな。敢えて言うとすれば…『喰の呪法』とでも言ってやろうか。」
「何が『喰らう』だァ!?」
「なん、で……」
「ウェン、ディ……」
フラフラになりながら、倒れているウェンディの近くにシャルルが近づく。ウェンディは、起き上がることすらもできずにシャルルに視線を向ける。
「シャル、ル……」
「空気……」
「ぁ……そうだ、空気…!」
ウェンディは大きく空気を吸い始める。それは、この場所自体の空気が濁っていないこと、そしてフェイスという凄まじい魔法兵器の場所にたまり込む、大量エーテルナノを取り込むという行為である。
そんなことをすればどうなるか?ウェンディは空気を取り込んで、魔力を回復させる……ならば、過剰なエーテルナノの吸収はウェンディの体に何をもたらすか。
「ああああああああ!」
「な、なんだ…!?」
「……ドラゴンフォースか!!」
ナツやガジル、スティングやローグが使える
ウェンディの髪色は、濃い魔力のせいか変色して薄紫色へと変わる。
「なんじゃこりゃア!?」
「……
甲冑は、ウェンディに向かって素早くジャンプする。仕留めるためか守るためか。
だが、甲冑のとった行動は自身の鎧を分厚くして、手には先程の大きな剣を手に取っていた。
「どいて!!」
「消えっ…!?ぐうぅ!?」
甲冑は吹き飛ばされていた。自身の目ですら追えないほどの超高速。甲冑は無理矢理な高速移動だったが、ウェンディはまるで川を泳ぐかのように素早く、かつ滑らかに移動する。
「があああああ!?」
そして、後ろからエゼルの声が聞こえてくる。どうやら、甲冑を蹴り飛ばした直後にエゼルの後ろに回り込んでいたようだった。
「くっ……」
「このガキ!!」
甲冑はすぐさま立ち上がり、エゼルは裏拳でウェンディを殴り飛ばそうとする。
だが、即座にウェンディの姿が消えて再びエゼルを後ろから殴り飛ばす。最早、地面にいようが空中にいようが関係なく、ウェンディはこの空間の空気で自由自在に移動ができるようになっていた。
「おもしれぇ!!」
だが、エゼルは先程とは打って変わって面白そうにウェンディの所へと突っ込んでいく。
だが、エゼルが楽しんでいてもウェンディにはそのような時間は残されていない。
「フェイス起動まで残り……4分30秒を切ったか。」
「ウェンディ…もう時間が……」
「分かってる!これで……決める!!」
ウェンディは空気を集め出す。エゼルの周りに竜巻を起こして、完全に閉じ込める。
「滅竜奥義!照破・天空穿!!」
「俺の呪法は!全てのものを切り裂く!!妖刀!三日月!!!」
エゼルは自身の腕を振るって、ウェンディの滅竜奥義を出鱈目に切り刻んでいく。
「あぁぁぁぁ!!」
その反動で吹き飛ばされるウェンディ。だが、エゼルはそんなウェンディに追い討ちをかけるかのように、その姿を変貌させていく。
「斬撃モード!!俺の妖刀の切れ味は更に増すぜぇ!!」
「……私、は…この空間を支配してるんだ!!」
再びエゼルの周りに風がまとわりつき始める。だが、エゼルはその体そのものを振るって竜巻を切ろうとする。
「俺の妖刀に切れないものは……何っ!?」
「ぐっ……」
だが、一撃目を甲冑が受け止めていた。鎧にヒビが入り、横半分が崩れ落ちていく。そして、人間の顔が現れる。
「てめぇ!どっちの味方だァ!?」
「……俺は、
「っ!?てめぇ、悪魔だったんじゃ……何っ!?」
竜巻に体を奪われながらも、エゼルはその光景を確実に見た。崩れ去った鎧が、まるで意志を持っているかのように動き、流動体となって一つの塊になっていくことを。
「ちくしょう!ちくしょうちくしょう!!」
「このまま、くたばってもらうぞ!!」
そして、2人の体が完全に吹き飛ばされ……フェイスへとぶつかる。エゼルはそれで気絶し、甲冑の方も……そのまま地面に叩きつけられる。
それと同時にウェンディのドラゴンフォースも解け、力が抜けていた。だが、
「え…!?」
「なんで…?フェイスを壊したのに、カウントダウンが止まらない!!」
「……フェイスの本体は、像ではなく…自立式魔法陣の方だった…のか…」
「く……あう!あれ、体が……」
力が抜けて、地面に倒れるウェンディ。フェイスもやはり止まる気配がなく、カウントダウンが進んでいく。
「はぁ、はぁ……シャルル、動けるか…?」
「…あんた、なんで悪魔なんかに……」
「わかんねぇ、よ……んなことより、シャルル…お前ならわかるんじゃないのか?
フェイスの……止め方。」
甲冑…マルクがそう尋ねる。シャルルは、下唇を噛み締めて立ち上がる…が、それをマルクが止めてシャルルの目を見る。
「教えてくれ、止め方。」
「……どういうことか、分かってるの?」
「シャルル…?マルク…?」
「分かってる……だから、何とかしてウェンディを運んでやってくれ。お前にしか、出来ない。」
訳が分からない、と言う表情になるウェンディ。シャルルとマルクは、まるでこれから起こることが分かっているかのように、話し合いを続けていた。
「…分かったわ、けど私も魔力がほとんどない…どこまで行けるかは……」
「それでいい…」
その言葉を聞いて、シャルルはマルクに何かを話す。その言葉が、疲弊しているウェンディには少し聞き取ることが出来なかった。
だが、すぐに話し終えてシャルルはウェンディを掴んでフラフラと飛び始める。
「シャルル…!?マルクも一緒に……」
「マルクには…フェイスを止める手段を教えたわ。」
遠ざかったのを確認してから、マルクは立ち上がりフェイスに近づく。そして、フェイスに浮かんだ自立式魔法陣を一瞥してから、作業に取り掛かる。
「フェイスは…今大量のエーテルナノを吸収している。
その属性を、別の属性へと変換させる事で自立式魔法陣を崩壊させる…そうしたら、フェイスは自爆するわ。」
「シャルル…どうしてそんなこと……」
「未来予知……フェイスを起動させなかった未来を、検索して…その未来を見たの。」
「凄い……」
「けどね…本来だったら、そこで私達の未来は……終わりだったのよ。」
「……え?」
シャルルに言われたとおりに、黙って作業をするマルク。その傍らで、マルクから離れた鎧が……エゼルを食らっていた。マルクはそれに気づかなかった。
「真っ白……本来は、そこで死ぬはずだった。」
「死ぬ…って、え?」
「フェイスは自爆する……つまり、本来なら私達が死んでいた。」
何も考えずに、思い出そうとせずにフェイスを捜査していく。残り時間はもう少ない。
「けどね、マルクはさっきこう言ったのよ…『魔力を吸える俺なら、自爆の時にエーテルナノを食らうことが出来れば、問題ない』って。」
「戻って!お願いシャルル!!」
「ウェンディ…無理よ。今戻ったら、何のためにマルクが貴方を生きさせようとしたか……」
シャルルの震えが、ウェンディにも伝わる。マルクはあの時に言ったのだ。『俺かウェンディか、選ぶならお前は迷わずウェンディを取れ。』と。
「でも、でも……!」
「……ごめんなさい、ごめんなさいウェンディ…!」
マルクは、出てきたボタンを少しだけ眺める。そして……