「……この先が元議長の…!」
馬を走らせ、何とか元議長の家の近くまで辿り着いたマルク。体に不調は一切ない、逆に不安になるほどにその体には一切の負担はなかった。
動けるのだから、自分は働ける。何もしないよりマシだと、思いながら向かい続ける。
だが、途中で気づいたことがある。地面がやけに荒れているのだ。何十人もの足跡が見える。既に、ことが終わっている可能性が一気に高くなる。
「あれは…
目の前に見えてくる半壊した屋敷。そこには同じ格好をした何十人もの兵士が倒れていた。
そして、そこにはミラとエルザを抱き上げている元議長…クロフォード・シームの姿があった。
「ちっ……やっぱり元議長は……!」
「む!?」
「2人を、離せェ!!」
「うおっと!?」
「くそ、以外に身動き素早いな!!」
馬から直接ジャンプして、マルクはクロフォードに殴り掛かる。咄嗟に気づかれて、クロフォードは避けてしまうが。
「な、なんじゃ!?わしは2人が倒れたから介抱しようと……」
まるで、自分に害はないと言わんばかりにクロフォードは首を振って焦る様子を見せる。
しかし、マルクは鼻をこすってその部屋の異臭に顔を顰めていた。
「部屋中にハーブを炊いてて、かなり分かりづらいが…その2人に、薬を持ったことくらいは匂いでわかる。
カップからハーブ以上に臭い匂いがする……」
「……」
マルクが自身の不快感を表しながら、クロフォードを睨みつける。流石に誤魔化せないと判断したのか、焦っていた様子から一点……恨めしそうな顔を見せる。
「折角上手くいったと思っとったんじゃがのう……」
「なんでだ……なんで、元議長であるアンタが冥府の門なんかに従っている!?」
「従っている…?はん、ワシと冥府の門は協力関係にあるだけじゃ。
お前さんが来なけりゃあ、もっと上手く事が運ぶはずじゃったんがのう。」
溜息をつきながら、クロフォードは逆にマルクを睨みつける。洗脳か、はたまた無理やり従わされているか……それなら、まだ情状酌量の余地があったが、完全に自分の意思で協力している。
それがわかった瞬間、マルクの頭からクロフォードに対しての遠慮が完全に消え去った。
「……まぁよい、どうせ冥府の門の場所はお前さんらにはわかるはずもないからのう。」
「評議院でも分からなかった冥府の門の位置……あんたは、知ってるんだな。」
「ふん、協力者なんじゃ。当たり前じゃろう。まぁ……吐くことは無いがな。」
その瞬間、クロフォードのいる場所が光り始める。転移魔法、指定された場所から場所まで移動する魔法。
だが━━━
「移動させるわけないだろう。」
マルクが、魔力の塊を飛ばして魔法を無効化する。マルクの魔力により、元議長の魔法は発動する前に停止してしまう。
「な、なんじゃ!?」
「大魔闘演武とか、見てなかったのか?いやまぁ見てなかったから助かったんだろうけど……」
「き、貴様何をした!?」
「お前を逃がすわけないって話だ……さぁ、連行してやるよ。
「ふ、ふざけるな!ワシを誰だと思っておる!」
「闇ギルドに協力し、元評議院を何人か殺したり殺そうとした殺人の主犯━━━」
ふと、マルクは後ろにとんでもない殺気を感じる。相手は誰であっても関係ない、まずは攻撃をしなければならないと本能で答えを出す。
「がァっ!!」
「っと……いやはや、最近の若いやつってのは血気盛んなのかい?」
身を反転して、マルクの放ったブレスを避ける男。その男から、嗅いだことのある匂いと、本能的に逃げろという直感ととんでもない殺気を感じるマルク。
「なんだ、お前なんだ!!」
「ん?俺か?わかりやすく言えば……冥府の門、九鬼門って奴だ。ほれ、テンペスター倒したのお前の仲間だろ?
まぁあいつは自爆して道連れにしようとしてたみたいだが。」
「相打ち……っ!お前、ヤジマさんを殺そうとした悪魔の仲間か!!」
「ん?いやそのヤジマってのは分からねぇが……けどまぁ、ある意味面白いことになってるとは感じたね。」
やれやれ、と言った感じで両手をあげる男。妙に掴みどころのないその喋り方やそれと相反するかのような寒気に、マルクはクロフォードのことも相まってイラつき始めていた。
「元議長サンよ、早く戻りな。」
「す、すまん!」
「くそ、待て!!」
マルクが追おうとするが、突如マルクとクロフォードの間に巨大な氷の壁ができる。
「この、氷は……!」
「お、なんだ見覚えがあるのか?あ、いや……もしかしてお前が氷を溶かしたのか?」
「……俺は溶かしてない、けど…あんたは太陽の村を凍らせた張本人か。」
「そういう事だ。」
目の前の男は手をマルクに向ける。攻撃の予備動作なんて、いらないのは既に分かりきっているが、それでも避けなければ攻撃に当たってしまう。行うとしたら、の話だが。
「ほーら、当たれ当たれ。」
「くそっ!舐めてるのか!!」
「舐めてはいない、様子見ってところだ。まーた間違えるわけにもいかねぇしな。」
「間違えるって、何を━━━」
ここでようやく、マルクは目の前の男の事をより詳しく思い出した。
目の前にいる男がアトラスフレイムを悪魔と間違えて凍らせたということを。
ならば、『間違えた』というのはアトラスフレイムの話だろう。なら何を?当然、マルクが悪魔かどうかをきっちり確認するためだろう。
「ぐっ……!」
「お?ようやく疲れてきたか?今すぐおうちに帰るってんなら、見逃してやらないこともないぜ。」
「嫌だ!エルザさんとミラさんを連れ去ったあいつを追うんだ!!」
「子供は強情だねぇ……ま、本当に子供かどうか怪しいがな。」
「っ!」
男はマルクとの間合いを詰めていく。段々と、後ろの氷の壁に追いやるように。
だが、それをまどろっこしいと判断したのか巨大な氷の塊をマルクの頭の上に出現させる。
「ほれほれ、逃げないと押しつぶされるぞ!」
「ちっ!」
マルクはその場を急いで離れる。だが、落ちてきた氷の塊が……地面に落ちたと同時に割れて、破片を辺り一面にばら撒き始めた。
そして、その破片のいくつかがマルクの顔を掠めてしまう。
「ぐ、がぁぁ…!?」
「ビンゴ、その掠り傷でその痛がりようは……てめぇ悪魔か。」
「何、でだ……!」
「あ?」
「なんで、悪魔を滅する奴が悪魔の側についている!!」
痛みを堪えながら、マルクは男を睨みつける。マルクが悪魔だとわかった男は、少しだけ考えるがすぐさまため息をついて少しだけ構える。
「悪魔だってんなら殺すまでさ。それが俺の使命なんでね。」
マルクの質問には答えず、男の魔力が一気に膨れ上がる。が、男の魔力が急に霧散する。
「━━なんだよキョウカ。あ?こいつ連れ帰ってこいだと?…ちっ、わかったよ。」
男は、振り返る。だが既にマルクは姿を消していた。一瞬の通信の隙をつかれて、逃げ出したらしい。
「……だが、見た目はまだガキだ。そこら辺を一瞬で凍らせれば見つかるだろうさ。」
その言葉の直後に、辺り一面がすぐさま氷漬けになる。太陽の村の時よりも広い範囲を一瞬で、である。
「……案外離れてたのか。が、運が悪かったな。」
少し歩いたところに、氷漬けになったマルクが倒れていた。キョウカからの命令で、連れて帰らなければならないと言うので、一応どこも破損していないか確認する男。
「……ま、純粋な悪魔だったらこれで死んでるだろうな。ゼレフ書絡みなら多少は生き残る……さて、こいつはどっちかね。」
氷漬けになったマルクを担いで、男は凍ったところを一瞬で解凍する。そしてそのまま、クロフォードと同じように冥府の門へと帰還するのであった。
「ぐっ……?」
目を覚ますと、そこは檻の中だった。だが拘束もされてなければ、何かを取られたというわけでもなく、ただ檻の中に入れられているだけの状況だった。
「ようやく目を覚ましたか。」
「……誰だあんた。」
「九鬼門のキョウカ……とだけ覚えておくがいい。今言ったところで、意味をなさないとは思うがな。」
「……何を言ってるんだ。というか、エルザさんとミラさんはどこだ!!」
マルクは檻を掴んで、檻の向こうにいるキョウカに迫る。だが、焦った様子を見せずに、キョウカはただマルクを見据えるだけだった。
「エルザは、ジェラールの場所を探るために拷問中だ。ミラという女は……悪魔に改造している。」
「なっ……!?ふざけるな、2人を解放しろ!!」
「ふざけてなどいない。むしろ、貴様の存在そのものの方がふざけているだろう。」
「俺の存在、だと?」
キョウカは、一切表情を変えないままマルクに近づいてその人間のものとは思えない手を檻の中に入れて、マルクの首を締めない程度に掴む。
「悪魔の力を持ちながら、体は人間そのものだ。だが、悪魔なのだお前は。
ゼレフ書の悪魔ではない……のにも関わらず、我らよりも強い力を持ちえている。」
「お前らより強い、だと?」
「完全な悪魔として覚醒すれば、の話だがな。だからこうして貴様だけは特別な扱いをしている。」
檻の中に入れてあるのにも関わらず、特別扱いをしているというのはマルクはイマイチ理解出来なかったが、悪魔の感性に人の基準を当てはめるのは無理だという話だろう。
「……覚醒すれば、という話と特別扱いの話がいまいち繋がってないように思えるが。」
「
「だから関係ない、か。俺が消えて新しい悪魔が生まれるから。」
「察しがいいな、その通りだ。」
それだけを言って、キョウカはマルクから離れて、檻からも離れていく。キョウカがいなくなったことを確認してから、マルクは檻から出る算段を考えていく。
「俺がどれくらい気絶してたかにもよるけど……皆、大丈夫かな…」
手のひらを開き、マルクはぎゅっと拳を握る。自分か悪魔だというのは、薄々気づいていた。
紫電竜ヴァレルトが、自分の親であるイービラーだということも。
「……けどさ、何で俺が悪魔なのかよくわかんねぇよイービラー。初めからだったのか?それとも……覚えていないだけで、知らない間になっていたのか……?」
マルクは、過去の記憶を探っていく。イービラーと過ごした日々、魔法も教わったが、なにか自分が悪魔になるようなことがあった記憶は、まるでない。
「い゛っ……なんか、頭痛いな…」
過去の記憶を探ろうとすると、突然頭が痛くなった。よくよく考えてみれば、自分が覚えている小さい頃の記憶はイービラーとともに過ごした日々と、
「……まぁいい、とりあえずここから出るか。」
魔力は充分、寧ろ手足を拘束しなかったことが、逆にマルクの不安を誘っていた。
だが、それでも出なければならない。エルザとミラは完全に囚われた。その2人を救出して、どうにかしてここから脱出しなければならない。
「多分、ここが冥府の門の本部なんだろうけど……さて、俺一人でどこまで行けるか……」
魔力を出して、檻を殴る。檻は壊れて、簡単に脱出することが出来た。不気味な程に、簡単に。そして、壊した時の物音で冥府の門の誰かが来るかと思っていたが……誰も来ない。
「わざと出られるように仕向けていたってことか……」
マルクは、自分が舐められていると感じていた。しかし、だからこそ……
「こんな真似してくれたことを、後悔させてやる冥府の門……!」