「どうなってやがる…」
「何これ……」
王の間に辿り着いた面々。しかしそこは、床がぼろぼろになっていること以外に目立つものがなかった。
「何一つそれらしきものがねえじゃねぇか!!くそ、ブレインを倒せば止められるもんかと思っていたけど……」
「甘かった……止め方がわからないなんて……」
王の間に目立つものがない。それらしきものが無い以上、ニルヴァーナを止めることは不可能である。ブレインを倒して止まらないのならば……一体全体何で操縦しているのか、皆目見当がつかない状況になっていた。
「どうしよう……解毒の魔法をかけたのにナツさんが……」
そしてその傍らで、ウェンディがナツの治療をしていたが、毒を抜いたにも関わらず未だに体調を悪くしているナツに困惑していた。
「ナツは乗り物に弱いんだよ。」
「情けないわね……」
「乗り物酔い?だったら……バランス感覚を養う魔法が効くかも……トロイア。」
ウェンディがナツに魔法をかける。すると、見る見るうちにナツの顔色が良くなっていき━━━
「おお!?……?……!おおおおおっ!平気だっ!平気だぞ!!」
トロイアをかけた直後はあまりにも実感がなかったのか、飛び起きたりその場で跳ねたりして自分が乗り物の上で動いている、ということを試し始めるナツ。
そこまでしてようやく、自分の乗り物酔いが治っていることに気付いたのだ。
「良かったです、効き目があって。」
「すげぇなウェンディ!その魔法教えてくれ!!」
「天空魔法だし無理ですよ。」
「これ乗り物って実感ねーのがあれだな。よし!ルーシィ、船とか列車の星霊呼んでくれ!!」
「そんなの居ないわよ!てか今それどころじゃないの!空気読んでくれる!?」
物凄くはしゃいでいるナツ。ウェンディはそれを見て嬉しそうにしていたが、他の面々は苦笑していたりはしゃぐナツを諌めたりと、やはりそれどころではない、という反応だった。
「……乗り物酔いでほとんど話を聞いてなかったんですね……」
「あんたはウェンディに魔法かけてもらわないの?食べすぎって言うけど……ないの?」
「いえ……そもそも俺、ウェンディの回復魔法効かないんですよ……」
吐きそうになりながら柱に凭れるマルク。自分の体質に難儀している、というのが伝わったのか、ルーシィはマルクを見て苦笑していた。
「……止め方がわからねぇんだ。見ての通りこの部屋には何もねぇ。」
「でも制御するのはこの場所だってホット……リチャードが言ってたし……」
「リチャード殿がウソをつくとも思えん。」
止まらないニルヴァーナに対してどうするべきか悩む面々。しかし、それを見て苛立っていたのか、シャルルが少し声を上げる。
「……止めるとかどうとか言う前に、もっと不自然なことに誰も気づかないわけ!?
操縦席はない、王の間には誰もいない、ブレインは倒れた……なのに何でこいつはまだ動いているのかって事よ。」
「……まさか、自動操縦!?既にニルヴァーナまでセットされてて……」
「っ……私達の、ギルドが……!」
「ウェンディ……」
『
「大丈夫だ、ギルドはやらせねぇ……この礼をさせてくれ。必ず止めてやる……!」
「でも……止めるって言っても、どうやって止めたらいいのかわかんないんだよ?」
「……壊すとか。」
「またそーゆー考え?」
「こんなでけえ物を、どうやってだよ。」
ナツは、少しだけ考えて提案をする。しかし、ニルヴァーナという一つの都市を載せた巨大な建造物をどうやって壊すのか、という疑問点が浮上し、結局ナツの案は却下されてしまった。
「やはり、ブレインに聞くのが早そうだな。」
「簡単に教えてくれるかしら……」
「……もしかして、ジェラールなら━━━」
ニルヴァーナの存在を知っていた『らしい』ジェラール。もしかしたら止め方も分かるのではないか、とウェンディは提案しようと思ったが、ジェラールを復活させた直後のナツの反応などを思い出して、言葉を押しとどめた。
「……?何か言った?」
「ううん、何でもない……私、心当たりあるから探してきます!!」
「ウェンディ待ちなさい!」
「おい!?」
「ウェンディ……!」
ウェンディはジェラールを探しにその場から走って去る。シャルルもウェンディを追いかけるようについて行き、マルクもそれに続いて走り去るのであった。
ウェンディ達とはぐれたマルク。ウェンディは、ジェラールを探すことに必死になっていたが故にシャルルに頼んで空から探し始めたのだ。故に、空を飛ぶ事が出来ないマルクだったが……
「……やばい、化猫の宿がもう目の前だ……くそ、どうしたら……」
巨大な魔法ニルヴァーナ。魔力の供給部分を潰すことが出来れば止まる、というのはマルクでも分かっていた。
だが、それがどこにあるかわからず、潰すことが出来ないでいた。それ以上に、ジェラールを探し始めたウェンディを探すのにかなりの時間を取られてしまっていた。
空を見上げても、ウェンディ達らしき姿は見えない。シャルルの魔力が尽きたか何かで降りざるを得ない状況になったとマルクは考えていた。
「こんな目の前で……何も守れずに……役にも立たずに……!」
ふらつく自身の体に鞭を打ち、近くの建物を八つ当たり気味に殴るマルク。
戻ろうとした瞬間自身の背後……否、ほぼ真下からとんでもない魔力を感じていた。
「化猫の宿……目の前……ニルヴァーナ……魔力……発射する気か!?クソ、クソ……!」
『ニルヴァーナが発射される』という状況が来てしまった。そんな状況を目の前にして自分は何も出来ないのかと思考するマルク。
マルクは昔の事を……今まで忘れていたことを思い出していた。
「守る魔法?」
「そうじゃ。滅竜魔法は確かにドラゴンを倒す為のものだが……それ故に、ドラゴンの様に雄々しく華やかに振る舞わないといけねぇ。」
七年前、まだマルクがドラゴンに育てられていた頃。その時の一部分の事を思いだしていた。
「それが守ることに繋がるの?よくわかんないんだけど。」
「いいか?お前さんはあっしの子だ。魔龍の滅竜魔導士は魔力を食らう。それは相手が魔法や魔力を使った攻撃をしてきた時、後ろにいるヤツらを守るための力だ。
魔力さえ使えなければ後は殴り合いで解決させりゃあいい、そういう腕力勝負に簡単に持っていける力だ。」
「守る……って具体的にどうすればいいのさ。俺はまだ弱いから誰も守れないかもしれないよ?」
「かーっ!お前さんは本当に消極的だなぁ!いいか?よーく聞いとけ。
守りたいもんが見つかった時、それはお前さんが一人前の男になったって事だ。
俺が魔龍の滅竜魔導士に教えられることは、滅竜魔法以外では一つだけだ。
『潰そうと思うな、守りたい者を守るためだけに力を奮え』っつー事だ。」
目の前のドラゴンはマルクを指さしながらそう伝える。まだ幼かったマルクはそのことをよく理解していなかった。
「……あ、それともう一つあったわ。『黒い竜に会ったら潰せ』だな。」
「え!?今潰そうと思うなって言ったよね!?ていうか黒い竜って何!?色だけだといっぱいいるよねそれ!?」
「いやいや、『あ、こいつはやべぇ』って言うのがいるんじゃよ。目の前に来たら分かる。
お前さんは、魔龍の滅竜魔導士として絶対にそいつを潰さにゃあならん……キャラが被ってるから!!」
「相変わらずたまに何言ってるかわかんなくなるの止めて!!」
「……ぷっ、そうだった。滅竜魔法はドラゴンを倒す力…けど、俺の滅竜魔法は誰かを守る力。
どれだけ圧倒的な魔導士が相手でも……魔法そのものを吸収して無効化する力……そうだったよな、『イービラー』」
守る力。育ての親のドラゴンの名前を呟きながら、マルクは吸収した分を含めたほぼ全魔力を腕に集中させる。
「何がニルヴァーナだ、何が超反転魔法だ。そんなの俺の前では関係ない。俺の技は魔力そのものを食らう。
どれだけ圧倒的な魔力を持っていようが関係ない、それが人間だろうがドラゴンだろうが……俺の前では全て同じ……なら、吸収してやるよ……食って食って喰らい尽くして……魔力をすっからかんにして相手を叩きのめす……それが俺の滅竜魔法……滅竜奥義だ……!」
時間がかかったかもしれない。体調が悪いことを理由に、何も出来ないと頭ごなしに否定していた自分をマルクは鼻で笑い飛ばす。
ウェンディは確かに大事な人だ。しかし化猫の宿のメンバーも皆マルクにとって大事な人だ。
ウェンディはやることをやろうとしていた、ならば自分もやるべき事をやるべきだと……そう考えた。
「全部吸収できるとは思ってないさ……だが、威力を削ぐことくらいは……俺でもできるよな!!」
そう言ってマルクはそこから身を投げる。丁度その瞬間、遠くにある飛行物体がマルクの目に止まる。
魔導爆撃艇『クリスティーナ』
「皆が……頑張ってんだ、仕事の一つこなせないで……何がギルドメンバーだ!滅竜奥義━━━!!」
自分の魔力の全てをかける滅竜奥義。竜を滅す奥義。それを誰かを守るために奮う。守る為の力で守るための技を繰り出す。
溜め込んだ魔力を全て一つの巨大な塊にし、地面へと投げる。
魔力は地面で弾け、巨大な壁となってニルヴァーナの発射口を遮るように現れる。
「『
そして、発射されるニルヴァーナ。しかし屹立する魔力の壁は、ニルヴァーナを通さない。
マルクの魔力は魔法を食らう。属性関係なくそれを食らう。『紫電魔光壁』は相手の魔力全てをシャットダウンする滅竜奥義。
発車されたニルヴァーナは一切何も通すことなく、化猫の宿に傷を負わせることなく、その発射を終えた。
「へへ……ざまぁみろ……!!」
その時、マルクの耳に声が聞こえてくた。この声は聞き覚えがあった。ブレインの声だ。
だが、喋り方やその声の荒らげ方から、別人だと判断出来た。何故同じ声の別人がいるのか、それはマルクにも分からない。
「……『ニルヴァーナを止めた奴は一体どこのどいつだ、俺の破壊を邪魔すんじゃねぇ』か…誰だけ知らねぇけど……お前らのやることは止めてやったぜ……ってうおおおお!?」
ニルヴァーナを止めるために、紫電魔光壁を発動させる為に、マルクは飛び降りていた。
空を飛ぶハッピーやシャルルのような相棒がマルクには居ない。つまり、
「やばいやばい!流石にここから落ちたら死ぬ!冗談抜きで死ぬ!魔力がないからブレスも撃てない!後先考えてられない状況だったとはいえこれは流石に……あれ?」
自由落下しているはずなのに、よく良く考えたら落下している感覚がなくなっていたマルク。
一旦思考が落ち着いたせいか、マルクは誰かに抱えられていることに気づいた。
「全く……無茶と無謀を両方こなして……全部やり終えたか。良くやった。終わった後に撫でてやろう。」
「え、エルザさん……た、助かりました……」
助けてくれたのはエルザ・スカーレット。彼女の鎧の一つに滑空能力があるのか、高度を下げながら飛行して、ニルヴァーナの別の足に捕まっていた。
「本当によくやった……で、まだ動けそうか?」
「魔力は使い切りましたけど……まぁ一応。」
何故かボロボロになりながら、そしてマルクを抱えながら高速で走っているエルザ。マルクが本当にエルザが人間なのかどうか疑ってしまうくらいにはエルザは見た目だけなら満身創痍だった。
「そうか……動けるならいい。ヒビキからの念話、聞こえていたか?」
「……すいません俺念話届かないんです。魔力の性質が特異過ぎて……」
「む、そうなのか。ならば教えよう。
まずニルヴァーナのそれぞれの足……それは大地から魔力を吸収しているパイプのような役割を果たしているらしい。
そして、その魔力供給を制御する
それをすべて同時に破壊する……為に、今私は近くの足に向かっている。君を拾いに行けるのも、私だけだったからな。」
「そうだったんですか……」
「連れていってもいいが……ウェンディがいる、彼女の近くにいてやれ。君の方が彼女も安心するだろう。」
そう言ってマルクはゆっくりと下ろされた。マルクは黙って手を掲げる。それにエルザはハイタッチして、そのまま走り去っていった。
そして、それを見届けたマルクはフラフラになりながらも、ウェンディの微かな匂いをたどって彼女の元へと向かうのであった。
紫電魔光壁
魔力を遮るだけの壁、防御能力こそ高いもののそれ自体に攻撃力は皆無である。
ナツに火が通じづらいのと同じ理屈でマルクにも魔法は効きづらい。しかし効かない範囲がかなり狭く、攻撃魔法はよほどのことがない限りは通る上に、補助魔法系統はほとんどシャットダウンされてしまうという体質