「色々あったね。」
「何だかんだ楽しんでたもんな……クロッカス。」
「そうね……ちょっとボロ酒場が恋しいわ。」
大魔闘演武を終え、各ギルドへと帰っていくギルドメンバー達。
「本当に…色々、な……」
遠い目をするマルク。深く尋ねるべきではないだろう、とウェンディは見守ることにしていた。
彼がどうであろうともマルクはマルクなのだと、認識しているからだ。
「『時』か……」
「……」
「グレイさん?どうかしたんですか?」
「いや……」
外を眺めるグレイ。その心はまるでここにあらず、といった様子だった。その様子を見て、深く尋ねるといったことはする気になれなかった。
恐らく、本当に聞くだけになってしまうのだから。
「ん……?」
ふと、馬車にかけられたカーテンがなびく。その隙間から、グレイは何かが気になったのか、外へと視線を向ける。
その視線の先にあるものを見た瞬間に、表情を変えた。
「止めろ!馬車を止めろ!!」
「どうしたの!?」
慌てて馬車を止めようとするグレイ。しかし、何かがそれを止めたのか、手を強く握りしめながら、顔を俯かせる。
「いや……なんでも、ない…」
「……?」
疑問に思う一同。しかし、真剣なその顔からは何も尋ねることは出来なかった。
グレイの中で起きた葛藤に、水を差すわけには、いけなかったからだ。
「……帰るか、マグノリアに。」
「おう。」
「来たぞ!こっちこっち!」
そして、マグノリアに着いた一行。大魔闘演武に出る前と違い、優勝チームを迎えるその歓迎はとても熱烈なものであった。
「皆さん!大魔闘演武優勝ギルドに盛大な拍手を!」
「あ、
「まぁ、いいと思うよ?悪い気はしないんだし。」
「そうね、悪くは無いわ。」
呆れ顔になるマルク。しかし、笑顔でウェンディはその歓迎を迎えていた。
「皆さん、応援ありがとうございました。」
「もう、シャキッとしなさいよ。」
「まぁいいんじゃないか?応援されてたのはそうだったしな。」
「ま、昔からの付き合いのある人達だけだったけど。」
シャルルの冷静なツッコミに苦笑いになるが、マルクは歓迎してくれている街の人々に手を振る。
時折マルクやウェンディよりも年の小さな子が、大きく手を振っているのを見つけると、そちらを優先的に返していた。
「あら、小さい子好きなの?」
「というか、なんか見てると……ロメオを思い出す。今だとアスカちゃんだけど。」
「まぁ、分からなくもないわ。あんな感じだったものね。」
「懐かしいなぁ……」
そのまま街を一直線に歩いていく妖精の尻尾。すると、ナツが担いでいた袋を下ろして漁り始める。
「みんなにいいもん見せてやるぞ〜……じゃーん!!」
そうして袋から取り出したのは……国王の冠だった。それに対して、周りにいた妖精の尻尾の面々が顔を青くしていた。
「国王の冠!?」
「持ってきちゃったんですか!?」
「あ、違った。これじゃねぇや。」
「その王冠王様のですか!?王様のなんですか!?」
ナツは周りの声を無視して袋を漁り始める。大丈夫だろうか?と不安になる一同。大魔闘演武に優勝したにも関わらず、ギルドが王関連の罪状で潰されてしまっては元も子もないのである。
「優勝の証!!国王杯!!」
「す、スルー……で、でも何も言われてないしいいのか、な…?」
優勝して感動しているこの空気、果たして壊していいものなのだろうか。それを思いながら、マルクは何だかんだで感動していた。
「……優勝、か。なんか感慨深いなぁ……」
「そうだね……確かに、思うところはあるよね。でも、嬉しい事に変わりはない……よね?」
「あぁ……言葉で表せないくらい嬉しいよ…」
笑みを浮かべるマルク。釣られて、ウェンディとシャルルも笑みを浮かべていた。
「えー、コホン。大魔闘演武優勝記念として、妖精の尻尾に町長からの記念品の贈呈です。」
「記念品?いやはや照れるの…そんな気を使わなくても━━━」
「妖精の尻尾の皆様、こちらをどうぞ。」
そう言って町長は腕を広げて奥にあるものを見せる。それは、今となっては懐かしいものであった。
「妖精の尻尾は我が街の誉れであります。よって、ギルドを修繕して贈呈したいと思います。」
「ギルドが元通りだー!!」
「あいさー!!」
喜び、驚き……色々な反応を個々がしている中で、マルク達もまた驚きと喜びで修繕されたギルドを見ていた。
「なんだかんだ言って、妖精の尻尾は愛されてるわよね。」
「そうだね。ずっと……7年間ボロボロになっても、残してくれてたもんね。」
「……ん?」
「どうしたのマルク。」
「……いや、なんでもない。」
とあることに気づいたマルク。確かに、大本である元々使っていたギルドは大体の形を残していた。
しかし、かなり大きな建物なために優勝してからだったとすれば、1日2日そこらでは掃除や修繕が効かない部分の方が多いはず……だが、目の前にあるギルドは、作り直さとされたと言わんばかりに綺麗になっていた。
そして、マルクはとある結論にたどり着く。
「……優勝しようがしまいが、修繕して返すつもりだったろうに。」
たった、たったそれだけの事だが、マルクはそれを理解した瞬間に笑みを浮かべていた。感動と嬉しさ、それが入り交じっているのだから。
「ワシはこの街が大好きじゃあ〜!!」
マカロフの嬉しさの余り感極まった声が響く。その中で、怪しげな小さな影ひとつ。
「キキッ……」
小さな黒い生物。
それは、街を駆け抜け近くの森へと走り抜けていき……黒髪の男、黒魔導士ゼレフの肩へと乗る。
「やはり大魔闘演武を見ていたのですね、ゼレフ。」
「声は聞こえず…姿も見えず。だけど僕には分かるよ。そこにいるんだね…メイビス。」
ゼレフの後ろに降り立つメイビス。だが、妖精の尻尾の紋章を入れていないゼレフには、その声も姿も確認することが出来ない。
だが、それでも彼はメイビスがいると判断した。
「7年前、あなたは私の近くにいた。」
「7年間、君は僕の近くにいた…」
「貴方は、まだ自分の死に場所を探しているの?」
「死に場所はもう決まっている…僕は何百年もの間、時代の終わりを見続けてきた。
人々の争い、憎しみ……悪しき心。新たなる時代において、それらの浄化をいつも期待する。もう何度目だろう……人々は繰り返す、何度でも同じ過ちを。」
「それでも、人は生きていけるのです。」
「だから、幾らか前にこう思ったのさ……人は生きていないよ……本当の意味では。人と呼べる愛しき存在は、もう絶滅している。」
「もう、待つのはやめたのですか。」
「だから、待つのは止めたよ…そうだね、7年も考えて出した結論なんだ。もう、変わらない。
世界が僕を拒み続けるならば、僕はこの世界を否定する。」
見えないはずのメイビスに向かって、視線と声を飛ばす。会話になっていない会話、しかし見えない者との会話をしているのだ。
「妖精の尻尾はこの世を肯定するでしょう。」
「これは僕からの贈り物……世界の調和、そして再生。」
「…戦いになるのですか?」
悲しげに、しかしメイビスは凛と声を張りながらゼレフに投げかける。聞こえていないはずなのに。
「でも、それは戦いにはならないよメイビス。一方的な殲滅になるよ、誰一人として生かしてはおけない。
君の好きな妖精の尻尾にも…訪れる。外側からか内側からかはわからないけれど……滅びが。」
その答えに、メイビスは少しだけ唇を噛む。だが、すぐにその表情は彼女の見た目にはそぐわない、冷たい表情となる。
「妖精の尻尾が阻止します。滅びるのは……貴方の方だけです、ゼレフ。」
周りの木々が一斉に枯れていく。ゼレフの魔法により、命を吸われたのだ。だが、ふとゼレフは笑みを浮かべる。目の前にいるメイビスすら気づかないほど小さく。
「滅びは誰にでもやってくる……誰かの憤怒によって。仲間内での嫉妬によって。家族の誰かによる強欲によって。強者の傲慢によって…」
「何が言いたいのです。」
「他の大罪は知らない。けれど…全てを食らう暴食の悪魔は、そこにいるんだよ、メイビス。
せいぜい……妖精の尻尾が食べられないように、気をつけておくといい。」
そう言って、最後にゼレフはその場を歩いて去っていく。メイビスは、姿が見えなくなるまで、ゼレフを睨み続ける。
「暴食の、悪魔……」
メイビスは、それをぼそっと呟く。その悪魔は、敵か味方か…その答えにはすぐにメイビスは辿り着く。
だが、味方であったとしても妖精の尻尾に危害を加えない訳では無い。
「マルク・スーリア…貴方が、妖精の尻尾の敵にならない事を祈ります。」
「……地下の書斎、結構本が新しくなってる…前のと並んでるのは変わらないのに。」
マルクはレビィと共に妖精の尻尾のギルドの下にある書斎に来ていた。レビィ個人に、頼みたいこともあり着いてきてもらったのだ。
「それで、頼みって?」
「はい……ここだけで調べるのは難しいかもしれませんが、悪魔関連の本読もうかと。」
「悪魔?なんでまた……」
「
それがゼレフ関連であることは間違いないですけど、土塊以外にも……大元の悪魔がいるんじゃないかと思ったんです。」
無論、建前である。ジェラールや、ドランバルトに頼んだものの自分で動かないわけにはいかないからだ。
ただ、有名ギルドと言えども1ギルドの1つにそこまで重要な事は書かれていないのかもしれないと、マルクは考えているが。
「ふーん……まぁ、でも調べるのはいいことだと思うよ。私もここ使いたかったから読みたいし。」
「あれ、レビィさんってヒルズの部屋に本すごく置いてませんでしたっけ。」
「……置けない本も、あるからね。量的に。」
視線を逸らすレビィ。本棚関係で、昔何かあったようだ。マルクもそれが良くわかっておらずただただ首を傾げるだけであった。
「と、とりあえず調べよっか。悪魔だけでいいの?」
「って言うと?曖昧すぎるから絞って探すか、みたいな話ですか?」
「あー、そうじゃなくてさ。ゼレフ関連を調べないのかなって。」
「……って言われても、ウチのギルドは多分一般で扱われてる本よりも、ゼレフのこと知ってそうな気がしますけどね。」
「……主にナツ達がゼレフ関連とよく会うもんね…」
苦笑いをするレビィ。ゼレフ書の悪魔やゼレフ本人、ゼレフ書の魔法を使ったりなど色々なゼレフ関連と惹かれあっているナツ達。
それを考えると、ゼレフの事を調べても知っていることが多そう…な気がするという話である。
「じゃあ悪魔だけだね。とりあえず片っ端から見ていこっか。」
「……便利ですよね、その眼鏡。」
「まぁね、調べたいこととかある時に便利だよほんと…マルク、使ってみる?」
「いえ、俺が使っても使いこなせない自信があるので……ルーシィさんやレビィさんは本読むの好きですよね。」
「ルーちゃんはどっちかって言うと書く……っと、これ喋っちゃダメなやつだった。」
「何か言いました?」
「何でもないよ〜」
本を速読し始めるレビィ。彼女のつけている眼鏡は、速読ですぐにページを捲っても、本の内容がちゃんと頭に入るという不思議のメガネである。
「しばらく待っててねッと……」
そのまま、レビィに任せてマルクは自分の速度で1枚1枚ページをめくっていくのであった。