「……助かったよリリー、俺も運んでもらえてな。」
「いいのよ、私たちは見学するだけなんだから。」
「そうは言っても、二人ともウェンディが心配だからついてきているんだろうに。」
海の上を飛ぶリリーとシャルル。そして、リリーに持ち運ばれているマルク。
3人は、今天狼島に向かって飛んでいた。リリーはマルクが頼んだから運んでもらっているのだが、シャルルは天狼島までの航路の地図を見て飛んでいっていた。
「……しかし、先程から浮かない顔をしているな。」
「……あのメストって人が……気がかりでな。」
砂浜に降り立った3人は、とりあえず歩きながら話し合いをしていた。
「気がかり、と言うと?」
「色々と辻褄が合わないことが多すぎるんだよ。リリー、お前も違和感の一つくらいはあるんじゃないのか?」
「……まぁ、一つだけな。
「ギルドに寄る時もわざわざ全員を眠らせて、顔がバレないようにしていたらしいわね。」
「その王子が弟子を持つとは考えにくい……」
「何が言いたいのよ。」
「うーむ……これはものすごく突拍子もない推測なのだが、メストという男は本当にギルドの一員なのか?」
リリーの推測にシャルルは驚いていた。突拍子もない事なのは本当だったが、しかし確かに人と接触することを避けていたミストガンが弟子をとる、というのもおかしな話だからだ。
「……マルクも同じこと考えていたわけ?」
「確証が無かったからな……けど、調べれば調べるほど疑いが強くなってきているのも確かだ。」
「……聞かせてもらってもいいかしら?」
「……メスト、さんがウェンディを誘った時。『雪の味が知りたい』『冬の川の温度が知りたい』つってたけど……おかしくないか?
リリーの表情がさらに強ばる。リリーはマルクを掴み、シャルルと同じように浮いて空からウェンディを探し始める。
「匂いは追えそうか?」
「あんまり高く飛ばれるときついがな……で、だ。少しだけ気になったから軽く聞き込みしてたんだよ。去年は惜しかった、って言われてたから他の人も見ていたのかと考えてな。」
「結果は?」
「
「……確定じゃないか?」
「世の中には人の記憶を操作できる魔法があるみたいだからな。もしかしたらバレたらやばい魔法でも使ってんのか……みたいなところはあるが、今にして考えてみたら……まぁ、ほぼ黒だな。」
マルクの言葉に、シャルルが憤慨する。分かっていながらウェンディを行かせたことが、である。
「あんた!分かってて何も言わなかったの!?」
「ウェンディは人を信じやすすぎる……が、一人でも出来るくらいにはあの子の心は強い。
まぁ、正直にいえば頑固になったから口で聞かせるよりメストさんを泳がせていた方がいいって話しさ。」
「ボロを出すまで待つつもりだった……という事か。なるほどな。」
「そういう事だ……見つけた!」
マルクはウェンディを目視で確認する。それを聞いたシャルルとリリーは速度を上げてウェンディのいる所へと飛んでいくのであった。
だが、突っ込むのと同時に信号弾が打ち上げられるのをマルク達は確認した。色は赤、敵が襲撃した時に出されるものであった。
「ウェンディー!!」
「今すぐそいつから離れなさーい!!」
「シャルル!?リリー!?マルク!?」
降り立った3人は、ウェンディとメストの間に入る。ウェンディを守るような立ち方で。
「メスト!あんた一体何者なの!?」
「え?な、何者って……俺はミストガンの弟子で……」
言葉を続けようとしたメストに、リリーが本来のエクシードとは思えない筋肉質な体格に戻したパンチを顔横スレスレでする。
「ウェンディ、俺から離れんなよ……!」
「王子がこの世界で弟子をとるはずがない。この世界にいない人物を使ったまではよかったが、『設定』を誤ったなメストとやら。」
「ちょっと!なんなの三人とも急に!」
「あんたは黙ってなさい。」
メストの後ろには岩リリーはその岩にメストを追い詰めて、自身の拳の当たる距離に追い詰めていた。そしてウェンディは突然のことで、困惑していた。
「お前は何者だ。」
「な、何のことだ……」
「恐らくお前は人の記憶を操作する魔法の使い手だ。ギルドのメンバーに魔法をかけ、自分がギルドの一員であることを装った。
王子のことも含め、考えれば不自然な点だらけだ。お前と接点を持つ者の名も上がらない。
その上、ギルドの信号弾の意味も知らないようでは言い逃れはできんぞ。」
「赤色は敵の襲撃の合図……まだ入りたての俺やウェンディが覚えてないってんならともかく、少なくとも1年以上いる『設定』のあんたが知らない……なんてことあるはずがねぇからな。」
メストはリリー達の言葉に反論をしなかった。だが、少しだけ俯かせていた顔を上げると、その姿は一瞬で消える。
「なっ!!」
「消えた!?」
「っ!!」
消えたと思われた刹那、その姿はウェンディの目の前に現れる。瞬間移動の魔法も、メストは覚えていたのだ。
そしてメストはウェンディを抱きしめる。だが、目の前に現れる寸前にマルクは既にブレスの準備をしていた。
「ウェンディー!!」
「━━━危ない!」
「━━━魔龍の咆哮!」
だが、ウェンディを抱きしめたメストは、そのまま身を横に引く。すると直前までいた場所が爆発したのだ。
そして、マルクのブレスはメストに向けられたものではなく、爆発の直線上に向かってのものだった。
「攻撃!?何事!?」
「誰だ!出てこい!!」
メストは声を荒らげる。マルクのブレスによりなぎ倒された木々だったが、一本だけ全く傷ついていない木があった。
その木から、
「よくぞ見破ったものだ……」
「ひっ!?」
「木から人が!?」
「な、何者だ!」
木から浮き出た顔はそのまま更にゆっくりと出てくる。本来ならば、この隙を狙った方がいいのだろうが、ブレスの一撃でびくともしないのを見てマルクは無闇に攻撃を仕掛けられないでいた。
「俺の名はアズマ……
「グリモアハート!?」
「闇ギルドよ…」
「しかもバラム同盟の三大闇ギルドの一つ……それが何でこの島に。」
「一体……何がどうなっているんだ!」
リリーの疑問に応えるかのように、メストが本性を表し始める。、
「
「あんた一体……」
「まだ気づかねぇのか?俺は評議員の人間だ。妖精の尻尾を潰せるネタをつかむために潜入していたのさ。」
「評議員!?」
「そんな……」
「これはこれは……」
それと同時に、何らかの連絡手段を取ったのか遠目の海から船が一隻近づいてくる。その帆には、評議員のマークが施されていた。
「だがそれもここまでだ……あの所在地不明のグリモアハートがこの島にやってくるとはな。ふはははは……これを潰せば出世の道も夢じゃない。
万が一にも備え、評議員強行検束部隊の本体……戦闘艦をすぐそこに配備しておいて正解だった。一斉検挙だ、悪魔の心臓を握り潰してやる。 」
「戦闘艦……あれの事かね。」
メストが語っている間に、自身の体をほとんど出し終えていたアズマ。そして、その後ろでは評議員の戦闘艦が、見るも無残に爆発していた。
「なっ!!」
「え……?」
「な、何をしたの……」
「船が、馬鹿な……!?」
「ふむ……では改めて。そろそろ仕事を始めてもいいかね?役員さん。」
「全員下がってろ……!」
「リリー、俺も……」
リリーとマルクが前線へと出る。アズマは何も語らない。船を爆破したことは、彼にとっては語らなくとも良いほどに小さなことだったらしい。
「オオオオオオオオオオ!!」
「うおおおおお!」
リリーとマルクは正面からアズマへと攻撃を仕掛ける。先手必勝、先手をとって一気に勝負を決めるつもりだった。
「ブレビー……」
しかし突然、二人の目の前から爆炎が襲いかかる。だが、傷だらけになってもまだリリーとマルクは動けていた。
「らァ!!」
「ダルァ!!」
二人の一撃は、アズマの顔面を捉える。二人の全力の拳。『意地でも倒さなければ危ない』と二人の本能が捉えていた。
しかし、二人の本気の拳はアズマにダメージを与えきれていなかった。
「……フム。」
ノーモーション。殴り終えた二人の周りが光り出す。瞬間、巨大な爆破が起きる。
「ぐああああ!」
あまりの爆発の威力で、周りにいたウェンディ達も吹き飛ばされていた。
「リリー!
ウェンディも、アズマに対して魔力の出し惜しみはしなかった。リリーに攻撃力と速度上昇の魔法をかける。
「おぉっ……!」
マルクと共に、リリーがアズマに飛び込んでいく。真正面から飛び込んでくる二人に対して、アズマは再び爆発を起こす。
しかし、リリーは即座に空を飛んで回避を行い、マルクはそのまま爆破に使われた魔力を吸収しながら突っ込んでいく。
「ほう……」
「リリー!」
「おう!」
即席のコンビネーション。リリーがアズマに攻撃を仕掛け、たとえかわされてもヒットアンドアウェイの要領で再び上空に。リリーが上昇した瞬間にマルクが近接を仕掛け、時折ブレスを吐きながら後ろに下がる。そしてまたその隙にリリーが近接を仕掛ける……と言った戦法を取る。
「くぅっ……!」
「殆ど動かずに爆破出来るなんてな……!」
しかし、アズマの魔法に二人は逆に翻弄され始めていく。だが、二人が戦っている間に話し合っていたウェンディとメストの話し合いが終わったのか、シャルルが叫ぶ。
「リリー!空へ!!」
「っ!ウムッ!!」
シャルルの言われたとおりに上に飛ぶリリー。マルクも作戦がわかったようで、そのままアズマに向かって拳を向ける。
そして、アズマの後ろにメストの瞬間移動の魔法により、ブレスの準備を終えていたウェンディが現れる。
ゼロ距離からの天竜の咆哮、例え巻き込まれてもマルクならばダメージを軽減できるだろうという信頼感……話し合ってなくとも、信頼感だけで構成された作戦である。
「━━━つまらんね。タワーバースト!!」
━━━だが、アズマはそんな作戦も読んでいた。先程までの爆発の比じゃない強大な爆発が、その場にいる全員に襲いかかったのであった。
「……このギルドは、ネコや子供ばかりなのかね?」
時間切れにより、小さいサイズに戻るリリー。倒れているメスト。だが、そんな中でも一人だけ怪我が軽微の者がいた。
「━━━だから、手加減したと?」
「ふむ、先程から気になっていたが……俺の魔法によってダメージが通らない。君がもしかして火竜の滅竜魔導士かね?」
「生憎と……火竜じゃないな。俺はまた別の……滅竜魔導士だ。」
マルクはアズマに背中を向けていた。ウェンディを抱き抱えていたからだ。
マルクは、優しくウェンディを下ろしたあとにアズマに向き直す。
「……耐久力は高そうだ。お前は……俺を楽しませてくれるか?魔人ミラジェーンや
「……その余裕、粉々に砕いてやるよ。魔龍の滅竜魔導士……魔を喰らい、相手を滅ぼす……仲間を守るために、お前を倒す……相打ち覚悟でもいい……!」
「子供ながらにその覚悟……なるほど、その少女と言いお前といい……力以上の覚悟があるようだ。
だが、気持ちだけでこのアズマ……倒せると思わないことだね。」
「……今の俺のこの気持ち、あんたに分かるか?」
「……む?」
魔力を両手両足に宿すマルク。その声のトーンは低くなり、魔力も体から吹き出るようにマルクの体を包んでいく。
「色々不甲斐なさすぎたよ……メストの正体が初めから分かってたらよかった。そしたらウェンディをここに連れてこなくて済んだ。怪我をさせなくて済んだ……あぁ、守らなきゃいけないものを守れなかったわけだ。」
「ほう?大切な存在だったのかね。」
「あぁ……守れなかった俺が悪い、それは俺が一番わかっている……けど、だけど……
俺の怒りが収まる時には……あんたの体がどうなってるかは知らねぇぞ……!」
「面白い……力の差を分かっていながら……いや、ならかかってくるがいい……俺を、倒してみるといい……!」
アズマがかかってこい、と言わんばかりにジェスチャーでマルクを煽る。マルクはその挑発に乗り、アズマに向かって飛び込んでいくのだった。