マルクがエドラスの王都に入った日の夜。ここまでバレることなく行動できていた。
自分の知るエルザと全く同じ姿の、エルザ・ナイトウォーカーがいた事などはやはり驚いたが、それも本命に比べれば些細なことである。
「……この本も、この本も違う。」
本命とは、マグノリアにいた人々が変質させられた
しかし、その事についての記述がある本は書庫に存在していなかった。戻す方法を書いてある本が、簡単に見つかるような場所に置いてあるとも限らない。何時間探しても見つからないという事がよりその事実を明確なものへとしていた。
「……他に方法を知っているとしたら、王様か……マルク・オーグライのどちらか…だが、オーグライはどこにいるのか分からないし王様は安易に近づける隙もない。どうしたものか……」
本を片付けてから、マルクは書庫を出ようとする。だが、扉の向こうから強烈な匂いがした。
部屋に入る前まではこんな匂いは一切していなかった。つまり、匂いの元が部屋の前に置かれているか……血の匂いを感じさせるほどの人物が扉の向こう側にいるか、の二択である。
「……なぁ、おい。気づいてんだろ?『扉の向こう側に誰かいる』『何かが待ち伏せしてる』ってよ。」
そして、向こう側にいる人物も、マルクが扉を開ける事を躊躇しているのが分かったのか、声を出す。
「……何の用だ。」
「俺のフリをしている奴がいるらしいからなぁ……どんな奴かと確認ついでに少し話し合おうと思ってな。」
「……残念だが、お前と喋る言葉を俺は持ってない。」
「お前になくても俺はある。何なら今ここで大声で喋ってもいいんだぜ?『俺の名を騙る偽物がいる』ってな。
わざわざ一人になるだろう夜まで待ってやったんだ、少しくらいのおしゃべりはして欲しいもんだぜ。」
マルクは拳に魔力を集中させる。ドアを殴り吹っ飛ばして相手の視界を封じながら、その隙に窓を突き破って脱出する。
瞬時にマルクはこの作戦を実行しようとした。自分の素性がバレた以上、ここにいる意味が無いからだ。
「おっと、下手な真似はしない方がいいぜ?ドアをぶっ飛ばして窓から飛び出したとして、逃げ切れると思ってんのか?
空を飛ばない限り……いや、仮に空を飛んだとしても無意味だな。お前の顔は知れ渡ってんだ、無駄な足掻きってやつだ。」
「……何がしたいんだよ。」
「言っただろ?お話がしたいってな……アースランドの人間…いや、アースランドの『俺』との話がしたくてな。
いったいどんなもんかと思ったわけだ。だが見た感じ……ガキだった。そりゃあもう腕も歳もガキそのまま……だから話し合いが大切だって思ったわけよ。」
「……世間話でもするってのか?」
「世間話……世間で起きていることを話すっていうなら、ある意味世間話だな。」
妙な言い方をするオーグライに、マルクは苛立ちを募らせていた。だが、オーグライの言う通り、逃げきれない可能性も無いわけではなかった。
「何が言いたい。」
「……この城に、ナツ・ドラギオンとルーシィ・アシュレイ……あぁ、勿論アースランドのだが……その二人が来るらしい。地下にある坑道を通ってな。」
「っ!」
情報の真偽はともかく、マルクはナツとルーシィがこの城に訪れると聞いて驚いた。ルーシィが無事だった、というのは安心できることだ。しかし、この男が何故その情報を持っているのか……というのがマルクが最も驚いたことだった。
「何故知っているか……って思ったろ?」
「……」
「知っている……と言うよりかは、『そう教えられた』と言った方が近い。一応言っておくが、スパイとかそんなもんじゃねぇ……そういう運命になる、って事だ。」
「そうか━━━」
それだけ聞ければ十分だと、マルクは手に魔力を貯め直して一気に突破しようとする。
だが、それは叶わなかった。
「っ!?床が━━━」
突如床が陥没……否、床に穴が空いたのだ。まるで生き物が口を開くような、そんな開き方だった。
そしてそれはマルクを咥えるようにして拘束していく。
「ぐっ……こんなの、俺の、魔法……で……!?」
「魔法で突破できない、なぜだ……と思ったろ?簡単さ、それが俺の使う魔法の一つ、
全ての魔力を吸い尽くす……そういう魔法さ。因みに、床が陥没したのは、この魔法が相手の足元に展開される魔法だからだ。地面だろうが空中だろうが建造物の中にいようが水中だろうが、一切関係なく相手は今のお前のようになる。」
「……さっきから俺の考えている事をよく当ててくるな。心を読む魔法でもあるのか?」
段々と、マルクの魔力が吸われ始める。それに加えて魔法も発動できないのだ。アースランドの人間向けすぎる魔法ということが、マルクにさらなる疑問を抱かせていた。
「あぁ、魔法さ。体内に魔力を持つ者の波長を捉え、その考えをおぼろげにだが伝えてくれるんだ。
これも俺の魔法……どっちもノーモーションで、しかも即座に発動できるから、使い勝手がいいんだわこれが。」
「……なるほど、確かに相手の魔力を吸う魔法なんてのがあったらそりゃあ強いな。
けどよ……
「……魔力を持つ者達、とだけ言っておこう。あとは自分の頭で考えることだな!
さて……いい実験材料が手に入ったもんだ。そろそろナイトウォーカーの方も仕事を終えたころだろうしな……」
「っ……ウェンディ……!」
「残念だったな?マルク・スーリア……子供のお前じゃあ俺には勝てない。誰かを殴る、って甘い考え前提で魔導士やるもんじゃねぇぜ。」
「くっ……そぉぉぉ………!!」
「かっかっかっ!」
そして、マルクはこのあと意識を失った。急激に魔力を吸われたため、貧血のような症状が出たのだ。
意識を失ったマルクは、オーグライの連れてきた王都の兵士達に連れていかれるのであった。
「うっ……」
「マルク!?ねえ大丈夫!?」
気がつくと、マルクは牢に入れられていた。何とか辺りを見回すと、ウェンディとナツも同じ部屋に入れられていた。
「……あぁ、大丈夫……ここは……城の中か……」
「うん……それより、マルクも無事でよかった……やっぱり滅竜魔導士は生き残ってたみたいだね……」
「……そうだな、となるとガジルさんも生きてるだろうけど……兎も角、一回情報交換しよう……ナツさん、いいですよね。」
「……あぁ、そうだな。」
妙に機嫌の悪いナツに首をかしげながらも、マルクは自身の身に起こった事を話す。
ジェラールのこと、マルク・オーグライのこと……カエルに飲み込まれて川で体を洗った話以外は、全て話した。
そしてウェンディ達も自分達の身に起こったことを話した。この世界にはもう一つの妖精の尻尾があり、そこにはもう一人のみんながいて、自分達もいたということ。
そして、ルーシィが星霊ホロロギウムによってアニマの吸収から逃れられていたこと、そのルーシィもまた別の場所で捕まっていて処刑されるかもしれない、ということ。
そして、一番重要な情報━━━
「……ハッピー達が、女王から初めは滅竜魔導士の抹殺……そして後に遠隔で確保を命じられていたエクシードだったなんて……」
「うん……多分、ハッピーはともかくとしてシャルルもわかってなかったことみたい……」
そう、ハッピーとシャルルが滅竜魔導士の抹殺を命じられていたことと、後に魔力を確保するために連行に置き換えられたこと。それが重要な情報だった。
だが、よくよく考えるとおかしな所があるとマルクは疑問に思い始める。
「……でも、それちょっとおかしくないか?」
「……え?」
「本当にシャルルとハッピーが最初滅竜魔導士の抹殺を命じられていたんだったら……俺のところやガジルさんにもエクシードはついて行かなきゃならないはず。
けど、実際には俺やガジルさんにはエクシードは付いていなかった。俺は……シャルルが近くにいたから、もしかしたら俺も標的になっていたのかもしれないけどさ……」
「そう言われてみれば……そうだね。」
しかし、その事に対しての答えは今は出ることは無い。一つの情報から考えられる事なんてたかが知れているからだ。
「ともかく、何とかここから脱出しないと……」
「ンー、それは叶わない願いだねぇ。君達は今から永遠の魔力の為の踏み台として使われるんだから。」
「……俺達が何かのパーツだとでも言いたそうな口振りですね?」
現れたのはピンクの鎧を纏っている男だった。名をシュガーボーイ。王国の騎士の一人である。
「あぁ……簡単な事さ、君達の体から魔力を吸い上げるのさ。その魔力で永遠の魔力を掴むのさ。
さ、無駄話は終わりだ……そこのお嬢さんと桜色の髪をした君だけなら出ていいぞ。」
「魔力が欲しいって言うには……俺は出さないんですね。」
「君はこの世界でも魔法が使えると聞いたのでな。一度魔力を全て吸ったが回復されていると困る……そういう事だよ。
恨むなら、彼に出会った不幸を呪うんだね。この世界の君とやらに。」
「……素直にウェンディとナツさんを出させるとでも?」
「出させるさ、魔法で抵抗できる部屋にわざわざ移動させると思うのかい?
それに、抵抗した場合君のガールフレンドがどうなっても知らないぞ?」
「……が、ガールフレンド……!?」
シュガーボーイの言葉で真っ赤になるウェンディ。しかし、それが脅しだと分かっているマルクは本気でシュガーボーイを睨んでいた。
「おー、怖い。大丈夫さ、この部屋でじっとしていれば何もしないからね。」
「……マルク、俺達のことは心配するな。ぜってぇ脱出してお前も助けてやるからよ。」
マルクを安心させるかのように、ナツはマルクに優しい言葉をかける。そしてシュガーボーイは、ウェンディとナツをそのまま連れ出したのであった。
「……クソっ!!」
マルクは忌々しいと言わんばかりに言葉を吐き捨てる。どれほど魔力を使おうとしても、うんともすんとも魔法が出る気配はなかった。
どうやってウェンディ達の所に向かうか。それだけをマルクは考え始めるが、ふと誰かの足音が聞こえてきた。
巡回に来た兵士だろう、とマルクはすぐに足音のことは忘れて思索に集中し始める。
「よー、魔法が使えない気分はどうだー?」
「……マルク・オーグライか。なんだ、笑いに来たのか。」
「おー、その通りだ。めっちゃ笑いに来てやったぜ。」
マルク・オーグライ。エドラスにいるマルク。それが今何故か、マルクのいる独房の前にいた。
笑いに来た、本当にそれだけなわけがないとマルクは心の中で思っていた。
「……お前、なんなんだ?」
「ん?俺か?マルク・オーグライ、年齢はこの前30になったばかり、ここ王都で俺は魔法を作る役職についている。
何度か死にかけたが、その度に何とか生還して━━━」
「そういう事じゃねぇよ。
「……何故、俺がマルク・オーグライじゃないと思ったんだ?その理由を聞かせてもらおうか。」
笑みを保ったまま、オーグライはマルクに質問を返す。マルクはオーグライを睨みつけたまま、話し始める。
「……あんたの祖母に会ったんだよ。」
「ほう?」
「別に、孫が30歳はおかしいって話をする気はねぇよ。だがな、色々と食い違ってるんだよ情報が。
俺はあの人からあんたは死んだと聞いた。化物に食われて死んだっていうのを兵士から知らされた、って話をな。
だが、ここに潜入する前に兵士と話していたが、あんたは自ら化け物の腹に飛び込むようなやつだとも聞いた。
……何で魔法を作るようなやつが前線にいる?王都に入って五年も経ってないのにそんな融通の利く役職につけたっていうのか?
それに、そんなにポンポンと魔法を作らせてもらえるもんか?使用を禁じられるような魔法を作り続けて王都から追い出されなかったのか?」
マルクの追い立てるような質問攻めに、オーグライは黙った。そして、すぐに笑みを浮かべたかと思うと、ドアの鉄格子に顔を近づける。
「なら……聞かせてやるよ。それらの情報が一致するように……俺の過去をな。」
そうして、オーグライは自身のことを話し始めた。