「……」
「いやぁ、まさかこんな所で会えるとは思いませんでしたよオーグライ殿!」
「あ、あぁ……偶然にも王都に行ける手段が見つかってよかったよ。それで、魔力抽出が……明後日なのだったな。
この速度だと……着くのはあと1時間くらいか?」
「いいえ、もう少しかかりそうですな。何せ、まだ魔力が少ないですから……慎重に使っていかないと中途半端な所で魔力切れを起こしかねませぬ!」
今マルクは王都の船に乗っていた。マルク自身もあれよあれよという間に連れ込まれていたのだが……何故こうなってしまっているのか、約一時間ほど前の話である。
マルクは、シッカの街へと着いた。ここにウェンディとナツがいるかもしれないと判断したからだ。
しかし、マルクが到着した時にはシッカの街には既に王都の船があった。王都まで歩いていくつもりのマルクだったが、どうにも
ならばどうするか?船の中に潜入すれば早い、と考えたマルクは誰にも見つからないように船に近づいて行った。
「……ここまで来たのはいいけど……さて、どうやって入ったものか。」
建物の陰に隠れて船の様子を窺うマルク。だが、船の周りには多数の兵士がいて近づくのも困難な状況だった。
様子を伺ってじっとしているマルク。船の方に集中していたせいで……後ろにいた兵士の存在に気づくことが出来なかった。
「あの━━━」
「っ!?」
『妖精の尻尾のメンバーということがバレたのか』そう考えたが、後ろにいた兵士の様子はマルクの思うものとはどこか違っていた。
「マルク・オーグライ殿ですよね?」
「……は?」
「丁度よかった!貴方も呼び戻せと言われていたのです!ささ、船にお乗り下さい!」
話もよくわからないまま、そんな感じでマルクはそのまま船に乗せられたのであった。
「……にしても、何やら若くなっていませんかな?それも、あなたの作り出した魔法の成果ですかな?」
「あ、あぁ……そうだ。まぁ……少し弊害があるのか違和感を感じる所はあるかもしれないが、そこは見逃してくれ。記憶も少々曖昧になっていてな。」
「ふぅむ……なるほど、通りでお連れした時に見せた時に困惑していたわけですな。
性格も……だいぶ変わっていますし。」
「……そんなに酷かったか?前の俺は。正直に答えろ。」
マルクの言葉で兵士は少し悩んでいた。一体自分そっくりなマルク・オーグライという人物は、どれだけ粗暴な男だったのかとマルクは妙に申し訳ない気分になってしまっていた。
「そうですなぁ……ラクリマを使った実験と、それをほかの誰かに振るうという嗜虐心で満ち溢れた方……と私は聞いております。
何せ、危険生物の体内に乗り込んで、その生物に取り憑く……そんな危険な行為も平気でしておりました。
その後、自分の体をまた作り出して移し替えたと聞いていましたが……自分の体すらも捨て駒にするその性格故に、使う魔法はすべて禁止がかかっていましたな。」
「そんな危険な魔法だったかねぇ……」
「あれを危険と言わずして何が危険なものか……自分の魂を相手に取り憑かせて自分のものとする魔法、記憶から肉体を新たに創造する魔法…他には、相手を食らって全てを魔力へと変換する魔法。
最後の魔法は例のラクリマに返還する技術に応用されたみたいですが。」
マッドサイエンティスト、という言葉が似合う人物なのは間違いがないだろう。
聞いた分では、どう見繕ってもこういう評価になってしまうのだ。だが同時に、天才でもあるというのがマルクの評価でもあった。
「……我ながら凄いものを生み出したものだ。」
「いやはや、全くですな。そう言えばマルク殿、どうしてまたそんな体に……と聞いても、今は記憶が混濁している可能性があり忘れているかも知れませんな。」
「……そうだな、どうして俺もこの体にしたのか謎だったよ。だが今は気にすることでもあるまい。魔力抽出に間に合うのならよかったよ。」
「ふむ、やはりエドラスに魔力が宿るのは見てみたいのですかな。」
兵士はそう言うが、マルクは皆を助けられる時間に間に合うという意味合いで言っていた。当たり前のことだが。
そして、先程から感じている違和感。オーグライという人物と間違われているのは理解している。しかし、そのオーグライという人物はマルクを助けてくれたお婆さんの孫の名前だった。つまり、魔法を作り出していたオーグライと、彼女の孫であるオーグライの二人がいる、ということになる。
「……さて、そろそろ着陸の準備をしておいた方がいいですぞオーグライ殿。」
「分かった。」
少し、王都の城で調査する必要があるとマルクは考えたのであった。
「……俺はしばらく城を歩く。それでも構わないな?」
「えぇ、ですが時間までには王の元へ向かってください。」
着陸した飛行船。マルクはそのままどこかでマルク・オーグライとラクリマの情報を得られないかと、城内を歩いて資料を探すことにした。
「……と、思っていたが……まさかあんな巨大なもんだったとは。」
城の窓から覗く風景。そこには巨大なラクリマが存在していた。明らかに異質で巨大なラクリマ。それが妖精の尻尾の、マグノリアにいた全員の命と魔力を変質させたものだと言うことは、すぐに分かった。
そして、少し目を離した隙にマルクは後ろから剣が首に押し当てられていた。
「誰だ貴様は、どうして城内を歩いている。」
「……俺だよ、マルク・オーグライだ。姿形は変わってもそれは分かるだろ?」
後ろにいる人物を確認したかったが、今動いた瞬間にまず首と胴体がおさらばしてしまうのはマルクも理解していた、だから今は動かないことにした。
「ほう……ならば、質問に答えてもらおうか。お前ならば、答えられるだろ?オーグライ……俺の名前はなんだ。」
「っ……」
答えられない、そもそも聞いたこともない声なのに分かるはずもないのだ。
どう答えたものか、とマルクが焦っていると……前から誰かがやってくる音が聞こえてきた。
「あっれ?お前マルクじゃん!変人奇人で有名なマルクじゃん!!あれ、てか何してんだヨ!
「ヒューズ……俺の前では口を閉じることを覚えておいた方がいい。喋る事が、悪いことを引き起こすということも覚えておけ。」
「んだヨんだヨ!お前がいう事じゃねーっつの!!」
二人が言い争いをしている間に、マルクは剣から逃げようとするが、パンサー・リリーと呼ばれた後ろの人物は、マルクの動きに合わせて動かしてくるために、逃げられずにいた。
「……いい加減、止めてもらいたいもんだな?俺がマルク・オーグライって証明がそんなに必要か?」
「ふん、アイツが戻ってこいと言われて戻ってくる性格じゃないのは知っている。そもそも、お前のように落ち着いている人物でもなかった。」
「あ?パンサー・リリー、オーグライが人のことに関してはとことん物覚えが悪いっての忘れたのか?
自分のことさえ名前と作った魔法以外の全部は忘れてるってのにヨ!そいつが本物か偽物かなんて判断する術ねーっての!!」
ヒューズと呼ばれた少年は、マルクも少し鬱陶しいと感じる程にテンションが高かった。
しかし、今のマルクにとっては救世主でもある。名前で判断するしかないのならパンサー・リリーも、どうしようもないだろうから、だ。
「……ならば、自分の魔法のことについて語ってもらおうか?お前の作った魔法の『名前』を答えろ。これならば答えられるだろう……」
しかしパンサー・リリーも諦めなかった。今度は魔法の名称と来た、マルクは、オーグライと呼ばれる人物の殆どを知らない。答えられない質問にどう答えるか、マルクは頭をフル回転させていた。
「……答えられないか?お前自身が作った魔法だというのに。」
「……あぁ、答えられないね。」
「何だと?」
「だってそうだろう?いつまでも覚えていられるほど、俺は良い奴じゃないんだ。
人は忘れる、そうだろう?そもそも体を乗り換えていけば、当然記憶なんて常人よりもポロポロ零れていくんだぜ?覚えていられると思うのか?」
「……」
パンサー・リリーは訝しげにマルクを見る。そしてマルクは、パンサーリリーがどういう行動に出るか……を確認する前に、すぐさま剣から離れる。
「ふぅ…全く、人の首に剣を当てるもんじゃないぜ、パンサー・リリー。」
「……まぁいい、侵入者だったとすればすぐに分かることだ。城の中で事を起こせば……すぐさま処罰されるハメになるぞ。」
「へーへー、分かってるさ。」
そう言ってマルクは離れていく。内心、疑念だけで城で剣を振り回しかけたお前が言うことか、と思いながら。
「……クソっ、全然見つかんねぇ……」
マルクは城の書庫らしき場所にこもっていた。情報を調べるにしても、城の人間とあまり関わらないようにしなければ、バレる可能性があったからだ。幸いに、オーグライが記憶能力に問題がある人物だったおかげで難を逃れているが。
いつの間にか居なくなっていたヒューズはともかくとして、自分のことを警戒しているパンサーリリーが離れている今が、調査できるチャンスだからだ。
しかし、ラクリマにされた人々を元に戻す方法は一切存在していなかった。オーグライという人物の私室を漁ろうとしたが、そもそもよく城からいなくなるために城に自分の部屋どころか、自分の家すらもまともに持っていないというのだ。
「……手掛かりはこの書庫だけだが……魔法の文献はあれど、それの対処法が載ってるわけでもないのがな……」
かなり積み重ねられた本達。魔法関係の本を集めては軽く本を覗いて、求めている内容と違うなら本を戻してそれらしい内容なら手元に取っておく……という感じで本を集めていた。
「……そろそろ王との会議とやらか。まぁせいぜい怪しまれないようにしておかないとな。
……やっぱり、渡された服着ておかないといけないかなぁ……」
軽く溜息をつきながら、マルクは渡された服を着る。重役が着る服だとされているが、正直ブカブカな上に、自分のことを警戒しているパンサー・リリーに睨まれるのが目に見えているからだ。
「まぁ、いかないと駄目なんだろうけどさ。」
ブツブツ文句を言いながら羽織るマルク。しかし今のマルクはマルク・オーグライという人物になりきっているので、仕方ないことでもある。
「……さて、行くか。」
そうしてマルクは、一旦部屋から出る。全く知らないオーグライという人物になりきって、王との話し合いに挑まなければならない訳だが……上手く何かしらの情報が聞ければいいが、それが上手くいくわけでもないのはマルクが一番理解していることだった。
「……あ?何でこんなところに本が無造作に置かれてんだよ……全部魔法関連、それも……ラクリマに変換する技術関係の本ばっか……今更見る奴らがいるとは思えねぇが……」
そして、マルクが居なくなったあとに仮面をつけた男が入ってくる。男は本を無造作に持ち上げてその内容を表紙だけで判断していく。
その男は何を思ったのか、本を投げ捨てて面の上からでもわかるほど口角を上げる。
「……つまりアレかぁ、誰かが個人的な恨みで誰かをラクリマにして消そうとしているか……逆のパターンで、戻す方法を探しているか……って事か。」
男は来ていた上着を脱いで腰に巻き付ける。
「……誰だか知らねぇけどよォ……この俺様……
自身をマルク・オーグライと名乗った青年は、そのまま部屋を出ていく。その表情は、彼の被っている面のせいで見えることは無いが、その纏うオーラは狂気そのものであった。