「━━━っ……ここは……?あぁ、ここがエドラスか……」
マルクは目を開けて周りの景色を確認する。まるで明かりが失われたかのような暗さ、そして自分の体は締め付けられるように柔らかいブヨブヨの何かに覆われていて、体には何かの粘液のようなものが纏わりついていて━━━
「……って!!んなわけあるかァ!!明らかにここはエドラスじゃなくて別の何かだろ!魔龍の咆哮威力1/5バージョン!!」
マルクは威力を抑えてその場でブレスを放つ。肉壁はその瞬間マルクを上向きに移動させていく。まるで異物を排出するかのように。
そして、マルクは直ぐにブヨブヨの何かの拘束を逃れる。放り出された先にはちゃんとした地面があり、液体まみれになっていたせいで、着地の際に砂などが纏わりついてきた。
「……何だあのでけぇ蛙……」
マルクは自分を飲み込んだと思われる巨大なカエルの姿を見つける。先程までのブヨブヨの何かはカエルの胃袋だった、ということである。
しかしブレスで体内を刺激されたせいか、マルクを吐き出した後、そのまま大急ぎでどこかへと逃げていった。
「うえぇ……ベットベトじゃねぇか……しかも臭いし……どっかに湖……せめて粘液だけでも落としたい……」
ちょっと泣きそうになりながらも、マルクは粘液が落とせるような湖か池を探し始める。
そもそも何故自分がいきなりカエルの体内にいたか、マルクはミストガンに飛ばされたあとのことをよーく思い出し始めた。
「っ……ここが、エドラっ!?」
着いた瞬間の事である。マルクは砂漠に降り立ったのだが、運が悪く、巨大な流砂に巻き込まれようとしていた。
当然、流砂に巻き込まれたらどう考えてもただでは済まないのは分かっているため、マルクはブレスを流砂の内側の方に向けて放って、その勢いで脱出しようと考える。
「魔龍の咆哮!!」
中途半端な威力ではダメだろうと考えて、マルクはほぼ全力でブレスを放った。
そのかいもあって、流砂からは無事に脱出出来たが……そのあとがダメだった。
「あがっ!?」
勢いをつけすぎたのだ。マルクは勢いよく飛んでいって、そのまま近くにあった岩に頭をぶつけてしまった。
そしてそのまま気絶してしまった……と言うのがマルクが思い出せる範囲の記憶である。
つまり、気絶している間に巨大蛙に食べられていた、というのが事の顛末なのであった。
「……あー、道理で頭が痛いと思った。まさか新しい世界に来て、頭ぶつけるとは思わなかった。」
そう言ってマルクは再度辺りを見回す。エドラスという世界がどういう世界なのかを改めて認識していく。
何個か浮遊している島があったりするので、やはりここは元いた世界とは別の世界だということを痛感させられていた。
「……ともかく、服が駄目にならなくて良かったんだろうが……何か、嫌な気分にしかならないな……湖湖……」
そう言ってマルクは歩き続ける。
しかしどこまで行っても砂、砂、砂…オアシスでも見つけない限り、水場にはありつけないだろう。
唯一の救いは、砂漠と言っても広大な砂地が広がっているだけで、暑さなどは一切感じないことくらいである。
「……エドラスに来て、流砂に飲み込まれて、ブレスで自滅して蛙に食われて……何だよぉ……」
散々な目にあったせいか、感情がごちゃ混ぜになり始めるマルク。ウェンディより大人びていると言っても、13歳の少年には、何かに食べられるという経験は心にくるものがあったみたいだ。
「……あ、川……」
いつの間にか砂漠を抜けて、現在マルクの目の前には川が流れていた。
深さはそこまでないが、汚れを落とすには充分すぎる深さだ。
「……潜ろう。」
そう言ってマルクは川に飛び込んで、粘液を洗い流しながら感情の整理をする。
その途中で、ミストガンに渡されたエクスボールの事を思い出す。
「ぷはっ……服は溶けてなかったけど……エクスボール溶けてないよな……」
そう思ってマルクは服のポケットからエクスボールを取り出そうとして……固まった。
「……溶けてる、めっちゃ溶けてる……しかもご丁寧に服の内側で消化されてる……」
カエルには何ら効果がある訳でもないだろうが、しかしそれでもエクスボールが溶けたせいでウェンディとナツが魔法を使えるようにするための唯一の手段が断たれてしまった。
「……服が消化されないのはなんとなく分かる、俺が消化されてないのは……まぁ、運が良かったんだろ。けどエクスボールがこんなんになってるんじゃあ、ナツさん達に渡してもちゃんと効果が出るかわかったもんじゃないし……」
ある程度粘液を落としてから、マルクは川から出て川の上流に向かうか、下流に向かうかで悩み始める。
川があれば、近くに街がある可能性も高いからだ。しかし、いつまでもそんなことで悩んでるわけにもいかないので、マルクは滅竜魔導士特有の聴覚で音を探り、街があると思しき方へ向かうことにした。
「……あっちから、なんか声が聞こえてくるな。丁度いい、服乾かすついでに向かってみよ。」
「……町か。」
暫く歩くと、無事街についた。エドラスに来て、初めての街。名前も知らない街。
「おや?どうしたんだい僕、そんなにびょぬれになって……どこかで水遊びでもしてきたのかい?」
そんな中、お婆さんがマルクに声をかける。びしょ濡れになった姿はやはり目立つのだろう。
「水遊びをしてきたというか……慣れない土地に入ったせいで、足を踏み外して落ちちゃったんです。」
苦笑しながらマルクはそう答える。カエルに食べられて、そこから脱出したあと粘液を落とすために川に入った。そう正直に答えたところで余計な事態を招きかねない。
「おやまぁ……それは災難だったね。小さい子供がそんなところ歩いたらダメだよ。ここら辺の生物は何でも食べちゃうからね。気をつけないと。」
「あはは……気をつけます……」
ついさっきまで腹の中にいた、というのは絶対に言わない方がいいと思ったマルクであった。
「そうだ、街に当てがないなら私の家においで。服も着替えないといけないし、この街の事も教えてやらないとね。」
「は、はぁ……いやでも、俺はちょっと急いでて……」
「婆の親切心は受け取るもんじゃよ。」
そう言って、お婆さんはマルクを引っ張って自分の家へと連れていく。そのすぐあとに、街の入口をウェンディ達が通っていたのだが、お互いに気づくことはなかった。
「……えっと、つまりここはルーエンって名前の街なんですね。元は魔法も販売してて……けど今は王都が、魔法を所持することを禁止してしまった、と。」
「えぇ……そのおかげでこんなに廃れた街になっちゃったわ。」
エドラスの事情を聞きながら、マルクはエドラスの魔法について考えていた。
アースランド、マルク達の世界では魔法とは個々人の体内にある魔力で発動させるもの。
しかし、エドラスの魔法は道具みたいなもので、体内に魔力が存在しないエドラスの人達には、専用の道具が無ければ魔法を使うことが出来ない、いわば便利アイテムのようなものらしい。
「王都か……王都ってどっちの方向にあるんです?」
「……王都に行くつもりなのかい?」
「……仲間が、いるかもしれないから。助けたいんです、みんなを。」
マルクのその言葉に、お婆さんは少し俯いたあとにニッコリと微笑む。しかしその微笑みが強がりのそれだと、マルクはなんとなく感じ取っていた。
「……ごめんなさい、でも俺行かないといけないから。」
「良いんだよ……久しぶりに孫の顔を見れた様なものだから、私も救われたような気持ちになってる。」
「お孫さんは……」
「…亡くなった、って王都の人は言ってたかねぇ……僕くらいの年の時に王国の軍に入ってね?それで三年くらいして……知らされたんだよ。
凶暴なモンスターに相打ち覚悟で挑んで、食われた……って。」
お婆さんの言葉には、悲しみと寂しさが感じ取れた。マルクは拳を握りしめたあと、お婆さんの肩に手を置いた。
「……お孫さんの、名前は?」
「……
「マルク……か。偶然ですね、俺もマルクって名前なんですよ。」
「……ふふ、そうかい。顔が似ていると思ったら……名前まで一緒とはね…本当に孫が帰ってきたみたいだよ。
でも……行くんだね?」
「はい。」
「……なら、行ってらっしゃい
「行ってきます、
お婆さんは地図をマルクに渡して、行ってらっしゃいと声をかける。マルクは地図を受け取り、行ってきますと返す。
お婆さんは孫を、マルクは育ててくれたドラゴン『イービラー』の事を思い出しながら王都に向かうために外に出たのだった。
「
「……アレがさっき聞いた王都の……っていうかなんで妖精の尻尾が狙われてるんだよ。
ナツさん達が何かしたのか……いやいや、そもそもここ別世界なんだから妖精の尻尾ってギルドを知ってる人がいないと思うんだけど……」
王都に行こうと外に出ようと思っていたら、外は王都の兵隊ばかりだった。
マルクは、彼らが妖精の尻尾を探していることを知ると、一旦路地裏に身を隠して、やり過ごす事にした。
「……一応、紋章は見えない様にしてあるけどさ……」
マルクは、自分が妖精の尻尾の紋章を付けている右肘に包帯を巻いてるのを見ながら、やり過ごすことにした。
「……ん?何だ今の竜巻。」
突然街中で発生する竜巻。明らかに自然のものではないそれは、ナツ達がこの街にいるのではないかという可能性をマルクに見出させていた。
「……まぁ、身を隠しながらでも迎えるかな……あっちか。」
王都の兵に見つからないよう、一旦ナツ達と合流する事に決めたマルク。少なくとも魔法を使えない彼らを守れるのは、同じ世界から来た彼だけだろう……とマルクは思っているのであった。
「……あれ、魔法を使えないのなら今の竜巻は何だ……?」
「……あれ?いない……」
マルクは少し時間をかけて、竜巻が発生した場所にたどり着いた。弧を描くように移動したのだから位置に多少の誤差はあるだろうが、それでもそこまでの違いはないのでは?とマルクは思っていた。
「……よくよく考えれば途中から王都の兵もどっかに行ったような……姿見かけなかったもんな。」
竜巻が起きた場所、先程まで大量にいたのに消えた王都の兵。マルクは頭を捻って、何があったのかを予想する。
この街に自分以外の妖精の尻尾の誰かがいたことは確実であり、そしてそれを追いかける兵がいない。その事からマルクは一つの予想を立てた。
「……俺、おいてけぼりにされた……?」
マルクは急いで地図を広げて、王都までの道程を見る。一応、王都に行くための地図だが、それは直線的なものでなくどうすれば効率的に行けるかまでの事柄が書かれた地図なので……
「……とりあえず、シッカの街に行けばいいのかな。そこにナツさん達がいるかは分からないけど、まぁ向かうしかないよな。
多分まだ俺の存在は王都の兵にはバレてないから、比較的向かいやすい……筈!」
そうと決まれば、と彼は大急ぎで地図に書かれているシッカの街へと向かう。
まだ彼にとっては何も分からない事だらけの異世界エドラス。しかし、それでも彼にとってはナツやウェンディがいることが救いになっていた。
「……にしてもどうやって逃げ切ったのやら……もしかしてさっきのお婆さんみたいに、協力してくれる現地人がいるとか?」
色々な可能性を考えながら、マルクはナツ達の後を追うようにシッカの街へと向かうのであった。