アイリーン・ベルセリオン。かつてはドラゴンと人間が共存する国の女王であり、そして王でもある賢竜ベルセリオンの力を自信に付与して生まれた初の
そして、後にドラゴンとなり自分の精神を自身の娘…エルザにエンチャントしようと考えた悲劇の狂人。
だが、今はアルバレスのスプリガン
それを認識しているエルザは、同情こそすれど敵を倒すことへの迷いは存在していない。もとより、エルザにとっての親は妖精の尻尾のマスターであるマカロフである。
「たとえお前が私の実の母親だとしても、ギルドへの道を塞ぐものなら…斬るだけだ。」
「私も…昔話でもしたら我が子への愛着とヤラが少しは芽生えるかもと思ったけど……残念、何一つ感情が動かないわ。」
アイリーンは手を一同に向ける。それだけで攻撃の合図だと、すぐさま理解した一同は回避行動に移る。
マルクが喰らえば良いのだが、ただの爆発では何処をどう喰らえばいいのか分かりづらいので、かわすことに専念するのだ。
「ふふ…」
次々とエルザを爆発しようとするアイリーンだが、エルザはその爆発を全て回避。すぐにアイリーンとの距離が縮まり、2つの剣がアイリーンに迫る。
しかし、アイリーンはそれを杖1本で凌ぐ。
「魔力のみで一国の女王となった私に、勝てるとでも思ってるの?」
「本当の家族がいるからな。」
「っ!」
エルザが抑えている間に、両脇から攻めるようにそれぞれマルクとウェンディが迫ってくる。
「天竜の━━━」
「魔龍の━━━」
「「翼撃!!」」
「ぬっ…!」
ウェンディとマルクの攻撃が、アイリーンの腰を裂く。そして、その傷で怯んだ瞬間に、エルザも押し切る。
「紅黒の双刃!!」
「うぁ…!」
エルザの2つの剣が、アイリーンの体をXに切り裂く。だが、それで終わるほど簡単な相手でもない。
「この私に、傷を…」
「あなたの過去には同情します。でも、自分の子を愛せない人を…私は許せません。」
「あんたは聞いてる限り、確かに可哀想な人だと思うよ……けど、それで狂ってしまったのなら、誰かが止めなきゃなんねぇんだよ。」
「……」
ウェンディとマルクの2人の言葉に、アイリーンは何も返さない。ただ、笑みを浮かべていたのだ。
「…滅竜魔導士のおチビちゃん、さっき話の中で竜の種…という言葉が出てきたでしょ?それはそなたの中にもあるのよ。」
「はい。でもそれは、私のお母さんが…長年かけて成長しないように抑えてきました。」
「何っ…!?」
「だから私達は竜化しません。」
「恐らく、ナツもな。」
ウェンディから聞かされた事実に、アイリーンはわなわなと震え始める。その表情には先程までの笑みが残っているが、内心は恐らく感情がぐちゃぐちゃに入り交じっていることだろう。
「なるほど……ドラゴンが体内に入り、竜の種の成長を止めていたのか…私に魔法を授けたベルセリオンは戦場で死んだ…私は彼の名を受け継ぎ、彼の常を晴らすと誓ったのよ……しかし、そんな方法で竜化を防げたなんてね………」
そして、ついに表情から笑みが消える。恐らく、彼女の中で最も必要ではあるが、知りたくなかった真実だろう。
今まで何百年も生きていたのはなんだったのか…そう、考えてしまったのだ。
「不公平だわ!!」
怒りのままに放たれた一撃が、誰に当たることなく虚空を飛んでいく。最早、冷静さは皆無となって怒りや悲しみ、そして嫉妬が彼女をつき動かしていた。
「私の人生を返して!こんな体要らないのよ!!!」
「━━━ならば私が楽にしてやる!!ウェンディ!!」
「はい!!全身体能力上昇…
ウェンディのエンチャントが、エルザを強化する。だが、アイリーンの得意分野はただのエンチャントではなく、つける外すが上手いエンチャント使いなのだ。
「小賢しいわ。分離エンチャント、
「おらぁ!!」
「くっ!?」
「ちっ、外した!!」
分離エンチャント。文字通りエンチャントを外すエンチャントだが、それを使われる前に、マルクがアイリーンに対して魔力の塊を放り投げたのだ。
どんなエンチャント使いでも、魔力そのものを喰らわれてしまえば成す術がないだろう。それを理解しているからこそ、アイリーンは避ける事を優先してしまったのだ。
「おおおお!」
「……ふっ━━━」
マルクが一旦下がり、入れ替わるようにして、2つの剣を合わせて一気にアイリーン目掛けて、振り下ろす。
だが、エルザもウェンディもマルクも少しだけアイリーンが微笑んだ事に気づかなかった。
「これで終わりだァ!!」
そして、アイリーンの頭に剣の一撃が炸裂する。しかし、その衝撃のほとんどを彼女の被っている帽子が相殺したのか、頭から流血をする程度で済んでしまっていた。
「分かったぞエルザ…エンチャントの真理がな。赤ん坊だったから…身内だったから……失敗したのか?いや、そもそも人間への全人格エンチャント自体が不可能なのか。」
突如語り出すアイリーン。その不気味さに、全員が警戒を強める。だが、アイリーンは一向に動く気配を見せない。
「答えはNoだ。相性…というものが必要だったのね。」
「なっ……まさか、ウェン━━━」
「滅竜魔導士であり、エンチャンターであり……若くて竜化しない体が目の前に現れるなんて━━━」
アイリーンの体が、痙攣を始める。何かに気づいたマルクが、咄嗟に魔力弾をアイリーンに向けて投げるが、その肉体はなんの抵抗もなく吹き飛ばされるだけだった。
「っ━━━!」
「まさか……」
「あぁ、この時を待っていた……多少、魔力は落ちるが問題ない。」
アイリーンの体は吹き飛び、
「新しい体、新しい人生……アイリーンは生まれ変わったわ。新しい体、私の体……」
「━━━貴様ァ!!」
マルクが、一気に殴り掛かる。ウェンディ…否、ウェンディの体を乗っ取ったアイリーンに向かって、その拳を感情的に振り回す。
「左大腿部損傷、全身に打撲等の挫傷多数…でも問題ない、動くわ。」
「返せ!ウェンディを、返せェェェェ!!」
「あら、悪いことしたわね。けどごめんなさい、あなたはタイプじゃないの。」
感情的になっているマルクをあしらうかのように、アイリーンは攻撃をかわしていき、鋭い蹴りをマルクの腹に打ち込む。
「がっ……!」
「マルク!」
「何ィ?このお胸、可愛い~」
自分が生まれ変わったのを再確認するかのように、アイリーンはウェンディの体を触って確かめていく。
吹き飛ばされたマルクは、地面を転がって行ったが、すぐさま立ち上がって再び挑んでいく。
「う、ウェンディは……」
「あら、鈍いのねエルザ。彼女はもう既に存在していないわ…さっき吹き飛ばされた体は、既に肉の塊。
あぁでも敢えて言うなら…私かしら。」
「貴様ッ!貴様貴様貴様ァ!!」
「しつこい子ね……まだ分からないのかしら?貴方では、もう『今の』私に勝てないのよ。」
マルクに対して、アイリーンは物理攻撃しか行わない。エルザも、冷静になりつつも、しかし怒りは抑えきれずにアイリーンに殴り掛かる。
「ふざけるな!ウェンディから出ていけ!!」
「にしても頭の悪い子達ね…これは憑依の類じゃない……私はこの子自身にになったの。
ママだけ若返っちゃってごめんね?」
「がはっ…!」
「ぐっ……!」
「そう、この子はもう既に私自身……だから、魔法を無効化されようと私はもうあの体には戻らない。」
アイリーンが手を軽く持ち上げる。瞬間、エルザ達のいる場所が爆発する。
その魔力は強大なもので、怒りに捕われているマルクもまともにその攻撃を浴びてしまう。
「ふむ、魔力も思ったよりは下がってない。元々この娘にそれだけの素質があったということか。
さて……こんな可愛らしい子が子持ちなんてイヤでしょ?だからあなたの存在を消さなきゃ…私の新しい人生が始まらないの!!」
「ガッ……!」
「天空の滅竜魔法……こうかしら?」
軽く浮き上がり、アイリーンはウェンディの体で天空魔法を発動させる。それを、マルクは自分の魔力で相殺する。
「がァ!!」
「ふふ……まぁその程度なら許すのかしら?でも…
「……」
「ほんと、そんなこと考えても無駄なのよ!もうこの子の自我は死んだ!今日から私がウェンディ!ウェンディ・ベルセリオンよ!!」
天空魔法の力で空に上がったアイリーンは、2人を見下ろす。そこにはただただ嘲笑の意思しか込められていないのだ。
だが、攻撃は仕掛けられない。ウェンディの体なのだ…攻撃できるはずがないのだ。
マルクもエルザも、攻撃ができない。
「ふ…甘いのよ、二人とも…!鎧にエンチャント…『爆破』!!」
「っ!」
「うああああ!?」
エルザの鎧に、エンチャントが付与される。それは、爆破のエンチャント…つまり、かけた瞬間に爆発するエンチャントである。
「エルザさん!!」
マルクは最悪を予想する。爆発耐性のある鎧だろうがなんだろうが、関係なしに爆発させるエンチャントだろう。つまり、下手をすればエルザは今の一撃で……と、マルクは予想していたがどうにも現実は異なっているようだった。
「━━━ダメージが、低い?」
「え…?」
エルザの体には、ほとんどダメージが入っていなかった。鎧こそいくらか破損してしまっているが、破損している程度ですんでいた。
「━━━全属性、耐性上昇…
「あ、あぁ……!」
動かないはずの体が動き始める。その言葉遣い、そして声質こそちがうものの喋り方の優しさは…紛れもない、マルクが聞き間違えるはずもない人物のそれだった。
「ちょっと、時間がかかりましたけど……私です、ウェンディです…!エルザさん、マルク…!」
「ウェンディ!?」
「ウェンディィィィィィィィイイイイイイ!!」
マルクは、最早体がどうとか関係なく、ウェンディに抱きついた。元々が成熟したアイリーンの体なために色々当たっているが、気にしないほどに嬉しさが勝っていた。
「馬鹿な…!?」
「お胸が、重い……」
「ウェンディウェンディウェンディィィィィィィィイイイイイイ!!」
「う、嬉しいのはわかったから……あの、恥ずかしいよ…」
軽く赤面しながらマルクを撫でるウェンディ。それとは正反対に、アイリーンは絶望の表情となっていた。
「ありえない!!こんな小娘に全人格エンチャントなど!!」
「『貴方』の魔力凄いです。『私』の体なんかに入ったのが間違いですね。」
「……っと、まぁ…これで形勢逆転ってところか…!」
魔力を手に貯めるウェンディ。無論、ウェンディの体を乗っ取ったアイリーンもまた強者ではあるが、魔力そのものまで入れ替わった訳では無いのだ。
自身の体にある魔力…それは、アイリーンの体の方が大きいものなのだ。
形成は逆転、アイリーンは焦り、困惑しながら…ウェンディはアイリーンを視線に移しながら、戦いは最終局面を迎えようとしていた。