マホーグの下には、3人の魔力。だが、今迂闊に飛び込めば即座にやられて終わりだろう。それは、彼女の魔眼を持ってしても変わらないことなのだ。
彼女の魔眼は相手の行動する先に何が起こるかの判別である。だが、それが見えたとしても、広範囲による魔法を打たれてしまえば……と考えてしまって迂闊に動けないでいた。
「…ん?」
マホーグの目に、一人の男の姿が映る。黒い髪に、真っ黒な服。その上から装飾の施された服は、どこか気品を思わせる。
だが、彼から感じる魔力は強大というにはあまりにも異質が極まっていた。1度触れてしまえば、死んでしまいそうな予感さえしてくる。
だが、触れなければいい。そして、この土地の形状から察するに、逃げることが出来れば、あとは合流するだけである。
そう、今いるのは少女ともう1人のアルバレスの魔導士。その気になれば━━━
「下の子を、連れて…逃げられる…!」
希望的観測、というにはあまりにもお粗末な作戦。だが、相手が1人ならば運が良ければ逃げられる。このくらい楽観的な発想に転換しなければ、自分はいつまで経ってもここから逃げることは出来ない。
彼女の魔法の一つであるショートワープを使えば、音もなくギルドに潜り込むことが出来る。
運が良ければ、机の下にでも隠れることが可能だろう。その運を信じて、マホーグは自分の魔法でギルドの中に入り込むのであった。
場所は代わり、今マルク達は的に向かって進軍しつつあった。
ナツ達が先行してどんどん先に進んでしまうため、マルク達は置いてけぼりをくらっていた。
「む……」
「マルク?どうしたの?」
そして、ウェンディ、シャルルと共に進んでいたマルクは、かなり先の方で強大な魔力を感じた。恐らく、スプリガン
「……でかい魔力、けど質的には感じたことの無い魔力。まだ出会っていないスプリガン12が前にいる。」
「ナツさん達なら大丈夫だと思うけど……」
「……ただ、怖いことがある。」
「怖いこと?」
「スプリガン12は、俺達があったやつの大半がかなり簡単な魔法だ。だが、それを鍛え上げたのか持ち前の才能なのかは知らないが、かなり上位のレベルにまで引きあげてる。
それこそ、俺達が見た事のないレベルにまでな。」
砂を操る魔法を、極限まで引きあげたかのような強さを見せたアジィール。色々な砂の種類の魔法を使うことで、圧倒的な強さを見せつける。
物の大小を変えることが出来るブランディッシュ。それを島ごと行えたり、見えないものまでもを遠隔で小さくすることが出来るその精密さと魔力は圧倒的なものである。
「俺達が戦ったあの魔導士…ディマリアは、
ま、スプリガン12の中には例外はもちろんいるけれど……」
マルク達は見ていないが、他にもその系統に属するものは何人かはいるのだ。
電気が弱点ながらも、それを克服して自分の力に変えることを覚えたマキアスのエリートであるワール。
ただ物を見えなくしたりする魔法を、見えないものを感じとったり、色々な武器や体術を駆使することで成り上がったスプリガン12の一人、ジェイコブ。
判明している中で、これらが単純なものからの昇華である。
「で、だ……判明していないのは魔導王オーガスト、そして冬将軍インベル。名前すらわからないのがあと2人……ってところか。」
「それで、何が怖いの?」
「どんな魔法も駆使できるオーガストはともかく…仮に、冬将軍インベルの魔法を予測するとしたら……多分、氷の魔法だ。」
「それって、氷の造形魔法ってこと?」
「いや……単純な魔法を昇華させたものだって考えたら……触れたものを氷に変換するとか、あるいは何でもかんでも凍らせてしまうとか。」
「っ!」
マルクの予測に、ウェンディは背筋が凍るような思いだった。ブランディッシュや、アジィール並の進化を果たしたと考えると、炎を用いても溶けない、あるいは炎すらも凍らせることが出来るかもしれない魔法になっているかもしれないのだ。
「……相手してみないとわからない。けど、もしそのどちらかの場合だったとしたら……勝てる人はかなり限られてくる。」
「…グレイさんと、ナツさん?」
「…後はクォーリの野郎だ。属性が氷である以上、グレイさんとクォーリのやつは絶対に勝つ。」
少しだけしかめっ面をして、クォーリの名前を出すマルク。認めたくはないが、しかし彼の力と実力はスプリガン12に勝てるかもしれないというところを、マルクは信用していた。
「……氷。」
「にしても、本当に単純な魔法を昇華させたやつばかりだ……強力な魔法を使うのならまだしも、こういうタイプはタチが悪い。」
「どうして?」
「本当の意味で強いからな……魔法を熟知しすぎてると言っても過言ではない。」
「熟知しすぎてる、か…」
「っ……!?」
「シャルル?どうしたの?」
頭を抑えるシャルル。マルク達は、それが単なる頭痛ではなくシャルルの持つ未来予知の能力が発動した、ということを知っていた。
「……マルク!ウェンディ!スピード上げて!ジュビアが危ないわ!!」
「何っ!?」
「シャルル!どこかまで分かる!?」
「このまま真っ直ぐで構わないわ!!」
シャルルに言われるがままに走り始めるマルクとウェンディだったが、不意にその2人の鼻が匂いを感じとった。
「この匂いは…!」
「ジュビアさん!?」
「血の匂いこそ、辺り一面に漂ってるけど……やばい!この量はやばい!!」
2人の鼻に、濃い血の匂いが漂ってきていた。それがジュビアのものとすぐに二人は判断したが、その匂いがとても濃いことに気がついた。
血の匂いが濃いということは、それだけ血を出してしまっているということになる。
つまり、何らかの理由でジュビアはおびただしい量の血を出血していることになる。
「ウェンディ!急ぐぞ!!」
「うん!!」
そうして2人は、自分の速度を上げてジュビアの元へと急いでかけつけに行くのであった。
「うっ……」
「ダメです、まだ起き上がらないでください。」
ジュビアは、目を開けた。しかし、血が大量に大概に出たことで頭がほとんど回っていなかった。
それに加えて、傷事態も深いためにウェンディは動かない方がいいと忠告を入れた。
「この子達が見つけるのもう少し遅かったら危なかったわよ。」
「ううん、シャルルの予知能力で見つけたんだよ。」
「何があったかは、今聞けませんけど……この匂い、スプリガン12と戦ったんですね……」
「……ジュビア、生きてるの?命の恩人です……ありがとう3人とも。」
ジュビアはゆっくりと起き上がってから、ウェンディ達に向かって土下座をする。
当たり前のことをしただけなのに、土下座までされたおかげでマルク達は少し慌てていた。
「いえいえ、それが私の役目ですから。」
「シェリアの分も、必ずみんなを守ります!」
そう言って力強く笑みを浮かべるウェンディ。だが、マルクは少しそのことを悔やんでいた。
自分があの時ディマリアを倒しきれていれば、シェリアが魔法を失うこともなかったし、こうしてウェンディが無茶をすることもなかったのだ。
そう考えると、今ウェンディに無茶を強いているのは自分の責任なのだと、思ってしまっていた。それ故に、強くこうも思っていた。『ウェンディに無茶をさせる前に、戦争を終わらせる。』と。
「ジュビア…気を失っている間、グレイ様に口付けをされたような気がします。」
「気の所為よ、きっと。」
「っ!そう言えばグレイ様は!?グレイ様は無事ですか!?グレイ様を……探さなきゃ。」
「まだ動いちゃダメですよ。」
「このままじゃ、グレイ様が壊れちゃう……」
ジュビアの頭の中には、グレイへの心配でいっぱいになっていた。その言葉に、マルクも探しに行くか考えているが……ふと、異質な魔力を感じとっていた。
「っ!?」
「マルク?どうしたの?」
「……遠くの方で、でかい魔力を感じとった。いや、これは…呪力、か?けど、そこにグレイさんもいる……まさか、スプリガン12には悪魔もいたのか…!?」
「そんな…少なくとも、ジュビア達が相手したのは人間でした…」
ということは、まだ見ぬスプリガン12か…はたまた全く別の要因か、しかし、このままではグレイが壊れてしまう、というのもマルクは直ぐに理解ができた。
「ウェンディ!俺はグレイさんの援護に行ってくる!!」
「うん!私もあとから追いかけるから!!」
ナツ達が進軍してくれたおかげか、ここら辺一体には敵がいなかった。おそらく、前に進んだ者達に対して攻撃を集中させているのだろうと、マルクは考えた。
ひとまず、グレイの加勢に行って敵を倒そう…この時のマルクはそう考えていたのであった。
全速力で飛ばして、マルクはグレイがいる場所にたどり着いていた。だが、グレイが戦っていた人物が二つの意味で驚愕の人物だったからだ。
「ナツ、さん…!?」
グレイが戦っていたのはナツだった。しかし、目の前のナツからは魔力以外にも呪力…つまりは悪魔の気配を感じとっていたのだ。
誰かに操られて…といった話ではない。今まで感じたことの無いくらいの、強い悪魔の気配をマルクは感じていたのだ。そう、
だが、問題はそれだけではない。グレイは、そんなナツに対して滅悪魔法を使っていた。つまり、今悪魔の気配がするナツに対して…悪魔を滅する魔法を使っているということになる。
「あん、たらは……」
ナツがグレイを、グレイがナツを。これは、いつも起こっているギルド内での喧嘩ではない。あんなもの、まだ仲がいい範疇で起こりうることである。
だが、目の前で行われているのはただの殺し合いである。ギルドメンバー達で、殺し合いを行っているのだ。
「あんたら、は……!」
どちらも、正気を失っていた。何かに取り憑かれたかのように、目の前の相手を本気で殺そうとしている。こんな時に、こんな時に……とマルクは震えながら拳を握りしめていた。
「あんたらは!!今、こんな時に何やってんだ!!」
シェリアが、ウェンディが、シャルルが……皆が紡いだ道である。それは、こんな所で喧嘩をして同士討ちする為ではない。
マルクの声は、2人には届かない。いや、届いていても無視されているだけの可能性だってあるのだ。
ナツの炎がグレイを焼き、グレイの氷がナツを凍らせる。このまま続けてしまえば、2人とも本当に死んでしまうだろう。それだけは、それだけは止めなくてはならない。
「そんなに喧嘩したいのか!あんたらが、あんたらがこんな時に喧嘩してて……ふざけんなよ!!」
マルクは飛び出した。その体からは、呪力も魔力も彼の体の中にある力全てが漏れだしていた。
2人を、正気に戻すために…マルクは仲間に拳を振るおうとしていた。
「ふんっ!!」
「ガッ…!?」
「ぐっ…!?」
「何が見えてんのか知らねぇが……そんなに殺し合いしたいんなら妖精の尻尾辞めちまえよ!!あんたらが殺し合いするためだけに、この戦争をしてるんじゃねぇぞ!!」
二人の間に入り込み、不意打ちで2人に1撃ずつ入れるマルク。肩で息をつかせるマルクだったが、グレイとナツは止まる気配がなかった。
「どけよ…俺は、ゼレフを…殺さなきゃなんねぇんだ……!」
「どけ、マルク…どかねぇなら…!てめぇもENDもまとめて殺す……!」
「じゃあ殺してみろよ!今の正気を失ったあんたらに負けるほど、俺は弱くはねぇぞ!!」
既に熱くなったマルクも加わって、この殺し合いはますます苛烈を極めていくのであった。