サッカーバカとガールズバンド(仮題)   作:コロ助なり~

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第7話

 

 

ギターを抱えて飛び出した香澄を追いかけて数千年―――なんてことは一切なく、彼女は有咲の家の玄関で俺達を待っていた。

 

「二人共早く行こうよ!」

 

その場で足踏みをしているのでどれだけライブハウスに行きたいかが伝わってくる。

だが、蔵から持ち逃げされかけている有咲からすれば逆効果でしかない。口には出さないが、額に青筋を浮かべてかなり怒っているのが見てわかる。

 

「香澄、それだと本当に泥棒なるからな?」

 

「……あ」

 

俺に言われてようやく自分がしたことに気が付いたようだ。

 

「で、でも……私……」

 

ギターを弾きたい気持ちがわからないでもない。俺もサッカーを初めて知った時、毎日やっていたいと思ったくらいだ。

 

「多分、この近くにあるライブハウスに行っても今日は弾けないぞ」

 

「え? どうしてですか?」

 

「今日はライブの日だから」

 

昨日、ゆりさんからライブすると連絡があった。本来なら部活で行くつもりはなかったのだが、キャプテンに強制送還されたので暇になってしまった。

それにゆりさんがライブする場所じゃなくとも、予約なしに弾ける場所はあまりないと思う。

 

「弾くよりも先にバンドやライブがどんなのか知ってみるのもいいんじゃない?」

 

「はい!」

 

香澄からギターを受け取り、元の場所に戻してからライブハウス―――『SPACE』に向かう。

 

「ありがとうございます……は、遥さん」

 

歩きながら有咲にお礼を言われた。

 

「どういたしまして。香澄、真っすぐ」

 

先走る香澄に道を教えながら歩き続ける。

 

「……あの、ずっと気になってたこと聞いてもいいですか?」

 

「ん?」

 

「どうして去年の途中から()()()()()()()()()()()()んですか?」

 

そりゃあ、ファンなら気になるよね。

 

有咲はネットサーフィンが趣味の一つらしく、俺の試合を見るようになってからずっと観戦している。だが、昨年俺が出なかった理由はネットや新聞には全く書かれていなかったらしい。

書かれなかったのは記者たちが出ない選手には興味を持たなかったからだと思う。

 

「まあ、もう過去のことだから言うね。香澄、そこ左。俺が去年、試合に一切出なかったのは―――体を壊しかけたんだ」

 

「ッ!?」

 

中学時代にサッカーを一度やめてから再びやり始めるまでの間、当然ブランクがあった。少しでも遅れを取り戻すために毎日夜遅くまで練習していたのだが、高校に入学してから初の公式戦前で子供の未完成の体は悲鳴を上げた。

医者が言うにはあと少し遅かったら二度とサッカーが出来なくなるところだったそうだ。

それから強制的に一週間入院させられ、半年はまともな運動が出来なかった。

 

「そんなことが……。今はもう大丈夫なんですか?」

 

「もちろん。でも、あんまり無茶すると怒られちゃうんだよね」

 

主に友希那とかリサにだけど、意外にも紗夜がその次に怒っていた。……他には二人の両親とか自分の両親にも怒られたけど基本的にはあの二人ばっかだ。

 

「遥先輩! ここですか!?」

 

話している内にいつの間にかライブハウスに到着していた。

 

「そうだよ。ここがライブハウス」

 

ライブが間近なのか入り口にはお客さんがたくさん並んでいた。

 

「わー! すっごーい!」

 

「はしゃぎ過ぎだバカ! お前のせいで目立つんだよ!」

 

はしゃぐ香澄を有咲が窘め(?)ながら中に入った。有咲が怒鳴ったことでさらに注目が集まったのは言わない方がよさそうだ。

 

「……騒がしいと思ったらお前さんかい」

 

「あ、オーナー! こんにちは!」

 

杖を持ったお婆さんが奥の方から姿を現した。このライブハウス『SPACE』のオーナー―――都築詩船さんだ。Roseliaを含めた知り合いのバンドがここでライブすることがあるので、気が付けば顔を覚えられ、多少は会話する程度の関係になっていた。

 

「お前さん、いつも一緒の女の子はどうしたんだい?」

 

いつも一緒の女の子とは恐らく友希那のことだろう。

友希那に連れまわされることが多かったことも顔を覚えられた要因の一つに違いない。

 

「今日は行くつもりはなかったんですけど、色々あってたまたま予定が変わっちゃったんです」

 

友希那も俺が部活だとわかってるから誘ってこなかったのだろう。

 

「そうかい。それより、チケットは高校生五枚でいいかい?」

 

「はい、それで―――ん? 五枚?」

 

人数が多い。俺と一緒に来たのは俺含めて香澄と有咲の三人のはずだ。都築さんが顎で後ろを示したので振り返ると、そこには友希那と紗夜がいた。

これで五人の理由には納得がいった。だが、友希那がいつもと変わらない表情でドス黒いオーラを出している理由だけは皆目見当もつかない。

 

こういうのは確か……。

 

「貴様……まさか伝説の(スーパー)サイ―――」

 

「正座」

 

「アッハイ」

 

人目があったにもかかわらず、大人しくその場で正座をした。

前から思うのだが、カズから教わる“マンガネタ”とやらが通じないのはどうしてなのだろうか。

 

「どうしてあなたがここにいるのかしら?」

 

「これにはやむを得ない事情がございまして……」

 

「そう。じゃあ、どうして女の子と一緒なのかしら?」

 

「それもやむを得ない事情で……」

 

「おい! いきなりは、遥さんを正座させるなんてどういうつもりだ!」

 

しかし、ここで有咲が友希那の行動を見過ごせないのか口を出してきた。

香澄はこの状況に(クエスチョン)マークを浮かべ、紗夜とオーナーは「やっちまったな」みたいな呆れ具合だ。

 

「……あなたには関係ないわ。これは私とハルの問題」

 

「は、ハル!? 遥さん! この馴れ馴れしい女とどういう関係なんですか!?」

 

「世間一般的に言うと幼馴染ってやつだよ」

 

「……幼馴染……だと……!?」

 

なんで俺達二人を絶滅危惧種でも見るかのような目をするかな……。

 

「これでわかったでしょ? あなたの入り込む場所なんてもうないの。大人しくハルから身を引きなさい、泥棒猫」

 

「誰が泥棒猫だよッ!? ……そっちは()()()幼馴染じゃんか!」

 

まあ、確かに幼馴染はそれ以上でもそれ以下でもない関係だよね。

 

「! ……そうね、()()ただの幼馴染よ。でもね、私とハルは結婚する約束をしてるわ」

 

『ええッ!?』

 

今の発言にはその場にいた全員が驚いた。

 

友希那と結婚? はて、そんな約束したことがあっただろうか?

 

「ってなんで桜木さんまで驚いてるんですか!?」

 

「だって初耳だから……」

 

「初耳……? つまり、結婚の約束は嘘ってことだな!」

 

「…………」

 

「イタイ! 友希那さん無言で蹴らないで!」

 

嘘がバレた友希那が正座中の俺の脚にガシガシ蹴りを入れてくる。爪先で蹴って来るから地味に痛い。

 

……忘れたのが許せないみたいな感じなのかな? もしそうなら俺が悪いってことになるよな……。え? ホントに結婚とか約束したっけ? でも、あの頃はサッカーするか友希那とリサに振り回されてばっかな気がするんだけど……あ、今も変わんないか。

 

思い出そうとしても自分の記憶にはそんな感じのことはない。

 

「……一緒に寝たことがあるわ。しかもこの一週間の内によ」

 

「ハッ、それもどうせ―――」

 

「あ、それはホントだよ」

 

事実だと知って驚く有咲の顔を見て、友希那はドヤ顔をしていた。

 

「んなッ!? じゃ、じゃあ遥さんは…………じゃない……?」

 

? 俺が何じゃないのだろうか? 間の言葉が良く聞き取れなかった。

 

「は、破廉恥です! いくら幼馴染だからって風紀が乱れるようなことはダメに決まってるじゃないですか!」

 

顔を真っ赤にした紗夜が怒鳴り散らす。

流石は風紀委員と言いたいが、一緒に寝るくらいで風紀が乱れるとは到底思えない。

 

「大体ですね、前から思っていたのですが桜木さんはガードが緩すぎます!」

 

今度は俺一人に対しての説教が始まった。だが、内容は聞き流せるものじゃなかった。

 

俺のサッカーに紗夜が意見するのは初めてだけど、その挑戦受けようじゃないか!

 

「俺、ディフェンスも結構いけると思うんだけど!」

 

自分がされて嫌なディフェンスをすると相手に抜かれることはほとんどない。

 

「今サッカーの話は一切してません! 黙って聞いていなさい、サッカーバカ!」

 

あれ? サッカーじゃないの?

 

そこからガミガミ説教が続き、オーナーからライブが始まると告げられるまで紗夜は止まらなかった。ちなみになんやかんやで俺が全員分奢ることになりました。

原因であるオーナーを非難の目で見るが本人はどこ吹く風で奥の方に戻っていった。

文句の一つでも言ってやりたいところなのだが、時間が時間なので五人でライブが行われる部屋に入ることにした。

 

「……誰かさ、この場所変わってくれない?」

 

右に友希那、左に有咲。二人が俺を挟んで睨み合っている。居心地があまりよろしくない。

 

「ハルが困っているわ。離れてくれないかしら?」

 

「あ? いつも勝手についてくる幼馴染に嫌気がさしてるだけだろ?」

 

さっきからお腹が痛い。もしかして腹筋が衰えてるのかな? よし帰ったら筋トレだな。

 

「香澄……」

 

「嫌ですっ!」

 

まだ名前しか呼んでないのにそんないい笑顔ではっきり言わないでよ、香澄。

 

「紗夜……」

 

「自分で蒔いた種じゃないですか。よかったですね、両手に花で」

 

元々望みは薄かったが、俺のことを嫌う紗夜は皮肉たっぷりに拒否してきた。

徐々にこの場から逃げたいと思い始めた最中、ゆりさんが所属するバンド―――Glitter☆Greenのライブが始まった。

そして―――

 

「これだっ! 私っ、バンドやりたいっ!」

 

香澄、バンド始めるってよ。

 

 

 

 

 

 


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