サッカーバカとガールズバンド(仮題)   作:コロ助なり~

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第20話

 

 

 

「えっと、沙綾……さん?」

 

思わず年下である沙綾にさん付けで呼んでしまった。今の彼女の怖さは昨日の友希那やリサ程でないにしろ一歩後退ってしまう。

 

……よし、一旦状況整理だ。俺の前には壁ドンをした千聖がいる。顔が真っ赤なのは心配だが、まだまともに話を聞いてくれそうにない様子だ。

次に沙綾が怖い顔をしてる理由を考えてみよう。……いや、考えるまでもないじゃんか! 俺が千聖に迫ってるように見えたからだよ!

ど、どうする……?

 

即座に判断することを求められる試合中のような感覚で思考回路を総動員して選択肢を導き出した。

 

1、「彼女に壁ドンをして悪い?」と開き直る。

 

2、沙綾にも壁ドンをする。

 

3、紗夜を呼ぶ。

 

どれもまともじゃないんだけど!

 

自分で考えた選択肢のくせにバカなのかと言いたくなる。

1はわざわざスキャンダルになるようなことを自分の口から言うとまた別の問題が起こりそうなので却下。

2は出来ないわけじゃないが下手をすると沙綾が千聖と同じみたいに話を聞いてくれなくなるか、殴られる可能性が無きにしも非ず。

3は一番ダメだ。紗夜がまだ残ってるかわからない。というよりも、仮にいたとしてこの状況を見たら即説教しか想像できない。ついでにゴミ屑を見るような目で見られそう。

 

やっぱりここは……。

 

「―――撤退だ!」

 

様子のおかしい千聖の手を引いて走り出した。

 

「どこに行くのかな? まだ話終わってないんだけど?」 

 

しかし沙綾からは逃げられない! 肩を掴む力が異常なのは実家がパン屋だからなのかな!?

 

「部活だからどいてくれると嬉しい……って言ってもどいてくれるわけないよね」

 

「そりゃね。その人、パスパレの白鷺千聖さんでしょ? 学校も違うのに一緒に部活行く必要あるの?」

 

「まあ、あるにはあるよ」

 

「なんで?」

 

「(ストーカーからいつでも守れるように)傍にいたいから」

 

「ッ!?」

 

だってそうでもしないと千聖が危ないし、何があってからでは手遅れになってしまう。

 

「そういうわけだからもう行っていいかしら?」

 

いつの間にか再起動した千聖が俺の手を引いて歩き出した。心なしか嬉しそうな表情をしていた。

 

「ま、待ってください! お二人は、その……お付き合いしてるってことですか?」

 

「ううん、別にそうい―――イタッ!」

 

痛みの奔った場所を見れば、千聖の足が俺の足を思いっきり踏んでいた。

止め方はアレだが、朝話した偽物の恋人を演じることを早速忘れ、ボロを出しそうになった俺を止めてくれたのだ。

 

「男女交際という意味であればその通りよ」

 

千聖が「演技しろやサッカーバカ」とでも言いたげにこちらを一瞥して、見せつけるように俺の腕に抱き着いてきた。すると沙綾の俺を見る目が鋭くなる。

 

抱き着いてきたの千聖なのに睨まれるの俺なの?

 

「……その割には今遥先輩は否定しようとしてませんでした?」

 

睨むのをやめて、今度はどこか俺達二人の関係を疑うようにジト目で見つめられる。

 

「付き合い始めてからそんなに日が経ってないから慣れてないのよ。それに遥君ってサッカーバカでしょ。あとできつく聞かせておく必要があるわね」

 

その“きつく”って何? なんか怖いんだけど冗談だよね? 沙綾を誤魔化すための嘘だよね? ……というかこの二人が会話を始めてからお腹がキリキリ痛むのはなぜに?

 

「サッカーバカって言われるほどの遥先輩に彼女ができる。それこそおかしいと思いますが?」

 

これでようやく部活に行けるかと思ったが、まだ沙綾は納得がいかないようで食い下がって来た。

 

「そんなことないわ。現に私という彼女がいるのだからサッカーバカだって恋をするのよ」

 

そんな沙綾に対して千聖は嫌そうな表情を一切出さずに微笑を浮かべて応対する。

 

「サッカーバカが芸能人とですか?」

 

「サッカーバカが芸能人と恋してはいけない? 私達だって一人の人間だもの。誰かにとやかく言われる筋合いはないわ」

 

自分でも認める程にサッカーバカだって自覚はあるけど、そんなにサッカーバカサッカーバカって連呼されるとちょっと来るものがある。

 

『…………』

 

今にも一触即発の二人。

二人の発するピリピリした雰囲気に下校する花女生や通行人が怯えながら近くを通ってゆく。ついでに俺のお腹も痛みが増した気がする。

この場から逃げ出したい気持ちを抑えて俺は口を開いた。

 

「……あ、あの―――」

 

「遥君は黙ってて」「遥先輩は黙ってて」

 

「……ハイ、スイマセン」

 

別に二人にビビったわけじゃないし……。

 

「あれ? 遥君?」

 

「彩、花音」

 

花女の校門から彩と花音が出てきた。まだ下校していなかったようだ。

 

二人ならこの状況を―――。

 

「お取込み中みたいだね。行こう、花音ちゃん」

 

「そうだね。急がないとバイトに遅れちゃうもんね」

 

現れた二人に期待したが俺と目が合った瞬間に迷うことなく見捨てられた。

 

判断早過ぎない!? 見捨てるにしてもせめて話ぐらい聞いてくれてもいいんじゃないでしょうかね!? それが嫌なら嘘でもいいから迷う素振りぐらいして欲しかった! というか彩に至っては俺が千聖といる理由知ってるよね!? 

 

千聖に腕を掴まれていて早足で遠ざかる彩と花音の背中を見送ることしかできず項垂れる。

 

「こんなところで何を項垂れてるのですか、あなたは」

 

「紗夜か。そりゃ、こんな状況なら項垂れたくもなるよ……」

 

「? ……ああ、そういうことですか」

 

「事情わかってくれた、紗夜? ………………え? 紗夜?」

 

ふと顔を上げたら会話していた相手は今一番会いたくない人物の氷川紗夜であった。

 

 

 

 

 

「ふぅ……なんとか説得出来ましたね」

 

紗夜が現れた瞬間に説教コース確定かと思いきや、まさかの火花を散らし合っていた二人を説得し、沙綾を何とか帰らせてくれた。

予想だにしない行動に目を白黒させてしまう。

 

ヤバい。紗夜が救世主に見える。

 

「紗夜、ありがと!」

 

「……が、学校の前で問題を起こされるのが困るからであって、別にあなたのためではありませんッ。そこのところを勘違いしないでください!」

 

「それでもだよ! ホントにありがと! 今度お礼するから! じゃあね!」

 

理由がなんであれ助かったことに変わりはない。

紗夜のおかげで難を逃れた俺は今度こそ千聖を連れて花女から離れることが出来た。

 

 

 

 

 

「ありがとう、ですか……」

 

桜木さんを見送って一人呟いた。

今思うと彼にお礼を言われたのは初めてのような気がする。

 

顔を合わせるたびに説教しているのだからお礼を言うはずもないわね。彼は私が苦手なようだし。

 

お礼を言われない理由に心当たりが在り過ぎて苦笑いしてしまう。

でも、よくよく考えればガミガミ五月蝿い私だけじゃなく彼にも原因があるから私は怒っているのだ。というか九割方彼が原因ではないかとすら思えて来る。―――主に女性関係でだ!

 

そうよ……! 私だって怒りたくて怒ってるわけじゃない。なのに、あの男は何度も……! 今日のことだって本来ならその場で怒るべきだったのでは? ええ、迷う必要なんかないわ、氷川紗夜!  

 

「今度会ったら説教ですね!」

 

そう決意して帰宅するのだった。

 

 

 

 

 

学校に戻っている途中なのだが、千聖が不機嫌そうだ。腕は変わらず組んだままだが。

 

「……遥君、言いたいことがあるのだけれどいいかしら?」

 

「なに?」

 

「あなたサッカー関係以外の友達は少ないはずよね?」

 

「まあね」

 

自慢じゃないが部活仲間やカズを除けば、学校で会話したことがある人はほとんどいない。

 

「ならあの女の子とはどんな関係なの?」

 

「どんなって山吹沙綾。実家が山吹ベーカリーやってる。あそこのパン美味くてさ、ほぼ毎週一回は買ってるんだ。あ、そうだ! 今度行ってみれば?」

 

「あなたと一緒なら行くわ」

 

「そっか、ならパスパレのメンバーも一緒グヘッ!」

 

脇腹に肘鉄をくらい変な声が漏れた。犯人である千聖にどうしてこんなことをしたのか困惑しながら見ると、やや冷たい視線が返って来た。悪いことをしたのは向こうのはずなのにこの仕打ち、実に解せぬ。

 

「ふ・た・りで行くわよ」

 

「……ハイ」

 

あー、そういや今の千聖の動きリサや友希那にも同じことされたような覚えがあるな。この有無を言わさぬ圧力、女子ってこえぇ……。

 

「で、彼女とは随分親しいみたいだけど?」

 

「小さい頃からそれなりに付き合いがあるよ。沙綾の弟や妹とたまに遊んでるからってのもあるかな」

 

「弟と妹を使って外堀を埋めてるわけね……!」

 

外堀? 城じゃないんだから埋められる堀なんてないと思うんだけど。

 

「まさかあの二人以外にもいたとは……。山吹沙綾……要注意人物ね」

 

ブツブツと呟きながら考え込む千聖からは不穏な気配しか感じられない。

千聖への返答に気を遣いながら学校に辿り着いた。

学校のすぐそばで千聖には俺のジャージの上を貸して、伊達眼鏡を付けてもらった。髪型も変えてポニーテールにすれば、遠目からなら黒代高校の生徒に見えるだろう。

 

「遥君のジャージ……」

 

俺のジャージを着た千聖が袖を鼻に寄せて匂いを嗅いでいた。

 

「一応、洗ったから匂わないはずだけど……」

 

「え、洗ったの? 少し勿体―――いいえ、なんでもないわ。ありがたく使わせてもらうわ」

 

「どういたしまして。じゃあ、皆に挨拶しに行こうか」

 

「ええ、頼んだわよ」

 

千聖ともに監督のところに行った。

 

「どうした、桜木。ん? その子は?」

 

「今朝伝えた白鷺千聖です」

 

いくら芸能人でもこの学校の生徒ではない千聖は部外者なので、監督には事前に話をしておいた。と言ってもこの様子から察するに信じられてなかったようだけど。

 

「ハハハ、何を馬鹿な―――え? マジで連れてきたの?」

 

「マジです」

 

「ね?」と千聖に目配せをした。

 

「こんにちは、白鷺千聖です」

 

伊達眼鏡を外した千聖が監督に笑顔で挨拶すると監督の目が点になった。

 

「ほ、本当に連れてきたのか……? え、というかお前知り合いだったのか!?」

 

監督が大声を出したことで準備体操していた仲間達が何事かと一斉にこっちに注目してきた。正確には元から俺の隣にいた千聖のことが気になっていたようで、チラチラと俺達を見ていたようだが。

 

「監督、どうかしたんですか?」

 

キャプテンが代表して監督に問いかけた。

 

「あ、いや、そのな……桜木が白鷺千聖を連れてきたんだ」

 

「…………」

 

これにはキャプテンでも唖然としてしまった。

キャプテンはどうしたものかと後頭部を掻いたあと、俺の方を向いた。

 

「皆への説明は任せた」

 

まさかの丸投げです。

こうなるとはなんとなく予想していたから驚きは少ない。

 

まあ、なるようになるさ。きっと、多分、メイビー……。

 

皆に集まってもらいながら、どう説明したものかと頭を悩ませるのだった。

 

 

 

 

 

 


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