「待った。人間は話し合えば分かり合える生き物だ。だから……その手に持った刃物は置いて欲しい」
帰宅後早々に刃物を持った幼馴染二人が玄関で出迎えてくれた。
今まで彼女達を怖いと思ったことは何度かあったが、今回は群を抜いて怖い。
流石に刃物を持ってくるとか予想できない。というかしたくない。
「じゃあ、納得のいく説明して」
電話ですでに伝えたはずなのだが、もう一度聞く理由がわからない。原因不明の怒りを収めてくれるならいくらでも話すつもりではあるが。
「千聖と付き合うことに―――うわわっ! 刃物を持って近寄らないで!」
言ったのに攻撃!? 話が違う!
前髪の隙間から覗く光のない眼、ユラユラと揺れ動く体。まさしく幽鬼という言葉が今の彼女達にふさわしい。
「どうしてそうなったのかを説明しなさいって言ってるの」
「いや、それは……」
これには人に言えない事情がある。
「二人共落ち着いて。簡単なことよ。遥君が私にメロメロになっただけのことじゃない」
「千聖、火に油を注ぐな! 俺の寿命があとわずかになるから!」
俺を盾にしての千聖からの援護射撃はまさかの誤爆。戦場はより混沌と化す。
「あ、ついでにしばらくこの家に泊まることになったからよろしくね」
トドメの爆弾が投下された。
―――仕事で忙しい父さん、母さんへ。どうやら今日が俺の命日のようです。先に逝く息子を許してください。
うがぁぁぁああああッ! と狂乱する二人を見てそんな辞世の句が思い浮かんだ。
桜木家が混沌と化す約二時間前のこと。
部活帰りにあった千聖と美少年こと薫君。彼は千聖の幼馴染だそうだ。
込み入った話があるそうで、近場の喫茶店で彼から話を聞くことになった。
「ボーイフレンドである遥君に頼みがある」
「頼み?」
ボーイフレンドは君もじゃないの? と思ったが彼の真面目な顔を見て言えなくなってしまう。
「千聖をストーカーから守ってやってくれないか?」
面倒ごとだと思ってはいたがこればっかりは見過ごせない話だ。
「それ、ホント?」
「…………」
彼の言ってることが嘘じゃないと分かっていても聞かずにはいられない。しかし、隣に座る千聖は黙秘。
「千聖」
「ええ、ホントよ。ここ最近つけられてるみたいなの。家に手紙も送られてきたわ」
それが千聖の母親に伝わり、薫君や彼の母親にも伝わったというわけだ。
「事務所やパスパレメンバーには?」
「誰にも伝えてないわ。大事にして皆に迷惑掛けたくないもの。今がパスパレにとって大事な時期だからこそ……」
アイドルがストーカー被害。
世間に広まれば下手をすると解決するまでは活動休止なんていう可能性もあるのかもしれない。
本来なら俺のような一高校生が首を突っ込むような話ではないのだが、知ってしまったからには千聖の助けになりたい。
俺が千聖のために出来ることはなに?
姿の見えない犯人を追いかけることは刑事でもなんでもない俺には無駄に等しい。
であれば、捕まえられるように誘い出すのが一番か。
「千聖、この件が解決するまでは俺の傍にいて」
「……え?」
「あとは……うん、やっぱりメンバーとマネージャーには話すべきだと思う。心配されるのはわかってるけど、いくらなんでも高校生でどうにかしていい話じゃない。いい?」
「……わかったわ」
千聖が折れてくれたところで、早速事務所に向かった。
その際、パスパレ全員に連絡して集まってもらうことも忘れずに。
『ストーカー!?』
事務所の一室にマネージャーと千聖を除くパスパレメンバーの声が響く。
「……いつからですか?」
「五日ほど前に手紙が届きました。ストーカーされ始めたのはもっと前だと思います」
「ど、どうしてもっと早くに言ってくれなかったんですか!?」
「……ごめんなさい。皆に迷惑を掛けたくなくて」
「そういうことを言っていられる問題じゃ―――」
「あー、それ以上はストップで!」
話が違う方向に行きそうになったのでマネージャーに待ったをかける。
「千聖が言わなかったことも問題ですが、今は千聖を守ることとストーカーの犯人をどうするか、です」
「……ですね。すみません」
「でも、どうやって千聖ちゃんを守るの?」
「俺が千聖の傍にいる」
『……ん?』
全員が自分の耳を疑うかのような表情で俺を見る。
「だから、俺が千聖の傍にいるって。彩達女の子だといざストーカーが現れた時に敵わないだろうし、君等はアイドル。ケガをすれば活動に支障をきたすことになる。その点、俺は男だ。力もそれなりにあるから喧嘩になってもなんとかなる。それでどうでしょうか?」
「……わかり―――」
「待ちなさい!」
マネージャーが頷きかけたところで千聖が遮った。
「遥君にだってサッカーのプロ選手になる夢があるじゃない! もしもケガをしたら一大事なのよ!?」
夢が叶えられなくなったらライバルたちに怒られそうだ。
「そうだね。確かに大ケガを負えばプロになりたい夢は潰える。でも、千聖のためだったら
もちろん、それがイヴや彩、友希那やリサだったとしてもだ。
常日頃からサッカーバカと言われてるが、誰かを思いやる心ぐらいは持ち合わせてるし、知人を見捨てるような冷徹な人間になった覚えはない。
『…………』
え? え? 何この空気? なんで急に黙るの?
「ま、まあそもそもケガをしなければいいだけであって、俺自身無茶するつもりもないですし、犯人が現れたら極力千聖と一緒に逃げるつもりですし……あのいい加減誰か何とか言ってくれません!?」
大勢いる中で一人だけ話し続けるとか辛いことこの上ない。
「わかったわ。遥君がそこまで言うなら私も覚悟を決めるしかないわね」
千聖がようやく提案を受け入れた。
「……遥君がサッカーをやめなければならない事態になったら、私があなたを一生養うわ」
「えっ? 俺にヒモになれってこと? 流石にそこまでされんのは嫌かな……」
たとえプロになる夢が途絶えてもサッカーに関わる仕事は何かしら出来るだろうから、養われることは必要ないはずだ。
それだけの覚悟がある、ということで解釈していいのか?
「あの、もしかして彼……」
「今マネージャーが思ってる通りです」
「あー、なるほど……。大変ですね」
彩と小声で話していたマネージャーから何故か憐みの視線を向けられた。
「千聖の覚悟も十分伝わったから具体的な作戦を立てていきましょう」
作戦としては千聖を一人にしないこと。
朝、登校する際は俺が学園まで送る。部活が無い日は迎えに行く。部活のある日は迎えに行って黒代高校まで連れていく。そうすれば部活終了後でも送ることが出来る。
仕事に行くときはマネージャーが送迎。
「ホントは俺の家に泊まってもらうのが一番なんだけど……流石にそれは無理だよね」
手紙が送られてきたということは家を特定されていると言っていい。
千聖が家に一人でいるときに、ストーカーが侵入してこないとも限らない。俺の家に泊まるのがダメならダメで、俺が家まで迎えに行けばいいだけのことだ。
「そんなことないわ。ええ、全然問題ないわ。マネージャー、しばらく遥君の家に滞在しますので事務所の方に許可を貰っておいてくださいね?」
「え、ええ……?」
マネージャーを困らせるレベルの速さでの即答。
しかもてっきり反対するとばかりに思っていたがまさかの賛成ときた。それでいいのか、アイドル。
「泊まるのはいいとして。あとは……そうだな……。千聖、俺の恋人になって」
「―――てことで千聖と恋人になったんだけどまだ話は続くから刃物は置いて!」
何とか二人をソファに座らせて事情を伝える。
ふとしたことで一々刃物を持つから心臓に悪いったらありはしない。
「前に読んだ小説であったんだけど、おとり捜査ってやつ。俺が千聖の恋人になってストーカーをおびき出すつもり」
「つまり、恋人関係というのは偽物で、白鷺さんに対して恋愛感情は一切ないのね?」
「あるわけないじゃん。これで納得した?」
『全然してない』
揃って否定されてしまった。
「別に泊まるのはこの家じゃなくてもアタシや友希那の家でも良くない?」
「あー、それはもちろん提案したんだけど、千聖が俺の家で良いって」
もしや女の子同士の方が過ごしやすいのでは?と考えて言ったのだが、千聖は彼女達に悪いからと頑なに拒否した。
「……私も泊まるわ」
「アタシも!」
「へ?」
唐突な友希那が言い出したことに理解が追い付かない。その上、リサもそれに便乗してきた。俺としては特に問題ない。ただ、千聖はそう思わなかったのか顔を顰めた。
「あら、湊さんと今井さんがここに泊まる理由はないんじゃないかしら?」
「二人が過ちを犯さないよう監視するためよ」
「そうそう。それにデリカシー皆無のハルが白鷺さんに迷惑かけないか心配でもあるし」
デリカシー皆無とは失礼な。だけど不安になる要素が多いことに言われて初めて気が付いた。普段からここに来ることに慣れている二人と異なる千聖には気を遣うことが多いはずだし、滞在するにあたってのルールでも作った方がいいかもしれない。
「お願いしてもいい?」
「構わないわ」「オッケー♪」
二人に快く引き受けてもらったところで千聖を使ってもらう部屋に案内した。
「これからよろしくね、小姑さん?」
『ケンカなら買う』
……これからの生活に不安しかないんだけど、大丈夫かな?