花見から数日後、部活終わりに有咲の家に顔を出しに行った。
前回と違って今回はちゃんと家の玄関からお邪魔することにした。
出迎えてくれたのは有咲ではなく、おばあさんだった。
「どちら様かしら?」
「桜木と言います。有咲さんに会いに来たんですけど、いらっしゃいますか?」
「あら、有咲に用事なのね。あの子なら今頃蔵にいるわ。お友達も一緒よ」
お友達? ああ、香澄かな?
「そうですか。ありがとうございます」
おばあさんにお礼を言って蔵の方に向かった。
蔵の側まで寄ると俺の予想していた人物―――香澄が扉付近から蔵を覗き込むようにして立っていた。
「香澄、何してるの?」
「うわひゃっ!? ……って、遥先輩!? 驚かさないで下いよ!」
普通に声をかけたつもりで驚かすつもりはこれっぽちもなかったのだけど。
「ごめんごめん。で、蔵覗き込んでどうしたの?」
「今、有咲が蔵の掃除をしてるんです。手伝おうとしたら「いらない!」って怒鳴られちゃって」
香澄と一緒に蔵の中を覗いてみると有咲が黙々と整理していた。香澄の驚いた声に気が付かないほど集中してるようだ。
「有咲」
「んだよお前。まだいたのか?」
声を掛けたらこちらに振り向きもせずに作業を続ける。
俺と香澄の判別もつかないようで、ぶっきらぼうな返事だけが返って来た。
「手伝わなくても大丈夫?」
「はぁ? いらないってさっき言ったろ?」
「でも、一人より三人でやった方が早く片付くと思うけど」
「余計な…………三人?」
有咲の動かしていた手が止まる。
そして、錆び付いた機械のように首を動かしてようやくこちらを見た。
視界に俺を捉えると徐々に有咲の顔が青ざめてゆく。
「……は、遥さん、いつからそこに?」
「今さっき来たばっか」
「会話してたのってまさか……」
「俺だよ」
「…………」
無言で立ち上がった有咲が、俺の前まで来る。
「殺してください」
突然の土下座をし出した有咲の口からそんな言葉が聞こえた。
『へ?』
理解が追い付かず、香澄と一緒に首を傾げる。
「私を殺してください」
「……どこがどうなったらそうなるのさ?」
「だ、だって遥さんが来たことに気付かなかったし、敬語を使わなかったんですよ!? 切腹ものですよ!」
「知らんがな」
作業に集中してて俺に気が付いたら逆に怖い。
「じゃあ、遥さんの気が済むまで私の体を好きにしてください!」
「わかった」
「え!?」
言った本人が驚いてる。俺がまさか普通に返事を返すとは思いにもよらなかったんだろう。
「香澄、有咲に好きなだけ抱き着いてきて」
べつに俺がどうこうしなくしてもいいのだから、こういうのは香澄にやらせて有咲の面白い反応を見るとしよう。
「はーい! 有咲ー!」
喜んで有咲に抱き着く香澄。
「うわっ! ちょ、抱き着くんじゃねぇ!」
「えー? でも、こうすれば遥先輩が許してくれるんだよ? 有咲は先輩に許してもらわなくてもいいの?」
「そ、それは…………もう十分抱き着いたろ!? はーなーれーろー!」
「いーやーだー!」
何が何でも離そうとする有咲と意地でも離れない香澄。
この二人のやり取りは見てて飽きないし面白い。
「香澄、そこまで。ありがとね」
有咲が本気で怒る寸前で香澄を止める。
十分に堪能したのかその時の香澄はとてもいい笑顔だった。対する有咲はぜーはーと荒く息を吐いていた。
「お節介なのはわかってる。けど、女の子一人で持ち運べないのもあるはずだから頼ってくれない?」
日菜のときみたいに無性に放っておけない。日頃から支えてもらってるリサに似てしまったのかもしれない。
「遥さんにそんなことさせるわけには……!」
「あー、そういうのいいから。ほら、重いのどれ?」
俺を特別視しすぎじゃないかな?
「…………奥にある段ボールのやつです」
多少強引だったが、有咲は悩みに悩んだ末に手伝うことを許可してくれた。
「オッケー」
ブレザーを脱いで、袖をまくってから片づけを始めた。
香澄も流れに乗って手伝いを申し出たら、有咲が反対することはなく手伝い始めた。
「遥先輩はどうしてここに?」
「様子見に来ただけ。香澄は?」
会話をしながらもきちんと手伝いをこなす。
「有咲と友達になるためです!」
「噓つけ。あのギターが目的だろ?」
「ち、違うよ!」
あとになって思い出したのだが、蔵にあったギターはランダムスターという名前だ。
昔に友希那に熱弁された。
興味なんてないはずなのに憶えてるというのは最早洗脳レベルじゃないのだろうか。枕元で囁かれたに違いない。
―――ランダムスターっていうギターはね、大抵は変人が持つらしいの! ハルは変人だからきっと似合うわ!
そして、良く笑う頃の友希那は無自覚で人の心を抉っていたことに今更ながらに気付いた。
「二人はまだ友達じゃなかったんだね」
「これからなる予定です! ね? 有咲!」
「ない。お前と友達になる予定はこれから先、一生存在しない」
全く意見の合わない二人の会話。
なんだかんだ言って本気で突き放そうとしない辺り、香澄に心を開いてると思う。
そんなこと言ったら有咲の全力で否定する姿が浮かんだ。
三十分程経って蔵の中が半分近く片付け終わった。
一段落着いたところで今日は解散となった。
「う~ん! 部活後の肉体労働って思ってたよりもキツイ……」
身体を伸ばすと節々からポキポキと音が鳴る。
途中に沙綾のとこにでも寄ろうかと考えた矢先、
「千聖、待ってくれ! 話はまだ終わってない!」
「私にはないわ」
私服姿の千聖と見知らぬ美少年がいた。
二人の仲はそこまで険悪ではないようだが、何かありそうだ。
これは声をかけるべき? でも、変に首を突っ込むと余計に拗れたりしそうだしなぁ。
「遥君? そんなところで何をしてるの?」
どうしようか悩んでいたら千聖に見つかり声を掛けられた。
こうなってしまっては仕方がない。出来るだけ関わらない方向に会話を進めよう。
「やっほー、千聖。花見以来だね」
「ええ、そうね。本音を言えば毎日のようにあなたに会いたいのだけれど。幼馴染のあの二人が羨ましいわ」
「毎日会ってたら飽きない? たまに会うくらいが丁度いいと思うよ」
「……それもそうね。今度遥君の家に行こうかしら? (告白まがいのこと言ったのにさらりと流された……ですって!? でも、遥君にしては意外とまともなこと言うわね)」
「うん、いいよ。じゃあ、また―――」
「待った!」
帰ろうとしたら美少年が阻んできた。
背は俺よりもやや低く、紫色の髪をポニーテールにしてる。
「君、さっきから千聖と親し気にしているが、どういう関係なんだい?」
「ちょっと、かお―――」
「千聖は黙っててくれ。私は彼に聞いているんだ。まさか……ボーイフレンドじゃないだろうね?」
ボーイフレンド? ああ、男の友達ってことか。
「うん、俺は千聖のボーイフレンドだよ」
【番外編・からかわれ上手の今井さん】
俺こと桜木遥の隣の席には今井リサさんという人がいる。
見た目はギャルっぽい人なので初めの頃は少し苦手意識があったが、話してみるととてもいい人だとわかった。
「ねぇ、桜木」
「どうしたの、今井さん?」
そんな今井さんがとある日の授業中に話しかけてきた。
俺達のいる場所は教室の一番後ろの窓側の座席だから、こうして会話をしていてもあまり先生に気付かれない。
「桜木って好きな人とかいるの?」
突拍子もない質問が飛び出てきた。
「いるよ」
「ほうほう。それは誰なのかなー?」
「今井さん」
「…………ん? ごめん。もっかい言って? 好きな人は誰?」
「今井さんだよ」
「そ、それって異性として……?」
耳まで真っ赤の今井さんが恐る恐る聞いてきた。
「うん、異性の友達として好きだよ」
「…………」
そう言ったら今井さんはがっくりと項垂れて机に突っ伏してしまった。
ニヤニヤしたり、固まったり、真っ赤になったりと今井さんの面白い百面相が見れた。
これが俺の最近の日常だ。
『(授業中にイチャついてんじゃねぇ!)』