サッカーバカとガールズバンド(仮題)   作:コロ助なり~

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第15話

 

 

 

身体が動かない。

無理に動かそうとすれば今までに感じたことのない激痛が全身に奔る。

 

「……っ」

 

だが、そうも言っていられない。今は練習中だ。練習中になに寝てるんだ、と自分に言い聞かせて、地面に這いつくばっている俺は立ち上がろうとするが、どうしても身体が思うように動かない。

悔しくて土を握り締めるもののかなり弱々しく、その手に何も掴めない。

 

「桜木!」「桜木君!」

 

先輩やチームメイトの皆がこぞって俺の傍に寄ってくる。

たかが倒れた程度でなにをそんなに慌ててるんだと思ったが、誰かが持ってきた担架に乗せられたところで俺は意識を失った。

 

 

 

 

 

次に目が覚めた時には、病院のベッドの上だった。

若い男性の医師が部屋に入ってきて、ここにいる理由を説明された。

 

「桜木君、相当無理をしたようだね」

 

何とか骨がー、とか、何とか筋がー、とかわからないことを言われた。

まあ、簡単に言ってしまえば身体がボロボロだとさ。

最低でも一週間は入院。その間の運動は絶対に禁止と告げられた。

今の俺はサッカーどころか歩くことすらままならない状態らしい。そして、あと少しでも遅かったらサッカー選手になる機会は永遠に潰えるところだったそうだ。

 

―――あーあ、やっちゃった。

 

医者から自分の状態を聞いて、苦笑いとそれくらいの言葉しか出なかった。

中学三年の全国大会が終わってからサッカーをしなくなって、そこから色々あって、高校に入る二か月前にまた始めた。ブランクがあったから他の人達に追いつくために必死になって練習していたのだが、つい一昨日無理が祟って倒れた、ということだ。

薄々違和感はあったが他の人達に追いつくためにはそんなことを気にしてる余裕がなかったのだ。

医師が病室を退室してから一時間もしない内に、俺が倒れた知らせを聞いて真っ先に駆けつけてくれたリサと友希那。その時の二人の青白くなった顔は今でも忘れられない。

それからすぐにRoseliaのほかのメンバー、カズ、(どこから伝わったのかわからないが)千聖やイヴも翌日には来た。両親も仕事の途中だったのにわざわざ来てくれた。

誰も彼もが二言目にはバカと言ってきたので正直参った。あの大人しい燐子にさえだ。あこもわんわん泣きだすから本当に参った。俺のこれまでの人生で一番すごく反省した日だったと思う。

バカと連呼されてちょっと凹んだ俺は不貞腐れながら眠った。

 

 

 

 

 

入院三日目。すでに退屈だった。

サッカーをしたい想いが出てきていた。

 

「あー、サッカーがしたい……」

 

途中まで読んでいた本のページにしおりをはさんで閉じてから、与えられた個室で一人呟く。

今の発言が医者に聞かれたら怒鳴られること間違いなしだ。

また読書に没頭していると病室の扉が控えめにノックされた。

お昼ご飯の時間にしては少し早いし、看護師が来るとも聞いていない。リサや友希那とも考えたが今日はお昼過ぎに来ると言っていたからそれも違うはずだ。

 

「はい、どうぞ」

 

何はともあれノックしてきた相手に入室を促した。

扉を開けた先にいたのは見覚えのない水色の髪の少女だった。

 

「あ、あのぉ~、ここってどこですか?」

 

「病院ですけど」

 

それしか答えようがない。

 

「…………」

 

沈黙が場を包む。

 

「……このあと予定ある?」

 

「よ、予定? 特にはないけど……」

 

「じゃあ、話し相手になってよ。ほら、突っ立ってないでそこの丸椅子使って座りなよ」

 

動くこともままならないし、読書ばかりで飽きていたところだ。退屈を紛らわすための相手が現れたことは案外ラッキーだ。

 

「し、失礼します……」

 

「俺は遥。桜木遥だよ」

 

彼女が丸椅子に座ってから名前を名乗った。

 

「桜木遥!? それってサッカーの?」

 

「え、知ってるの?」

 

「うん、お父さんがサッカー観戦が好きで、あなたが出てた試合をたまたまテレビで見たことがあったから。私、サッカーとかスポーツのことはよくわからないんだけど、あなたのサッカーが凄いって思って、気が付いたら夢中になって応援していた」

 

「そっか」

 

誰かを夢中にさせるサッカーを……なんてことは考えたことは一度もない。むしろ試合中サッカーに夢中になっているのは俺自身だ。ただ、それが誰かに伝わるというのは案外悪くないかもしれない。

 

「それで?」

 

「え、それでって?」

 

何を言いたいのかわからず首を傾げていた。

 

「名前だよ、名前。俺だけ名乗らせる気?」

 

「あ、そっか、そうだよね。私は松原花音です」

 

「花音ね。花音はどうしてここに……って考えるまでもないか」

 

場所を聞いてきたことから大方迷子だろう。

 

「……迷子です」

 

そう言うなり、どんよりと落ち込んだ雰囲気になる。

ここまであからさまな迷子を知って、ちょっと笑えて来る。

 

「花音は方向音痴?」

 

「うん、これでも気を付けてるんだけど」

 

「アハハ、花音はドジっ子だね」

 

「わ、笑わないでよ~……!」

 

怒ってるようだけどフワフワしたイメージが強い所為か全然怒ってるようにみえない。

花音と話すことを楽しく感じていたらいつの間にかお昼になった。

看護師が昼食を持って入ってきた。看護師が退室すると同時に予定よりも早くリサと友希那がやってきた。

 

「ハル、お見舞いに―――……誰、その子」

 

花音を視界に入れるや否や友希那は冷徹な眼差しを俺へと向ける。

あこの時もあったけど冷や汗が止まらない。もうちょっとけが人に優しい空間にしてほしいかなー、なんて考えて思わず現実逃避したくなる。

たが、今回はリサもいるので余計に酷いものだ。

今のリサは笑顔だが目は笑ってないし、背後に般若と思わしき何かが見えた気がした。

チラリと隣を見やれば、花音は涙目になって生まれたての小鹿の如く縮こまって震えていた。

ここは俺が何とかしなければと意を決して口を開く。

 

「……えーっと、この子は松原花音。現在迷子。暇潰しの相手になってもらってた」

 

嘘偽りなく伝えるとそれで納得したのか、二人が発する不穏な空気は霧散した。

 

「わ、私、もう帰る―――きゃっ!」

 

急に立ち上がった花音は足を躓かせたようで体を倒してしまう。

ちなみにだが、基本的に会話をするときは相手に体や顔を向けるものだと思う。

今回の場合、俺は病室のベッドに寝ているのを気遣った花音は、俺があまり体を動かさないようにするために斜め右に座っていた。

つまりだ。その斜め右に俺の方に向いて座っていた花音が倒れた先にいるのは、当然俺になる。

 

「大丈夫?」

 

倒れこむ彼女を受け止め、様子を窺う。

ぶつかった衝撃で痛みがあるかと思ったが、彼女の体重が軽かったのか、勢いがそこまでなかったのか、大したものではなかった。

 

「…………ぁ」

 

受け止めている花音が小さく呟いたかと思えば、その瞳孔が大きく開き、頬が徐々に赤みを帯びてゆく。

 

『…………』

 

病室内に長い沈黙が生じる。

 

「花音? おーい、花音さーん? ……松原花音!」

 

「っ!? は、はい! あ……ごごごごめんなさい! すぐにどきます!」

 

支えるのが段々辛くなってきてボーっとする花音の名前を呼ぶが反応がない。

三度目に少しばかり強く発してようやく我に返った花音が大慌てで椅子に戻った。

 

「ホントに大丈夫?」

 

「大丈夫だよ! うんうん! ホントに大丈夫だから!」

 

あまりに必死になって否定するものだから逆に安心できない気はするがこれ以上問い詰めても仕方がなさそうだ。

 

「気をつけて帰りなよ?」

 

「う、うん……」

 

今度こそ立ち上がった花音は俯きがちに俺をチラチラ見てくる。

 

何か言いたそうにしてる?

 

「花の―――」

 

「また来ます!」

 

花音はそれだけ言い残して病室を出ていったのだった。

無事に家にたどり着けたかは本人のみが知ることだ。……なんて上手く纏めようとしたが、悲しいかな。残っている般若二人がそれを許すはずもなかったとさ。

 

 

 

 

 

「ちゃんと帰れた?」

 

「帰れてなかったら私今ここにいないからね!?」

 

それもそうか、と笑って一人納得すると千聖が口を開けた。

 

「花音は入院中にまた行けたの?」

 

「いや、来てないよ。だって花音だし」

 

「それもそうね」

 

「なんで二人してそれだけ納得しちゃうのかな!?」

 

花音の羞恥を含んだ声は俺と千聖にあっさり受け流されたのだった。

 

 

 

 

 

 


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