お花見での話題は俺こと桜木遥と皆がどのようにして出会ったか、になっていた。
「次は誰との出会いがいい?」
「ジブン、千聖さんとの出会いが知りたいです!」
「あら、麻弥ちゃん。それはパンドラの箱を開けるのと同義なのだけれど、覚悟は出来てるのかしら?」
「昔話一つでここまで怖い笑顔見るの初めてっす!」
綺麗な笑顔ではあるが、目が全く笑ってない。友希那やリサでよく見てたけど、千聖のもなかなか怖い。
怒らせてはいけないリストに千聖の名前を書いておこう。
「ふふ、冗談よ。別にこれと言って面白おかしくもない普通の出会いだったわ」
本人は冗談と言っているがさっきの笑顔は恐怖感を抱くには十分だった。思わず口に出しそうになったが、それは心の中にしまっておいた。
「―――あれは今から……七年程前のことよ」
当時、ベルゼスト国と隣国のクリオール国との間では戦争が起こっていた。
私は王族として生まれ、責務を果たす日々と終わらない戦いによって精神も体力も疲れていた。
そんな私を見かねた執事の一人が、しばらく休暇をとるように勧めてきた。
最初は拒否しようとした。だって国民や他の人が頑張っているのに私だけが休めるはずない。だけど、自分がここ最近休んでいないことを指摘され、大人しく休暇を取ることにした。
どういう休みにするか散々迷った挙句、街娘のような恰好をして城下町に出かけた。意外にもだれも私が王族だと気が付かない。
国民として平等に扱われることに違和感を覚えながらも、少しだけ楽しくなっていたら、人とぶつかってしまった。
「すみません、私の不注意でした」
「あん? 謝って済む話だと思うのか?」
最悪なことに、私がぶつかった相手はガラの悪い男だった。
「誠意が足りてねぇんじゃねぇか?」
誠意。つまり金目のものでも寄越せということ。普段の私ならこの不届きものを捕らえよと言えば騎士達が相手をするのだが、今の私はただの街娘でしかない。金目の物などもっているはずがないのだ。
「よく見ると、あんたかなりの上玉だな。俺の女になるならさっきのこと水に流してやるよ」
男はゲスい笑みを浮かべながら私に手を伸ばしてくる。その時、一人の少年が男と私の間に割って入ってきた。
「あん? なんだてめぇ」
「通りすがりの平民さ」
「俺の邪魔するってか? ハッ、その軟弱な体で勝てると思ってんのか? 笑えるぜ」
「ならやってみるかい?」
少年がパンチを男の顔面に容赦なく繰り出す。男の鼻は曲がり、たったの一撃でノックアウト。
「大丈夫? 素敵なお嬢さん」
クルリと振り返り、私の様子を尋ねてきた。
その時、初めて少年の顔を見たのだが、顔立ちは整っていた。特に印象的だったのが彼の蒼い眼だった。
―――トクン……。
胸が高鳴った。頬が熱い。彼を直視できない。
数秒もすればそれがなんなのか理解した。
―――ああ、私はこの人に恋をしたんだ。
それは間違いなく運命の出会いだった。
「―――と、ここまでが私達の出会いよ。省略してる部分もあったけど、どうだったかしら?」
『どうだったもなにも色々とツッコミどころ満載なんですけど!』
七年前に戦争なんか起こってないし、ベルゼスト国とかどこの国だよ!
「失礼ね。確かに大幅な捏造はあったけどちゃんと事実だって言ってるじゃない」
「七年前ってところだけだよ! 俺が本当のこと話す」
今から七年前。小学四年生の俺は、夏休みにサッカーのクラブチームの合宿に参加していた。
一年生の頃からも合宿はあったものの、サッカーをやる時間は半分以下。それ以外はピクニックや川遊び。自然と触れ合う時間が多かった。
だが、四年生の合宿からはそういった時間は減り、サッカーメインの合宿となる、小さなものだが大会にも参加する。
それに伴い、コーチや監督の指導に熱が入る。
俺達プレイヤーも指導者達に応えようとするのだが、慣れない環境や強い相手、気合の空回りなどで失敗をしてしまうことがある。
「なんでそんなこともできないんだ!?」「どうして適当なプレーをする!?」
失敗した時に試合中にもかかわらず怒号がプレイヤー達に向かって飛び交う。
多少はサッカーが出来るようになってきたとはいえ、まだまだ未熟な俺も当然怒られた。
時間が経てば、怒られたことも気にしないようにはなるのだが、如何せん、その日俺は何度も怒られたことがかなり心にきていた。
仲間の慰めの言葉も聞きたくない心境だった俺は、休憩時間に試合会場を抜け出して、一人になれる場所を探した。
「はぁ……」
比較的近くにあった河原に膝を抱えて座り込むとさっきまでの失敗して怒られたことを思い出してため息が出る。
「あんなに怒らなくてもいいじゃんか……」
子供だからコーチや監督に怒られたことにどうしても不満を持ってしまう。
しばらく怒られたことを愚痴っていたら隣に誰かやって来た。
パステルイエローの髪色をした自分と同じくらいの年齢の少女だ。
彼女は今にも泣きだしそうな……いや、すでに泣いていた。
「なによ、あんなに怒って……私だって頑張ってるのに……!」
泣きながら彼女は不満をぶちまけていた。
俺と同じように何かが上手くいかなくて怒られたのだろう。
そんな彼女を見ていたら少しだけ怒られたことに対する不満が消えた。似たような境遇の人を見たからなのかもしれない。
「!」
不満を一通り言い終わって冷静になった彼女が俺の存在に気が付いた。慌てて涙を拭って平静を装うも、目元が赤いので泣いていたことはバレバレだ。
「そこの君、今の聞いてた?」
「ばっちりと」
「忘れて」
「無理かな。忘れろって言うと逆に覚えちゃうかも」
「……だったら今のこと誰にも言わないで」
それなら大丈夫だ。
「わかった。誰にも言わない。……君のおかげで少しだけ楽になったしね」
「どういうこと?」
「俺、今日一杯怒られたんだ。こっちは一生懸命に頑張ってるのにどうしてそんなに怒るんだよって不満だらけ」
「あなたも怒られたのね」
“も”ということは先程の予想通り、彼女も誰かに怒られたのだ。俺と同じで凹むくらい。
「私ね、この近くで映画の撮影してるの。でも、監督が私の演技に納得してないのか何度も何度も撮り直し。失敗する度に怒られて、それが段々嫌になって……」
再び彼女の口から次々と監督に対する不満をぶちまけてゆく。気が付けば俺も時折共感したり、試合でのことを彼女に話していた。
『んー! スッキリした!』
不満を口にしていたら俺も彼女も心が大分軽くなった。
「さて、そろそろ戻ろっか」
「そうね。私は監督や他の役者さんにも謝らないと」
「俺もコーチやチームメイトにかな」
試合会場に戻ろうとしたら、彼女が俺のユニフォームの裾を掴んで止めてきた。
「ん?」
「あなたとはもう二度と会えないかもしれないけど、私が女優として有名になったら会いに来て」
「いつもまでも憶えていられる自信はないよ。それでもその約束する?」
「するわ。私はこれからたくさん活躍して有名になる。あなたに私のこと忘れさせないわ」
「それなら忘れなさそうだね」
俺の声が届かなくても遠くで応援しよう。
「私、行くわ」
「うん、バイバイ」
彼女が裾を離したのを見て、俺は来た道を戻った。
「―――と、ここまでが千聖との出会い」
「一時間にも満たない時間で仲良くなったんだねー。でも、どうしてチサトちゃんはそんな約束したの?」
確かにそうだ。互いの名前を知らずに話していたし、二人でいたのも短い時間だ。それなのに約束をするというのはいくらなんでも心を開きすぎじゃないか?
「小さい頃から芸能界にいたせいで友達と呼べる人がいなかったの。仕事で忙しかったのもあるけど、芸能人と友達というステータス欲しさや他の芸能人目当てで私に寄ってくる人が大半。そんな人達と仲良くなんてなりたくないわ。まあ、冷たい態度を取ってたら自然と寄ってこなくなってきたのだけれど」
やや自嘲気味に千聖は告げた。
「でもね、遥君は私が芸能人だと知っても、私を子役の白鷺千聖じゃなくて一人の白鷺千聖として見てくれて話してくれた。それが嬉しかったからだと思うわ。お互いの置かれた状況も同じだったから、というのも理由の一つね」
「それでそれで? 約束は果たせたの? 今こうして一緒にいるわけだけど」
「残念ながらそれは果たせなかったわ。だって遥君の方が私より先に有名になってしまったもの」
有名になったという部分で思い当たったのか皆が「あっ」と小さく呟いた。
「サッカーの日本代表になるなんて思いにもよらなかったわ。でも、おかげで簡単に会うことは出来たわ。試合会場に行けばいいだけだから」
「では、そこでカンドーの再会に―――」
「ならなかったわ」
『えっ?』
千聖からの冷たい眼差しに耐えられず、目を逸らす。
「遥君の試合終了後に話しかけたの。そしたらなんて言ったと思う? 『君、誰?』よ」
『うわ、最低だ。死ねばいいと思う』
さらに皆からも冷たい眼差しを受けて居た堪れない気持ちになる。
「忘れられたことが頭に来た私は一発ぶん殴ってやったわ」
一発どころか俺が永久に思い出せなくなるんじゃないかってくらい殴ってた気が……。いや、まあ、忘れてた俺が悪いですけど。
「私が伝えてもピンとこないみたいだったから最後の手段で現地まで連れていったわ」
まさかの試合の後に出会った場所まで連れてかれた。それでようやく思い出せた。
「ちなみに私はあの時のことまだ許してないのだけれど、何か言うことは?」
「本当にすいませんでしたっ! 何でもするのでどうか許してください!」
「ん? 今何でもするって言ったかしら?」
あ、これは言葉の選択に失敗した感じがする。
「じゃあ、もう一度約束しましょう。私が日本アカデミー賞・優秀主演女優賞を受賞したら迎えに来て」
迎えに行く? それだけなら簡単だ。
「わかった」
「言っておくけど、ただ会いに来ればいいわけじゃないわ。どうすればいいのかちゃんと考えて迎えに来るのよ?」
「え? どういう―――」
「自分で考えなさい、サッカーバカ」
千聖の優しい微笑みに視線を釘付けにされる。
わからないことは多いが、ただ一つだけわかったことは―――左右の脇腹へのダメージがさっきよりも大きくなったことだった。
「ねえ、さっきから痛いんだけど……」
『あ?』
「いえ、なんでもないです」