ご愁傷様です、霊夢さん   作:亜嵐隅石

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5/4 後日談という名の蛇足

「なンじゃこりゃあああああっ!!」

 

 昼下がりの博麗神社に霊夢の絶叫がこだました。

 そのプルプルと小刻みに震える手元に握られているのは文々。新聞。

 霊夢の視線はその新聞に書かれた、とある記事に釘付けになっていた。

 

 紙面にはデカデカとこんな見出しが躍っている。

『上司と部下のいけない密会!? 深夜の三途の川で記者は見た!

 今宵は白黒はっきりつけるまで寝かせませんよ?

 四季映姫女史の意味深発言の真相はいかに!?』

 

 そして、そんな見出しと一緒に紙面を飾るのは、仲良くオセロに興じる四季映姫と小野塚小町の写真である。ふたりは実に仲睦まじそうであるが、しかし、この記事はどう見ても黒判定だろう。JARO的に考えて。

 だが、そんな記事のことはどうでも良い。こまえーき派としては詳細を希望したいところかも知れないが、少なくとも霊夢にとってはどうでも良かった。それよりも目下、問題視しなければならないのは、申し訳程度に紙面の片隅に小さく書かれた、このとある記事である。

 

『博麗霊夢氏、奇跡の復活!』

 先日、当新聞の号外にて死亡が報道された博麗霊夢氏であるが、奇跡的に一命を取り留めていたことがその後の記者の調べで判明した。この奇跡の生還劇に関して、訳知り顔の鬼人正邪氏はこう語る。

「こいつは私の力のお陰だ。私の反転する能力で、あのクソ巫女様の生と死を引っくり返したのさ。つまり、私はあのクソ巫女様の命の恩人、ひいては幻想郷の救世主ってことだ。幻想郷で偉そうにふんぞり返ってる、クソ賢者の皆様におかれましては、精々、私に平伏して大いに感謝するこったな! ギャハハハハッ!!」

 真偽は定かではないものの、そう語ると鬼人正邪氏は勝ち誇ったように高笑いを上げた。それにしてもこの天邪鬼、ノリノリである。その後、この憐れな天邪鬼はスキマから現れた妖怪の賢者によって、あえなく御用となった。これには思わず、鴉天狗もガッツポーズ。

 

 ――あのバカ鴉! 真偽も何も結局、アンタの早とちりが全ての元凶じゃないの!

 霊夢は激怒した。必ず、あの捏造記者の鴉天狗をしばき倒さなければならぬと決意した。霊夢は大きく振りかぶると、手にした新聞を地面に全力投球で投げ捨て、死体蹴りをするかの如く、怒りと憎しみを込めて何度もそれを足蹴にする。

 

 すると、そんな霊夢の所行を偶然にも目に留めてしまい、戦慄して身を震わせる妖怪がふたり。そのふたりの顔からは完全に血の気が引いていた。

 

「……あら? アンタ達は」

 

 鳥居の方から何者かの視線を感じ、霊夢は訝しげにそちらへ振り向いた。彼女の視線の先には見知った妖怪がふたり、引きつった笑みを浮かべて凝然と佇んでいた。

 

「ふぉっふぉっふぉ。儂じゃよ」

 

 そう言って二ツ岩マミゾウは愛想笑いを浮かべながら、まるで地雷原を歩くかの如く、恐る恐るといった慎重な足取りで霊夢のもとへ歩み寄ってきた。その背後には、マミゾウの背に隠れるようにしてチラチラと霊夢を窺う、封獣ぬえの姿もあった。

 

「これはまた、随分と珍しい顔が来たわね。今日は一体、どうしたの? もしかして私に何か用事かしら? それとも妖怪寺に飽きて、神道に改宗する気にでもなった? 因みに素敵な賽銭箱ならあそこよ」

 

 霊夢が冗談めかして、気さくな感じにそう話し掛ける。すると途端にマミゾウとぬえはビクッと肩を跳ね上がらせた。その普段の彼女達らしからぬ、妙におどおどした態度に霊夢は眉間に皺を寄せて不審な思いをあらわにした。

 

「実は……先の騒動に関して、儂なりにけじめをつけようと思ってじゃな。これ、こうして馳せ参じた次第なのじゃよ」

「先の騒動……? それってもしかして、先日のあれのことかしら? そう言えば、あの時、アンタ達の姿を見掛けなかったわね」

「う、うむ、あの時は諸々の事情があってな、顔を出せなかったんじゃよ。まあ、それはさておき――今日はお前さんに謝罪をする為に来たのじゃ」

 

 謝罪――その言葉に霊夢は怪訝そうに小首を傾げた。と言うのも、マミゾウから謝罪をされる謂れなど、霊夢にはとんと見当がつかなかったからだ。

 だが、マミゾウはそんな霊夢の心情などはお構いなしである。足元に転がっていた小石をそっと拾い上げ、不思議そうな顔をする霊夢に目配せをすると、やがて、ぎこちない笑みを浮かべて重い口を開いた。

 

「まずは論より証拠じゃな。ほれ、ここに小石があるじゃろ? こいつに儂の化かす能力でちょちょいと細工を加えると――あら不思議、ただの小石が金子に早変わりという訳じゃ。お前さん、こいつを見てどう思う?」

 

 霊夢はマミゾウの掌に乗った金――もとい、元はただの小石だった物を『――だから何?』とでも言わんばかりの目付きで眺めた。マミゾウが何を言わんとしてるのか、その意図がよく分からなかったからだ。

 

「ふむ……これだけでは分からぬか。今代の博麗の巫女は勘が異様に鋭いと、そう聞き及んでおったのじゃがな」

「流石にそれだけを見せられて、全てを察しろってのは、傲慢な言い分じゃないかしら?」

「……そうじゃな。うむ。いまのは儂が悪かった。ならば、もう少し踏み込んだ話をするぞい。……お前さん。身近で最近、金に纏わることで何か異常があったりはしなかったかのう?」

 

 マミゾウからそう問われ、霊夢は怪訝な表情を浮かべて考え込んだ。

 金に纏わる異常と訊かれて直ぐに思い至るのは、先日、一夜にして夢のように儚く消え失せてしまった賽銭箱の大金のことである。魔理沙の弁によると、あのお金は全て、大量の酒と食料に変わってしまったという。しかし、そのことがマミゾウとなんの関係があるのだろうか。

 と、そんなようなことを考えながら、霊夢はマミゾウの顔と掌を何度も交互に見やった。そして――ようやくとハッとあることに気付き、神妙な顔付きで喉をゴクリと鳴らした。

 

「あ、アンタ……まさかとは思うけど、あの賽銭箱の大金は自分の仕業だった、とか言うんじゃないでしょうねえ?」

 

 霊夢が震えそうになる声でそう訊くと――マミゾウは光の速さで土下座を敢行した。更には。普段はふてぶてしいまでにその存在を主張するマミゾウの大きな尻尾も、主の態度に倣ってか、シュンとしたように地べたに平伏した。

 

「すまぬ! ちょっとした悪戯心だったんじゃ! それがよもや、あんな騒動に発展するとは儂も思わなんだ……。これ、この通り、誠心誠意謝罪するぞい! だから平に! 平にご容赦を!」

 

 霊夢は驚愕のあまりに目を丸くして、目の前の光景にすっかりと言葉をなくした。

 あの佐渡の団三郎狸として高名であるマミゾウが。二ツ岩大明神との別称がある、あの大妖怪のマミゾウが平身低頭して許しを乞いている。有り体に言って、これは異様な光景と言っても過言ではない。

 私は本当、周囲の連中からどんな人間だと思われてるんだろう?――再度、そんな疑問が脳裏を過り、周りから受けている自分の印象について、若干の不安を覚えた霊夢は思わず、その口を苦々しく引きつらせた。

 

 すると、それまで一言も発していなかったぬえが、霊夢とマミゾウの間に突如として割って入り、マミゾウを庇うようにその両手を広げて、必死な形相で声を荒げた。

 

「霊夢、これは違うんだ! 私がマミゾウを唆したんだよ! 博麗神社の賽銭箱に悪戯をしようって……そしたら、あの貧乏巫女のことだから、さぞかし最高のリアクションをしてくれるだろうって。だから、マミゾウは何も悪くない、悪いのは全部、マミゾウを唆した私なんだよ。だから……だから、マミゾウのことはどうか許してやってよ!」

「おいちょっと待て。その貧乏巫女ってのは誰のことよ!?」

「……ぬえ、お前さんの気持ちは嬉しいが。実際に行動に移したのは飽くまでも儂の意思じゃよ。じゃから例え、儂が霊夢に惨たらしく殺されようとも、それは当然の報いなのじゃ」

 

 ぬえは酷く歪んだ悲しそうな顔をして、地面に平伏しているマミゾウにすがり付くと「ごめんなさい……ごめんなさい」と何度も謝罪の言葉を口にして、子供のようにわんわんと泣き始めた。マミゾウはそんなぬえの背中を子供をあやすように優しくさすった。

 

 一方、この状況に霊夢はすっかりと困り果てていた。普通ならば、賽銭箱に悪戯をされたのだから、ここは神社を管理する巫女として怒るべき場面である。だが、霊夢はどうにも怒る気になれなかった。

 確かにマミゾウ達の悪戯から、あのような騒動に発展して、霊夢が迷惑を被ったのは事実である。しかし、あの騒動がなければ、決して気付くことが出来なかった、決して得ることが出来なかった、大事な何かがあったのもまた事実であった。

 故にそう考えると霊夢はマミゾウ達のしたことを怒ろうにも怒る気にはなれなかった。

 

「ふたりとも、顔……上げなさいよ。アンタ達にそんな態度を取られたんじゃあ、気味が悪くて仕方ないわ。というか、私のことをなんだと思ってるのよ、アンタら」

 

 霊夢からそう促されて、ふたりは怖じ気と共に重々しくその顔を上げた。

 見ると、霊夢は腰に両手を添え、仕方ない奴らだ――と言わんばかりに呆れ果てた顔で苦笑を浮かべていた。そこから怒りの色は微塵も感じ取れない。

 

「まったく、どいつもこいつも。どうして私の周りにいる連中ってのは、こうも馬鹿な奴ばかりなのかしらね。ホント、どうしようもない連中だわ」

「すまぬ! 儂の口からはもう、ただただ、それしか言えぬが――とにかく、お前さんにはすまぬことをした!」

「別に……もう良いわよ。アンタ達も随分と反省してるようだし、今回だけは特別に許して上げるわ。これに懲りたら、もう安易に神社に悪戯なんてしないことね」

 

 霊夢からそう言われた途端、ふたりの顔がパーっと明るくなる。

 ぬえは思わずマミゾウの手を取り、「良かった……良かった!」と嬉しさと安堵の混じった声を上げ、すっかりと涙で充血した目を細めて笑みを浮かべた。

 一方でマミゾウは『本当に許してくれるのか?』といった意味を込めた瞳で霊夢を見やる。それに対して霊夢が肯定を意味する頷きで応答すると、ようやくとマミゾウも心底安堵したのか、腹の底に溜まった悪い物を吐き出すように深く長い溜息を吐いた。

 

「ふぉっふぉっふぉ。お前さんには感謝するぞい。まさか、こうもあっさりと許しを得るとは思わなんだ。うむ。これはひとつ、儂の借りじゃな。なんぞ、お前さんに困りごとがあったら、儂のところを訪ねるが良いぞ」

「ありがとう霊夢! いやー悪戯をした相手が霊夢で助かった! これがもしも聖が相手だったら、私達はいま頃、命蓮寺の庭を彩る、愉快なオブジェになってたところだよ!」

 

 そうして霊夢の許しを得たマミゾウとぬえのふたりは、感謝と謝罪の言葉を何度も口にしながら博麗神社を去って行き、神社には再び、霊夢ひとりだけとなった。

 そんな霊夢の手には、先刻までは確かに金であった、一粒の小石が握り締められている。なんとはなく記念にと思って、帰り際のマミゾウから譲り受けたのだ。

 

「やれやれ。なんだかんだ色々とあったけど、これでようやく、今回の一件も本当にめでたしメデタシってところかしらね」

 

 霊夢は溜息混じりにそう口にすると、不意に先日の騒動を思い返して、フフっと笑いを零した。今回の騒動は決して、一生涯忘れることはないだろうと霊夢は確信した。いや。忘れようとも忘れられないのが実際だ。それだけ、かけがえのないモノを得た事件であった。

 やがて、霊夢は手にした小石を眺めながら――これからは前よりも少しだけ、魔理沙達に優しく接して上げよう――と、満面の笑みを浮かべてそんなことを思った。

 

 

 

 こうしてマミゾウ達の悪戯から端を発した騒動は一応の終結を迎えた。

 ふと冷静に先の騒動を振り返ってみれば、馬鹿馬鹿しいの一言ではあるものの、それでも最終的には全てが丸く収まったのだから、正に終わり良ければ全て良しと言えるだろう。

 霊夢が言うように――これでようやく、めでたしメデタシである。

 

 

 

 と、そう思っていたら大きな間違いだ。

 実のところ、先の騒動はまだ完全に終わりを迎えていなかった。

 

 

 

 先日の騒動に絡んだ、最後の訪問者達がぞろぞろと博麗神社に結集した。

 霊夢は彼等の顔に見覚えがあった。彼等はそう――人里で商いを営んでいる者達である。それも厳密に言えば、主に酒と食料を取り扱っている商人達であった。

 見ると、彼等の表情は一様に険しく、その目には怒りの炎がたぎっていた。また、奇妙なことに彼等は全員、大量の小石を両手で懐に抱え込んでいた。

 

 霊夢は何事かと不思議に思った。彼等は何をそんなに怒っているのだろうと。何故、彼等は小石なんぞを後生大事そうに抱え込んでいるのだろうと。

 だが、元来より勘の鋭い霊夢は彼等が懐に抱えた小石を見て、直ぐさま、全てを理解して悟り――そういうことかと暢気に頷いた。しかし、頷いた後で今度はことの重大性を認識するに至り、嫌な予感と怖じ気によって背筋が凍りつき、額から大量の脂汗を流し始めた。

 

「や、やっぱり……あいつら全員、後で絶対にしばき倒す……!」

 

 霊夢は膝をガクガクと震わせながら、そんな怨嗟のこもった呟きを発すると、人里の商人達が怒り心頭にして詰め寄ってくる中――また泡を吹いて倒れてしまったそうな。

 

 

 

 ご愁傷様です、霊夢さん(完)。




ここまで読んで頂き、誠にありがとう御座います。
評価やお気に入りをしてくれた方々も本当にありがとう御座います。
これにて本作は無事に完結を迎えました。

それではまた。
ご縁が有りましたら、次回作でお会いしましょう。
……ちなみに作者はレイサナ派です。

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