ご愁傷様です、霊夢さん   作:亜嵐隅石

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 それから宴会の準備は慌ただしく執り行われた。

 まず、酒と食糧の調達には魔理沙や早苗、上白沢慧音などの人里に馴染みのある者達が向かった。『今宵は博麗の巫女の為に特別な酒宴を執り行う』という言葉を、決まり文句のように方々で口にしながら、人里を東奔西走して大量の酒と食糧を買い漁る。

 

 やがて、調達班が神社へ戻ると今度は――待ってましたとばかりに調理班がその手腕を発揮し始めた。

 十六夜咲夜が全体の指揮を執り、補佐は魂魄妖夢が務め、その他、八雲藍や蘇我屠自古、意外な伏兵として水橋パルスィなど、幻想郷でも屈指の料理自慢達が神社の炊事場を占拠した。これだけの面子が揃えば、最早、極上の料理が確約されたようなものだ。西行寺幽々子や少名針妙丸を筆頭にした食い専達の期待が弥が上にも高まる。

 

 かたや境内の方へ目をやれば、プリズムリバー三姉妹をリーダーとして、鳥獣妓楽、堀川雷鼓と九十九姉妹らが車座となって、今宵の宴会で披露する特別ライブの打ち合わせをしていた。

 他にも――霍青娥、八意永琳、火焔猫燐らが霊夢を社務所に安置して、彼女に死装束やら死化粧などを施していたり――物部布都や赤蛮奇、多々良小傘などが宴会で披露する隠し芸の準備をしていたり――アリス・マーガトロイドと秦こころも同様に宴会で披露する見世物の準備をしていたり――案の定、寅丸星が神社で宝塔を紛失した為、呆れ顔のナズーリンを先頭にして、聖白蓮、村紗水蜜、雲居一輪と雲山らが付近の捜索にあたっていたり――風見幽香と蓬莱山輝夜、加えて、輝夜に強引に引っ張られて来た藤原妹紅の三人は、霊夢の旅路を華々しく飾るべく、神社のあちらこちらを四季折々の、色とりどりの花々でデコレーションして回ったりしていた。

 

 また、まだ料理が出来上がらない内から、早くも酒盛りを始め出した一団もあった。

 拝殿前のスペースを陣取り、鬼の萃香と星熊勇儀、そして、妙にバツの悪そうな顔をした華扇の三人が酒を酌み交わしていた。はて――何故、鬼同士の酒盛りに華扇が交じっているのだろうか。とても不思議な気がしてならない。

 もしかすると、華扇ちゃんは仙人などではなく本当は――

 

 やがて、煌々とした月明かりが辺りを慎ましく照らす頃になって、ようやくと宴会の準備が全て整った。あとは宴会開始のゴーサインを満を持して待つばかりである。然るにその肝心のゴーサインが一向に出ない。境内を埋め尽くさんばかりの人妖達は、酒の入ったグラスを片手にして『宴会はまだ始まらんのか?』と、すっかりと地に足がつかない有り様となっていた。

 そんな皆の逸る気持ちを察したのか、霊夢の友人代表として魔理沙が颯爽と立ち上がった。そして、先を急ぐように挨拶もそこそこに済ませると、グラスを高々と掲げて献杯の音頭を取り、また、それに呼応して境内の方々からグラス同士のぶつかる音と歓声が上がった。

 魔理沙も含め、皆は明らかに献杯と乾杯を取り違えていたが――ともあれ、皆の歓声が皮切りとなって、空前絶後の大宴会が遂にその幕を開けたのである。

 

 しかし、いくら大宴会と言えども、最初からクライマックスとはいかず、始めの内は皆、静かにチビチビと酒を舐めつつ、出された料理に大人しく舌鼓を打つばかりであった。だが、誰かが不意に「まさか、あの霊夢がこうもあっさり逝ってしまうなんてなあ……」と呟いた途端、場は一転、皆は堰を切ったように我も我もと霊夢の話を嬉々として語り出した。

 皆は笑い合いながら、霊夢との思い出やら霊夢の悪口やら、いまだから話せる霊夢の秘密やらの話に花を咲かせ、それに伴って――酒と料理の消費量は増大の一途を辿り、宴会は正に大盛況の真っ只中へと突入しようとしていた。

 

 そこへきて、様々な人妖達による隠し芸の披露、プリズムリバー楽団プロデュースによる特別ライブが場を更に沸かせる。

 

 傘回しや皿回し、ジャグリングにタネなし手品など、次々と披露される隠し芸にフランドール・スカーレットは目を輝かせて喜び――チルノやら大妖精やら光の三妖精、その他、ルーミア、橙、リグル・ナイトバグ、メディスン・メランコリーといった面々と一緒になって大いにはしゃいだ。その光景にレミリアはご満悦な様子である。

 一方、ライブに於いては――熱狂した永江衣玖が服を脱ぎ捨てての大フィーバーを決め、そんな衣玖の周辺をリリーホワイトが「頭が春ですよー」と言いながら飛び回り、それを端で見ていた比那名居天子が腹を抱えて笑い転げた。

 更には同じく熱狂した霊烏路空がニュークリア的なフュージョンで大フィーバーを敢行しようとしていた。だが、必死な形相の古明地さとりが直ぐさま、フラれた彼氏に追い縋る女のような様相で空の腰にしがみ付き、『よく分からないけど楽しそう!』という理由で古明地こいしが姉と同様に空の肩にしがみ付き、最後はトドメとばかりに黒谷ヤマメがキスメを桶ごと振り回して空を捕縛した為、暴走した地獄鴉は神の火を見せることなく御用となった。

 また、ライブに意気揚々と乱入した豊聡耳神子であったが、実は大層な音痴であることが露見して皆の爆笑をさらっていた。聖に至っては一輪の背中をバシバシと叩いての大哄笑である。一輪は激しく咳き込みながらも心の中でこう思った――姐さんに酒を飲ませるのはこれっきりにしよう、この人あれだ……酒乱だ――と。

 

 尚、この時点で早苗は早々に宴会から脱落していた。拝殿の陰で沈んだようにうずくまり、八坂神奈子と洩矢諏訪子に介抱されながら猛烈な吐き気と戦っていた。下戸であるにも拘わらず、調子に乗って酒を煽り過ぎたのだ。

 それ故、心配になって様子を見に来た、鈴仙・優曇華院・イナバが慌てて水を差し入れたり、酔い止めの薬を飲ませて対処するものの、最早、焼け石に水といった惨状であった。

 早苗は激しい嘔吐感に苦しみながら、その目から涙を溢れさせて大泣きした。

 

 隠し芸とライブが終わると、今度は秋姉妹による即興漫才が披露された。披露されたのだが――当人達の名誉の為にも詳細は省くことにする。ただ、泣く子も黙るような出来だったと、あれこそ正にルナティックタイムであると、のちにこの宴会の参加者達は語っていた。また、レティ・ホワイトロックに至っては「寒気を操る私のお株が完璧に奪われてしまったわ」と冗談めかして語っていた。

 

「そんなに落ち込まないで下さい。むしろ、即興であれだけ出来るって凄いことですよ!」

「うんうん、流石は神様って感じだよねえ。私にはとても真似出来ないなあ」

「そうそう、私もそれが言いたかった!」

「私なんてそもそも、あんな大舞台に立った時点で緊張して、漫才どころじゃなくなりそうですもん」

「ええ、本当にそうですよね。その度胸、正にその意気や良しです!」

「そうそう、私もそれが言いたかった!」

 

 などと消沈する秋姉妹を鍵山雛の他、姫海棠はたて、紅美鈴、わかさぎ姫と今泉影狼らが苦し紛れのフォローを入れて慰める中、かたや喧騒の中心から離れた鳥居の側では魔理沙と紫が静かに酒を酌み交わしていた。

 

「本当に楽しい。こんなにも楽しい宴会は生まれて初めてよ。霊夢が死んだなんて……そんなの何か、質の悪い冗談にしか思えなくなってくるわ」

「死んだと思ったら、実は生きてました――なんてね。なんか霊夢らしいよなァ、あいつなら有り得そうな話だぜ、そういうのも」

「――いま頃、霊夢もどこかでコッソリ、この宴会を見ているのかしら?」

「ああ、そりゃあ勿論だとも。例え、死んで魂だけの存在になっても、あいつがこんな楽しい宴会を見逃す筈はないぜ――あいつ以上に宴会が好きな奴は他にいないからな!」

「そうね……きっとそうよね!」

「きっと、じゃないさ。霊夢はどこかでこの宴会を見てる。そんでいま頃、私達のことを見て、馬鹿な連中だ――なんて笑ってるに違いないぜ」

 

 境内の中央ではこころが得意の能楽を披露している。皆は酒を飲む手を一旦休め、これを食い入るように眺めていた。普段、酒の席では騒がずにいられない者達でさえも、いまだけは固唾を飲んで大人しくしている。

 皆、自分達が出来る限りの最善を尽くして宴会を盛り上げようとしていた。また、決して悔いが残らぬよう精一杯にこの宴を堪能しようともしていた。良き宿敵であり、良き友でもあった、博麗霊夢との最期の別れを――誰もが笑顔で迎えられるように。誰もが納得して迎えられるように。

 

 豪雨のような拍手喝采が沸き起こる中、こころは恭しく一礼をすると、全てを出し切ったような、どこか満足したような足取りで自分がもといた定位置に戻っていった。

 すると、今度はアリスがやにわに立ち上がり、ゆっくりと拝殿の前まで足を進めた。皆は何が始まるのかと期待の眼差しでアリスを見やる。いや。皆は薄々とこれから何が始まるのかを予見していた。人形使いのアリスが人形劇を披露する以外に何をするというのか。

 

 しかし、今宵、アリスが披露した人形劇は普段のそれとは趣向が大きく異なっていた。

 アリスが操る人形達は全て、どこかで見たことのある者達の姿を模しており、また、物語自体も紅白の衣装に身を包んだ少女を主人公にして、どこかで聞いたことのある、あるいはとても身に覚えのある話で構成されていた。

 

 劇が始まると同時に赤い霧状の空気がふと辺りに漂い出した。その赤い霧を見て何かを察知したのか、レミリアが嬉しそうに背中の羽根をピコピコと動かす。

 一方で他の皆も「こんなこともあったなァ」「思えば、この頃がお嬢様のカリスマの絶頂期だったなァ」「そーなのかー?」などと懐かしく過去を振り返りつつ、笑顔で語らいながら劇を眺めていた。

 ところが――赤い霧が晴れ、桜の花弁が舞い散り、と、そんな風に順繰りと劇が進行するにつれて、次第に皆の口数は減っていった。代わりに鼻を啜る音や咽び泣く声が増えていく。また、劇を進行する当のアリス自身も、目尻いっぱいに涙を溜め、指先は小刻みに震え、いまにも泣き崩れそうな状態になっていた。

 

 幻想郷で起きた数々の異変――それは正しく、その異変の当事者達からすれば、最も色濃いと言っても過言ではない、霊夢との輝かしい思い出のひとつである。そんな思い出を題材に選んだ、アリスの人形劇は皆の琴線を大いに震わせた。だが、同時にそれは――これまで皆が敢えて気付こうとしなかった、敢えて見ない振りをしてきた、如何ともし難い非情な現実を改めて再認識させる結果も招いた。

 そう……異変解決の為、幻想郷の空を元気に飛び回っていた巫女は。神社へ遊びに行った時、なんだかんだと悪態をつきながらも茶を振る舞ってくれた巫女は。宴会の時、互いにへべれけになりながらも肩を並べて笑い合った巫女は……もういないのだと。最早、彼女は思い出の中だけにしか存在しない人物になってしまったのだと。

 博麗霊夢の死――鋼の心臓すら穿つほどの衝撃と空が全て落ちてくるような圧倒的重圧を伴った、そのあまりにも非情過ぎる現実が皆の心に再度、筆舌に尽くし難い失望と空虚感をもたらしていた。

 

 皆は心にポッカリと空いた穴の痛みを必死で堪えるように拳を固く握り締めた。だが、遂には堪え切れず、ひとり、またひとりと人目も憚らずに慟哭の叫びを上げるに至った。それはまるで伝染病の如く、波及的に広がっていった。

 と、そんな有り様を離れた場所で傍観していた魔理沙が思わず、このさめざめとした状況に苦笑を漏らした。

 

「やれやれ……アリスの奴め、実に困ったことをしてくれたもんだ。霊夢の旅立ちを笑顔で見送ろうって話はどうなったんだよ。これじゃあ、完全に逆効果だろうに。……まったく、これだから都会派は空気が読めなくて困るぜ。紫もそう思うだろ?」

「霊夢……どうしてなの? 昨日まではあんなに元気だったのに」

「――おいおい、冗談はよしてくれよ。紫にまで泣かれたら、ひとり取り残された私はどうすりゃいいんだ?」

「そんなこと言ったって仕様がないじゃない! 大体――それを言うなら、貴女だって!」

「おい馬鹿やめろ! おかしなことを言うな! 私は泣いてない……私は泣いてないからな! 私は絶対に泣くもんか! 霊夢との最期の別れは笑顔でって――そう決めたんだからっ!」

 

 結局、みんな泣いた。霊夢の旅立ちを笑顔で見送ろう――そんな理想を掲げたことも忘れ、魂の咆哮のような、喉の奥から腹の底から絞り出したような声を上げて、皆はひたすらに泣き続けた。神社の境内には途端、噴き出したマグマのような、雷鳴が鳴り響く嵐のような悲痛な叫びがこだまする。

 先刻までの楽しい宴会の雰囲気から一転して、なんとも悲しき顛末を迎えてしまったものである。

 

 

 

 これで霊夢が本当に死んでいれば、この悲しき顛末は正しく、幻想郷史に語り継がれる、一大の悲劇と言っても過言ではないだろう。

 そう――霊夢が本当に死んでいれば。


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