なんか机にパンツ降ってきたけどどうすればいい? 作:リンゴ餅
「また明日ね、佐倉君。今日は色々話せて楽しかったわ」
「私もすごく楽しかったです。沢山お勉強になるお話が聞けました」
「ああ、うん。俺も楽しかったよ。また明日」
放課後、校門の前でヴィーネさんと白羽さんに別れのあいさつをする。
今日一日で割と二人と仲良くなれた。
連絡先も交換したほどである。
高校で初めて手に入れた女子の連絡先だ。
間違って変な画像を送ったりしないようにしよう。
一方で、天真さんとはそうでもない。
というのも彼女。
なぜか俺と二人が話をしている間中ずっと黙っていたのだ。
実は人見知りするタイプとか、そもそもそんなに喋らない子なのかとも思ったがヴィーネさんが「どうしたのガヴ? 今日は随分と静かね」と心配していたのでそうではないようだ。
身体の調子でも悪いのだろうか。
あんな不衛生極まりない部屋に住んでいたら病気の一つや二つにかかっても全く不思議ではない。
マジで掃除したほうがいいと思う。
何より俺の精神衛生のためにも掃除してほしい。
あるいは、自分のパンツのせいで朝の事件が起こったことについて何か思うところがあったのか。
ぶっちゃけ気にするほどのことでもないし、だからこそそのことを気にしているのであれば「済んだことは気にするな」と言ってあげたい。
ヴィーネさんにも別れる前にこう言われた。
「なんだかガヴの様子がおかしいから、申し訳ないけど佐倉君、ガヴが変なことをしないように見張っててくれないかしら」
変なことってどんなことだと思いながらとりあえず俺は頷いておいた。
さて、そんな天真さんだが帰り道は一緒だ。
同じアパートなんだからそれも当然。
女子と二人きりの帰り道。
ああ、なんて魅惑的な響きなのだろう。
彼女の方を見ると目が合った。
「…………」
しばらくジーっと見られる。
「えっと、天真さん? どうしたの?」
「……いや」
俺が訝しがると彼女は体を反転させて帰り道への足を進めた。
うーむ。
もしかして俺が彼女のパンツを五感で感じてしまったことをまだ根に持っているのだろうか。
あ、五感ではないか。
流石に味わうようなことはしなかった。
聴覚もないだろって?
パンツだって音を出すだろ。
こすったら摩擦音鳴るじゃん。
ともかく、天真さんの後ろについて歩いていく。
本当は昨日のヴィーネさんとみたく横並びで歩きたいけど、天真さん相手だと気が引ける。
いきなり裏拳をかまされたり、ボディーブローを打ち込まれたりされそうで怖いし。
失礼なことを考えながら歩いていると、前の方から天真さんが声をかけてきた。
「……あのさ」
今まで鳴っていた二人分の足音が止む。
天真さんが振り返ってこちらを向いた。
「どうしたの?」
「私のせいで思った以上に迷惑かけたみたいだから……その、何というか……ごめん」
昨日とは違い、しおらしい態度でそう告げる天真さん。
ああ、やっぱり気にしてたのか。
なんだかんだ言って普通に良い子じゃん。
「気にしないで。最後は無事に解決したし、謝られるほどのことじゃない」
「あと……佐倉ってさ」
……うぉ。
ちょっとドキッとした。
名字だけど名前で初めて呼ばれてドキッとした。
「何?」
「優等生演じてて疲れない?」
……はい?
「私もさ……昔は優等生だったから何となくわかるんだよ。毎日誰かのために生きて、みんなを救おうって思いながら生きてきたんだ」
突然始まる自分語りに戸惑いを隠せない。
そういえば、ヴィーネさんが言ってたな。
天真さんは昔はすごい真面目で、優しくて、困ってる人を見捨てられない人だったって。
それってヴィーネさんのことだと思うんだけど異論はあるだろうか。
答えが明白な問を頭の中に浮かべているうちに話は進む。
「けどさ、こっちに来て一人暮らしを始めてから気付いたんだよ。自分を押し殺してまでみんなを救う意味って何だろうって」
「……はあ」
「だってそうでしょ? 佐倉は今みたいなことを続けて楽しい? 確かに私も自分のおかげで助かった人に感謝されるのを笑顔で受け止めていた時期もあったよ。でも、今考えてみるとなんか違うんだよね……こう、楽しいっていうのとはさ」
まあ、確かに俺も根っからの優等生ってわけじゃないし大変なことも多いけど。
その分相応の見返りがちゃんと帰ってくるからなあ。
昨日のパンツ事件も優等生らしく振舞っていた結果許してもらえたわけだし。
「……それで?」
「だから、そんな佐倉に見てほしいものがあるんだよ」
「見てほしいもの?」
何だろう。
何となく嫌な予感がする。
このまま彼女の言う通り、「見てほしいもの」とやらを見てしまったら。
取り返しのつかないことが起きる気がする。
しかし、好奇心ゆえか、それとも彼女の好意から出たであろう提案を断ることに気が引けたゆえか。
俺はホイホイついていってしまった。
この時もう少しよく考えるべきだったのだ。
彼女は昔は優等生だった。
そして、その過去の自分を今の俺に重ねている節がある。
多少男女という性別の差で行動原理が異なる点はあるにしても、客観的な評価は高いのだから外から見たら優等生だし、共通点を見出してもおかしくはない。
さて、そんな彼女が見てほしいものとは何か。
十代という不安定な時期。
様々な悩みを抱えている時期だ。
人間関係だったり受験のことだったり、まあ色々あるだろう。
その精神的に不安定な若者が手を出しがちなものとは何か。
たとえば。
ある日、クラスメイトにこう言われたとしたらどうだろう。
『なあ……お前最近疲れてそうだな。そんなお前に勧めたいものがあるんだ……大丈夫、俺もやってるから』
普通に考えたら、「ああ、こいつヤッてるな」、と察することができる。
騙されることなんてそうそうないはずだ。
だが、俺はこのとき天真さんに騙された。
悪魔の誘いに乗ってしまったのだ。
春の温かい軟風。
空をオレンジ色に染める光は、今日も幻想的な風景を作り出す。
どこか哀愁を感じさせる静かな住宅街の中、俺と天真さんはアパートへの帰途に就いた。
それほど時間もかからずにアパートに着いた。
天真さんはさっきからずっと無言だったが、部屋の前に着くと彼女は口を開いた。
「例のモノは部屋の中にある。佐倉には迷惑をかけたし、特別だからな?」
特定の女子からの特別扱い。
普段なら喜んでいただろうが……今回は素直に喜べない。
何でだろう。
彼女は鍵を取り出して玄関のドアを開けた。
そして目に入るのは昨日と何ら変わらないゴミ袋の山。
というか、むしろ若干増えてる気がする。
「ちょっと散らかってるけど……まあ慣れれば問題ないよ」
住めば都ってやつですか。
あなたが言うと説得力パネェっす。
彼女はわずかに笑みを浮かべながらドアを開け、俺の顔を見る。
……え、この腐海に足を踏み込めと?
そんな期待するような目をされても困るんだけど。
そんな「お先にどうぞ」みたいな目で見られても困るんだけど。
俺の部屋じゃダメなの?
天真さんの部屋じゃないといけない理由って何?
「…………」
「どうした? 遠慮しなくていいぞ」
俺がしてるのは遠慮じゃなくて躊躇だよ天真さん。
「……ふう」
俺は覚悟を決めた。
よくよく考えるんだ。
仮にも、一応、女子の部屋だ。
花も恥じらう乙女の部屋だ。
俺が一度も入ったことのない女子の部屋だ。
あ、妹の部屋には入ったことあるから生まれて初めてではないのか?
いやでも妹の部屋はノーカンだろ。
だから、今回が初めてといっても過言ではない。
どちらにしろ、天真さんがせっかく誘ってくれてるんだ。
断るのも気が引ける。
(南無三!)
俺は彼女の部屋に足を踏み入れた。
「…………ォェ」
玄関をくぐると同時に鼻につくニオイ。
今まで嗅いだことのないニオイだ。
……ぐう。
これは予想以上にキツイ。
だが、天真さんの期待と好意を裏切ることはできない。
俺は部屋の奥に進む。
ゴミに埋まってほとんど無事なところがないが、部屋の間取りは俺の部屋と同じみたいだ。
「あ、ちょっと待ってて」
後ろから天真さんが俺を追い越す。
歩ける幅がゴミでふさがっているので彼女は俺のすぐそばを通り、華奢な肩が服越しにぶつかった。
ふわりと。
柔らかい匂いが香る。
部屋に染みついているニオイとは違い、優しい匂い。
……おかしくない?
この部屋に何時間も漬かってるのに何で天真さんはこんないい匂いがするの?
君の身体の血液ってもしかして香水か何かでできてる?
不可思議な現象に思いをはせながら天真さんの後についていった先は彼女の自室だ。
廊下と同じく、元の様相は見る影もないほどに汚れている。
まあ、ベッドはかろうじて埋まってないし、床も歩けるスペースはあるから何とか生活できるのか。
絶対俺には無理だけど。
そして、先に部屋に居た彼女は床に座って何やらカタカタとやっている。
テーブルの上でやればいいじゃんって思ったけどテーブルの上はやはりゴミゴミとしていて使える状態ではなかった。
……ゴミゴミって副詞初めて使ったな。
「……よし。佐倉、ここに座ってくれ」
天真さんがポンポンと隣を叩く。
言われた通りに彼女の隣に座った。
「それで、見せたいものって?」
「ふふ……まあ、そう焦るなって。とりあえず、これを見てほしいんだ」
「……パソコン?」
パーソナルコンピューター。
略すとパソコン。
もっと訳すとPC。
彼女が差し出してきたのは現代文明の利器に他ならなかった。
あと、別に焦ってるんじゃない。
一刻も早く用を済ませてこの拷問部屋から抜け出したいだけだ。
「これがどうかしたのか?」
「パソコン自体はどうでもいい。私が本当に見せたいのはこれだよ」
そういって彼女はマウスを操作し、デスクトップのショートカットから一つのアイコンをクリックする。
華美な背景に彩られたファンタジーなデザイン。
壮大な音楽とともに浮かんできたのはタイトルと思わしきもの。
フルスクリーンの高画質で映し出されるそれらに思わず見入ってしまう。
「これは……ゲーム?」
「あれ? もしかしてやったことある? 優等生はてっきりこういうのはやらないものだと思ってんだけど……」
「……いや、ネットゲームは確かにやったことないな」
携帯ゲーム機とかは俺も持ってるし、昨日も少しやっていた。
けど、家ではパソコンが使えるような環境ではなかったし、ネットゲームなどもってのほかだった。
「へえ……普通のゲームはあるの?」
「ああ。最近やってるのはエンジェルボーイとか、後はエンジェルアドバンスとかかな」
「はあ!? それ何世代も前のやつじゃん!? お前いつの時代の人間だよ」
「え……そんなに?」
「流石優等生……時代の流れに疎いな……人間界にもこういう奴っているのか」
呆れたような顔をしながら彼女はボソボソとつぶやく。
時代遅れ呼ばわりされるほど俺は遅れているんだろうか。
こんな部屋の住人に言われるとは思わなかったけど。
それから彼女は何かを決心したような表情をする。
なんだ。
今度は一体何を言うつもりだ。
「よし、佐倉。私が本当の娯楽っていうものを教えてやろう。私がお前を救ってやる」
優しい笑顔で告げられたその言葉。
彼女からすれば純粋な好意だったのだろう。
俺はこれから起こる事態の深刻さを理解できないまま彼女の言葉に頷いてしまった。
投稿した後で感想欄でご指摘を受けて、今回の話とあらすじの一部について、文章の誤りを修正しました。
急いで修正したため、時間があるときにもう一度見直して適宜修正していきたいと思います。
ご指摘してくださった皆様、ありがとうございました。