なんか机にパンツ降ってきたけどどうすればいい?   作:リンゴ餅

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第六話

 

 

 ――どうしてこうなった。

 

 

 教室中のクラスメイトが自分に向かって頭を下げているのを見て俺はそう思わずにはいられなかった。

 毎回教師はこんなすごいことをされて平気でいられるのか。

 マジリスペクトだわ。

 

 男子に至っては何か敬礼してるし。

 お前ら実は俺のことバカにしてない?

 

 きっかけはただ一枚のパンツが降ってきただけの話。

 だというのに、こんな大ごとになってしまった。

 

 見れば、あの白羽さんも頭を下げている。

 その表情は昨日と違って本当に反省している様子だった。

 

 彼、彼女らは一向にお辞儀と敬礼を止める気配はない。

 

 これは多分、俺が何か言うまでこの光景が変わることはないだろう。

 

 もう少しで始業のチャイムも鳴るし、早く何とかしなくては。

 

「ああっと、みんな、頭を上げてほしい」

 

 俺がそう言うと全員顔を上げる。

 

 うおお……すげえ。

 俺の一言でクラス全員の体が動く。

 

 これもしかして女子にパンツくれって言ったら脱いでくれるんじゃね?

 

 まあ本当にそんなこと言ったら今度こそ命はないだろう。

 

 そうだよ。

 本当だったら俺の学校生活はここで終わってた。

 

 けど、ヴィーネさんに助けられた。

 

 俺は忘れない。

 全員が俺に冷たい目線を浴びせる中、凛として俺の弁護をしてくれた彼女の姿を。

 

 俺は忘れない。

 彼女の、すべてを照らす温かき瞳を。

 

 俺は、決して忘れない。

 彼女の純粋で清らかなる優しさを。

 

 だからこそ、俺は一番最初にこの気持ちを伝えなければならない。

 

「ヴィーネさん……ありがとう」

 

 彼女の瞳を真っすぐ見つめて言う。

 

 ああ、美しい。

 昨日に増して、彼女の顔が眩しく見える。

 

 率直に言って結婚したい。

 

「いいえ……私は何もしてないわ。佐倉君の日ごろの行いの成果よ」

 

 首を振りながらヴィーネさんはそんなことを言う。

 

 違うんだ。

 違うんだよヴィーネさん。

 

 よくよく考えてみてほしい。

 何で女子からしか俺の善行エピソードが語られなかったか。

 

 そりゃあそうだよ。

 だって俺女子だけにしかそう思われるような行動してないもの。

 

 もちろん野郎のためになるようなことをしたこともあると思うけどさ。

 異常だと思わない?

 女子はほとんど全員声を上げたのに男子は誰も何も言わないんだよ?

 

 こういうの何て言うか知ってる?

 勘違いって言うんだよ。

 

 ここまで罪悪感覚えたのは久しぶりだな……。

 

 とはいえ、そもそも俺は悪くないし丸く事が収まりそうなんだからこのまま便乗させてもらいますか。

 

「俺のせいで騒ぎを大きくさせちゃったみたいでゴメン。でも、俺はこれから三年間みんなと仲良くやっていきたい。昨日の件についてはもしかするとまだ納得してない人もいると思う。それでも、今後このクラスに貢献することで俺は自分の無実を完全に証明して見せる。だから、みんなも一緒に頑張ろう!」

 

「「うおおおお!」」

 

 俺がガッツポーズをしながら締めくくると、教室に大歓声が巻き起こった。

 

 このクラスの人たち、ノリ良すぎでしょ……。

 

 一人だけ座ってる天真さんも途中から変な表情になってるし。

 

 多分まだ事態を飲み込めていないのだろう。

 よかった。

 俺と同じだね天真さん。

 

 俺も自分が何言ってるかさっぱりだもの。

 このままだと俺このクラスに何らかの形で貢献しないといけなくなっちゃう。

 どうしましょう。

 

 

 こうして天真さんのパンツに始まる事件はめでたく幕を閉じましたとさ、丸。

 

 

 

 

 昼休み、チャイムが鳴った後、教室の空気は完全にいつも通りとなっていた。

 

 ある者は和やかに友人と談笑しながら昼食をとり、またある者は黙々と一人で勉強をしている。

 非常に平和な教室だ。

 

 俺に対する視線は完全にやわらぎ、なんだか生暖かい目を向けられるようになった。

 

 恐らく、昨日の一件については本当になかったことにしてもらえるのだろう。

 

 どれもこれもヴィーネさんのおかげ。

 ありがたやありがたや。

 

 さてと、居心地が良くなったところで俺も昼飯をいただくとしますか。

 

 今日の昼ご飯は普通の自作の弁当に、デザートとしてブレインエンジェルというスイーツ専門店が作ったシュークリームを添えたもの。

 

 ブレインエンジェル……直訳すると「脳みそ天使」となり、とてもスイーツを売ってる店につけるような名前ではないと思うが、世間の評価は意外に高い。

 

 名前の由来は目玉商品のシュークリームのしわが脳みそに似てたことらしいのだが、それにしても酷いネーミングだと思う。

 

 ちなみに、ブレインという単語には動詞として「~の頭を打ち砕く」という意味があるらしい。

 だから人によっては「天使の頭を打ち砕くほどおいしい」というのが由来だ、と主張する人もいた。

 ぶっちゃけどうでもいいけどね。

 

 天真さんにあげたシュークリームも同じ店で買ったものだ。

 昨日食えなかった分今日食おうと思っていたのだ。

 

 まあ、まずは普通の弁当を片付けよう。

 

 男子の誰かと食おうかと思ったが前の席の奴は授業が終わってすぐ出てったし、他の男子もそういうやつが多かった。

 おそらく学食を利用するつもりなのだろう。

 弁当を作ってくる、あるいは作ってもらっているという人は少数とまではいかないにしろ、それほど多いとも言えないからな。

 

 女子だったら自分で作ってくるという人もいるだろうが、男子はそうでもない。

 

 少なくとも俺の席の近くの男子は学食のようだ。

 

 わざわざ席を移動してまで誰かと食うつもりはないのでとりあえず今日はボッチ飯だな。

 

 そう思って俺が弁当の蓋を開けてそのまま飯をかきこもうとしたとき、隣から声がかかった。

 

「ねえ、佐倉君。よかったら私たちと一緒に食べない?」

 

 当然声の主はヴィーネさんだ。

 

 ヴィーネさんには今日だけで多分十回はお礼を言ったと思う。

 何せ彼女と目が合うたびに俺はお礼を言ったのだから。

 

 最初は笑顔で返され、しだいに苦笑いに、最後は「ごめん、しつこい」と遠回しに言われて流石にやめた。

 

 でもこれで俺の彼女に対する感謝の気持ちは伝わっただろう。

 

 感謝されて嬉しくない人なんていないのだから。

 早く贈り物用の新品のパンツを用意しなければならない。

 

「いいのか?」

 

「当然よ。私、佐倉君のこともっと知りたいし」

 

 うほっ。

 女子から言われたい言葉ランキングの上位キタコレ。

 

 ヴィーネさんに言われるとか今日は何て良い日なんだろう。

 パンツ事件?

 そんなものはなかったのさ。

 実際、ヴィーネさんの御言葉に比べればどうでもいいことだったよ。

 

「天真さんは?」

 

 「私たち」と言ってたからには他にも一緒に食べるメンツがいる。

 順当に考えれば多分天真さんだろう。

 

「ガヴもいいわよね? 佐倉君をあれだけ大変な目に合わせたんだから」

 

「……勝手にすれば」

 

 そっぽを向きながらそう言う天真さん、マジでキューティクル!

 

 席位置的に今のままだと三人が一直線にならんで一緒に食いづらいことこの上ないので、ヴィーネさんが天真さんの前の空いてる席に座った。

 

「佐倉君は自分でお弁当作ってきたの?」

 

「ああ……冷食を適当に詰め込んだ手抜き弁当だけどね」

 

「あ、分かる。冷凍食品ってお手軽な割に美味しいものが多いからありがたいのよね!」

 

「……それって高校生が昼休みにする会話?」

 

 ヴィーネさんの言う通り冷凍食品という存在に助けられている高校生は多いだろう。

 だから別に指摘されるほどおかしい会話ではない。

 

 それにしてもこういう他愛のない話を女子とできるってホントに幸せだよね。

 

「そういえば白羽さんは?」

 

「私がどうかしましたか?」

 

「ヒエッ」

 

 いつの間にか後ろに居やがった。

 

「……びっくりするからやめてくれない?」

 

「はて? 何のことでしょう」

 

 あまりそういうことすると、驚いた拍子にそのおっきなお胸をさわっちゃうぞ。

 それでいいならむしろどんどん驚かしてほしいけど。

 

 一回でいいから触ってみたい。

 ワンタッチ、パイタッチ、ハイタッチ。

 イエイ。

 

「あ、ラフィ。ちょうどよかったわ。ラフィも一緒に食べない?」

 

「ええ、ぜひ。というわけで佐倉君、机、半分お借りしますね」

 

 そもそも誘われなくてもご一緒する気だったのだろう。

 すでに彼女は弁当箱を持っていた。

 

 俺は自分の弁当箱をどかして彼女の使えるスペースを空けた。

 

「どうぞ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 俺の前の席の椅子を引っ張ってきて白羽さんが話の輪に加わった。

 

 俺の机の上で彼女は弁当箱を開ける。

 

 彼女の弁当は結構質素な感じの中身だった。

 少し意外だ。

 白羽さんはなんかいいとこのお嬢さんっぽい雰囲気があるからもう少し豪華な食事を持ってきているのかと思ったが。

 

 彼女も苦学生ということなのだろう。

 ちょっと言葉の使い方が違うかもしれないけど。

 

「それにしても、佐倉君ってすごいのね。入学してまだ三日も経ってないのにあんなにクラスメイトの信頼を得ているなんて。私、尊敬するわ」

 

「……それほどでも」

 

 私はあなたのことを信頼どころか愛していますよ。

 

「でも、やけに女子からのエピソードが多かった気がしますね……偶然でしょうか?」

 

 とぼけたような顔でそういうこと言わないでくれる?

 君、やり方が色々汚いよ?

 

 どうやら白羽さんは俺のこれまでの善行の真意に気付いているようだ。

 

 すなわち、朝女子たちが語った俺の行動はすべてスケベ心からの偽善だということに。

 

 といってもちょっと考えればわかるはずなんだけどね。

 

 そして幸い白羽さんの呟きは他の二人にスルーされたようだ。

 

「ホントに佐倉君には迷惑をかけたわ。ごめんなさい」

 

「私も少し配慮に欠けた振る舞いをしてしまいました。反省しています」

 

「…………」

 

 朝のことも然り、そう何度も謝られると俺としても罪悪感を覚えざるを得ないんだよなあ。

 

 だってさ。

 普通に考えて俺って結構下衆なことをしてると思うんだよ。

 

 女子からの好意を得るために優等生っぽい振る舞いをする。

 

 勉強に関しては確かに努力をして首席とれるほどにもなったけどさ。

 その努力の理由も女子に少しでも好かれる要素を増やそうと思ったからだもの。

 

 だからといってこの場でそんなことを言ったとしても意味がないし、むしろ結果的に俺にとっては都合のいい状況だ。

 けど、どうしても心の中でモヤモヤとしたものを感じてしまう。

 

 いまいち何でこんな気持ちになるのかは判然としないけど、あまりいい気持ちではないのは確かだ。

 

 いずれにせよ無難に今まで通り振舞うしかない。

 どこかでボロが出たりしないように。

 今回も白羽さんには気付かれかけたし。

 

「……いや、いいんだよ。俺も気を遣わせたみたいでごめん」

 

 確かな意図をもって行動したにもかかわらず、パンツが降ってきた程度のことで意図しない結果になってしまう。

 なかなかうまくいかないもんだね、人生ってやつは。

 

 

 その後はヴィーネさんが主に話を振って談笑し、和やかな雰囲気のまま昼休みが終わった。

 

 

 

 




 皆様のおかげでお気に入り件数が四桁に達しランキングにまで載らせていただくことができました。
 ここまで評価をしていただき、本当に嬉しく思います。
 現時点で様々なご指摘があり、どれも的確で勉強になります。
 私の力不足で十分に楽しんでもらえないことがあるかもしれませんが、今後もみなさんの意見を参考にしつつ、頑張っていく所存です。

 では、これからもぜひよろしくお願いします。

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