なんか机にパンツ降ってきたけどどうすればいい?   作:リンゴ餅

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第四話

 

 獣のような唸り声をあげている天真さんの威嚇をいまだに受けている。

 

 一時はマジで死ぬかと思うくらいの恐怖が身を襲い震えが止まらなくなったが、天真さんがラッパをしまうとその震えも収まった。

 

 何だったんだ今の。

 なんかヴィーネさんがすごい物騒なこと言ってた気がするんだけど。

 「全人類が滅びる」とか言ってたよね?

 

 やっぱ俺の隣人超危ないやつじゃん。

 パンツ見られたくらいで人類滅ぼすとかイカレテやがる。

 見た目は可愛くても中身は全然可愛くねえ。

 

 さっきの俺の内心のつぶやきは一部撤回させてもらおう。

 

 女の子は中身が一番大事。

 今日の教訓だ。

 

 天真さんがブチ切れ、今もなお気が静まっていない彼女のせいで場の空気が酷い。

 

 さて、ここで問題です。

 

 この場には俺と天真さんのほかに二人の人物がいます。

 その二人は今どんな顔をしているでしょう。

 

 俺は目だけで二人を見る。

 

 まず、白羽さん。

 彼女は笑いながら顔をひくつかせている。

 

 次にヴィーネさん。

 本当に申し訳なさそうに俺の方を心配するような目で見ている。

 

 

 結論。

 ヴィーネさんは天使だった。

 

 今までとなんら変化のない俺の中のヴィーネさん像。

 もはや聖人の領域だな。

 

 一方で白羽さんはなんなの?

 何その器用な顔。

 笑いながら笑うのを我慢するとか。

 悪魔ですか?

 

 

 ……はあ。

 まあ、ヴィーネさんのためにもこの空気は俺がどうにかしてやろうじゃないか。

 

 ひとまず、怒っている相手と相対するときに大事なのはこちらが冷静でいることだ。

 相手が何故怒っているのか?

 どうしたら怒りを鎮めてくれるのか?

 相手の要求するところを正確に把握するためにはまず冷静でいることが大事。

 そんなことをどっかで聞いた気がする。

 

 といっても一番大事なのは謝罪の気持ちだろう。

 今回に限っては俺は何も悪くないし、余り心の底から謝ることはできないけど。

 

 いや、待てよ?

 むしろお礼を言ったほうがいいのか?

 感謝の気持ちなら心に満ち溢れている。

 

 

 パンツを見せてくれた上に、触らせてくれてありがとう。

 これからもよろしくお願いします、丸。

 

 

 ダメだな。

 間違いなくさっきのラッパをもっかい取り出される。

 

 あのラッパがどんな代物なのかは推測の域をでないが、ヴィーネさんの言葉を信じるならば「全人類を滅亡させるラッパ」なのだろう。

 

 つまり、あのラッパを吹くと電波か何かを発信して、核施設のような場所で受信。

 結果、世界中で核汚染が引き起こされ、人類が滅亡する。

 

 そんな感じの結末を迎えるのだろう。

 

 なにそれコワイ。

 

 やっぱ大人しく謝ろう。

 

「あの、天真さん」

 

「あ”あ”?」

 

 どっから出してんのその声?

 

「その、俺のせいで嫌な思いをさせてごめんなさい」

 

「え、ちょ、ちょっと。佐倉君は何も悪くないわよ? ガヴがズルをしようとしたのがいけないんだから。それに佐倉君は今日散々ガヴのせいで困らされたんでしょ? 職員室に連れていかれたり……」

 

 俺の綺麗なお辞儀を見てヴィーネさんが慌てて言う。

 ああ、君がそう言ってくれるだけで僕は何でもできる気がするよ……。

 

 あと、ズルをしたから彼女のパンツは俺の机に降ってきたの?

 どういうこと?

 いくら何でも俺もその論理の飛躍を説明することはできないよ?

 風が吹いたら桶屋が儲かる前に隕石が降ってきた並みの意味不明さだよ?

 

「…………」

 

「ちょっと、ガヴ! こんなことで謝ってくれる佐倉君にそんな態度をとっていいの?」

 

「……ッチ。仕方ないなあ。ヴィーネに免じて許してやるよ」

 

「ガ~ヴ~?」

 

「うわ、分かった、分かったって。ゴメンってば! ちゃんと謝るから!」

 

 ヴィーネさんに散々悟らされてやっと天真さんは物騒な物腰をするのをやめた。

 

「……その、今回は私も悪かったよ」

 

「私も、じゃないでしょ」

 

 ヴィーネさんが天真さんの謝りかたに納得しなかったのか声を荒げる。

 

 でもこんな感じの謝り方も良いと思うんだよね。

 

 自分に非があるのは分かっている。

 だけど恥ずかしくて素直に謝れない。

 つい口をついて出てくるのはツンツンした言葉。

 それでもきっと心の中ではこう言っているのだ。

 

 

 ――私のせいで、ごめんなさい。

 

 

 そんな心情を想像するだけで男という生き物は簡単にヒートアップしてしまうのだよ。

 

「いや、ヴィーネさん。ガヴさんもわざとやったわけじゃなさそうだし、あんまり責めないであげて」

 

「でも……はあ、分かったわ。ガヴ。佐倉君の優しさに感謝なさい」

 

「……ケッ」

 

 ……あっぶね。

 よかった二人とも気付かなかった。

 

 今さりげなくガヴさんって言っちゃったよ。

 あんまりヴィーネさんと白羽さんがガヴガヴ言ってたから。

 つい俺も慣れ慣れしく愛称で呼んじまった。

 もし気付かれてたら再び彼女の怒りが再燃するところだったぜ。

 

 てか、彼女の本名って何だっけ?

 さっきヴィーネさんから話を聞いた時も本名が出なかったんだよな。

 天真=ガヴ……ガヴ?

 ガヴガヴさん?

 なんかどっかの原住民族みたいな名前だ。

 でももっと長い名前だったよな……。

 あとで確認しておくか。

 

「本当にごめんなさいね、佐倉君。今日のお詫びは必ず近いうちにさせてもらうわ」

 

「いいってば。じゃあ、俺そろそろ夕飯の買い出し行かないといけないから。また明日」

 

 問題も解決したことだし、俺はお暇することを決めた。

 

 久しぶりに女子とたくさん話したせいか疲れてしまった。

 

 まさか一切れのパンツでここまで事態が二転三転とするとは。

 結局何故いきなり空中にパンツが現れたのか謎に包まれたままだが、終わりよければすべてよし。

 最初は今後一切の女子との縁が全部消えてしまったかと思ったが、三人も女子と知り合えたのだからいいだろう。

 若干一名は知り合いになりたくなかったけど。

 

 これも天真さんのパンツのおかげだな。

 

「そう……あの、佐倉君」

 

 俺がその場を後にしようとするとヴィーネさんが俺の目を真っすぐ見つめて言った。

 

「今日はありがとう。これからも……その、よろしくね」

 

「……!! ああ、こちらこそ」

 

 どうやら運命の女神様も捨てたもんじゃないっぽいな。

 

 俺はすがすがしい気持ちですぐ隣にある自分の部屋に入り、三人と別れた。

 

 

 

 

 その夜。

 夕食を済ませた後。

 さて何をしようかと考えをめぐらす。

 

「あ、そういえば」

 

 パンツのことで職員室に連れていかれたとき。

 グラサンに一つの頼み事をされたのを思い出した。

 

「やばいやばい……すっかり忘れてたぜ」

 

 多分天真さんに殺されかけた時点で忘れてたと思う。

 こういう普段の習慣に含まれていないことって意識してないとついつい忘れちゃうんだよね。

 

『これをお前のアパートの同居人に渡しておいてくれ。部屋番号は中に入ってるメモ用紙に書いてある』

 

 グラサンから渡されたのは一封の封筒。

 教室に戻ってから誰宛の物か確認しようとしたのだがその前に白羽さんに呼び止められ、そのままパンツの話になってしまったから結局確認しないでカバンに突っ込んだきりだった。

 

 思い出したが吉日。

 また忘れないうちに部屋のベッドの脇に置かれたカバンの中をさぐる。

 いつの間にかパンツが入っていた、ということは当然なく、目当てのものを取り出した。

 

「一、二、三……ちゃんと全部あるな。それから……っげ」

 

 中に入ってたのは予想通り今日渡されたプリントの類。

 そして、悪い予感はよく当たるというが、まさにその通りだ。

 アパートの同居人という関係だけでは天真さん宛とは限らない。

 もしかしたら他のクラスで休んでたやつがいて偶々俺と同じアパートのやつだったって可能性もあるからな。

 

 だが、封筒の中のメモ用紙に記されてあった部屋番号はちょうど俺のものと一つ違い。

 

 あんなことがあった手前、少し気が引けるが仕方がない。

 お隣さん同士仲良くやっていくためには避けられないことだろう。

 

 幸いかろうじて話は通じるようだし。

 なるべく早いほうがいい。

 できればさっき玄関前でゴタゴタやってるときに済ませられたら一番よかったんだが。

 忘れてたものはしょうがない。

 

 そうだな。

 差し入れでも渡せば少しは懐柔できるだろ。

 

 今度は台所にある冷蔵庫の中をさぐる。

 

「……ホントは俺が食うつもりだったんだが」

 

 一個三百円程度のシュークリーム。

 今日は一応テストもあったし打ち上げがてら奮発して買ったんだが……。

 

 背に腹は代えられん。

 

 俺はシュークリームを手に取り、そのまま玄関から外に出た。

 

 そしてそのまま右に曲がってお隣の部屋……アパートの二階の突き当りの部屋のインターホンを押した。

 

 

 ピンポーン。

 

 

 まずは一回押す。

 

 返事はない。

 

 

 ピンポーン。

 

 

 もう一度押す。

 

 またしても返事はない。

 

 

 ピピピピンポーン。

 

 

 四回続けて押す。

 

 部屋の中から凄い音が聞こえてきた。

 

 

 本能的にこれ以上はヤバイと感じたのでその直感に従う。

 ついでに後ろに三歩ほど下がった。

 

 その行動は正しかったようで、直後にすさまじい音を立ててドアがぶち開けられた。

 

 ものにあたるのはよくありませんよ?

 

「……誰かと思ったらお前か。あまり舐めた真似してるとぶち殺すぞ」

 

 地の底に響く声を出して彼女は殺害予告をしてくる。

 

 いい声してますねお嬢さん。

 プロレスとかやってみたらどうですか?

 

 本音はいつ殴ってくるかとビクビクしながら俺は視線を下の方に向ける。

 

 あ、残念。今度はちゃんと履いてる。

 もちろんスカートをね。

 

「何しに来たんだ? わざわざサシで殺されに来てくれたのか?」

 

 アカンアカン。

 どんどん話が物騒な方向に行ってる。

 

 ヴィーネさんという緩衝材がないせいで遠慮というものがフェイドアウトしていってる。

 

 やっぱりヴィーネさんがいないとこの子は俺の手に負えないわ。

 

 え、白羽さん?

 あの人むしろガソリンぶちまけてきたじゃん。

 俺に逃げる暇を与えないように直接ダイナマイトに火着けてきたじゃん。

 

 今俺が天真さんにこんな態度取られてるのほとんど白羽さんのせいだからね言っとくけど。

 

 頼むから勘弁してほしい。

 なんでわざわざ俺が天真さんのパンツを受け取ったって言っちゃうんだよ。

 しかも満面の笑みで傍観してたし。

 

 完全に確信犯じゃん。

 

 

 ……おっと、さっさと渡すものを渡さないと本当に殺されてしまう。

 

「これ、今日配られたプリント。ついでに、お詫びの気持ちを込めたシュークリーム。マイフェイバリットだから乞うご期待」

 

「……え」

 

 意外そうな顔でプリントとシュークリームを受け取る天真さん。

 

 そうそう。

 そういう風に可愛らしい顔でいたほうが絶対いいよ。

 

 しかし、そんな俺の希望とは反対にコンマ数秒でさっきまでの剣呑とした表情を再びする。

 

「モノで釣るとか……マジキモい」

 

 そして、ドMが喜びそうな毒を吐かれた。

 

 でもね、俺は見逃さなかったよ。

 

 俺の視力は2.0だ。

 それに加えて中学のころは卓球をやってたから動体視力もそこそこある。

 

 そんな俺の千里眼は彼女の一瞬を見逃さなかった。

 

 

 本当に一瞬。

 天真さんは俺と目を合わせてこう言いたげにしていた。

 

 

 ――こんな酷い態度を取ってるのに、優しいんだね……。

 

 

 まあ、これは俺の妄想の中での天真さんの言葉だから本当は良く分からないけど。

 でも多分無理やり彼女の表情からその気持ちを推測するんだったらこんな感じになるだろう。

 

 というか、そうでも思い込まないとこの先やっていけないから。

 具体的に言うと俺の心が持たないから。

 

「じゃ、また明日」

 

 用が済んだら機嫌を損ねないうちにさっさと別れる。

 

 なんでクラスメイトにこんな気を遣わなければならないのか。

 

 俺は自分の部屋に戻ろうとする。

 

 その時、ふと視界に彼女の部屋の中の様子が見えた。

 

 

「…………ぅ」

 

「あ? 何?」

 

「い、いや何でもない。お休みなさい」

 

「……?」

 

 何だあの部屋。

 控えめに言って人の住む部屋じゃねえよアレ。

 思わず呻き声を出しちゃったよ。

 

 廊下に積み重なるゴミ袋の数は軽く十を超えていた。

 

 俺の無駄に良い目も一瞬カサカサと動いた黒い生き物をとらえてしまった。

 

 俺こんな部屋の隣に住んでるの?

 マジでもう引越していいですか母上?

 

 いつか彼女の部屋側の壁から変な汁が滲みでてくるかもしれない。

 そのときはもうためらわないようにしよう。

 

 怪訝にこちらを見ている天真さんを置いて、俺は自分の部屋に戻った。

 

 

 

 そのときにかすかに聞こえた「お休み」という言葉は、気のせいではなかったと信じたい。

 

 

 

 





ここまで読んでくださった読者の方々、本当にありがとうございます。
おかげさまでお気に入り登録件数が三桁にまで到達しました。
思わずにやけてしまいましたが、これもすべて「ガヴリールドロップアウト」という作品そのものが非常に面白い名作だからだということを忘れずにこれからも頑張っていく所存です。

さて、今回の話で初日の話は終わりです。
次話からは二日目以降の話となりますが、ここで注意しておきたいことがあります。
というのも、少しでもこの小説を長く続けていくために「オリジナルのストーリー」を頻繁に入れることになると思います。
あくまで原作中では描かれていない日のことを私の想像で「勝手に」付け加えるというだけですので、もちろん、本来のストーリーの筋はなぞります。

もしかしたら不快に思われる方もいらっしゃるかもしれません。
「この人物はそんな行動はしないだろう」、「こんなストーリーありえない」、さまざまな声があると思います。
ですが、それでも私の自己満足に付き合ってくださるという方がいらっしゃったら、今後ともぜひよろしくお願いします。

それでは、後書きでの長文失礼しました。

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