なんか机にパンツ降ってきたけどどうすればいい?   作:リンゴ餅

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第三話

 

「じゃあ、行くわよ。準備はいい?」

 

「お、おう」

 

 ドアノブに右手をかけ、体をドアにくっつけてヴィーネさんが言う。

 

 そんな警戒するんだったらインターホン押すだけでいいじゃん。

 何をそんなに警戒してるのか分からないけどこのドアの先に危険な化け物でもいるの?

 君の友人、実は人間じゃなかったとか?

 そんで俺はそんな奴と同じアパートで暮らしてると。

 しかもお隣さんだったし。

 引越し用の段ボールまだ開けきってなかったし、早いうちに引っ越す事も考えたほうがいいかもしれん。

 

 あと、その空いた左手。

 わざわざ持ってたカバンを俺に預けてまで空けさせた左手。

 その左手の構えなに?

 今にも「武装展開!」とか言って武器が出現しそうなんだけど。

 槍とか剣がいきなり出現したくらいじゃもう驚かないよ俺。

 

 

「いっせーの……」

 

 

 ガチャ。

 

 

「あら……佐倉君に……ヴィネットさん、でしたか? お二人もガヴちゃんのお見舞いに?」

 

 ヴィーネさんがドアを開けようとしたその時、扉が開かれた。

 外開きのドアのためヴィーネさんは押される形になって体勢を崩している。

 

 出てきたのは天使のような悪魔だった。

 

「え、えっと、白羽さん……? どうしたのこんなところで?」

 

 正直、油断していた。

 普通に考えて彼女がここにいる理由は一つしかない。

 

 ヴィーネさんの友達の友達が白羽さんだったとしても何もおかしくはない。

 

 そして、それすなわち。

 

「あら……私は友人にお届け物をしに来ただけですよ」

 

 ヴィーネさんの友人イコール白羽さんの友人だったのだ。

 

 

「おい……ラフィエル。人んちの玄関で何をガヤガヤと……」

 

 

 そいつは、白羽さんの後ろからゆっくりとこちらに歩いてきた。

 欠伸をして、髪をぼりぼりとかきながら、ポケットに手を突っ込んで。

 彼女は俺の目の前に現れた。

 

「あれ……ヴィーネ、何してんの? それに……あんた誰」

 

 ボサボサの金髪。

 濁りに濁った瞳。

 そしてほのかに香る女子の匂い。

 

「ってちょっとガヴ! なんて恰好してんの!」

 

「はあ……? って!」

 

 彼女は下半身が無防備だった。

 彼女は上だけジャージを着て、下は何もはいてなかった。

 いや、違う。パンツははいてた。

 ジャージに隠れてちらりとしか見えなかったけどあれはパンツだ。

 

 恐らく普段からそんな恰好でいるせいで玄関にもそのままの恰好で出てきてしまったのだろう。

 まあ経緯はどうでもいい。

 問題はそのパンツだ。

 

 ピンクの可愛らしいパンツ。

 今日俺の心を散々乱したパンツと同じ種類のものだった。

 持ち主が分かるだけでこうも違うのか。

 

 俺がそれをどうにかしてもう一度見ようとする前に、彼女は短い悲鳴を上げてすぐに部屋に引きこもってしまった。

 

 やさぐれた見た目に反してなかなかシャイなところがあるらしい。

 

「もう……本当にだらしないんだから。ごめんなさいね、佐倉君」

 

「いや……」

 

 むしろお礼を言わせてください。

 

 思った以上に可愛かった。

 本当に同じ人間とは思えないくらいには可愛かった。

 

 まあ、確かに身だしなみとかは色々酷いよ?

 女の子にあるまじき恰好だった。

 それは認めよう。

 

 でも、あのパンツである。

 パンツは人の本性を映し出すと、どこかで耳に挟んだことがある。

 

 つまり、そういうことだよ。

 

 大事なのは外面じゃない。

 中身だ。

 どっかの誰かさんはそう言ったけど断言できる。

 

 大事なのは外面。

 それに加えてパンツだ。

 

 その二つが良ければ大抵のことは許せる。

 

 髪の毛がボサボサ?

 顔が良くてパンツがサラサラなんだからいいだろ。

 

 肌がガサガサ?

 顔が良くてパンツがすべすべなんだからいいだろ。

 

 なんか汗臭い?

 むしろ喜べよ。

 

 俺の中の変態性が自問自答を繰り返している間に、話が進んでいた。

 

「それで、たまたま落ちてきたのが佐倉君の机の上だったんですよ」

 

「それは……なんというか、災難ね」

 

 気づけばヴィーネさんが憐れむような目でこちらを見ていた。

 

「何? どうしたの?」

 

「いえ……ホント、うちのガヴが迷惑かけたみたいでごめんなさい」

 

 なんだか良く分からないが謝られた。

 じゃあ俺はお礼を言えばいいのか?

 そのガヴちゃんとやらに。

 

 あわよくばパンツを下さいと。

 

 ……と、いかんいかん。

 流石に鼻の下を伸ばし過ぎてしまった。

 そろそろ自重しないといけない頃だ。

 

 それに、なんだかんだ言って人間愛嬌も大事だ。

 というか、本当にいざというときは内面を選ぶ。

 当たり前のことだ。

 

 その点ヴィーネさんは素晴らしい。

 見た目も可愛く、心も優しい。

 きっとパンツも良いものに違いない。

 

 あれ、おかしい。結局パンツの話に戻った。何でだ。

 

 バカなことを考えているとやがて、件の少女が再び姿を見せた。

 

 今度はちゃんと下にスカートをはいていた。

 ジャージにスカートってすごい斬新だと思う。

 

「ったく、何で男子を連れてくるんだよ……あ、もしかしてヴィーネの彼氏?」

 

 ぐれた子供みたいな声で彼女は抗議する。

 ついでに嬉しいことをサラっと。

 え、お似合いですか、僕たち?

 

「違うにきまってんでしょ!! あんたと同じアパートの人よ」

 

「はあ……そうなの?」

 

 心底どうでもよさそうに返事をして天真さんがこちらに顔をむけた。

 あと、ヴィーネさん、そんな全力で否定しなくてもよくない?

 

「どうも。お隣に住んでる佐倉と申します」

 

「……ふん」

 

 自己紹介は人間関係を構築するときの基本。

 だが、俺からの挨拶は華麗にスルーされた。

 

「それで、ヴィーネは何しに来たの?」

 

「あんたの様子を見に来たのよ。どうやらあのまま学校に行かなかったみたいね」

 

「…う、いや。行こうとしたんだけどさぁ」

 

「うふふ……パンツだけ出席しちゃったんですよね、ガヴちゃん」

 

「ぐっ……!!」

 

 あら、お顔が真っ赤。

 そりゃあ自分の下着が公衆の面前で晒されたんだから恥ずかしいだろうな。

 こんななりと性格でも羞恥心はある。

 ギャップ萌えってやつですね。

 

「そ、そんなことどうでもいいだろ!! 大体、何でコイツがここにいるんだよ!」

 

 そして再び矛先を向けられた。

 パンツの話題から逃れるためだろう。

 でも残念。

 俺に話題を向けてしまったら逃げたことにならない。

 

 なぜなら、

 

「あら、ガヴちゃんの下着を私に届けてくれたのは佐倉君ですよ」

 

 ほらね。

 言うと思ったよ。

 白羽さんならご丁寧に説明してくれるよね。

 

 俺が被害者だって。

 

「じゃ、俺はこれで」

 

 会話の流れを完全に無視して俺は宣言した。

 幸い俺の部屋はすぐ目の前にある。

 

 預けられていたヴィーネさんのカバンを返し、俺は女々しい輪を抜け出して――

 

 

「……おい」

 

 

 遅かった。

 

「お前か……私のパンツを見た挙句、触ったヤツは」

 

 そのまま聞こえなかった振りをして俺は足を……あれ、なんか体が動かないんだけど。

 もしかしてス〇ンドですか?

 時を止めているんですか?

 

 一応首だけ動いたのでそのまま振り向くと。

 

「とりあえず、死んで悔い改めろ」

 

 なんか禍々しいラッパをもってる天真さんが俺を睨みつけていた。

 

 

 ……俺氏、終了のお知らせ。

 

 

 

 … … … … …

 

(サディスト視点)

 

 ああ、神よ……感謝します。

 

 私は、「世界の終わりを告げるラッパ」を今にも吹こうとしているガヴちゃんを見て、そう思わずには居られませんでした。

 

 

 放課後、佐倉君から無事にガヴちゃんの下着を返してもらった後、私は本人に届けにガヴちゃんのおうちまで足を運びました。

 

 何だかんだ久しぶりに会ったガヴちゃんですが……相変わらず可愛らしいです!

 ちょっとやさぐれてしまったようですが、もともとの素地が良いせいか全然これもありだと思います。

 腐っても鯛、というより、腐っても天使、ということですね。

 

 かといって、下界であまり素行不良が過ぎると天界に連れ戻されてしまいます。

 私はせめて学校には来た方がいいと説得しようとしました。

 

 昨日と今日の二日を休んでる時点でもう大分グレーゾーンっぽいですが、ガヴちゃん曰く今日は登校するつもりだったとのこと。

 

 神足通を使おうとしてパンツだけ高校デビューしたから見せる顔がない。

 

 その話だけでも十分に面白いですが、現場はもっと面白いことになっていたことを彼女は知りません。

 ガヴちゃんには感謝しなければなりませんね。

 

 あのパンツのおかげで佐倉君という格好のおも……しろい友人ができたのですから。

 

 まあ、それでも最初はあんな風に脅すような真似はするつもりはなかったのですが……実際に彼と話してみて色々気になる点があったんですよね。

 そのことに関してはもう少し裏を取るつもりですし、大したことではないのでいいのですが。

 

 さてさて、そんな彼ですが。

 なんと、ガヴちゃんのお隣さんだったのです!

 これはもう、どこからどう見ても運命のなせる業としか思えません。

 

 たまたまガヴちゃんのパンツを受け取って、たまたまガヴちゃんのお隣さん。

 そして、たまたまここでガヴちゃんと顔を合わせた。

 

 まさに、「奇跡」。

 

 とはいえ、本人にとっては「災厄」以外の何物ではないでしょうが……ぷぷ。

 

 でも、流石に今の状況はかわいそうかもしれませんね。

 

 今目の前ではまさに修羅場というべき光景が展開されています。

 

「離せヴィーネ!! 私は今すぐこいつを抹殺しなきゃならないんだ!!」

 

「待ちなさいガヴ!! それ吹いたら佐倉君だけじゃなくて全人類が滅んじゃうから!!」

 

「それも致し方なし!!」

 

 小柄な体を全力で暴れさせてガヴちゃんがヴィーネさんを振りほどこうとしています。

 

 その傍らで、何が起こっているのか分からない、という表情をしている佐倉君。

 

 彼は流石首席なだけあって寛容な心の持ち主なのか、朝パンツが急に空中に出現したことも「まあそういうこともあるだろう」というスタンスで受け止めたみたいですし、今の状況も私たちにとって都合のいいように解釈してくれることでしょう。

 最悪、もう一度おどし……お話すればいいですし。

 

 

 それからしばらくして、ガヴちゃんは暴れ疲れたのかひとまずラッパをしまってくれました。

 

「覚えてろよ……人間」

 

 ドスの利いた声でそんなことを言うガヴちゃん……素敵です!

 

 

 


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