なんか机にパンツ降ってきたけどどうすればいい? 作:リンゴ餅
晴れなのに肌寒いというふざけた天気の中。
身を縮こまらせながら帰途に就く。
……帰途、と言っていいのかはなかなか微妙なところだが。
ポケットに手を突っ込みながら歩いていると、手に馴染みのない金属が触れる。
男子から家の合鍵をもらうとか、意味不明な状況ではあるがそこまで深く考えることでもあるまい。
「ホント、太陽仕事しろよ」
ため息をすると幸せが逃げるというが、ため息をするような状況な時点で既に幸せではない。
天使補正で運がよくなるというわけもあるわけがなく、天候に一喜一憂するのは人間と同じだ。
……その気になれば雨の日を立派な日本晴れにすることもできなくもないけど。
よく考えたらチートも使えたわ。
あくびにため息と、およそ天使のする所業とは思えない行為をしながら帰る足を速める。
こんな寒い日は家にこもってグータラするに限る。
せっかくきれいな部屋でゲームをする権利を手に入れたのだし、利用しない手はない。
ほんと、佐倉さまさまだ。
学校から徒歩で15分程度というお手頃な距離にあるアパート。
引っ越した当初、駄天する前の私は通学がちょうどいいウォーキングになっていいだろうと思ったが、今になってはたかだが15分の徒歩ですらかったるい。
あの頃にもし戻れたら、過去の自分をぶん殴りたいくらいだ。
もっと学校に近いアパートにしろよ、と。
何だったら学校の近くに新しく家を建ててでも歩きたくない。
まあ、そんな金はないけど。
怠惰極まる思考で脳内を満たしているうちに、アパートに到着する。
いつもよりも一つ手前の部屋で足を止め、もらった合鍵でドアを開ける。
「さあ、ネトゲの時間だ……って、ん?」
「お帰りにゃさい! おにいちゃ……」
「……………」
「……………」
――――時が、止まった。
当然、そっ閉じである。
これ以上ないほどの、見事なそっ閉じ。
プロのシノビでもなければ今のはできまい。
ていうか。
何だ今の。
「……部屋を間違えた?」
言いながらそんなわけはないと可能性を捨てる。
確かにここは佐倉の部屋で、実際鍵も使うことができた。
泥棒、というわけでもないだろう。
玄関で部屋主を待つ泥棒がどこにいる。
強盗とかだったらまだしも、あの姿である。
……そう。
個人的に一番ショッキングだったのは玄関で出迎えてきた人間の姿である。
本来給仕のために用いられる女性用の服……いわゆるメイド服に身を包んだ女性。
それだけでも十分異常なのに、頭に変な耳がついていたのだ。
一目でわかった。
コイツやべえ。
余りに突然かつ意味不明な現象が起きたので動揺がひどい。
とりあえず落ち着こうと深呼吸すると、
――――ガチャ。
「!!!!」
ドアノブが動いたのを見て反射的にそれを抑える。
激しい力で抵抗されるが、同じく力を振り絞って抵抗する。
なんでこんなことしてるのかは謎だが、身の危険を感じるのだ。
あれに捕まったら、ただでは済まない。
そんな確信。
(くそ、何だこいつの力! ホントに同じ女子か!?)
少なくとも見た目は女子だった。
むしろ、男子があんな格好してたらマジでヤバい。
ゲームしては寝てゲームしては寝てという駄天生活が祟ったのだろう。
筋肉にうまく力が入らないのがありありと感じられた。
日頃の運動不足がこんな時になって悔やまれるとは。
そもそも、なんで佐倉の部屋にあんなのが……
「……ちょっと待て」
視覚的な情報が刺激的過ぎてそれ以外の五感が機能していなかったが、よくよく記憶をたどってみる。
確か、非常に重要なことを言っていた気が……。
…………。
………………。
……………………。
え、こいつ佐倉の妹?
「うわ!!」
思い当たると同時に、ドアをこじ開けようとする力に負けて後ずさってしまう。
目の前には先ほど玄関に立っていた女性が全く同じ姿でこちらを見つめていた。
――――ジー。
そんな擬音が付きそうなくらい、強い視線を向けられる。
端的に彼女が今思っていることを言い表すならば、「あなた誰?」といったところだろう。
見るに、佐倉の帰りを待っていたっぽい。
それにしても佐倉の妹ってこんな奴なのか……。
メイド服を着て猫耳を頭に装着して兄の帰りを待つ妹。
ナニソレコワイ。
見た目は可愛らしいが、そんなことを発想できる精神が怖い。
あるいは、
だとしたら、速攻で絶交するな。
想像しただけで寒気がする。
信じたくない可能性に複雑な気持ちを抱えながら、いまだに黙っている佐倉の妹(推定)に私は声をかけた。
「えっと、もしかして佐倉の妹?」
「はい。あなたは?」
鋭く切り返される。
言葉の温度がやけに低かった。
あいつ、こんな無愛想な妹持ってたのか……。
自分の妹とはまるで対照的な印象にびっくりする。
誰に対しても朗らかで温かい笑みを振りまき、周囲を幸せにするようなわが妹を思い出しほんの少し微笑ましい気持ちも生まれるが、ちょっと今はそれどころではない。
「私はあいつの……ただの友達だな」
一瞬答えに詰まるが、少なくとも友達未満の人間が一応は異性の家に来訪するのもおかしな話なのでとりあえず友人を名乗ってみる。
いや、正直私もよくわかっていないんだよ。
あいつとの関係性。
一晩ゲームをやったりはしたけど……あのときはテンションが少しおかしかったような気がするし。
戦友と言ってもいいかもしれない。
佐倉妹は私の自信なさげな回答に訝しげな視線を強め、
「ただの友達が……どうして兄さんの部屋に?」
「……」
それを聞かれると弱い。
まあ、変にひねった答えを出さなくてもいいか。
「あいつの部屋でネトゲをするためだ」
「……ねとげ?」
拙い発音でリピートされる。
もしかして知らないのだろうか。
佐倉の妹ならありうるな。
説明する義務はないが、邪魔が入らないようにするためにもう少し詳しく説明すると、
「……ゲームなら……自分の部屋でやればいいのでは?」
さっきから痛いところを突いてくるな……。
さすが学年首席の妹といったところか。
まあ、非常にごもっともなことを言われているのだが。
「私の部屋は汚いからな。それに、あいつは私に借りがあるんだ」
「借り……どんな?」
「それは秘密だ。あいつのプライバシーに関わる」
別に貸してもいないし借りてもいないが、それっぽいことを言って誤魔化す。
疑いをもたれるのは免れないけど、そのうち帰ってくる佐倉が何とかしてくれるだろう。
この調子だと、多分佐倉は妹がここにきていることを知らないはずだ。
知っているのにも関わらず私を先に部屋に行かせたとしたら、意図が不明すぎる。
忘れていたとかだったらとりあえず後で一発ぶん殴るけど。
やっぱり自分の部屋でグータラするという選択肢もあるが、ここで引いたら負けな気がする。
だいたい、当の佐倉が許可を出しているのだからどうこう言われる筋合いはないのだ。
「とにかく、客人をいつまで玄関先で待たせるんだ?」
「………………」
腕を組みながら偉そうに言うと、渋々といった感じで佐倉妹は道を開けてくれた。
年上の威厳とやらが通じたのだろう。
ドヤア。
そんなこんなで、想定外の出来事が起きつつも私は佐倉の部屋に上がることに成功したのだった。
… … … … …
――帰宅部こそが至高。
そのような考えを友人の神谷に披露したものの。
実際のところ俺は舞天高校の部活動についてあまりよく知らなかった。
新入生歓迎会というイベントで様々な部のパフォーマンスを見たが特にグッとくるものもなし。
各団体5分程度の発表で短時間にしてはよくまとめられたクオリティの高い発表ばかりであったが、自分も参加したいと思うようなものはなかった。
しかし、一部の団体についてはそもそもパフォーマンスのしようがないクラブもあった。
運動系の部活動はまあ、申し訳ないが卓球部以外興味はないので置いといて。
文化部に関しては音楽系の部活動以外は普通の宣伝に終始していた団体が多かったのだ。
だからこそ。
一通り見て回りたかった。
昼休み神谷と話した部活に入るメリットは非常に視野が狭い。
女子にモテるために部活をするというよりかは友人を増やすために部活に入るのが一番の目的だろう。
同じ趣味を共有し、目標に向かって互いに技術を高めあい、交流をする。
それこそが部活動というもののコンセプトであり、本質だ。
断じて、女子にモテるためだけにやるものではない。
……部活動内のトラブルって大抵男女関係のもつれから起きること多いしな。
偏見かもしれないけど、中学校のころに傍観者として経験済みなのであながち間違った説でもないと思う。
さて、過去の話は置いておきこれからの話である。
しばらくは帰宅部でいるつもりというのは本当だが、部活動に興味があるのもまた事実。
新歓のときにあらかじめもらっておいたビラを手に、俺は教室を出たのだった。
天真さんを待たせることにはなってしまうが、どうせ俺が部屋にいようがいまいがゲーム三昧だろうし構わないだろう。
それに、あの汚部屋に入り浸ってたらマジで衛生面心配だし。
もし仮に入りたい部活があったとして入部するタイミングを逸すのも嫌だし、時間のある今のうちに見ておくに限るからな。
夕食の時間までには帰るつもりだし。
すでにある程度の目星はついているため、そんなに遅くはならないはずだ。
まず最初の部活動の活動場所に向かおうとしたとき。
後ろから声がかかった。
「佐倉君、どこに行かれるのですか?」
「白羽さん?」
にっこりスマイルいい笑顔。
白い
いや、そこまで苦手なわけではないんだけどさ。
自分の部屋ピッキングとかされてみ?
こんなヴィーナスレベルの女子も恐怖の対象になりうるってことが分かるから。
「部活、一応目ぼしいところは見て回ろうかなって」
「なるほど……私も付いて行ってもいいですか?」
「まあ、いいけど……」
なんか怪しいな……。
でも、ちょうどいいかもしれない。
ちょっと話しておきたいこととかあるし。
「何か所くらい見て回るんですか?」
「二か所だけ。ちょっと見学だけして帰ると思う」
「了解です。では行きましょう」
「白羽さんの興味が向くような部活じゃないかもしれないけど」
「いえ、全然お気になさらず。むしろ私も色々見て回りたいと思っていましたから」
一か所目は卓球部。
活動場所は第二体育館の二階。
現在の部員数は約20名。
男女比は2対1程度。
実績は団体戦県大会優勝、全国大会出場経験あり。
収集した情報通りならそこそこ規模の大きい部活だ。
「……佐倉君、その後調子はいかがですか?」
「おかげさまで大変よろしゅうございます」
やや抽象的な問いかけだが、意味は理解できた。
やっぱりというか、彼女も例の件で話しておきたいことがあったようだ。
お守りを渡されてから特に何も話をしてなかったし。
今のところ何の不調もない。
悪夢も見なくなったし、金縛りとかにもあっていない。
「お守り、効果があったっぽいから。ありがとう」
「そうですか……それならよかったです」
安堵のこもった優しい声色で言われ、少しドキッとする。
わざわざ俺の私用に付き添ってまで話す機会を設けてくれたことは素直にありがたかった。
「除霊の方も済んだので、もうご安心ください」
「へ?」
「ずいぶん昔から佐倉君に就いていた霊だったみたいなんですが……心当たりあります?」
いや。
あのさ。
唐突に仰天ニュースカミングアウトすんのそろそろやめない?
最近衝撃の事実発覚しすぎでしょ。
「いつの間に……ってもしかして」
「ええ、昨日佐倉君の部屋にお邪魔している間に」
……マジか。
いや、もう。
なんか、もういいや。
「なんというか、ありがとう?」
「はい、どういたしまして」
お礼を言おうにも状況のクレイジーさ加減に疑問符がついてしまう。
今更事態を複雑にとらえる意味もない気がする。
要約すれば白羽さんマジぱねえっす。
以上。
女子と廊下を二人並んで歩く。
まともな心境でいつかはそのようなシチュエーションを迎えたいものだ。
遠い目をしながら白羽さんと二人、第二体育館へと向かった。