なんか机にパンツ降ってきたけどどうすればいい?   作:リンゴ餅

11 / 26
第十話

 

 学校に到着し、職員室で遅刻者の手続きをする。

 

 現在は四時限目の授業をやっているぐらいの時間なので、適当に時間をつぶし、チャイムが鳴って昼休みになってから教室に入った。

 

 今日は昨日とは違い、教室に入ったとたんに静寂が訪れたということはなく、何人かがチラ見しただけで普通の対応をされたので安心した。

 

 教室の後ろ側を通って自分の席に向かう。

 途中で天真さんと目が合い、キョトンとした顔をされた。

 口も少し開いている。

 こういうところが可愛いんですよ。

 

 そしてその前の席を借りて座っているヴィーネさんとも目が合った。

 彼女も驚いたような顔をしている。

 彼女に関してはいつも通り順当に可愛い。

 

 最後に、こちらに背を向けている白羽さん。

 今気づいたけど彼女めっちゃデカイリボン着けてるんだな。

 思わずギョッとしちゃったよ。

 

 白羽さんはどうやら俺の席に座っているようだ。

 ちょっと椅子がうらやましいのは俺が変態だからではなく俺が健全な男子高校生だからだろう。

 

「おはよう、みんな」

 

 昨日の意趣返しと思って白羽さんの真後ろに立って挨拶をしたが、彼女は特に動じることもなくこちらに振り向いた。

 

「おはようございます。昨日はガヴちゃんと一晩過ごしたそうで、何やらお楽しみだったようですね」

 

 顔を赤く染めながらそんなこと言われるとそのおっぱい触りたくなっちゃうからやめてほしい。

 

「ただ一緒にネトゲしただけだよ」

 

 でも、冷静になって考えるとそれだけでも十分すごいことだよね。

 会って間もない同級生の女子と一晩を過ごしたわけだし。

 天真さんもよく許してくれたものだ。

 

「佐倉君、もう大丈夫なの?」

 

「おかげさまでね。ヴィーネさんにはすげえ迷惑かけた。ごめん」

 

「ううん。ガヴのしでかしたことだし、私の責任でもあるわ」

 

 完全に保護者の発言だな。

 天真さんとは高校からの付き合いだと聞いたが、随分と親密なようだ。

 

 世話好きとグータラ女。

 相性が良いのは道理だが、端的に言えばただの一方的な寄生だ。

 割と笑えない話である。

 

「それとヴィーネさんが作ってくれた朝食。めっちゃうまかったよ。ありがとね」

 

「本当? それはよかったわ」

 

 気持ちのいい笑顔で彼女はそう言ってくれる。

 

 この笑顔を見れただけでも登校してきた甲斐があるな。

 もはやお釣りがくるレベルだ。

 

「ほら、やっぱり平気だったじゃん。ヴィーネは心配性なんだよ」

 

「自分の友人のせいで人が一人堕落しかけたら普通心配するわよ」

 

「そんなシチュエーションもガヴちゃんが実現させると笑えちゃうから不思議ですよね」

 

「全然笑えないって……」

 

 女三人寄れば姦しいとはよく言うが、別に姦しくはない。

 女子高生という肩書は伊達じゃないな。

 瑞々しさしか感じないわ。

 そもそもそんな大きな声で喋ってるわけでもないし。

 

「心配って?」

 

「朝、私がガヴの部屋に行ったら佐倉君まるで廃人みたいになってたのよ。最近よく見るホラー映画に出てきたゾンビみたいだったわ」

 

「…………」

 

「それでヴィーネが、『佐倉君、ちゃんと元の佐倉君に戻ってくれるかしら』ってずっと言ってたんだよ」

 

「他人事みたいに言ってるけど、ガヴももっと自分のしたことの罪の重さを噛みしめなさい」

 

「だからそこまで大げさなことじゃないって。私だってちょっとだらしない性格になっただけで学校には来てるし、生活にそれほど支障はないしさ」

 

「入学式とその次の日を休んだ奴が言うな」

 

 ……うん。

 一言でまとめると、やっぱりヴィーネさんは女神だったってことだな。

 

「確かに結構ヤバい状態だったけど、もう大丈夫だから。心配してくれてありがとう」

 

「……ホントに? ある日突然連絡が途絶えて、心配して家に様子を見に行ったらゴミ屋敷の中でゲームをやっていたなんてことに佐倉君はならないでね?」

 

「……今後はそうならないように気を付けるよ」

 

 天真さんが堕落した経緯の一端か。

 今日の俺はまさしくそんな感じの状況だったから笑えない。

 

「ていうか、天真さんはごく普通に登校してきたのか」

 

「私は佐倉と違ってこれが日常だからな。一日や二日徹夜した程度で行動不能に陥ったりするほど軟弱じゃない。佐倉も早く私みたいになれるように精進しろよ」

 

 それって精進してるんじゃなくて退化してると思うんだ。

 

 ヴィーネさんも呆れた顔をしながらため息をついてる。

 

 白羽さんは相変わらずのニコニコスマイルだ。

 いつも楽しそうで何よりですね。

 

 それと、いい加減俺の席からどいてくれない?

 前の席が空いてるのでそっちに移ってくれませんか?

 

 そんな感じの意図を込めた視線を白羽さんに送ると、

 

「あら、どうなさったんですか佐倉君。私の顔に何かついてますか?」

 

 笑いながら言うセリフじゃないからねそれ。

 

 だが、はぐらかしても無駄だ。

 俺は屈しないぞ。

 

「……そろそろ座りたいなあって思って」

 

「そうですか。ではお座りになったらどうですか?」

 

「白羽さんが今座ってるところが俺の席なんだけど……」

 

 本当は別にそこまでこだわることでもない。

 しかし、ここで譲ったらなんか負けなような気がする。

 

「はあ。でも、床が広いではないですか」

 

「…………」

 

 ……やっぱ俺の負けでいいや。

 

 俺は仕方ないのでカバンを机の横にかけて前の席の方に座った。

 

「じゃあ、佐倉君も無事に戻ってきてくれたことだし、お昼にしましょ!」

 

 俺はついさっきヴィーネさんの手料理を食したばかりだから弁当は持ってきていない。

 

 そして、そのことについて色々疑問に思ったことがある。

 朝の忙しい時間にもかかわらず、男子の俺でも十分な量が用意されていた彼女の料理。

 お手軽と言うには豪華過ぎたし、本当に冷蔵庫の中身は少しも減っていなかった。

 

 あの天真さんの部屋の冷蔵庫にまともな食糧が保存されているとも考えにくいし、どこかの店でわざわざ食材を買ってきてくれたのだろうか。

 

 あるいは、彼女自身のアパートから食材を持ってきたかだ。

 というか、登校時間帯に開店してる店なんてコンビニぐらいしかないしそっちの方が有り得る。

 

 そうなると、彼女は俺のアパートと自分のアパートを何往復もしたことになるが……。

 

「……どうしたの、佐倉君?」

 

 無意識にヴィーネさんの方を見つめてしまい、怪訝そうな顔で尋ねられた。

 

 この際、本人に聞いたほうが早いか。

 

「もしかしてヴィーネさん、朝、学校間に合わなかったんじゃないかなって今さらながらに思い当ったんだけど……」

 

「ああ……確かにギリギリだったけど、何とか間にあったから。気にしないで。佐倉君は優しいから気に病むかもしれないけど、全然佐倉君は悪くないんだから。心配してくれてありがとね」

 

 ええ……なんか笑顔でお礼言われちゃったよ。

 

 こんなこと考えると失礼かもしれないけど、この子お人よし過ぎてちょっと怖いよ?

 出会って間もない関係なのに何でここまで人に優しくできるの?

 

 ヤバい……なんか泣きそう。

 心が震えるってきっと今の俺の心境を言うに違いない。

 

「……ありがとうヴィーネさん。この恩はいつか必ず返します」

 

「ふふ、じゃあ、楽しみにしてるわね」

 

 目頭を押さえながら俺が言うと、彼女は微笑みながらそう言った。

 

 ……アカン。

 マジで惚れそう。

 

 

 

 三人が昼食を食べ終わった後、白羽さんが用事があると言って教室を抜け出したので俺はすぐさま自分の席に座り直した。

 

 白羽さんの体温で生暖かくなった椅子の温度を全力で感じながら天真さんとヴィーネさんの話を聞く。

 

「あ……そうだ、数学の宿題やるの忘れてた」

 

 唐突に天真さんが言った。

 

「今からやれば間に合うんじゃない? そんなに難しい内容じゃなかったし、すぐ終わるわよ」

 

「ええ……面倒だし、写させてよヴィーネ」

 

「ダメ。自分でやりなさい」

 

 数学の宿題か。

 そういや確かにプリント一枚分のやつが配られた覚えがある。

 

「ちっ……じゃあ佐倉に見せてもらう……って佐倉も昨日は私とずっとネトゲしてたんだからやってあるわけないか」

 

「いや、多分やってあると思うけど……」

 

「え?」

 

 カバンの中身をごそごそと探り、プリント保存用のクリアファイルを取り出す。

 

 まだ学校が始まって間もないが、すでに年間予定表や時間割、授業のオリエンテーションで配られた配布物などのせいでパンパンだ。

 中学のときもしょっちゅう思ったことだが、全部一冊の冊子にまとめてくれればいいのにと思わざるを得ない。

 

 一番嫌なのが大量のプリント類を何回にも分けて配られることだ。

 これをやられると大事な連絡事項が記載されたプリントがなくなったり埋没する恐れもあるし、自分にも渡っているかの確認もいちいちしないといけない。

 せめて一回で済ませてほしいと思うのも仕方ないだろう。

 

 対応策としてはクリアファイルの方も何種類かに使い分けることだが、それはそれで面倒だし。

 真面目に分けようとすると二つや三つじゃ足りなくなるのもあるし、学生の悩みの種の一つだな。

 

 そんなことを思いながら、取り出したファイルの中から一枚のプリントを引き抜いて机に置いた。

 

「……うん、やっぱやってあった」

 

 しっかり黒い文字で解答が書かれているのを確認して安心する。

 まあやってなかったとしてもヴィーネさんの言う通り、この程度の内容なら問題はなかったと思う。

 

「……お前それいつやったんだ?」

 

「多分昨日渡されてすぐやったんだと思う」

 

「うわあ……流石優等生……何にせよ、それなら私にとっても好都合。早く見せて」

 

 天真さんがさっさと寄越せと手を差し出してくる。

 

 女子にそういう風に手を差し出されると思わず犬みたいにお手、って手を置いちゃいたくなるんだよな。

 もしかして俺だけだろうか。

 まさかそんなことはないと思いたい。

 

 それはさておき、天真さんに宿題を見せるかどうかについてだが。

 

 友達に宿題を写させてあげるという行為は結構昔からやってた。

 別に俺が損するわけでもないし、むしろ礼を言われる分、得をしているとも言える。

 

 それに加えて、天真さんには昨日色々な意味でお世話になった。

 結果はどうあれ、何だかんだ気を遣ってくれたことには俺も感謝している。

 だからここで普通にプリントを渡してもいいんだが……。

 

 俺は天真さんの前の席に座っている人物に目を向ける。

 

「…………」

 

 彼女はこちらをムッとした顔で見ていた。

 

 ムッとした顔もやはり可愛らしい。

 率直に言ってペロペロしたい。

 

 無言だが、何を言いたいのかは分かる。

 「絶対渡しちゃダメ」と言いたいのだろう。

 もちろんフリじゃない。

 

 天真さんとヴィーネさんのどっちを取るか。

 

 須臾の葛藤の後、俺は言った。

 

「ごめん天真さん。俺はヴィーネさん側に付く」

 

「はあ?」

 

 師弟関係とは場合によっては親子関係よりも重いことがあると聞く。

 けれど、俺は彼女の弟子である前に一介のヴィーネ教徒だ。

 

 神ヲ裏切ルハ、ソレ即チ許サレザル禁忌ナリ。

 

 というわけでごめんね天真さん。

 後でまたブレインエンジェルのシュークリームあげるからさ。

 だからそんな面倒くささと怒りを足して二乗したような顔しないで。

 

「よく言ったわ佐倉君! 今度は負けなかったわね!」

 

 対照的にヴィーネさんは嬉しそうに声を上げる。

 師匠を裏切った甲斐がありますわ。

 

「代わりと言ってはなんだけど俺が教えるよ」

 

 とはいってももちろんフォローは忘れない。

 

 むしろこの展開を望んでいたまである。

 つまり、女子に勉強を教えるという憧れのシチュエーションを、だ。

 

 対象が天真さんだと若干違和感を覚えてしまうが細かいことはどうでもいい。

 

「私も教えるのを手伝うわ。さあガヴリール、観念して大人しく自分で宿題をやりなさい」

 

「ちぇー……二人とも頭固いなあ。ヴィーネはともかく佐倉なら見せてくれると思ったのに……全く。不出来な弟子を持つと苦労するよ」

 

「弟子って……佐倉君も朝変なことを言ってたけど、一晩で一体どういう関係になったのよあなたたち……」

 

 朝のことは記憶の彼方に飛ばしてください。

 昨日からの一連の出来事はもう俺の黒歴史ベストスリーに認定されたので。

 いや、ベストじゃなくてワーストか。

 

「それじゃあ、早く終わらせましょう」

 

「そうだね」

 

 ヴィーネさんの言葉に頷き、二人して天真さんに数学の宿題を教え始めた。

 

 

 

 昼休み終了約十分前。

 ハプニングが起きた。

 

 後は残り一問だけ、という状況。

 

 文句を言いつつも素直にヴィーネさんの教えを賜っている天真さんの端正な顔に見とれていたときだった。

 

「あはははははは!!」

 

「うぉわ!!」

 

 なになになに!?

 

 急に後ろから大きな笑い声が上がる。

 結構な大音量だったため思わず悲鳴を上げて飛び上がってしまった。

 

「滑稽ね、ガヴリール!! 私の宿命のライバルともあろうものがそんな紙切れ一枚に翻弄されるなんて……落ちぶれたものね!」

 

「……はあ」

 

 シャーペンを握っている天真さんがため息を吐き、俺の後ろに顔を向ける。

 ついでに俺も後ろを振り向く。

 

「しかも人間に教えを乞うなんて……呆れたわ。これはもう私があなたに勝利してこの世界を支配する日も近いわね!!」

 

 そう言ってまた高笑いを始めたのは、胸がヴィーネさん以上白羽さん未満の赤い髪の女の子。

 

 見覚えがあるその子に俺は思わず言ってしまった。

 

「ごめん。すげえうるさいからもっとボリューム落としてくれない?」

 

「うぇ? あ、そ、そうね。失礼したわ」

 

 本当に鼓膜が破れそうになるくらいうるさかったのでマジのトーンで言ったら意表を突かれたような顔をして彼女はそう言った。

 

 あ、ちょっとシュンってなってる。

 強く言いすぎたかもしれないな。

 

「佐倉、お前の頭脳でそのバカを何とかしてやってくれ」

 

「えっと、この人、天真さんたちの知り合い?」

 

「あら、あなた……このサタニキアさまを知らないの? 私は胡桃沢=サタニキア=マクドウェル!! いずれ魔界の王となりこの世の全てを統べる者よ!! そんな私と共に会話できることを光栄に思いなさい、人間」

 

 いや、だからうるさいんだって。

 白羽さん然り、何でみんなして俺の真後ろでそういうことすんの?

 確かにここ一番後ろの列の席だけど、机の後ろ側結構なスペースあるんだしそっちで話せばいいじゃん。

 

 あと、その自己紹介なんだけどさ。

 名前以外の全部の情報省いたほうがいいと思うんだ。

 その自己紹介だけで君のオツムの加減が分かっちゃうから。

 

「今日の朝会ったばっかなのに何故か私に絡んでくるんだよコイツ……」

 

「へえ……」

 

「ごめんね、佐倉君。この子は私と同じ出身なんだけど、ちょっと面倒臭い性格してるから……悪い子じゃないから仲良くしてあげて」

 

 悪い子ではないのはなんとなく分かるよ。

 

 この子のタイプはあれだ。

 捨てられた子犬系女子だ。

 あるいは、ウザカワ系女子。

 

 段ボール箱に入れられ、道端にただ一匹ポツンと。

 そばを人が通ると、つぶらな瞳で涙目になりながらこちらを見上げてくる子犬。

 

 人間に酷いことをされながらも人間に救いを求め、一度懐いた人間にはとことん遠慮をしないタイプの生き物。

 

 懐かれた側の人間も、いちいち構ってほしいとねだってくる子犬を無碍にできず、かといって構ってやると尻尾をぶんぶん振って喜びを全面に押し出すところが可愛くてついつい甘やかしてしまう。

 

 俺の人を見る目は人並みだけど、このサタニキアさんっていう女子の第一印象はそんな感じだ。

 天真さんとヴィーネさんの表情もその正しさを裏付けている。

 

「あはははは!! 人間なんて恐るるに足らず!! 私の雄姿を見せてあげるわ! その目に焼き付けなさい、ガヴリール!」

 

 俺の先ほどの文句はまるでスルーし、相変わらずの大音量で笑いながら彼女は自分の席へ戻っていった。

 

 周囲の目をものともしないその豪胆さは恐れ入るが……。

 

 天真さんとヴィーネさんは可哀そうなものを見る目で彼女を見送っている。

 多分俺も同じような目をしているのだろう。

 

「……とりあえず、天真さんの宿題の続きをやろうか」

 

 今ので五分ぐらい持ってかれたけど、まだ余裕で間に合うだろう。

 

 二人も俺の言葉に頷いて、三人でやりかけの数学の問題に再び取り組み始めた。

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。