倭國の王、大和の皇   作:ナナナナナナシ

27 / 29
遅れに遅れまして一ヶ月と少しぶりでございます……。
申し訳ありません。
四半期の節目というのは忙しいのが常でございますがそれが四月ともなればというやつでして……。はい、すいません。
今後はもう少し早く更新できるよう頑張ります。



第二十六話 雷、神が鳴らすもの。

 

 どういうわけだか、お葛が崩れ落ちる様は酷くゆったりとしたものに感じられた。お葛の腹に空いた風穴からは向こう側がよく見通せて、それがとても気持ち悪かった。

 鈍化する世界の中で、黒い猿が気味悪く嗤う。ついにお葛の体は地面へと倒れ込み、じんわりと紅が地を覆っていった。

 

 またなのか。

 

 また見ていることしかできないのか。王子だから、尊い身分だから危険から遠ざけられ、自分を守るために骸となっていく人々を見つめ続けることが自分の役割なのか。

 自分の体が自分一人分以上の価値を持っていることは分かっている。この体を危険に晒すことがどれだけの犠牲と献身を無に帰すことか、俺は痛いほどに分かっている。

 

 それでも────

 

 

「わか、さま──にげ────」

 

 大切な人を見捨てて逃げるために、俺は生まれてきたんじゃない!!

 

「あああああああぁッ!!」

 

 護身のためと持たされた刀を抜き放ち、叫び声を追い越すように地を蹴る。

 

 そして、当然のように黒き(かいな)で吹き飛ばされた。

 土壁へと叩きつけられ崩れ落ちる。しかし吹き飛んだ俺の意識はそれを知覚することは叶わなかった。

 

「ぁ────が────」

 

 呼吸ができない。暗闇に閉ざされた視界をちかちかと光が舞う。自分がいま臥せているのか仰向けになっているのかわからない。体の感覚が冷たいもので満たされている。外界の一切の状況が分からない。辛うじて音だけがか細く世界を伝えていた。

 

「お葛ッ!!タケッ!!!しっかりして!いまたすけ───ッ!かはっ、はぐっ────」

 

 先ほどまでお葛の背中でほとんど気絶するように眠っていた母上の焦った叫びが壊れかけの耳を打つ。

 そうだ、母上がまだあそこに───。氣を絞りつくして何の抵抗もできない母上が────。

 

 

「────────。」

 

 

 俺は、守ると決めたんだ。お葛も、母上も、俺の大切な人すべてを助けたい、助けると決めたんだ。父上みたいに強くあることはいまの俺には難しいかもしれない。でも、せめて俺の大切な人は、俺が救いたいと思った命ぐらいは守りたい。

 

 

「ぐっ───がはっ────────」

 

 

 父上に憧れた。父上みたいな立派な王に、力強い戦士になりたいと思った。

 だって()()なれたなら、俺はきっと、大切な人が一人また一人と死んでいく様を見続けることは無くなる、いや、無くすことができるだろうと思ったから。

 

 

「オォ────────オオォオ────」

 

 

 だけど、俺は父上じゃない。どうしたって、俺には父上のような力がない。

 

 

「オオオオオオ────」

 

 

 力が要るんだ。

 

 

「オオオオォォオオオオオオオ────────ッ!!」

 

 

 どうか、どうか神様。一時(いっとき)でいいから、この地獄を覆せるだけの力を、俺に。

 

 

 

────────カミの鳴る音が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 状況はまさに絶望的という他に無かった。

 一千の民の屋敷からの脱出こそ完了したものの、いまだ戦禍の中を通る結界を駆ける足は尚多く、しかしてその結界を維持展開している橘姫の命は風前の灯火となって久しい。その細すぎる灯りを懸命に守り続けた守護者(お葛)は腹に風穴を開けられ死に臨み、辛うじて意識を保っているのは血まみれの若者(ワカタケヒコ)一人。

 戦士はとうに蹴散らされ死んだか死にかけか。残された三人が三人とも黄泉に片足どころか肩まで浸かっているとなれば絶体絶命以外にこの状況を叙述する術はない。

 

 叫びながら突っかかってきた弱者を一撃で弾き飛ばした黒い猿は機嫌良さげに大穴開いた人間を眺める。止まりかけだが、腹を貫かれてなおまだ息がある。それが猿にとってはたまらなく嬉しかった。先ほどの弱者と少し遠くに臥している女。どちらもこの強者にとっては大事な大事な存在らしかった。ならばすることは決まっている。あの二匹の人間をこいつの目の前で頭から喰らってやるのだ。これほどの強者が命を懸ける存在だ。それを失う瞬間の悲哀はさぞかし旨かろう。

 そうして猿の獣が近い方の獲物(ワカタケヒコ)へと足を踏み出そうとしたその時、背後より莫大な氣が膨れ上がるのを感じた。

 

「タケを、お葛を、殺させなんてしない──っ!」

 

 性も根も尽き果てたはずの橘姫より膨大な量の氣が立ち昇る。意識を保つことすらできないほどに消耗し尽くしていたはずの彼女が、命と引き換えに生み出した最後の力。口の端から紅を滴らせながら、その瞳は真っすぐに獣を見つめていた。

 

「ごめんね、ヲウス。約束、破る」

 

 一際大きく彼女の氣が脈動すると、その体は人には生み出せぬはずの神気を漂わせ始める。やがて周囲を満たしていた氣が()り、四つの玉、三つの比礼、二つの鏡と一振りの剣を形作っていく。

 かつてヤマトタケル大王と橘姫が共に(あづま)へと赴いた時、彼女の人としての命と引き換えに絶対的な権能を有する神へと至る神具たち。二度と発動しようとしてはならないと固く戒められたその約束を彼女は愛する者達の命のため、破ろうとしていた。

 

「ゥウウウ■■■────」

 

 黒き猿が余計なもの(知性)を忘れ、混沌の獣へと回帰する。彼女を遊びの対象ではなく屠るべき敵と見定める。

 先ほどまでのお葛との争いも、いわば()の獣にとっては遊びに等しい。遊戯で追い詰められたところで緊張はしても命の危険は感じはしない。所詮は遊びだ。しかし、いままさに神へと至らんとする者を前にして遊んでいられるほどの余裕はない。人の言葉も獲物を嬲る残虐性も、そしてわざわざ人の大きさに合わせていた体もその形を変えていく。

 ぐずりぐずりと気色の悪い音をまき散らしながらその体は変容していく。四肢は醜く捻じ曲がり、瞳は混沌に沈み色を無くす。最早それが猿であったことを判別できる者はいないだろう。知性は混沌へと融け、猿の肉体(ガワ)は獣とも化け物ともつかないなにかへと変貌する。

 

「■■■■■■■■────ッ!!」

 

「最後に一言、言っておけばよかったかな────」

 

 一瞬にしてそこは清浄なる神気と混沌たる瘴気渦巻く異界と化した。そうして、橘姫が人でなくなると同時に戦いが始まらんとし────

 

 

 

 

 ────しかして。両者は激突することは無かった。橘姫はいまだ人に留まり続け、猿の獣もまた一切の動きを止めていた。

 

 なぜならば。おおよそ尋常でない圧の神気と瘴気とのせめぎあいによって異界化していた世界そのものを両断するほどの轟音が両者の体を貫いたからである。

 打ち震える体を内臓より痺れさせ、異界そのものを切り裂いて尚余りある衝撃がその体を吹き飛ばそうとしていた。

 

 轟音をその身に受け閉じていた瞼を開いた橘姫の視界に写ったもの。それは、白く輝く刀を携えたワカタケヒコの姿だった。

 

「……タケ────?」

 

 先ほど黒き猿に吹き飛ばされたときに負った傷だろう。彼の全身には見ているだけでも痛々しい裂傷の数々が刻まれていた。だが、光り輝く刀より発せられる紫電によってそれらの傷は焼き塞がれていた。たとえ失血を止めるためとはいえ、全身に焼きゴテを押し当てるがごとき痛みが割りに合うだろうか。いや、いまここで戦えるのなら他のあらゆる物事は些事であると判断した、ただそれだけなのかもしれない。

 

「■■■■────ッ!!」

 

 突然の新たな敵の出現に獣が吠える。獣はそいつが一度弾き飛ばした獲物であることも、さっきまで嬲ろうとしていた相手であることも忘れていた。ただ脅威を認識し、それを排除するために潰そうとした。

 

「────────。」

 

 ワカタケヒコの唇が、何かを紡ぐ。白き刀が一際大きく破裂音を発したのち、まるで収束するように輝きが縮まった。獣の腕がワカタケヒコの体を貫かんと伸ばされる。

 橘姫が何事かを言おうとして、何も言えなかった。なぜならば、世界のなにもかもは再びの轟音と閃光によって閉ざされたのだから。

 

 

 閃光が止み、最後の音が虚空に消えた時────。

 

「─────ァ────ガ────────」

 

 獣が、両断されていた。

 

 縦に真っ直ぐに。ずるり、境がずれ、獣だったものが崩れ落ちた。

 

「俺は、英雄の息子だ。なめんじゃねえ」

 

 返り血の一滴すら滴らせていない白き刀の輝きがゆっくりと失われていく。紫電の打ち鳴らす音すらも静まり、場に静寂が訪れた。

 しかし、その静けさに耳鳴りを起こす前にワカタケヒコが倒れ込む音によって静寂は破られた。

 

「タケッ!!」

 

 身に余る力を発動したワカタケヒコは全身が焼け爛れていた。元々負っていた全身の裂傷で瀕死に近い有様だったのだ。加えて氣も絞り尽くされており、気絶するのも無理無い、いや、生きていることの方が不思議なくらいだった。

 いまのところ息はあるようだったが、早急な手当てが必要なことは自明であった。

 

 しかし、現状ワカタケヒコよりも危急の者がいる。腹部に重症を負ったお葛だった。

 

「間に合って……!」

 

 常の橘姫であればこれほどの重症であっても即座に全快とまでは難しいものの命を繋ぎ止めることは難しいことではなかった。

 しかし、いまの彼女には氣かほとんど残されていない。一千人の脱出のため結界を引いたことで出し尽くしていた。いくばくかの睡眠というよりかは気絶によって回復したものの、微美たるもの。文字通り命を削りながらお葛の延命に努めていた。

 

 

 だが、忘れてはならない。ここは此岸に顕現した地獄の写し。一千を除いた全ての人間・生命を殺し尽くした奈落の底こそが日ノ本の別名なのだと。

 

 あれほどの雷鳴を、轟音を聞き逃す者があろうか。獲物の匂いをその奥から漂わせる結界の孔を感じ取れぬ者があろうか。猿の獣ほどの知性を持たぬ彼等、残された黒き獣たちであっても、獲物の匂いを嗅ぎ違えることはない。

 二度と動かぬ戦士たちの(むくろ)を踏み潰し、格好の狩り場へと集結する。

 

 

「─────……そんな」

 

 ワカタケヒコが倒れ伏し、お葛の命を懸命に保ち続ける橘姫の下を訪れたのは、絶望だった。餌場に集った八体の獣。その全てが家屋を超える威容を持ち、そしてまた、その全てが猿の獣に等しい凶暴性を併せ持っていた。

 

 氣は全てお葛へと注がれている。しかし十の神具を顕現させようにもその間にお葛は死んでしまう。それほどまでにお葛の容態は予断を許さなかった。

 だが、手をこまねいていてもお葛も自分もワカタケヒコまでも皆殺しの憂き目に遭うことは目に見えている。

 しかし、だが、それでも─────。

 

 そもそもが橘姫とてほとんど瀕死に近い。外傷は少なくとも中身が削れてしまっている。一刻も早い安静が必要なのは彼女も同じ。それを押して立ち続けているのだ。目まぐるしく変化する絶体絶命の状況に精神が悲鳴を上げ、最早論理だった思考も難しくなっていた。

 橘姫は恐慌状態に陥り視線を震わせることしかできなかった。

 ただ目の前に訪れる絶対的な死。八つの獣の形を纏ったそれはその場にあって唯一意識を保つ橘姫の正気を犯し、心を砕き、精神の停止を齎す。

 

 (むくろ)(ついば)む鴉のように。死肉に(たか)(うじ)のように。

 ワカタケヒコとお葛と橘姫は血とわずかな肉片をその痕跡として地に残し消失する─────はずも無かった。

 

 

 まず四つの獣が一瞬のうちに細切れというにも過ぎるほどにまで斬り刻まれ塵へと帰し、残りの四つが突然の敵の襲来に動揺している内に次々とちぎり絵のように力尽くで引き千切られた。

 ほんの僅かな時の間に成された出来事に橘姫の思考は先ほどとは異なる方向で停止する。

 

 

「─────すまん、タツ。ただいま」

 

「うっ……うぅ~……ヲウスぅ……」

 

 遅すぎる、王の帰還であった。

 

 




遅れたくせして短くてごめんなさい。
次はもう少し多く、早く頑張ります。
FGO第二部までに完結とか世迷い言でした。
ゴールデンウィーク一杯までの完結目指して頑張ります。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。