「マシュー。おーい、マシュー。」
人理継続保証機関、フィニス・カルデア。吹雪吹き付ける雪山の天文台。人理焼却に抗う最後の砦にて。
人類最後のマスター、藤丸立花は同じくカルデア所属の強く信頼するパートナー、マシュ・キリエライトを探していた。
「どうかしましたか、先輩。」
するとぴょこりと、片目を隠すような髪型にメガネをかけた愛らしい少女が通路の脇から顔を出した。
思わぬ突然の探し人の出現に面食らった彼は少々体を硬直させたのち、なんだかバツが悪そうにポリポリと後頭部をかくと、目の前の彼女にかねてからの相談をぶつけた。
「いやー、この前、京都の羅生門や鬼ヶ島でいろんな日本出身の人たちと出会ったじゃん?それで、そのー、ね?わたくし日本生まれ日本育ちのはずなのにあんまり日本の英霊のこと知らないなあ、と思いまして。マシュやドクターにも負けるというのは、日本男児としての誇りが、その。」
「先輩、カルデアにいるサーヴァントの皆さんのことほとんど知らないんですから、そのままでいいんじゃないでしょうか?」
「ぐふっ。」
「ああっ、でもでも、そういう向上心、素晴らしいと思います!先輩!」
「ああ・・・けなげな後輩が優しくてつらい・・・。高校では歴史必修じゃなかったんだよー。地理選んだんだよーぼかぁ。」
ぐずぐずといじける不出来な先輩をはげましながら、二人は図書室へと赴いた。
「ん?どうした。ここではあまり見ない顔がいるな。」
第四特異点で出会い、その後カルデアへと来てくれた彼、ハンス・クリスチャン・アンデルセン。人魚姫やマッチ売りの少女などで知られる、歴史に名を刻んだ童話作家だ。彼は図書室の素朴な椅子に腰掛けながらいくつかの本を物色しているようだった。
「アンデルセンはよく図書室へ来るの?」
「はっ、物書きは物を読んではいけないと?それとも自室の書斎で満足していろということか。自分がどう評価されているかなんてことには毛ほども興味はわかないが、それでもここには数多の作家たちが残した、魂の欠片がある。俺がどんな思い込みを打ち寄せられようとも作者であることを辞めないように、また俺自身も真摯に読者であろうとしているだけのことだ。────ふん、くだらない話に言葉を割いてしまったな。忘れろ。」
「いっ、いえ。ためになりました。アンデルセンさん。それで、ひとつお尋ねしたいのですが──」
「──そんなことを俺に聞きにきたのか?こいつは傑作だ。見栄を張る相手に見栄を張るための相談をするとは、あのファザーコンプレックスの
その時、紅い稲妻がたまたま通りがかったとあるランサーに走った。まったくもって関係の無い話である。
「いやーははは。それで、なにか手ごろな本とかありますか?」
「馬鹿め。ここがどこか忘れたか?古今東西の英霊集う、性悪淫乱尼だって驚くビックリ箱だぞ。実際に見聞きしてきた存在を目の前にしてわざわざ紙の言葉を追うなど、本という存在の意味をはき違えているとしか思えんな。」
「そういえばそうだった!あーじゃあ、日本の英霊、どこにいるかな?」
「お呼びですか?」
にゅるり。そう、にゅるりと。アンデルセンの腰掛けた椅子の真下から飛び出たのは、何を隠そう生まれも育ちも日本は現在の和歌山県。高度な教育まで受けた才色兼備のお嫁さん。薄く緑がかった長めの髪に立派な角を生やした彼女こそ、いつもメラメラ
「うわああああ!びっくりしたあ!」
「お・・・おどろきました。」
ちなみにアンデルセンは彼女を認めるなり脱兎のごとく逃げ出した。蛇に兎とはこれ如何に。
「なにやらわたくしをお探しのようでしたので。それで
「あっ、あー。清姫。実は日本の英霊で誰か有名な人とかいないかなって思ってさ。カルデアに来てくれた人はいろいろ知れたけど、この先知らない人に会わないとも限らないし。」
「なるほど。そういうことでしたか。それならばめるともの玉藻さんなどはどうでしょうか。年の功といいましょうか。彼女日本のことならいろいろと知っておりますから。わたくしについてのことはお忙しいようですし、今度二人っきりで、じっっくりと、お教え差し上げることといたしましょう。」
扇で口元を隠した上品な笑みに、どうしても藤丸立花は悪寒を感じずにはいられなかった。ちなみに彼女は忙しいマスターに遠慮したのではない。マスターの脳裏に最大効率で自身のことを刻み付けるためにいまでは都合が悪いと判断しただけである。
「ありがとう、清姫。清姫のことについては・・・。また、今度聞くね!それじゃ!」
嫌な汗をかきながら図書室を後にする。最後清姫は扉の向こうで笑顔で手を振っていたが、たぶんまたどこかでついてきていることだろう。ストーキング(B)は伊達ではない。
「────その、マスター。いざというときはためらわず令呪を使ってください。そのためのものでもありますから。」
「うん、ありがとう。玉藻の前はどこにいるのかなーっと。」
そうして二人が歩いていくと、サーヴァントたちの憩いの間、リクリエーションルームが騒がしいのが目についた。
「おぉっ!これゴールデンに美味いな!流石だぜ、エミヤ!」
「ぐぬぬ・・・。これ、もしかして良妻力で負けてます?私。」
「これぐらい、朝飯前というものだ。そら、おかわりは要らんかね?」
楽しそうな喧騒と、焼けた小麦粉と甘い砂糖のいいにおい。たまらず飛び込んで見てみると、そこにはエミヤ、
「なにしてるの、みんな?」
「こんにちは、エミヤさん、ゴールデンさん、玉藻の前さん。」
部屋へ飛び込んだ時にはすでに口一杯になっていたよだれを飲み込みながら立花は尋ねる。その視線はエミヤの手にのせられたお盆の上に釘付けだ。
「おや、立花にマシュ。いやなに、そこな金髪が未来の菓子を食べてみたいとうるさいのでな。ひとつ腕を振るわせてもらったというわけだ。狐耳は知らん。気づいたらいた。というわけで、ひとつどうかね。そう数があるわけでもないが、君たちの分ぐらいは余裕がある。」
「スコーンと聞いてミコーンなわたくしが来ないはずもなし。ロンドンのときは結局食べられなかったのが悔いだったもので。食べ物の恨みは恐ろしい。しかして、食べ物の喜びもまた大きいもの。マスターもご一緒しません?代わりにそこな電気パリパリヤローがお帰り下さるとタマモ超うれしいのですけれど。」
「オレの頼んだスコーン勝手に食い漁ってるヤツの言うセリフかそりゃあ!?それはそうとマスター!一緒に食べた方が甘味だって増すに決まってる!食おうぜ!」
「じゃあもらおうかな。マシュも食べよう?」
「はい!ぜひともいただきたいです!」
「よし、では少し待っていろ。君たちの分の紅茶も持って来よう。」
エミヤが退出すると、ハッと気を取り直した立花は玉藻の前たちの方へ向き直り、玉藻の前とゴールデンに危うく忘れかけていたその質問をぶつけた。日本で有名な英霊はいないか。今後いつ出会うとも限らないから、と。
「そいつはなかなかゴールデンな心がけだぜ、マスター。理解しようとする、ってのは大事だ。そうだなあ、日本の英雄の祖って意味では
いいつつ見やるのはスコーンに舌鼓を打つ玉藻の前である。
ちなみに、彼女は
「んでまあ、やっぱ日本の英雄つったら
しかめっ面がひどくなる。玉藻自身、あまり自分語りを好むたちではないため、しかめっ面の理由を知るものはここにはいない。あるいは月の
「そういうのはフォックス、あんたの方が詳しいんじゃねえか?マスターたちもそのためにここ来たんだろうしよ。」
「この顔から察してはくれませんこと?そんなんだからイケモンなんですよ。」
「あー、ごめん。聞いちゃいけなかった?」
不安に顔を曇らせるマスターに、玉藻は仕方なさそうにため息をひとつつくと、とつとつと語りだした。
「いえ、なんというか、私が
彼女は彼女自身を「良妻賢母を目指す玉藻の前」と定義して、ある意味その役を演じているようなもの。他ならぬ彼女がこの平穏を壊しかねないからこそ、自身の本質にふたをして道化となる。獣に近づいても神に近づいてもろくなことにはならないだろうから。
いささか湿っぽい空気が流れたところで彼女自慢の狐耳が廊下を歩くいけすかない足音を聞き付けた。空気を入れ換えるため、まるで柏手のように両手を打ち付けると、にっこり笑顔を浮かべて言った。
「しめっぽい空気にしてごめんあそばせ☆さあさ、筋力Dも帰ってきたことですし、あたたかいお紅茶でもいただきながらお話ししましょう!私はこちらでスコーンいただいておりますから。ミコーン☆」
リクリエーションルームのスライドドアが柔らかな音をたてて開く。紅茶を携えた紅い弓兵は憮然とした顔にニヒルな笑みを浮かべるとお得意の皮肉を吐いた。
「ひとのことをステータスで呼び表すのはやめたまえ。おっと。これは魔力より筋力で戦うどこかのキャスターには耳の痛い話だったかな。」
「くだらない戯言しか吐けねえその口、役に立たないのでさっさと縫い合わせて差し上げましょうか?煮たり焼いたりすれば案外食えるかもしれませんし☆」
青いキツネと赤色タヌキの化かし合いを苦笑いと共に放置し、立花とマシュ、ゴールデンの三人は中断していた話を再開した。
「それで、ヤマトタケルだよね。聞いたことはあるかな。ヤマタノオロチを退治した人だっけ。」
「それは先程出た英雄神、
「おうおう嬢ちゃん詳しいじゃねぇか。こりゃオレはお呼びで無かったかな?ま、そういう意味で
「マスターが勘違いをしたのはヤマトタケルの大蛇退治のくだりだろう。
キツネとタヌキの争いには勝者は生まれなかったようだ。玉藻の口にスコーンを突っ込むことで和平を成立させたエミヤは、いつのまにかポットを片手に持ち、空になっていたマシュのカップにあたたかな紅茶を注いでいた。
「そういえばエミヤも日本出身だったね。そういうの詳しいの?」
「髪と肌の色が純日本人じみていないのはとうの昔に知っている。まあ、人並みよりは、といったところかな。そういった神剣の類には興味を惹かれることもあってね。」
「へぇー。それで?ヤマトタケルさんは大蛇退治の他に何かしたの?」
立花の一言に、エミヤは肩をすくめると呆れたように嘆息した。
「日本という国の成り立ちに深く関わっている偉人だ。十代のうちに西に東にほとんど単身で遠征し数々の強者や怪異を打ち倒し、果ては神殺しを成したというその武勇だけでも十分に英雄と呼ばれうるものだが、王になったのちの功績も負けず劣らず凄まじい。大陸との交易を活発にし、古の国家、秦にならい中央集権化を成し遂げると内政に辣腕を振るった。まさに日本という国家を形にした偉人だな。中国の書に初めて日本の文字が現れるのもこの頃だ。」
「最近まではそのあまりにも多岐に渡る大きすぎる功績から、歴史の中の複数の英雄、偉人を習合させたものだと言われていました。いくつかの有力な発見により実在の人物との確証が得られたそうです。」
「ま、オレとしちゃ御大が実在しようがしまいが関係ねえかな。どっちにしろスゲーゴールデンなヤツってことさ!しかし、本当に嬢ちゃんは詳しいなあ!」
「私も同意する。マシュ、君の勤勉さは美徳だ。今後とも精進するといい。」
「あっ、ありがとうございます。本を読むのは好きなので・・・。」
褒められ慣れていない彼女が照れる顔はこれ以上なく愛らしい。頬を赤く染め視線を落ち着きなく動かす様はどこか小動物じみた可愛さを醸し出している。
いつのまにか、本当に無意識に、立花の掌は彼女のふわりとした髪を撫でていた。
「せ、せんぱいっ!?」
「あっ、ご、ごごごめん!」
一瞬のうちに耳まで赤くさせた両人はわたわたと手を振りあう。
そしてそれを少し遠くから眺める保護者組。眩しいものを見るように目を細めた玉藻の前は、素敵なマスターと無垢な少女に慈母のようなやわらかい表情を向ける。
「・・・青春ですねぇ。」
彼女を横目に見る弓兵はたまにのぞかせる彼女の本当のあり方に、同情とも共感とも言えぬなんとも形容しがたい感情を抱く。遠くの存在を見るように立花を見つめる彼女をこちらへ引き留めようと思ってか。あるいはまったく別の感情からか、彼は彼らしい手段で彼女を我に返らせる。
「おや。青春は目に痛いかキャスター。やはり若さは目に毒と見える。そら、目薬でも貸してやろう。それとも目を覆う目隠しの方をご所望だったかな?」
「んんー?いま何か聴くに耐えないセリフが聞こえた気が?・・・────夜道には気を付けろよ若造が。月は吹雪が覆っているぞ。」
ボソリと呟かれた一言はエミヤをおいて聞き取ったものなどいなかったが、その様子に先ほどまでの危うさはどこにもない。
「おっとこれは、軽口がすぎたかな。」
彼の顔にはいつもの如く、反省の色はまったく見えなかった。
「すごい人だったんだね、ヤマトタケルさんって。一応聞くけど、男の人なんだよね?」
「どうでしょうか。彼には女装をしたときに絶世の美少女と称えられた逸話もありますし・・・。カルデアの皆さんを見渡しても、女性である可能性は捨てきれないかと。」
「御大が女だったらビックリだな!それはそれでいいけどよ!」
紅茶とスコーンとクロテッドクリームと。暖かな談笑を交えたお茶会は、その後も乱入者や狐の美女への詫びも兼ねたどっさりのスコーンを加え、疲労に打ちひしがれたドクターロマンの介入まで続くのだった。
蛇や八艘跳びやライコーさんの乱入の少し前。いまだ平穏にお茶会を楽しんでいたころ。今度はジャムを塗りながらゴールデンが言った。
「そういや
「後半生?」
「冒険を終えて英雄は王さまになり、みんな幸せに暮らしましたとさ、で寝物語なら終わるとこだが、続きがある。繁栄の先、英雄譚にはつきものの、悲劇とカタルシスのお話しさ。」
大和編では雰囲気作りのためにカタカナ語縛りをしていたのでたくさんカタカナ書いて少しすっきりしました。
次話から大和編最終章に入ります。ここまで振り返らず書き続けてきたので一度推敲作業や今後の展開の見直しなどをしようと思っています。もしかしたら次話の投稿が少々遅れるかもしれません。気長にお待ちいただけたら幸いです。