倭國の王、大和の皇   作:ナナナナナナシ

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第十六話 日常のお話。

 

 

第七次調査報告書

 

前回の調査において前々回まで掴むことのできなかった有力氏族のムラの所在を突き止めることに成功したことにより、今回の調査ではより深く彼等の文化、信仰、支配形態を知ることに成功した。

 

かの地の有力者たちの間では王による大規模な氣の変動があったことは既に広く知られている模様。

ただし、彼等の奉ずるミシャグジ神が倒されたことを知っている者、倒されたと知覚している者は皆無。理由としては、ミシャクジ神が以前と変わりなく健在であるからだと推測された。

よってかねてより指示のあった通りミシャグジ神の実態について調査したところ、ミシャグジ神はいまも健在であり、その神威に些かの衰えもなしとの確証を得るに至った。

しかし、各氏族の間に共通するミシャクジ神の形態、権能、信仰の繋がりは薄く、その実在性は得られたものの、その実態を詳しく知ることは不可能であった。

推測ではあるがミシャクジ神の御座すところを知ることこそできたものの、この情報を最後にいくつかの情報網が断たれており、これ以上の調査は不可能と判断。これをもって第七次調査を終了した。

 

かの地の支配形態については────

 

 

 

 

 

「────なるほど。これが、ミシャグジの本当の姿、というわけか。」

 

 あの海原より五年。再び踏んだ東の地にて。その神は、いた。

 

 小舟の上であの大蛇とまみえたあのとき、私は既に違和感に襲われていた。それは、はっきりと形をとりすぎていた。神よりも現象に近いと評されたあの神が、足で踏みつけて登れるほどにはっきりとした形を持ち、怒りという名の感情を得ていた。それに加え、倒すことができた、というのも不可解であった。あんなにも分かりやすい弱点のある神核を、現象に近いとされた神が持つだろうか?むしろ、神よりも神らしい。東の村人たちを黒い炎で焼いたときに感じたぞっとするほどの、ただただ訳の分からない、理解できないものへ抱く本能的恐怖を、あの蛇神には感じなかった。

 違和感は懸念へと変わり、懸念は確信に至った。幾たびも調査を命じ、情報収集にあたらせ、ついに本拠を掴んだ。

 

 おおよそ秋津洲(本州島)の中心。湖のほとりに()()は居た。

 

 蛇ではない。神ではない。現象でもない。それは、ただそこにある異形。畏れの集合体。人々が自らの与り知らぬ不明なものを覗く時、わけのわからない、ただ怖いものとして畏れを抱く、その不可解の象徴。光と闇、灯と影、陽と陰、境界と領域、全てを包括した混沌(カオス)の権化。

 それが、それこそがミシャクジという存在だった。

 

 この神が自ら大和を呪う?そんなことはありえない。この神に自意識などというものは存在しない。もし混沌の中から意識というものが産まれ出でることがあったとしても、すぐさま混沌へと呑み込まれ融けてゆく。ただひたすらに受動的で、厄と災を溜め込んで破裂したのならすべてを押し流す。それを繰り返す。たしかに、神というより現象に近いあり方といえるのかもしれない。だが、()()は神とも現象とも呼び表せないナニカだ。

 

 確認は終えた。長居したい場所でもない。すぐさま大和への帰路を急いだ。

 ミシャクジが原因の一端であることは間違いない。だが、ミシャクジの一部を切り離し、蛇の因子を埋め込んで自意識を目覚めさせることで大和を呪わんとした何者かが居る。

 生半可な存在ではないだろう。相当に力を持った存在が、何らかの意図を持って大和を呪った。今回の失敗で懲りるような奴ならばよいが、ここまで手の込んだ、大和を呪おうなどと大それたことを考える存在だ。恐らくそんなに優しい敵ではないだろう。いずれ再び今度はもっと別の手法で何らかの目的を達成しようとしてくるに違いない。

 何の手掛かりもない現状、どうしても受け身にならざるを得ないが、そうやすやすと大和を滅ぼさせるつもりもない。大和という国を私という王が十全に支配できるだけの下地はすでに大方整っている。私が死んだあとのいずれ来たる未来のためにやっておかねばならない事業もある。

 王というのもそう楽しい仕事ではないな、と帰路の途中、山あいから登る日を眺めながら思った。

 

 

 

 

 

 

 ヲウスがヤマトタケルとして王位についてから三年と少し。一時は大和を混乱の坩堝とした呪いも、ヲウスのおかげで祓われて少しずつ大和という国は落ち着きを取り戻し、今度は発展によって慌ただしさを増している。お藤から代替わりして側付きになったお葛といっしょに街に繰り出すと、その様子がありありと伝わってくる。熊襲の人たちの協力もあって各地との交易が盛んになり、野菜や山菜とかを物々交換してた小さな通りはいまや、たくさんの露天商たちが声を張り上げる立派な露店街になっている。このあいだ大和の産物を載せて出港した西の大陸への交易船も、そのうち帰ってきてたくさんの品物を持ってきてくれることだろう。腐ってもわたしはお后さまというやつだから、大陸からの渡来品をいくつかもらえないだろうか。ダメだったらヲウスにお願いしよう。

 

 さてさてところ戻っていまである。タケを産んでからこっち、家にこもりっぱなしだといわれ気分転換にお葛と一緒に街へ繰り出したわけだが、一緒に露店街をひやかしていくのはとっても楽しい。楽しいのだが、わたしが出たがりだったためわたしの顔は大層売れている。そのせいで、のぞく店のぞく店でヲウスのことを褒められたあとに品物を持たされてしまう。称賛の言葉は素直にうれしいのだけれど、ただものをもらうばかりでは申し訳ない。せっかくだから景気よくたくさん買ってしまおう。

 

「ダメですよ。」

 

「・・・なにが?」

 

「また無駄遣いをしようとしていたでしょう。そうやって姫様が前に買ったお野菜、宮だけでは消費しきれなくなって大変だったの忘れたとは言わせませんよ。宮の台所にだって買い付け計画とかあるんですから。それに、買うだけ買った小物類。全部蔵の肥やしになってるじゃないですか。」

 

「せっかくお藤がいなくなったのに、お葛までお小言ばっかり。」

 

「当然です。お小言だってしっかりと仕事として引き継ぎましたから。」

 

「・・・お葛の変態。」

 

「あひぃっ!」

 

 突如道端で悶えだしたお葛になんだなんだと道行く視線が集められる。多くの視線を注がれることによってお葛がさらに悶えだす。興奮の永久機関と化したお葛を止められるものは最早どこにもいない。

 

「んんっ!」

 

 ついには腰を震わせへたりこんだお葛を放置し、わたしは気の赴くまま買い物にしゃれこんだ。

 

 

 

「そこに見えるのは奥方様ではないですか。」

 

「あ、オトタケルさん。こんにちは。こっちにいらしてたんですね。」

 

 熊襲の頭領さんは船にばっかり乗っていてあまり都の方へは顔を出さないけれど、その弟のオトタケルさんは代わりにたびたび都を訪れている。頭領が海上にいて副頭領が出張してて熊襲は大丈夫なんだろうか、といまさらながら思う。

 

「今日は行幸ですか?それともお忍びのお買い物で?」

 

「お買い物でございます。姫様がお顔を隠されようとしないのでお忍びとはいいがたいですが。」

 

 わたしに近づく人物を確認したときにはお葛は悶えるのをやめ、すぐさまわたしの後ろに控えていた。お葛は変態だが変態なだけではないのだ。

 

「私はつい先ほどヤマトタケル大王にお会いしてきたばかりでしてね。私の屋敷でよければ一食御一緒しませんか。」

 

「申し訳ございませんが、姫様はこのあとも予定がおありですので。」

 

「すいません、オトタケルさん。またお話ししましょう。」

 

「そうですか。それではまた次の機会にいたしましょう。それでは。」

 

 気を悪くしたそぶりもみせずにオトタケルさんは去って行った。

 

「いけませんよ、姫様。いまお受けしようとしていたでしょう。王の妻が軽々しく男性の誘いに乗るものではありません。」

 

「はいはーい。」

 

 お小言を聞き流しつつも、ちらりとお葛の方を見やる。なんだかんだ言ってわたしは、お葛のことを信頼に足る人物だとこの数週間で確信したのだ。きっとわたしはまた同じようなお小言を言われるだろうけど、きっとお葛はそれを見逃さずにちゃんと指摘してくれる。有り体に言ってしまえば一種のわたしからの信頼なのだ、これは。だからわたしはうるさいお小言は聞き流すけど、お葛の顔は見逃さない。本当にダメな時はダメだと伝えてくれるから。きっとお葛もこの数週間でわたしという人間を理解しただろう。どこまでも楽観的で自分勝手なこのわたしを。自分で言ってて酷い性格をしてると思う。でも三つ子の魂百まで。こうして生まれ育ってしまったものはしょうがない。だったら精一杯人生楽しむだけだ。

 

「あっ、お葛!あっちにおいしそうなおさかな売ってる!」

 

「まだ終わっていませんよ、姫様!」

 

 そしてどうやら、お買い物はまだまだ終わりそうにない。

 

 

 

「ただいま、タツ。」

 

「おかえりなさいっ!」

 

 その日の晩、山と抱えた買い物品を露店街の人たちの協力もあってなんとか持ち帰り、またまたお葛のお小言をもらいながらタケをあやしていると、玄関からその声が響いてきた。

 

「お疲れさま、ヲウス。今日はどうだった?」

 

「まあ、改革とはどんなものでも痛みを伴う。一歩一歩、少しずつの前進、といったところかな。それより、タツはどうだった。街へ出たんだろう?」

 

「久しぶりに外に出て楽しかった!」

 

 タケもいい子にしてたんだよねー、といいつつタケの手を取った。タケはどっちに似たのか、気になったものには一直線な性格をしている。周りの人はわたしに似たんだ、って口をそろえるけど、たぶんそういうところはヲウスの方があると思うわたしである。

 そんなタケはぶらぶらと腕をわたしに揺さぶられながら、じーっとヲウスの顔を見つめている。何か気になるものでもくっついてるのかな。

 

「何か気になるものでもくっついるのかな。」

 

「口に出てるぞ。」

 

「タケはお父さん大好きだもんねー。」

 

「それはうれしいな。最近はタツばっかりかまって私はあまりかまってやれなかったからな。今度半日休暇でもとって遊ぶか。」

 

 まだはっきりと言葉を理解できる歳ではないけれど、タケはなんとなく返事をしたように見えた。

 

「タケはお母さんの方が大好きだって。」

 

「そんなことないよなー。」

 

「お食事の用意できておりますが、後にしますか?そのままイチャついていてもいいんですよ?」

 

 二人でタケの顔を覗き込んでいたところにかかったのはお葛の声だった。

 

「いまいくよ、お葛。」

 

「ごめんねーお葛。」

 

「んはっ。」

 

 決してこれは家族団らんを邪魔された八つ当たりなどではない。違うったら違うのだ。

 そのあとも語尾にお葛の一言をつけて会話した。震えるお葛の体を眺めるのがなんとなく楽しく感じたのは気のせいだったのだろうか。

 

「そういえばヲウス。」

 

「ん?どうした?」

 

「タケに弟か妹ができそう。」

 

 ヲウスが噴き出した。

 

 

 

 いつまでも続いて欲しいと願ってやまなかった平和の日々はその後長く続いた。

 

 けれど、やっぱり災厄はヲウスを、この国を掴んで離さなかった。

 

 

 





ごめんなさい、短いです。本当は土曜日曜で二話更新する予定だったのです。ギリギリまで粘って無理そうだったので16話だけ投稿させていただきました。近いうちに17話も投稿します。そして、リクエストありがとうございました。この投稿と同時に締め切らせていただきます。わからないところなどがあったら感想欄までどうぞ。返信で回答させていただきます。


以下、わかりにくかったかもしれないのでミシャクジさま関連の補足です。

村人を焼いたのは混沌の方のミシャクジさま(本体)です。村長が決定的にミシャクジさまに背いてしまった、という感情をトリガーとして村長が長年の信仰のなかで育ててきたスイッチが入り、連鎖的に村長に従う村人たちからも呪いが発現。村壊滅と相成りました。このことをミシャクジさま(本体)は一切関知していません。そもそも関知する知性というかが無いのですが。
古東京湾で戦った蛇神はミシャクジさまの一部に何者かが蛇の因子を埋め込んだ、意志を持つミシャクジさま(一部)です。意志を持っているので操ったりけしかけたりできる、というわけです。そして何者かの思い通り蛇神は大和を呪った、というのが今回の顛末の裏話でした、というわけです。

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