倭國の王、大和の皇   作:ナナナナナナシ

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第十二話 希望の色。

 

 

「ヲウスッ!助けに来たよ!!」

 

 

 

 なんで助けに、だとかどうやってここに、だとかその他のありとあらゆるどんなことよりも、宙より飛来したその美しい瞳の輝きに目をとられた。

 

 七色に彩られる虹よりも、澄んだ朝焼けの空よりも、ずっときれいな色。

 夜空を覆う星の光をすべてひとつにまとめても、彼女の瞳に敵わない。

 だってそれは、人々が美しい景色をみて想起する希望の情景そのものなんだから。

 

 なんで忘れていたんだろう。なんで目を塞いでいたんだろう。

 世界は、人は、こんなにも美しいのだと教えてくれた、その始まりのいろどりを。

 

 嫌なことから逃げて、逃げられなくて、目と耳を塞いで。木漏れ日にあてられてすこし覗いてみたら、やっぱり世界は怖いんだって思い込んで。

 この辛くて苦しい世界から逃げられないなら消えてしまおうと思ってた。

 

 違うんだ。世界辛いものでも苦しいものでもない。いつだって辛くて苦しいものに変えてきたのは自分だった。除き穴から世界を見たっていい景色なんて見えるはずもなかったのに。自分で勝手に決めつけてた。

 世界の色を教えてくれた。人の美しさを教えてくれた。そんな愛しい人のことを忘れるなんて。

 

 私は馬鹿だ。大馬鹿だ。それでも、美しい世界がある。私を好きだと言ってくれた人がいる。

 それだけは変わらない。私がどれだけ馬鹿者だとしても。私にどれだけ嫌な物事があたっても。世界が色とりどりに彩られていることは、人々が美しいことは、タツが好きだと言ってくれたことは変わらない。

 

 世界の美しさを教えてくれて、ありがとう。

 いまいちど思い出させてくれて、ありがとう。

 こんなにも不甲斐ない私を助けに来てくれて、ありがとう。

 たくさんいいたいお礼はあるけれど、それよりも、いまは。

 

 

 

「タツ!!!好きだ!!!!」

 

「えぇっ!?いまそれ言う!?」

 

『馬鹿じゃないのか!?煙に巻かれておかしくなったか!?』

 

 なにか言われているが気にしない。美しいと思ったことは美しいと言う。好きだと思ったことは好きだと言う。

 あたりまえのことで、あたりまえにしてこなかったこと。

 タツに教えてもらったこの美しい世界で、懸命に命を繋ぐ人のひとつとして、私も懸命に生きるのだ。

 まいったな。笑いが抑えられない。自分の頬がにやついているのが自分でも分かる。それでも笑ってしまうのだ。だってこんなにも、世界は幸せに満ちているのだから。

 

「それより火!火!」

 

『笑いながら死にたいのならそういっておけ!私と子を巻き込むな!』

 

 いまだにすこし笑いながら伸ばされたタツの手を取る。

 

「よーし神様、速いとこ外に転移してください!黒い火がやばいです!」

 

『それがな、子よ。この炎のせいかここ神代の土地のくせに神代の空気(真エーテル)が全然ない。この死の炎が消えない限り無理だな、出るのは。』

 

 なんとか実体化は保っている神様の言葉にタツがあからさまに動揺する。

 

「ええ!?やばくないですかそれ。」

 

『だが幸いその薄気味悪い剣があるからな。おい小僧!その剣で炎の根本を絶て!龍脈との接続がなければそんな呪いすぐに形を保てなくなる!ただし絶対にその切っ先こちらに向けるなよ!向けたならそのままその首叩き落としてやる!』

 

「ああ!承った!」

 

 言い切らぬ内に抜刀し、呪いの炎を辺りの草々もろとも切り払う。

 神殺しの剣は伊達ではない。ただの死程度に打ち負けるようなものが伝説になるものか。

 確かに神剣は呪いの炎を切り裂いた。が、そんなことで終わるような呪いならば苦労しない。切り払った端から再び死が噴き出そうとする。

 

『それを許すと思うたか!気張れよ、子よ!』

 

「はいっ!」

 

 かざされたタツの手に、そっと神様の手が添えられる。

 タツの体に流れる血と、タツの精神に宿る確固とした信仰心を依り代に現出したそれこそは、天照大御神が子孫に授けた三種の神器のプロトタイプ。災い多き人の世にて、せめて人々が安寧に暮らせるよう願いの込められた神に造られた人が扱うための力の具現。

 四つの勾玉(まがたま)、三織りの比礼(ひれ)、二枚の(かがみ)、一振りの(つるぎ)。占めて十を数える宝物(ほうもつ)

 試作型と侮るなかれ。十の宝物全てを身に着けたのなら、三種の神器に勝るとも劣らない。

 

 首元に提げられた勾玉が彼女の魂をどんな呪いからも護り、肩に掛かる比礼が彼女にどんな呪いをも打ち破る力を与え、左右に浮かぶ鏡が呪いの真を映し出し、両手の間に留まる剣が映し出された真を穿つ。

 

 数多の神器を操る黒髪の乙女の戦姿は寝物語などで語られる勇ましいものとはひどくかけ離れていて、舞うように振り下ろされた刃の煌きは幻想的な神楽舞の瑞鈴のようであった。

 空耳だったのかもしれない鈴の音があたりに響き渡ると、その音を聞いた炎は次々と消えてゆき、円状に広がった音の波が野原の端まで到達する頃には焼け爛れた大地のほかにそこに炎があったことを示すものは何もなくなっていた。

 

 

 もってヤマトタケルに切り裂かれ、橘姫に根本を断たれた呪いは効果を無くし、あわや葦原の中ツ国を覆わんとしていた黒い炎はかき消されたのだった。

 

 

 

「ありがとう、タツ。助けに来てくれて。」

 

「どーいたしまして。やっとヲウスも本調子に戻ったって感じかな?」

 

『それはいいが子よ、早いとこその神器脱いだほうがいいぞ。戻れなくなるからな。』

 

 てーへんだーと言いながらあわてて神器を再び幻想へと戻すその姿からは先ほどまでの神々しさはどこにも感じられない。

 

「・・・本当に、ありがとう、タツ。」

 

『・・・。』

 

 なぜだかは分からないが神様にげし、と背中を蹴られた。この神様は私がしっかりしててもしっかりしてなくても面白くないのだろう。だがそれがタツへの深い愛からきていると分かっているから避けられようはずもない。甘んじて受け入れた。

 

 

 黒い炎が万が一広がったりしてしまってはとんでもない大災害につながりかねない。焼け野原をくまなく見て回った。

 火種一欠片も無いことを確認した後、あらためて件(くだん)の村へと向かう。呪いが祓われたときにはすでに村長は消えており、なぜこのようなことをしたのか問いたださなければならなかった。

 

 

「・・・ないぞ・・・・!」

 

「・・こにいって・・・から探せ!」

 

 聞き取ることのできない東の言葉が村の方から聞こえてくる。かがり火も焚かれているようだ。タツがいなくなっていることに気が付いたのだろうか。

 ちょうどいい機会だと村の方へと足を踏み出そうとした、その時。

 

 

「なぜだ・・・・なぜお前がここにいる・・・。」

 

 松明をこちらへとかざす村長がそこにいた。

 

「そんな、馬鹿な。それでは、救われない。」

 

「お前、何を言っている!念話で話せ!」

 

 夜にあってなおはっきりとわかるほどに顔を真っ青に染めた村長はふらふらとよろめいた。

 

「お前が生きていては、殺される。お前は死ななくてはならなかったのに。ああ、殺される。皆が、村が、家族が、ああ、ああああ、」

 

 狂乱に囚われたその老人の目には、最早目の前の私たちすら写ってはいない。その瞳にあるのは自らが奉る神への畏怖、恐れ、絶望。

 

「■シャ■ジさま!ミシ■■ジさま!ミシャクジさ■!■シ■■ジさま!ミ■■■■さま!」

 

 耳、鼻、口、目。黒より昏い血を流し、やがて、胸の内から発火した。

 

「■■■■■■■!■■■■■■■!■■■■■■■!■■■■■■■ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ッ!!」

 

 タツの手を取りすぐさまその場を離れる。あの呪いに犯された者が助かることはない。人がいつかは必ず死に至るがため、あの呪いより逃れる術はない。呪いに掛ったその時こそがその者の死なのだから。

 あばらを突き破るようにして外へと噴き出した黒い炎は老人の全身をくまなく犯し尽くし、その老人だけが狙いだったのだとでもいうように黒い炎は虚ろへと消えていった。

 

 そこで異変は終わらない。その老人の魂の一片までもがこの世から完全に消え失せた後、今度はかがり火の焚かれていた村の方角より絶叫があがる。

 二人で高台へと駆けた先で見たものは、黒い炎に巻かれる村人、全員だった。

 東という極限の環境で生きる屈強な男も、宴の場で共に酒を飲んだ柔らかい笑顔を浮かべていた美しい女も、蓄えた知恵で村人たちの道しるべとなっていた老人も、いまだ母の手より離れられない乳飲み子も。聞くに堪えない怨嗟の叫び声をあげながら死んでいた。

 体の末端から段々と崩れ落ちていくように死んでいく己の体を感じ取る。東において死んだ魂が根の国のような場所へと行くのか別の赤子へと生まれ変わるのかはわからないが、それらが許されることなく魂そのものが焼かれ、存在が消えていく痛み。

 見ていられない。聞きたくない。こんなにもおぞましいものが死であるものか。

 死とはあらゆる生き物にとっての当然の結末であり、救いであり、その生の結果なのに。これはあまりにも、あまりにもむごすぎる。

 

 タツが泣いていた。私たちにはどうすることもできない。ただ、見ていることしか。世界の美しさを改めて知ったこの目にはとても痛く辛かったが、せめて、魂まで焼かれた彼等がここにいたことをこの身に刻んでおかなければならない。

 

 野原での炎と違い、あらかじめ仕込まれていた炎が発火したのだろうと考えられる村人たちを焼いた炎は延焼などを起こさず、対処にそこまでの時間はかからなかった。

 彼等がここにいたことを示すものは何も残ってはいなかったけれど、ここに彼等がいたことの証として、石碑を立てていくことにした。

 安らかに眠れる魂も最早無い。しかし確かに、ここで懸命に生きた者達がいたのだ、という想いを込めて。

 

 夜が明け、海より出でた日の光は、暖かに碑を照らしていた。

 

 

 

 

 苦難の多い道中ではあったが、得るものはあった。

 あらかじめ姉上の下でおおまかな場所は聞いていたものの、龍脈を通して野原に死を噴出させたときに、死の原因である神の居場所をたどることができるようになった。この海に囲まれた大地には大きな龍脈が何本か流れていて、その大本ともいえるものから枝葉のように細い龍脈が流れ出ている。今回大和を覆っていたような薄く広い死ではなく、濃く狭い死が噴出したおかげで一体どこの龍脈を流れているのかをはっきりと認識できた。枝葉をたどれば自然、幹へとたどり着き、そしてその先に死を送り出している神はいる。

 そして、今一度世界の色を知れたこと。タツにはどれだけ感謝してもし足りない。私が王位についてよりしばらく構ってやれなかったから久しぶりに言葉を重ねたいという想いもあるが、死の原因へとあと一歩まで迫ったのだ。ここで足踏みはしていられない。それにタツの後ろには常にあの氏神様が立っているのだ。ある意味タツの親といってもいい。流石の私も親の監視の下で睦言を吐けるほど肝が太くはない。今しばらくはお預けだろう。

 全部終わったら構い倒そうとは考えているが。

 

 

 

 かくして一行がさらに歩を進めること数週間が経過した。東へと足を踏み入れてからすでに月が満ち欠けすること四回。王位に就いたものが長らく国を空けることは望ましくはない。帰りの道程も考えれば、残された時間もさして多くはない。

 少しばかりの焦燥を覚え始めた頃、龍脈をたどった先にて一行はついに、たどり着いた。

 

 

 押し寄せては引き戻す潮騒の音。遥かな未来にて東京湾と呼ばれる海の浜辺にて。

 

「この先に・・・あの炎を作り出した神がいる。」

 

 知らず喉が鳴る。

 

「海だけど。どうするの?」

 

「船に乗るしかないな。龍脈がここで沈み込んでいる。沈んだ果てに何があるのかはわからないが、流石に深い海の底から地表に力が行使できないことを祈ろう。でなくてはどうしようもない。」

 

『それはあるまい。神とて世界の(ことわり)には縛られるものだ。いくら神代とはいってもな。』

 

「じゃあ、船旅だ!ずっと歩き通しで疲れたんだー。」

 

 どこまで行っても底抜けに明るいタツに微笑みながら、しかし私はこの先に待ち受ける何かに対して嫌な予感がしてならないのだった。

 

 

 




いささか短めですがお許しください。次話がヤマトタケル(若)のクライマックスなので一気に書き上げたいのです。もし遅れてしまったらごめんなさい。頑張ります。


私事ですが、Heaven's feel presage flowerこの間の金曜日にようやく観に行けました。大満足でした。stay nightでは一番好きなライダーさんのさらなる活躍を楽しみに来年を待ちます。

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