ー想い歌ー   作:土斑猫

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 本作はライトノベル「半分の月がのぼる空」の二次創作作品です。
 オリジナルキャラが登場し、重要な役割を占めます。
 オリキャラに拒否感を感じる方は、お気をつけください。

 また、今作はボーカロイドの曲、「悪ノ召使」関連に関係した表現が多く出ます。
 一連の曲を知っていると、より分かりやすく読めると思います。

 興味があれば、聞いてみてくださいな。


ー想い歌ー・⑨

                  ―9―

 

 

 「あんた、ちょっと調子に乗りすぎじゃないの?」

 瀬良姫子は、目の前の少女に向かって声を張り上げた。

 「少しくらい顔が良いからってさぁ、気取ってんじゃないわよ!!」

 お定まりの様な台詞とともに、目の前の少女――如月蓮華の身体を突き飛ばす。

 しかし、如月蓮華の表情は揺るがない。

 ただ真っ直ぐな瞳で、姫子一同を見つめ返す。仄暗く、冷めていて、それでいて心の底まで突き通す様な鋭い眼差し。

 その瞳が、姫子一同を困惑させる。

 今までも、気に入らない生徒をこうやっていたぶった事は何度もある。ターゲットにされた生徒は戸惑い、戦慄き、怯えた目で視線を逸らしたものだ。

 なのに、今目の前にいる少女はその目に怯えの片鱗さえ見せない。

 こんな事は始めてだった。

 そんな一同の困惑を知ってか知らずか、如月蓮華は言う。

 「あのさ、どいてくれないかなぁ?あたし、用があるんだよね。早くしないと、戎崎先輩と秋庭さん、帰っちゃう」

 この状況など、全く意に介していない。そう言わんばかりの口調。それが、瀬良姫子の苛立ちに油を注いだ。

 「“秋庭さん”なんて、馴れ馴れしく呼んでんじゃねーよ!!」

 ピシィッ

 踊り場に響く、鋭い音。

 瀬良姫子が、如月蓮華の頬を打ったのだ。

 しかし、如月蓮華はそれでも揺るがなかった。

 打たれた頬を気にする事もなく、相変わらずの鋭い視線で瀬良姫子を見返す。

 その事に、姫子一同はますます困惑の度を深める。

 「あんたさ……」

 その戸惑いを見透かすかの様に、如月蓮華が口を開いた。

 「秋葉さんの事、好きって本当?」

 「んな……!!」

 あからさまにうろたえる瀬良姫子。

 そのうろたえを、如月蓮華は嘲笑う。

 「ふふ、本当なんだ」

 言いながらつつ、と瀬良姫子に近づく。

 「そんならさぁ、邪魔しないでくんない?あたしが戎崎先輩盗っちゃえば、秋庭先輩はフリーだよ。あんたにも、チャンス巡ってくるかもよ?」

 もっとも、秋庭先輩にそんな趣味があればの話だけど、と付け加え、如月蓮華はケラケラと笑った。

 「―――っ!!」

 それに激昂した瀬良姫子が、再び右手を振り上げた。

 そのまま、如月蓮華の頬へと振り下ろし―

 パシッ

 しかし、今度はその手首を如月蓮華の手が受け止める。

 「……く……っ!!」

 狼狽する瀬良姫子を前にほくそ笑むと、その手を掴んだまま、如月蓮華はその目を細めてこんな事を言った。

 「ねえ。こんな事しててもらちがあかないでしょ?だからさ、いいよ?あんた達がしろって言った事、何でも一つ、してあげる」

 「なっ……!?」

 突然の提案に、驚く姫子一同。

 「何言ってんのよ!?あんた!!」

 一同の一人、佐藤広美が言った。

 「言ったまんま。あんた達がしろって言った事、何でもしてあげる。そしたら、あたしの事、解放してちょうだい」

 ニコニコと微笑みながら、如月蓮華は瀬良姫子に迫る。

 その手はまだ、瀬良姫子の手首を掴んだままだ。

 「さて、どうする?裸で校内一周しようか?それとも、放送室占拠して校内中に歌でも流そうか?」

 「うっせぇ!!放せよ!!」

 瀬良姫子が叫んで、如月蓮華の手を振りほどいた。よほどの力だったのか、その手首は赤く染まっていた。

 「上等だよ……!!」

 そう言うと、瀬良姫子は視線を壁に走らせる。そこには、いつ刺されたものかも分からない、赤錆びた画鋲が数本。瀬良姫子の手が、それを抜き取る。

 ジャラリ

 そんな音とともに、それを如月蓮華の前に差し出す。

 「……呑めよ!!」

 瀬良姫子は如月蓮華に向かって、そう言った。

 「コイツを呑んだら、あんたの事、許してやるよ!!」

 ここに至って、ようやく姫子一同は余裕を取り戻しかけていた。

 錆びた画鋲を呑む?

 そんな事、出来る訳がない。

 この娘も、そんな事出来ないと言うに決まっている。

 そうすれば、それが決壊線。そこから、この娘を突き崩せる。後は、こっちのもの。思う存分、今までの鬱憤を晴らす事が出来る。

 姫子一同はそう確信していた。

 しかし――

 「ふぅん。そんな事でいい訳ね」

 「え?」

 ポカンとする瀬良姫子の手から、如月蓮華が画鋲を奪い取る。

 そして――

 ジャラリ

 口に入れた。

 驚く間も、制止する間もなかった。

 唖然とする皆の前で、如月蓮華の喉が、ゴクリと動く。

 「これでいい?」

 そう言って、舌を出してみせる。暗い口の中に、画鋲は見えない。

 姫子一同に、今度こそ決定的な動揺が走る。

 「な……何なんだよ!!コイツ、おかしいよ!!」

 取り巻きの一人、阿部京子が悲鳴の様な声を上げた。

 「あ、あたし関係ない!!知らないからね!!」

 そう言って、佐藤広美が逃げ出した。

 他の取り巻き達も、一様に同じ様な声を上げつつ、逃げ出していく。

 最後に残ったのは、瀬良姫子ただ一人。

 青ざめた顔で戦慄きながら、それでも最後の意地なのか、如月蓮華の前から立ち去ろうとしない。

 そんな瀬良姫子の前で、如月蓮華は薄ら笑いを浮かべた。

 ゾッとする様な笑みだった。

 綺麗だけど、人形の様に酷く無機質な、そんな笑み。

 そして、薄く上がった口角から朱いものが滲み出す。

 それが細い顎をツウと下り、ポツリと床に朱い点を描いた。

 それが、限界だった。

 「―――――っ!!」

 声にならない悲鳴を上げ、瀬良姫子は後ろを振り向く事無く、階段を駆け下りていった。

 

 

 吉崎多香子は、一部始終を見ていた。

 そして、目の前を瀬良姫子達が自分に気付く余裕もなく走り去っていった後も、唖然と立ち尽くしていた。

 と、

 「何、突っ立ってんの?」

 そんな声が、上から降ってきた。

 如月蓮華が降りてきたのだ。

 反射的に、逃げ出しそうになる。けれど、その衝動を必死に押さえると、吉崎多香子はその場に留まった。

 「あんたも酷いねぇ。人が苛められてんのに、ずっと見物してるんだから」

 どうやら、見られている事に気がついていたらしい。

 「あ、あんた、あの……今の……」

 「ん?ああ、“これ”?」

 そう言うと、如月蓮華はペッと口の中のものを吐き捨てた。

 カランッ

 廊下に、血と唾液に濡れた画鋲が転がる。

 「“ふり”しただけよ」

 そして、口元についた血をグイッと拭う。

 「笑っちゃうと思わない?ちょっとそれっぽく見せただけで、ビビッて逃げやがんの」

 そう言って、ケラケラと笑う。

 その様を、吉崎多香子は絶句しながら見つめる。

 この娘は一体、何なのだろう。

 あの多対一の状況下において、この娘は相手の心理を完全に手玉に取っていた。

 最初のやり取り。瀬良姫子はあの軽い、だけど身体を狙った攻撃で相手を萎縮させようと企んでいた筈である。事実、あそこで如月蓮華が少しでも弱みを見せれば、そのままずるずると姫子一同のペースに引き込まれていた筈だ。しかし、如月蓮華は決して隙を見せなかった。それどころか、逆に姫子一同を威圧した。こういう時の、如月蓮華の様な種類の人間の目の怖さは吉崎多香子自身がよく知っている。

 “あの時”の、秋庭里香の目がそうだった様に。

 案の定、姫子一同はこれで出鼻を挫かれてしまった。次にどうすればいいのか分からず、うろたえてしまった。そして、その隙をつかれた。

 (いいよ?あんた達がしろって言った事、何でも一つ、してあげる)

 如月蓮華が言った言葉。

 この言葉に、姫子一同は飛びついてしまった。この機会を逆手にとれば、主導権を取り返す事が出来ると思ってしまった。自分達が、すでに如月蓮華の手の内で転がされているとも知らずに。

 そして次に、如月蓮華はこう言った。

 (裸で校内一周しようか?それとも、放送室占拠して校内中に歌でも流そうか?)

 冗談ではない。そんな事をすれば教師達の目に止まらない訳がない。事が表沙汰になる事を恐れる瀬良姫子達が、そんな事をさせられる訳がない。それを承知の上で、あえて如月蓮華はそう言った。自分が、“それ”をやる覚悟があるのだと、錯覚させるために。

 この時点で、姫子達は一連のカードを使えなくなった事になる。

 それでもまだ、姫子一同には勝機はあった。土下座をさせる等々、簡単で精神的ダメージを与えられる手はいくらでもあった筈である。しかし、瀬良姫子はそういった手には目を向ける事が出来なかった。散々にコケにされたという思いから、そんな、容易な手で済ませる訳にはいかないと思ってしまった。

 これで、瀬良姫子は残りのカードも自ら放棄する事になる。

 残ったのは、極々限られた数枚のカード。

 そこで、如月蓮華は本当の覚悟を見せた。

 躊躇する事なく、示されたカード―画鋲を口に放り込んだ。

 口からこぼれた血の量を見ると、飲み込んだ様に見せるために、含んだ画鋲を頬の裏にでも突き刺して隠していたのかもしれない。

 普通に考えたら、常軌を逸した行動である。

 異質である。

 人は、異質を恐れる。

 そして事実、散々弄ばれた姫子一同の心はそれに耐え切れなかった。

 振り向きもせずに逃げていった、瀬良姫子の顔を思い出す。彼女達にはきっと、如月蓮華が得体の知れない化け物の様に見えていた事だろう。

 生半可な狡猾さではない。そして、それにともなう覚悟も。

 「あ~あ、口の中ザクザク。後で口内炎になりそう」

 ブツブツ言いながら口元の血を拭うその様子は、自分のした事に対する後悔など微塵も感じさせない。

 これがもし、髪を切れという注文だったら、彼女は何の躊躇もなく切り落としただろうし、靴底に画鋲をばら撒いてそれを履けと言われれば、躊躇いもなく履いたことだろう。

 もちろん、その顔には無機質な薄笑みを浮かべたまま。

 ああ、この娘はいったい何なのだろう。

 また、吉崎多香子は思う。

 話で聞いた限りでは、如月蓮華と言う少女は秋庭里香の同類なのだと思っていた。

 しかし、違う。

 今、秋庭里香との関わりを少なからず持つ吉崎多香子にはよく分かる。

 秋庭里香は強い。この娘も、強い。

 しかしそれは似ている様で、まるで違う強さ。

 秋庭里香の強さは、常に光の中にある。

 それは命の瀬戸際で磨かれた強さであり、限りある時間を精一杯に輝こうとする。そんな強さだ。

 己の命を守り、己に寄り添う者を守り、自分達の歩く場所を守るための力。

 だからこそ、秋庭里香の周りは明るい。

 時に、それがどんなに狡猾でも。

 時に、それがどんなに容赦なくても。

 秋庭里香の周りは、光に満たされている。

 それに対して、如月蓮華の強さは暗かった。

 そう。それこそまるで、秋庭里香のそれに相反するかの様に。

 そこに、守るべきものは何もない。

 他者も、自分さえも、目的のためなら平気で傷付ける。

 それで人に忌まわれようが、それで自分が孤独になろうが、一向に構わない。

 自分と、自分に関わる者全てを暗闇に引き込む。如月蓮華の強さは、そんな強さだった。

 何が彼女をそうせしめたのかは分からない。

 しかし、吉崎多香子は直感していた。

 これ以上、如月蓮華を秋庭里香と戎崎裕一に関わらせるべきではない。

 いや、関わらせてはいけない。

 「ちょっと……」

 吉崎多香子が話しかけようとしたその時、如月蓮華の首がグルンと吉崎多香子の方を向いた。

 暗い瞳が、吉崎多香子の姿を映す。

 瞬間、足が竦む。出かかった言葉が、喉に詰まった。

 「あんた、吉崎さんだよねぇ。秋庭さんと同じクラスの」

 そう言いながら、近づいて来る。

 「今日は余計な邪魔が入ったから、自転車置場行きそこねちゃった。もう先輩達、帰っちゃってると思う」

 暗い瞳が近づいて来る。乾いた喉が、ごくりと大きな音を立てるのが分かった。

 「だからさ、秋庭さんに伝えといてよ」

 如月蓮華の手が、ポンと吉崎多香子の方に置かれる。耳に寄せられる口。微かに、鉄錆の匂いが香った。

 「『戎崎先輩、あたしのお弁当、美味しいって言ってくれましたよ』……って」

 その言葉を聞いた途端、軽い目眩が吉崎多香子を襲った。

 「じゃあね。頼んだからね」

 一方的にそう言うと、如月蓮華は身を翻し、ケラケラと笑いながら階段を下りて行く。

 その後姿を、ただ呆然と見送る吉崎多香子。

 と、

 ♪♪♪~♪♪♪♪~♪♪♪♪♪♪♪♪~

 不意に階下から流れて来る歌声。

 鈴音の様に澄んだそれが、かの少女のものだと気づくのに、時間はかからなかった。

 ハミングしているのだろう。

 メロディーだけで、歌詞は分からない。

 けど――

 (―君を守るその為ならば 僕は悪にだってなってやる―)

 一瞬、そんなフレーズが頭を過ぎる。

 この曲は……。

 一瞬の戸惑い。

 吉崎多香子が我にかえった時、もう、歌声は聞こえなかった。

 

 

                                 続く


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