ー想い歌ー   作:土斑猫

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 本作はライトノベル「半分の月がのぼる空」の二次創作作品です。
 オリジナルキャラが登場し、重要な役割を占めます。
 オリキャラに拒否感を感じる方は、お気をつけください。

 また、今作はボーカロイドの曲、「悪ノ召使」関連に関係した表現が多く出ます。
 一連の曲を知っていると、より分かりやすく読めると思います。

 興味があれば、聞いてみてくださいな。


ー想い歌ー・⑧

                  ―8―

 

 

 その日、吉崎多香子は己の人生において、もっともらしくない行動を、もっともらしくない動機によって行っていた。その行動とはズバリ、“尾行”である。もっとも、そうは言ってもさして広くもない学校内での話ではあるのだが。

 

 

 話は、その日の昼休みにまでさかのぼる。

 吉崎多香子がいつも通り自分の席で弁当を開いていると、誰かがポスンと彼女の前の席に座った。また、綾子あたりが一緒に食べようとか言って来たのだろうか。いささかうざったく思いながら、顔を上げる。そして驚いた。彼女の前に座っていたのは誰あろう、かの秋庭里香だったのだ。

 「吉崎さん、ここ、いい?」

 「え?あ、は、はい。」

 慌てて机の上に、秋庭里香が弁当を置くスペースを空ける。

 「ありがとう」

 秋庭里香はそう言うと、そのスペースに自分の弁当を広げて食べ始めた。吉崎多香子も、戸惑いながら自分の弁当を食べ始める。

 確かに、今までも綾子が間に入って(半ば強引に)昼食を一緒にする事はあったが、秋庭里香の方から持ちかけてきたのは初めてである。

 一体どうしたことだろう。

 当の秋庭里香は何も言わず、もくもくと弁当を食べている。

 仕方なく、吉崎多香子ももくもくと食べる。

 もくもく。

 もくもく。

 やがて、お互いの弁当箱が空になった頃―

 「ねえ、吉崎さん……」

 初めて秋庭里香が口を開いた。

 「はい?」

 パックの烏龍茶を啜りながら、吉崎多香子は返事を返す。しかし、続きの言葉はなかなか出てこない。どうやら、何か躊躇しているらしい。これは、秋庭里香としては非常に珍しい事である。

 しばしの間。

 吉崎多香子が烏龍茶を啜る音だけが、昼休みの教室の喧騒の中に消えていく。

 このままでは、らちがあかない。

 こっちから発言を促してやろうかと吉崎多香子が思い始めた時、秋庭里香は意を決したかの様に息を大きく吸い、そして言い放った。

 「男の子って、やっぱり胸が大きい方がいいのかな?」

 ブフッ

 思わず、口に含んでいた烏龍茶を噴出しそうになった。

 辛うじてそれは耐えるものの、逆流したお茶が気管に入り、酷くむせ込んでしまう。

 「ゴホッゴホゴホッ!!」

 「大丈夫?」

 そう言って背中をさすってくる秋庭里香に向かって、咳き込みながら手で大丈夫の合図をおくる。

 それにしても、藪から棒に何を訊いてくるのだ。この女は。

 こんなラブコメで定番の台詞を、実際に耳にする日が来ようとは思ってもみなかった。

 「何なんですか?急に」

 目尻に浮いた涙を拭きながら、改めて訊き直す。

 「実はね……」

 頬を薄く染めながら、秋庭里香は昨日の事の顛末を話した。

 「……それで、ね。ちょっと、気になっちゃって……」

 そう言って、恥ずかし気にうつむく。

 対して、吉崎多香子は絶句していた。

 秋庭里香の問いに対してではない。事の張本人、如月蓮華に対してである。

 件の女と戎崎裕一の噂については、勿論彼女も耳にしていた。何せここ数日、学校はそれに関する噂で持ちきりだったのだから。それは、噂の一角である秋庭里香のいるこのクラスも例外ではない。いや。むしろ当事者がいる分、それはよりヒートアップしていた。

 根も葉もない暴論推論が飛び交い、休み時間の度に秋庭里香は質問詰問の嵐に晒されていた。

 その中で、吉崎多香子はその噂に関しては冷静に……というか、まるで本気にしていなかった。

 バースデイ・プレゼントの件以来、秋庭里香と戎崎裕一の絆の深さはよく知っている。そこに第三者が入ろうとしたところで、その絆の固さに跳ね返されるのがオチだ。

 人の噂も七十五日。

 この騒ぎも、後数日で日常の喧騒の中に埋もれていくだろう。

 そう思っていた。

 しかし、当事者本人からから聞いてみると、なかなかどうして。如月蓮華という女、一筋縄ではいかないらしい。大体にして、この秋庭里香という女と真正面から向き合って事を構えられるという事事態、吉崎多香子には驚きである。

 秋庭里香は強い。そして、恐ろしい。

 確かに、肉体的にはその内に抱える病の事もあって、他者よりはるかに脆弱である。しかし、その脆さを補って余りあるほどに、精神が、心が強かった。

 その事を、吉崎多香子は身をもって知っている。

 このクラスが始まったばかりの頃、彼女は自分の立ち位置を確立するための術として、愚かにも秋庭里香を敵にするという手段を選んでしまった。

 その結果は周知の通り。

 立ち位置の確立どころか、一時クラスでの居場所さえなくしてしまう結果となった。あの出来事は、なんやかんやあって和解した今でも、ちょっとしたトラウマである。

 そんな吉崎多香子にとって、如月蓮華という女の所業は実に驚愕の一言だった。

 かつての自分ですらしなかった、秋庭里香に対しての明白な宣戦布告。

 二人の関係を知った上で行われる、戎崎裕一へのあからさまなアプローチ。

 そして、昨日の放課後の出来事。

 皆は、それらを如月蓮華の軽い性格故の所業と思っている。

 しかし、現実は違う。

 もしそれらの事を、何の考えもなしに行っていたのなら、如月蓮華は当の昔に強烈なしっぺ返しを食らっていた筈だ。秋庭里香は抜け目なく、かつ狡猾である。敵対する相手に隙があれば、それを見逃しはしない。しかるに、かの如月蓮華はいまだその隙すら見せず、なおも攻勢を強めている。それはすなわち、彼女が秋庭里香に対抗出来る程の精神力と狡猾さを持ち合わせているという事に他ならない。

 全くもって、驚きである。

 「ねえ、あたし、胸、小さいかなぁ……?」

 しかし、それはそれとして、今回の秋庭里香のめげっぷりは以外である。

 どうやら、よっぽど痛い所をつかれたらしい。

 ああ、この人も女なのだな……等と思ったりする。

 「……まぁ、その……そりゃ、大きいとは言い難いですけど……良いんじゃないんですか?別に。形は良いみたいですし……」

 適当にそんな事を言ったら、ずずいっと身を乗り出してきた。

 顔が近い。

 目が怖い。

 「本当!?」

 「え……あ、は、はい。(なり)ばかり大きくてもってのもありますし……。大体、戎崎先輩は言ってくれたんでしょう?小さい方が好きだって……」

 「そうだよね!!そうだよね!!」

 肩を掴まれて、ガクガク揺すられる。

 ああ、あたしは何でこんな会話してるんだ……。

 涙目で「そうだよね!!」を繰り返す秋庭里香に揺すられながら、吉崎多香子は途方にくれてそう思うのだった。

 

 

 そんな事があった日の放課後。

 さて帰ろうと思って廊下に出た吉崎多香子は、同じ廊下の向こうにユラユラと揺れるサイドポニーを見とめた。それが如月蓮華の後姿だと察するのに、時間はかからなかった。

 途端、妙な心境が頭をもたげて来る。

 別に、秋庭里香を友人として認識している訳ではない……つもりではある。

 しかし……。

 頭に浮かぶのは、一緒に戎崎裕一のバースデイ・プレゼントを選びに行った時に見た、一生懸命な顔。

 この世で一番大切な人との時を、万感の想いを込めて語る顔。

 プレゼントに込めた想いが届いた時の、嬉しそうな顔。

 それに、さっきの柄でもないしょぼくれた顔が重なる。

 「……ああ、もう!!」

 何をしようとしてかは、自分でも分からない。それでもいつしか、吉崎多香子の足は如月蓮華の後を追っていた。

 

 スタスタスタ……

 スタスタスタ……

 数メートル先を歩く蓮華の後を、吉崎多香子はついて行く。

 別に足音を忍ばせているつもりはないのだが、後ろの多香子の存在に気付く様子もなく如月蓮華は真っ直ぐに歩いていく。

 何処に行くつもりなのだろう。

 また、自転車置場で秋庭里香と戎崎裕一を待ち伏せるつもりなのだろうか。

 このまま行けば、その場に居合わせる事になる。

 その時、さて自分はどうするつもりなのだろう?

 秋庭里香の側に立って、如月蓮華を糾弾するのか。

 秋庭里香に、相手にするなと諭すのか。

 どちらにしろ、面倒な事になるに違いない。

 出来るなら、面倒事は遠慮したい。

 やっぱり、ここで戻ろうか。

 しかし、そんな考えとは裏腹に吉崎多香子の足は止まらない。

 そんな吉崎多香子の葛藤をよそに、如月蓮華は四階の階段にさしかかる。

 と、その時――

 横から出てきた数人の女生徒が、如月蓮華を取り囲んだ。

 「――!!」

 吉崎多香子は、反射的に手近な教室に隠れる。

 聞こえてくる、何やら争う声。

 隠れた教室から覗いてみると、如月蓮華を取り囲んだ女生徒達は、そのまま屋上へ向かう階段を上っていく。人目につき難い、屋上の踊り場に連れて行くつもりらしい。何人かの生徒が通りかかるが、面倒事を恐れてか見て見ぬふりをして通り過ぎていく。吉崎多香子は教室を出ると、如月蓮華が連れて行かれた階段の上り口に身を潜めた。

 

 

 ドンッ

 突き飛ばされた身体が、壁にぶつかる音が聞こえた。

 見上げてみると、その周りを6人の女生徒に取り囲まれた如月蓮華の姿が見える。

 如月蓮華を取り囲んでいる連中に、見覚えがあった。

 一年ニ組の瀬良姫子と、その取り巻きだ。

 一年生にいくつかあるグループの中で、特に柄が悪い事で定評がある。

 吉崎多香子自身、入学してしばらくは取り巻きを引き連れてグループを作り、不良気取りをしていた。それでも、件の瀬良姫子と張り合う事は避けていた。それは、彼女が自分達とは違い、もう一線を踏み越えた場所にいると感じていたからである。簡単に言ってしまえば、自分達が“不良気取り”だったのなら、瀬良姫子は本当の“不良”だったのだ。

 それも、派手な格好で派手な真似をして粋がるタイプの不良ではなく、もっと狡猾に、そして陰湿に立ち回るタイプの不良だった。先生や上級生の同類には目を付けられる事なく、それでいて影では反モラルな事を平然と、そして好き放題に行う。

 実際、噂はよく聞いていた。酒や煙草はもちろん、常習的に万引きやカツアゲを行い、中には援交さえも行っているという話もあった。

 けれど、そのどれに関しても彼女達は尻尾だけは出さなかった。その所業はみな噂の域を出ず、生活指導の先生達も手を出しあぐねていた。

 普通の格好をしているのに、すれ違うと微かに煙草の残り香を漂わせる。

 瀬良姫子とその一派とは、そんな連中だった。

 そんな連中が今、明らかに如月蓮華を攻撃していた。

 確かに、その容貌のみならず、現在学校中を騒がしている噂の張本人である如月蓮華なら、瀬良姫子の癇に障ってもおかしくない。

 それともう一つ、吉崎多香子には心当たりがあった。

 それは、当時の吉崎多香子と瀬良姫子における決定的な違い。

 秋庭里香である。

 吉崎多香子が秋庭里香を敵視したのに対して、瀬良姫子は“神聖視”していた。

 それが、自分の持たないものを持つ者に対しての羨望なのか、それとも単に、美しいものに対する憧れなのか。それは分からない。

 とにかく、瀬良姫子は秋庭里香を神聖視していた。

 その入れ込み様はとかく異常で、写真部員を脅して撮らせた写真を常に持ち歩き、廊下ですれ違う時などは、気付かれない様にいつまでもその姿を目で追っていた。一部では、恋愛感情でも持っているのではないかという話まで流れていた。その恋人である戎崎裕一が、攻撃対象にならないのは一重に彼が男子であり、上級生であるからに他ならない。

 もし彼が二年生ではなく一年生だったら?もし彼が男でなく女だったら?

 その答えが今、吉崎多香子の目の前にあった。

 

 

                                 続く


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