ー想い歌ー   作:土斑猫

7 / 35
 本作はライトノベル「半分の月がのぼる空」の二次創作作品です。
 オリジナルキャラが登場し、重要な役割を占めます。
 オリキャラに拒否感を感じる方は、お気をつけください。

 また、今作はボーカロイドの曲、「悪ノ召使」関連に関係した表現が多く出ます。
 一連の曲を知っていると、より分かりやすく読めると思います。

 興味があれば、聞いてみてくださいな。


ー想い歌ー・⑦

 

                  ―7―

 

 

 如月蓮華は一人、薄闇の中を歩いていた。時間は午後の六時。日は、もう暮れかけている。周囲に人影は少なく、薄明るい外灯の光だけがボンヤリと周囲を照らし出していた。そんな黄昏の下校道を、如月蓮華は一人で歩いていた。

 他の女生徒の様に、友人とつるむでもなく。

 街へ繰り出して、放課後の時間を楽しむでもなく。

 如月蓮華は一人で歩いていた。

 と、その足が外灯の中で止まる。

 「………」

 薄明かりの中で見るのは、自分の右手。その手は、先程とある女生徒の胸を揉みしだくという、普通の観点で言えば破廉恥極まりない行為を行った手である。手には、その感触がまだはっきりと残っている。如月蓮華は、その手をジッと見つめる。その表情には、先程まで見せていた軽い、アクティブな小娘の様相はない。

 しばしの間――

 そして、

 ギュッ

 開いていた右手が、握り締められる。

 まるで、手に残る“それ”を握り潰す様に。

 ギリギリ……

 鈍い音を立てて握り締められる右手。暗い焔が揺れる瞳が、それを見つめる。

 いつまでも。

 いつまでも。

 逸らす事なく。

 見つめていた。

 

 

 「ええ!?そんな事があったの!?」

 驚きの声を上げる司に、僕はゲンナリしながら頷いた。

 「あの里香をそこまで手玉に取るなんて、如月蓮華、聞きしに勝る娘みたいね……」

 みゆきが腕を組み、そんな事を言いながら頷いた。ここは司の家の司の部屋。今日、僕は学校から帰るなり、家を飛び出して司の家に押し込んでいた。とにかく、どこかで鬱憤を吐き出さない事には自分を保つ自信がなかったのだ。そんな僕に白羽の矢を立てられた司も、気の毒と言えば気の毒だけど、来てみたら司の家族は留守で、どういう訳かみゆきがいた。何やってんだと訊いたら、今日は司の家族が用事で留守なので、じゃあせっかくだから一緒に受験勉強しようという事になったという答え。

 ……“じゃあ”って何だ。“じゃあ”って。そんな言い訳が、世の中通ると思ってんのかお前らは。

 まあ、それでもいつもの僕なら、アラお邪魔でしたかすいませんと素直にその場から退散する所だが、生憎今の僕はいつもの僕ではない。正直、“そういう仲”でいる連中を前にして、素直に空気を読もうなんて殊勝な気持ちの在り所ではないのだ。……と言うか、はっきり言って邪魔したい。司には重ね重ね申し訳ないが、丁度良い。僕の鬱憤晴らしに協力してもらおう。

 何?そんな事してると馬に蹴られて死ぬだって?

 うん。いっそ殺してくれ。

 

 

 「それで、結局その後、どうしたの?」

 「どうもこうもねえよ……」

 茶菓子として出されたクッキーを口に押し込みながら、僕は今日何度目かも知れない溜息をついた。どうでもいいけど、これ司の手作りだろうか。美味いな。相変わらず。とにかく、先だっての事件。事後処理の方も大変だった。好き放題やった蓮華が去った後、周囲の好奇の視線に晒されながら地べたに座り込んでいる里香を立たそうとしたのだが、なかなか立たない。

 何やらブツブツ言っているので耳を寄せてみると、「小さくないもん小さくないもん小さくないもん小さくないもん小さくないもん……」と呪詛の様に繰り返していた。

 どうやら、何かトラウマに触れたらしい。

 そんな里香を何とか立たせて自転車の荷台に乗っけると、僕はそのまま里香の家まで直行した。当然ながら、帰りの伊勢うどんの話はお流れである。空きっ腹を抱えての自転車操業は、かなり過酷だった。ちなみに里香は道中ずっと、僕の耳元で例の言葉をブツブツと唱え続けていた。正直ちょっと……いや、かなり怖かった。

 「……っとに最悪だよ」

 クッキーをあらかた平らげてようやく人心地のついた僕は、どっと襲ってきた疲労感に、ぐったりと畳の上に伸びながらそう毒づいた。

 「それにしても、その蓮華っていう娘、何でそんなに裕一に入れ込んでるのかな?裕一、前にその娘と何かあった?」

 「ねえよ!!ある訳ないだろ!!大体、一年に転校生があったって事事態、知らなかったんだぞ!?」

 司の質問を、僕は真っ向から否定した。

 っていうか、むしろその理由を知りたいのは僕の方だ。

 「……みゆきはなんか分かったか?蓮華(あいつ)の事?」

 陸揚げされた烏賊の様にグダグダと畳の上でのたうつ僕に、「だらしない」とか言いながら、みゆきは少し考える素振りをして話し始めた。

 「如月蓮華、16歳。身長157cm、体重は禁則事項。スリーサイズは上から80、62、84。好きな食べ物はフルーツ全般。嫌いなのは魚。趣味は音楽関連。最近はボカロにはまってる。でも、部活には入っていない。家族は母親との二人暮らし。転校してきたのは先月の9日。元の住居は東京。……と、こんな所かな?」

 ……まさか、スリーサイズまで出てくるとは思わなかった。呆れる僕を見て、みゆきがさもありなんという顔をした。

 「転校生ってやっぱり珍しいし、それに、あの顔でしょ。転校してきた時からチェックいれてる子、多かったみたい。大体、本人も、聞かれりゃ別に隠しもしないって話で」

 にしたって、スリーサイズまで教えるか普通。訊くほうも訊くほうだが、教えるほうも教えるほうだ。やっぱり、あいつは普通じゃない。

 「ただね」

 「うん?」

 みゆきが困った様に腕を組む。

 「そういう、表面的なデータはすぐに集まったんだけど、逆に内面的なデータは全然なの」

 「内面的なデータ?」

 僕の言葉に、みゆきはそう、と答える。

 「性格とか、何を考えてるのかとか……そういうのがまるで分からない。ほら、女子ってすぐグループ作ったり、つるむ相手作ったりするものなんだけど、あの娘はそういう事が全然ないんだって。何か、“一線”があるみたいでさ、誘われれば答えるけど、そこから先は触れさせないっていうか……。まるで、他の皆から一歩引いて事を見てるって感じで、そういう所が、少し気味悪いっていう声もあったな……」

 「へえ……。あのラブレターの内容とか、裕一に聞いた話からすると、もうちょっとキャイキャイした娘だと思ってたけど……」

 司が、以外だという風に言った。

 だけど……。

 「裕一、どうしたの?」

 「あ、いや、何でもねえよ。」

 尋ねてくる司をそう言って適当にはぐらかすと、僕は続けろとみゆきを促した。

 「そんなだからね、今は里香とはまた別のベクトルでクラスで浮いてるみたい。俗に言う、「一匹狼」ってやつかな?」

 「一匹狼」。

 なるほど、言いえて妙かもしれない。

 周りの反応など露ほども気にかけず、唯我独尊に振舞うあいつにはピッタリな表現に思えた。でも、今の僕にとって重要なのは、とりあえずそこじゃない。

 「―それで、あの娘が裕ちゃんに入れ込んでる理由だけど……」

 「お、おぅ!!それだ、それ!!」

 みゆきのその言葉に、寝そべっていた僕は思わず起き上がった。司も、興味深げに身を乗り出す。

 「その理由は……」

 僕も司も、息を呑んで次の言葉を待つ。

 「分からなかった」

 ガックン

 二人して、ずっこける。

 「お、おいおい。そこまで言っといて、分からないかよ。肝心なのはそこだろ!?」

 僕が抗議すると、みゆきは両手をあげて“お手上げ”のポーズをとる。

 「駄目駄目。言ったじゃない。あの娘、一線から先は全然見せないのよ。裕ちゃんの事は、その一線の向こうの事みたい。こんなに大騒ぎになってるし、興味もって訊いた子は何人かいたけど、可愛いからとかタイプだからとかであしらわれて、まともな答えは返ってこなかったってさ」

 そ、そりゃないぞ。

 そこが分かんなきゃ、今後の対策の立て様がないじゃないか。

 脱力して再び畳にへたり込む僕を嫌そうに見ながら、みゆきは溜息をつく。

 「全く、そんなに知りたいんだったら自分で訊けば?裕ちゃんにだったら、本当の所言うかもよ?あの娘」

 それが出来りゃ世話はない。

 とにかく、僕は如月蓮華とは係わり合いを持ちたくなかった。大体、二人で話なんかしてたら、今度はどんな噂をたてられるかわかったものじゃない。

 「しかしねえ、里香といいあの娘といい、こんなのの何処が良いんだか」

 みゆきが唐突にそんな事を言い出す。

 「ホントだよね」

 司も、それに相槌を打つ。

 「馬鹿なのに」

 「うん。馬鹿」

 「へたれなのに」

 「うん。へたれ」 

 ツーカーの息で頷き合う二人。

 ちくしょう。好き勝手言いやがって。

 二人っきりの時間邪魔した報復か?

 陸揚げされた蛸の様に伸びながら、僕は泣きたい気持ちでいっぱいだった。

 

 

 「司ー、もういいかー?」

 「うん。いいよ」

 そう言って、家に鍵をかけた司がかけよってくる。

 もう、夜の七時近く。僕達の会合はさしたる成果もなく、解散の運びとなっていた。僕は家に帰るし、司はみゆきを家まで送って行くらしい。

 「じゃー、ごっそさん」

 「うん。また明日」

 「気をつけてね」

 そして、司の家の前で僕達は別れた。

 

 

 夜七時の空は、よく晴れていていっぱいの星と細い三日月が浮かんでいる。その明るい夜空の下を一人歩きながら、僕はさっきのみゆきの言葉を思い出していた。

 (まるで、他の皆から一歩引いて事を見てるって感じで、そういう所が、少し気味悪いっていう声もあったな……)

 意外だと、司は言った。

 だけど僕は、妙に合点がいっていた。

 確かに僕らが見た如月蓮華は、軽い。

 けれどその軽さが、僕には不自然だった。

 それは他でもない。あの娘の目を見たからだ。

 暗く沈んで、それでいてめらめらと燃え立つ様な瞳。

 里香と真正面から向き合って、怖気ず怯まず、逆に飲み込もうとする様な目。

 そんな目、普通の小娘には到底出来っこない。

 それは僕でなくとも、少し感の鋭い連中なら容易に気付くだろう。だからこそ、気味悪いなんて言葉が上がってくる。

 そう。あれは“異質”なのだ。

 人は異質に引かれ、そして恐れる。

 例えば、里香だってそうだ。

 常に死と隣り合わせの生活の中で研磨され、澄み透り、強くなったその瞳。

 その強さに、異質さに、皆は時に魅了され、また時には威圧される。

 蓮華が持つのは、そんな里香とはまた別の強さ。

 凛と研ぎ澄まされた里香のそれに対極する様に、どこまでも暗く、落ち沈んでいく。

 里香は、あの生と死の狭間の経験で、その強さを手に入れた。

 なら、如月蓮華は?

 一体、どんな経験をしたら人間はあんな瞳を持つ様になるのだろう。

 初めてあの目を見たとき、思った事。

 ―前にも、見たことがある―

 それがいったい、誰のものだったのか、僕はいまだに思い出せないでいた。

 「誰だったっけな……?」

 ポソリと呟いてみる。

 だけど、答えは浮かんでこない。

 それが分かれば、今のこの状態を打破するきっかけが掴めそうな気がするのだけれど。

 そんな事を考えているうちに、直接本人に聞いてみようか、なんて考えが浮かんできた。

 何言ってんだ!!

 僕は一人で頭を振る。

 それはさっき、自分で冗談じゃないと否定した手段ではないか。

 「ああ、もう!!」

 一人でワシャワシャと頭をかきむしる。

 (何か、“一線”があるみたいでさ、誘われれば答えるけど、そこから先は触れさせないっていうか……)

 みゆきの言葉が、頭の中でリフレインする。

 一線か。

 それを超える事が出来れば、あいつの事が少しは理解できるのだろうか?

 グルグルと回る思考。

 でも、答えには行き着かない。

 と、その回転に引っかかってくる様に、もう一つ、みゆきの言葉が頭に浮かんできた。

 (裕ちゃんの事は、その一線の向こうの事みたい)

 僕の事は、一線の向こう?

 どういう事だろう。

 僕はもう一度、如月蓮華の目を思い出す。

 仄暗く揺らめく、黒い瞳。

 あの目で、彼女は僕の何を見ているのだろう?

 彼女にとって、僕は一体どんな存在なのだろう?

 また、思考が回り出す。

 グルグル グルグル

 一度勢いのついた思考(それ)は止まらない。

 グルグル グルグル

 エンドレスに頭の中を回り続ける。

 (初めまして。戎崎先輩)

 (如月蓮華ですよ。先輩)

 (ウソウソ。そんなに驚いた顔しないでください。可愛いなあ、もう)

 (人を好きになるのに、理屈をこねるなんて不粋ですよねぇ)

 (先輩は、あたしがもらいますから)

 (休憩時間に、下級生が上級生の教室に来ちゃいけないなんて校則、ありましたっけ?)

 (ちゃんと食べてくださいね。でないと、午後の授業に響きますよー)

 頭の中に浮かんでは消える、蓮華の言葉と声。

 ……結局、その日眠りにつくまで、僕の思考は彼女の事から離れる事は出来なかった。

 

 

                                  続く


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。