オリジナルキャラが登場し、重要な役割を占めます。
オリキャラに拒否感を感じる方は、お気をつけください。
また、今作はボーカロイドの曲、「悪ノ召使」関連に関係した表現が多く出ます。
一連の曲を知っていると、より分かりやすく読めると思います。
興味があれば、聞いてみてくださいな。
―6―
キーンコーンカーンコーン キーンコーンカーンコーン
校内に、昼休みを知らせるチャイムが響く。僕はやれやれと溜息をつくと、弁当を取り出した。午前中にこうむった精神的疲労のおかげで、完全にエネルギー不足だ。ここでしっかり補給しておかないと、後が持ちそうにない。
さて、何処で食べようか。
正直、教室では食べたくない。っていうか、この状況下では何を食っても味がしそうにない。
司達の所にでも行こうか。それともいっそ、人気のない屋上にでも行って・・・
思案にふけっていたせいで、気付かなかった。教室の連中がざわめく声にも、近づいて来る足音にも。
シャッ
突然ヘビの様に伸びてきた手が、僕の手から弁当を奪い取る。
「!!」
驚いて見上げた僕の目に飛び込んできたのは、綺麗にサイドで纏められた黒い髪。
「こんにちは。先輩」
妖しい微笑みを浮かべて、如月蓮華がそこに立っていた。
「な……何だよ、お前!?ここは二年の教室だぞ!!何で一年のお前がいるんだよ!?」
「休憩時間に、下級生が上級生の教室に来ちゃいけないなんて校則、ありましたっけ?」
ニコニコと微笑みながら、ケロリとしてそんな事を言う。
そりゃ、そんな校則ないけどさ……。
普通、下級生は上級生のエリアになんか足を踏み入れたがらない。特別な圧迫感というか何と言うか、そういったものがあって二の足を踏むものだ。なのに、この如月蓮華にはそういったものをまるで気にする様子がない。まるで当然と言うように、上級生の只中に凛と立っている。
やっぱり、こいつは何かが違う。
僕がそんな事を考えている内に、教室の中が騒がしくなってきた。まぁ、昼休みの教室というのは概して騒がしいものだけど、そんな有体の騒がしさではない。皆の視線が痛い。ヒソヒソと囁きあう声も耳に障る。
……まずい。このままではまた余計な噂を立てられる。
僕は、相変わらずニコニコと笑っている蓮華に向かって怒鳴った。
「一体何なんだよ!?オレには、お前なんか相手にする気はないって言っただろ!?早く自分の教室に帰れ!!っていうか弁当返せ!!」
「やですよー♪“これ”はあたしがいただきます」
僕の言葉を揶揄する様な口調でそう言うと、蓮華は僕の弁当を持つのとは別の手を出してきた。
ポトン
そんな音とともに、僕の目の前に落とされたもの。それは可愛い柄の入ったピンクの布に包まれた弁当箱だった。
「先輩はこれ食べてください。あたしの手作り。“愛妻”弁当です」
“愛妻”の所をこれでもかってくらい、強調して言いやがった。
「ん”な……!?」
「それでは」
言葉を失う僕の前で、蓮華はクルリと踵を返す。そのまま踊る様なステップで教室の出口に向かうと、そこでまたクルリとこっちを向いて、大きな声でこう言った。
「ちゃんと食べてくださいね。でないと、午後の授業に響きますよー」
そして唖然としている僕達(ようするにクラスの連中)を尻目に、またあのステップを踏む様な足取りで去って行ってしまった。
「………」
そして、絶句する僕に残されたのは、可愛い布に包まれた“自称”愛妻弁当と、さらに圧力を増して周りから降り注ぐ、侮蔑と殺意(もはやそう言ってもいいレベル)の視線だった。結局、僕は残り二時間の授業を空腹を抱えたまま過ごすハメになったのだった。
え?弁当はどうしたのかって?
喰う訳ないだろ!!そんなもん!!
「ああ、腹減った……」
その日の放課後、いつも通り昇降口で里香と落ち合った僕は、その足で自転車置場に向かった。
「大丈夫?裕一」
空腹でフラフラしている僕を、里香が心配(?)そうに見ている。
「大丈夫じゃない。問題だ」
そう言う僕を見て、里香は溜息をついて言った。
「しょうがないなぁ。それじゃあ、帰りに伊勢うどん、奢ってあげるよ」
「え?本当か!?」
「うん。ただし、並盛り一杯だけね」
「充分だよ。サンキュ」
「どういたしまして」
微笑む里香。ああ、それを見るだけで、今日一日の心的疲労が癒される。デレ~としながら微笑み返そうとした時、ふとある事が思い至った。今日一日、僕がどんな目にあったかは御存知の通り。でも、それなら里香はどうだったのだろう。
「里香、そう言えばお前の方はどうだったんだ?何か変な目に合わなかったか?」
僕の問いに、里香は少し考えて「うん」と頷いた。
「ええ、どんなだよ!?今朝みたいに、他の連中に纏わりつかれたりしたのか?」
「それはずっと。休憩に入る度に色々聞かれた。それと……」
「それと?」
「告白、された」
「えぇ!?」
里香の言葉に、僕は飛び上がらんばかりに驚いた。
「だ、誰にだよ!?」
「ええと……、二年の青木君に、三年の渡辺君に加々美君」
三人もかよ……。
って言うか、三年が二人って何だ!?
そんな事にうつつぬかしてないで、受験勉強してろ、馬鹿!!
唖然とする僕の横で、里香はクスリと笑う。
「面白かったよ。三人とも、判で押したみたいに同じ事言うんだもん」
「同じ事?」
「うん。『戎崎の様に二股をかける様な男は君にふさわしくない。僕だったら君だけを大切にしてみせる』って」
ただでさえ空腹でフラフラする頭が、ますますクラクラしてきた。
「そ、それで、お前、何て答えたんだ!?」
「何て答えたと思う?」
裏返った声で問う僕の様子が面白いのか、里香はクスクス笑いながらそんな事を言った。
「何て」って、そりゃお前……。
「大丈夫。皆、断ったから」
その言葉にホッとしつつも、僕の心中は穏やかではなかった。前にも言った様に、里香に惚れてる奴らは多い。どうやら、そういった連中が僕の二股疑惑に便乗して動き出したらしい。恐らく、今日はほんの小手調べ。
明日以降は、そうやって里香にアプローチしてくる奴らがさらに増えるに違いない。そんな連中、里香が相手にする筈がないと分かっていつつも心中穏やかとは言い難い。
「大丈夫か?うざったくないか?」
「うん」
「迷惑だったら、言うんだぞ」
「うん」
そんな会話をしながら僕達が自転車置場にたどり着いた時、
「そんなにフラフラして。だからちゃんと食べてって言ったのに」
不意に飛んできた、聞き覚えのある声。僕は頭を抱えたくなった。
「何なんだよ!!ストーカーか!?お前は!!」
自転車の前に、立っている如月蓮華に思わず怒鳴る。
「ストーカーだって。あはは、酷いなぁ」
僕の怒声も何処吹く風と言った態で、蓮華は笑う。
「何だも何も、お弁当箱返そうと思って待ってただけですよ」
確かにその手には、昼休みに奪っていった僕の弁当箱を持っている。
「美味しかったですよ。お義母さん、お料理上手なんですね」
そう言いながら、弁当箱を僕の自転車のカゴにポスンと入れる。
「いつ、オレのお袋がお前のお義母さんになったんだよ!!」
「いいじゃないですか。いずれ、そうなるんですから」
「ならねえよ!!」
怒鳴りながら、蓮華の弁当を突っ返す。
「あれあれ?お口に合いませんでしたか。好きだって聞いてたのになぁ。ハンバーグ」
しれっと言いながら、弁当を鞄に入れる蓮華。僕の苛立ちはもうマックスだった。頭に浮かぶだけの罵詈雑言を吐き出そうとしたその時、
「いい加減にしたら?少し、しつこいよ」
僕よりも先に、里香が口を開いていた。
「裕一が迷惑してるし、あたしも迷惑してる」
ズイッと前に出ると、里香は真っ直ぐに蓮華を見つめ、そう言い放った。こんな時の、里香の目は強い。その目に見つめられると、大抵の連中は萎縮して何も言えなくなってしまう。
だけど――
「あは、初めて口きいた」
蓮華はその里香の視線を真正面から受け止めてなお、揺るがなかった。
「口、きけない訳じゃなかったんですねぇ。良かった良かった」
ケタケタと笑いながら、半目で里香を見つめる。
「やっと土俵の上に上がってきてくれましたね。これで、組み合える」
その人を食った様な口調もそのまま、蓮華は里香に近づいて来る。蓮華の背丈は里香と同じくらいだ。目の前までくれば、自然と視線が合う。睨み合う形になる二人。
……何だろう。周囲の空気が一気に重くなったような、そんな気がする。
得体のしれない怖気を感じ、思わず後ずさる僕。
「組み合うとかなんとか、そんなの知らない。迷惑だから。もう、絡んでこないでって言ってる」
キッパリと言う里香。しかし、当の蓮華には柳に風だ。
「つれないなぁ。せっかく恋敵なんてレアな関係になれたのに。もう少し、血沸き肉踊るバトルでも楽しみません?」
「恋敵?誰と誰が?」
「認めませんか?でも、“周り”はそう見てくれますかねぇ?」
そう言われても、里香は視線を逸らさない。代わりに、僕の方がキョロキョロしてしまう。周りの連中の視線が、こっちに集中していた。
ドキドキ。
ハラハラ。
ワクワク。
その表現は多々なれど、皆がこの事態の次の展開を固唾を呑んで待っている事がよく分かった。
ちくしょう。他人事だと思いやがって。
蓮華がフフンと鼻で笑う。
「望むと望まざるとに関わらず、もう先輩は土俵の上です」
そう言って、蓮華はズイッと顔を里香に寄せる。
「逃げられませんよ。もっとも、逃がしませんけど」
その瞳の奥で、仄暗い炎がユラリと揺れる。
「……!!」
それに何かただならないものを感じて、僕が二人の間に割って入ろうとしたその時、
「キャアッ!!」
突然、里香が悲鳴を上げた。
里香が悲鳴を上げるなんて、滅多にある事じゃない。
何だ!?こいつ、何をしやがった!?
などと思いながら二人を見た僕は、その場で硬直した。
蓮華の右手が、里香の左胸を鷲掴みにしていた。
「ん~、なるほど。小さい。こりゃ、学校一ってのはホントかも」
その手をムニムニと動かしながら、蓮華は値踏みするかの様にそんな事を言う。
里香、呆然。
僕、唖然。
固まる、皆。
そして――
「~~~っ☆ЖКП〇д▼ёПйл※!!」
我に返った里香が、訳の分からない声で喚きながら腕を振り回した。
「おっとっとっ、危ない危ない♪」
振り回される里香の腕を掻い潜りながら、蓮華が僕の方へ逃げてくる。何だ何だと思っていると、蓮華は僕に抱きつく様に肉薄してきた。その瞬間、薄い唇が僕の耳元で囁く。
「あたしの方が“あります”よ。せ・ん・ぱ・い♪」
途端、フワリと香る甘い香り。不覚にも、頭がクラクラした。蓮華はそのまま、僕の横を通り過ぎる。長いサイドポニーとともに、甘い香りが流れていく。遠ざかっていく、ケラケラという笑い声。後に残されたのは、両腕で胸を押さえてヘタリ込む里香と、ただ立ち尽くすだけの僕。呆然とする僕達の耳には、遠ざかるケラケラ笑いがいつまでも残っていた。
続く