ー想い歌ー   作:土斑猫

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 本作はライトノベル「半分の月がのぼる空」の二次創作作品です。
 オリジナルキャラが登場し、重要な役割を占めます。
 オリキャラに拒否感を感じる方は、お気をつけください。

 また、今作はボーカロイドの曲、「悪ノ召使」関連に関係した表現が多く出ます。
 一連の曲を知っていると、より分かりやすく読めると思います。

 興味があれば、聞いてみてくださいな。


ー想い歌ー・⑤

                   ―5―

 

 

 罪とは何だろう?

 社会の秩序に反する事?

 人の道義から外れる事?

 確かに、それは罪なのだろう。

 だからこそ、それを成せば裁かれ、罰せられるのだから。

 だけど、罪とはそれだけなのだろうか?

 万人が見とめ、万人が認めるものだけが罪なのだろうか?

 否。

 例え、万人が罪と認めなくとも。

 例え、万人がそれを否定しても。

 存在する罪はある。

 例えそれが、皆が賛美する美談であったとしても。

 そこには必ず、罪があるのだ。

 日の光の下に、ひっそりと、だけど必ず影が出来る様に。

 皆が見つめる光の裏に、必ずそれはあるのだ。

 そして、例え当人達がそれを知らないとしても。

 例え当人達がそれを承知で受け入れているとしても。

 ―罪は、罪―

 ならば、裁かれねばならない。

 なぜならそれは、罪なのだから。

 まごうことなき、罪なのだから。

 

 ――罪は、罰せられなければならないのだから――

 

 

 ピピピッピピピッピピピッ

 薄暗い部屋の中に、無機質な電子音が響く。それはその音と同様に、酷く味気ないデザインの目覚まし時計が喚く音。けれど、それに起こされるべき者はもういない。

 この部屋の主は、もうとうに起きていた。否、ひょっとしたら、寝てすらいなかったのかもしれない。腰掛けたベッドの上。時計に向けた目には、眠気の欠片も見て取れない。ス、と伸びる手。目覚まし時計の頭にかかる。

 カチリ

 首り殺す様にスイッチを押され、目覚まし時計はその声を止めた。

 ギシリ

 ベッドのバネが軋る音。

 立ちこめる薄闇の中、“彼女”は踊る様に身を揺らして立ち上がる。

 タン

 タン

 タン

 リズムを刻む足取り。

 歩み寄る先は、部屋の隅にある勉強机。

 ♪♪♪~♪♪♪♪~♪♪♪~♪♪♪♪♪~

 その口から静かに漏れるのは、鈴音の様に澄んだ声。確かな音程を持って流れるそれが、歌である事を察するのに時間はかからない。口ずさみながら、覗き込む。机の上には、数枚の写真。どれもこれも、写っているのは一人の少年。撮られているのに気付いていないのか、その視線はどれもあさっての方向を向いている。

 クラスの写真部の連中に、いくらか渡して撮らせたもの。

 細い指が、その内の一枚を拾い上げる。

 罪がある。

 例えそれが、皆が賛美する美談でも。

 日の光の下に、ひっそりと、だけど必ず影が出来る様に。

 必ずそれはある。

 例え、当人達がそれを知らないとしても。

 例え、当人達がそれを承知で受け入れているとしても。

 ――罪は、罪――

 罪は、罰せられなければならない。

 けど。

 それならば。

 止めてあげればいい。

 罪が、罪となる前に。

 彼らが最後の一歩を踏み出してしまう前に。

 止めてあげればいいのだ。

 そう。

 まだ間に合う。

 まだ、大丈夫。

 準備は万端。

 宣戦布告もすませた。

 後は、繰り糸を上手く紡ぐだけ。

 「♪……君を守る その為ならば……♪」

 たおやかに歌いながら、彼女は微笑む。

 「♪……僕は 悪にだってなってやる……♪」

 そう紡いで、如月蓮華は写真の少年、戎崎裕一にそっとキスをした。

 

 

 「何なんだよ!!一体!!」

 その日、僕は学校に着くなりそう叫ばざるをえなかった。そもそも、登校中からして何かおかしな感じだった。いつも通り、里香と登校していた僕は、周りから妙に痛い視線がチクチクと刺さってくる事に気がついた。見回して見れば、あっちこっちで学校の連中が僕らを見ている。こちらを見ながらヒソヒソと陰口をたたいてるっぽい女生徒がいるかと思えば、今にも殴りかかってきそうな形相で睨んでいる男子生徒もいる。

 「……何だか、様子がおかしいね。」

 里香も気付いたらしく、そんな事を言ってくる。

 「……だよな。何か、あったのか?」

 そんな事を言ってみても、答えが出るわけでもない。妙な居心地の悪さを感じながら、僕達は学校に着いた。着いたはいいが、そこでまた仰天した。僕の靴箱に、ベタベタと沢山の紙が貼り付けられていたのだ。その紙にはみんな、

 『不誠実者!!』

 『色ボケ!!』

 『色魔!!』

 『色事師!!』

 『二股野郎!!』

 などといった罵詈雑言が書き連ねられていた。

 僕が呆然としていると、その向こうでは里香が数人の女生徒に囲まれていた。

 耳を澄ましてみると、

 「先輩、二股かけられてたって本当ですか!?」

 「酷いですよね!?そんな(ひと)、こっちから捨ててやりましょう!!」

 「先輩、どこまで許しちゃったんですか!?キスまで!?まさか、一番大事なものまで……」

 などと、これまたとんでもない事を口々に言っている。さすがの里香も困惑した様子で、一々対応に苦慮している様だった。

 本当に、何なんだ!?

 

 

 事態は教室に行っても同じだった。クラス全員の視線が痛い。針の筵とは、まさにこの事だ。一時間目の休み時間。それまでの精神的重圧に耐えかねて机に突っ伏していたら、一人の男子生徒がズンズンと近づいてきた。その顔には覚えがあった。以前、僕が里香と付き合ってるのか聞いてきたヤツだ。確か、伊沢・・・とか言ったっけ。そいつは僕の前まで来ると、突然バンッと机を叩いた。

 「な、何だよ!?」

 驚いてそう言うと、伊沢は僕をギッと睨みつけて喚き出した。

 「何で浮気なんかしたんですか!?」

 「はぁ?」

 「何が『はぁ』ですか!!知ってるんですよ!!戎崎さんが、一年の如月と付き合ってるって!!」

 「お、おいおい!!」

 「酷いじゃないですか!!先輩が……秋庭さんという(ひと)がいながら!!先輩が秋庭さんと結婚してるっていうから、僕は……僕は……!!」

 そう言って、机の上に泣き崩れてしまう。それに同意するかの様に、周囲から降ってくる視線。女子からは軽蔑。男子からは敵意。オイオイと泣く伊沢を前に、僕はただ途方にくれるだけだった。

 

 

 「お、来やがったな!!不貞のやか……グベェ!?」

 二時間目の休み時間。顔を合わせるなりくだらない事を言おうとしてきた山西を、それまでの鬱憤を込めた空手チョップで沈めると、僕は大きな溜息をついた。

 「何か、大変な事になっちゃってるね」

 床に伸びる山西を無視して、みゆきがそんな事を言ってくる。

 「(うち)のクラスでも凄い噂だよ。戎崎が秋庭と如月を二股かけてたって」

 司もそう言って、困った様な顔をする。

 「……そんな訳ねぇだろ……」

 「一体、何があったのよ?」

 疲れた様に壁に背もたれる僕に、みゆきが訊いてくる。

 「実は……」

 僕は、昨日の放課後にあった事を話した。それを聞いたみゆきは、両腕を組んで「う~ん」と唸った後、こう言った。

 「ひょっとして、ハメられたんじゃない?」

 「……は?」

 訳が分からないと言った顔の僕に向かって、みゆきは続ける。

 「その娘が裕ちゃん達に絡んで来た時、周りにはどれだけ人がいた?」

 「どれだけって……」

 何と言ったって、放課後の自転車置場である。それなりに、人はいた。

 「里香ってさ、人気あるじゃない。多分、その場でも周りにいた皆は多少なりとも、気にしてたと思う」

 うんうん、と頷く僕達。

 「そこに、別の女の子が割って入ってきて、何やら言い合った挙句、裕ちゃんにキスして走ってっちゃった。周りからしたら、どう見える?」 

 「どうって……」

 「そりゃ……」

 黙りこくる僕達。確かに、答えは明白かもしれない。しかし――

 「だ、だけどさ、そんなもん、それまでの話聞いてりゃ分かるじゃねぇか!?オレ達がどんな関係かって……」

 「周りに人が多けりゃ、それなりにザワザワするし。そんな中でいくら目端で気にしてたって、本人達の会話にまで聞き耳立てたりすると思う?」

 「う……」

 答えに詰まる僕に向かって、みゆきは溜息をつく。

 「後は簡単。それを見てた連中がメールや電話で友達に話して、後はその繰り返し。その内に、伝言ゲームみたいに話に尾ひれがついて……」

 「今みたいになったってか……?」

 僕は頭を抱えた。

 なるほど。話の筋は通っている。しかし、そこまで計算して事を進めたというのなら、とんでもない狡猾さだ。その歳に似合わない計算高さは、どこか里香に通じるものがあるかもしれない。だけど――

 僕を見上げる、如月蓮華の瞳が思い出される。

 里香と似ていて、それでいて全く違う、仄暗い強さ。改めて思えば、十六やそこらの小娘が、あんな目を出来るものだろうか。今まで僕や里香に関わりあってきた人間の中にも、あんな目をしている人達はいなかった。クラスメートはもちろん、父親や母親、夏目や亜希子さんといった大人にも、あんな目を持つ者はいない。

 と、ふと何かが頭の隅に引っかかった。

 いや、知っている。

 僕はあの目を、あの仄暗さを宿した目を知っている。

 誰だ?

 考えても、思い出せない。

 一体誰だったろうか。

 僕がそんな事を考えていると、

 キーンコーンカーンコーン

 休みの終りを告げるチャイムが鳴った。

 「あ、もう教室に戻らないと」

 司が言った。

 「じゃ、裕ちゃん、あたしの方でも如月蓮華って娘の事、調べて見るから」

 言いながら、みゆき達は階段を下りていく。僕も大きく溜息をつくと、自分の教室へと足を向けた。またあの針の筵の中へ戻らなければならないかと思うと、正直気が重かった。しかし、だからと言って留年の身でそうそうサボる訳にもいかない。

 トボトボと教室に向かう僕。

 そして後には、床に白目をむいて伸びる山西だけが残された。

 

 

                                  続く


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