ー想い歌ー   作:土斑猫

4 / 35
 本作はライトノベル「半分の月がのぼる空」の二次創作作品です。
 オリジナルキャラが登場し、重要な役割を占めます。
 オリキャラに拒否感を感じる方は、お気をつけください。

 また、今作はボーカロイドの曲、「悪ノ召使」関連に関係した表現が多く出ます。
 一連の曲を知っていると、より分かりやすく読めると思います。

 興味があれば、聞いてみてくださいな。


ー想い歌ー・④

                    ―4―

 

 

 それからしばし後。場所は、自分の家の座敷。二つの視線に晒されながら、僕は叱られる子供の様に小さくなっていた。差し向かいで座った僕と里香の間には、この災いの根源たる例の手紙が置いてある。

 「……という訳なんだよ……」

 「どうして黙ってたの?」

 僕の説明に、里香はまだ許さないとばかりに問い詰めてくる。

 「いやだってさ、こんなの、オレは最初っから受ける気なかったし、お前に教える事もないかなって……」

 「説明になってないんだけど?」

 静かな、だけど底冷えのする様な声。ちょっと……いや、かなり怖い。

 「え……だって、それは、その……」

 しどろもどろになる僕を、里香は容赦なく睨みつけてくる。

 と、

 「裕一」

 卓袱台で、お茶を飲みながら事態を見ていた母親が口を挟んできた。おお、さすが親。助け舟を出してくれるかと思いきや・・・

 「二股かけるなんて、十年早いわよ。身の程を知りなさい」

 なんて言ってきやがった。

 「裕一」

 「全く、血は争えないのかしらねぇ?」

 射殺す様な勢いで見つめてくる里香と、好き勝手を言う母親。ああ、何でこんな事になってんだよ。僕が一体、何したってんだ。二人の冷たい視線に晒されながら、僕は泣きたい気持ちでいっぱいだった。

 

 

 それから数刻後。

 やっと解放された僕は、勢田川沿いの道を里香を送って歩いていた。

 「………」

 「………」

 いつもなら何やかやと会話をしながら歩くこの道も、今は気まずい沈黙に包まれている。

 何も言わない里香。

 何も言えない僕。

 夕暮れを過ぎ、薄闇の落ちた道に僕達の足音だけが響く。

 いつまでも、いつまで経っても続く沈黙。

 「あの……」

 それに耐えかねた僕が、何か言おうと口を開きかけたその時、

 ギュッ

 ブラブラさせてた左手が、不意に温かい感触に包まれた。そこまで出かけていた言葉を、僕は息といっしょに呑み込む。里香の右手が、僕の左手を握り締めていた。細い指が、ギュッと力を込めてくる。まるで、この手は絶対に離さないとでも言う様に。

 「………」

 「………」

 僕達の間に、また沈黙が戻る。だけど、今度の沈黙はさっきまでのそれとは違う。少し気恥ずかしくて、温かい沈黙。川沿いの道。僕達は黙って歩き続ける。

 いつしか、僕らはお互いの指を絡めあっていた。

 僕の左手は、里香の右手を。

 里香の右手は、僕の左手を。

 ギュウッと握る指から、里香の気持ちが伝わってくる。僕も、僕の気持ちが伝わる様にギュウッと握り返す。

 ギュウ

 ギュウ

 お互いにお互いを握り締めながら、僕らは歩いた。

 

 

 やがて、僕達は里香の家の前についた。

 だけど、手はまだ離れない。

 お互いに、離さない。

 しばらくの間、僕らはそうやって佇んでいた。

 玄関から洩れる光の中、二人の影が長く伸びる。

 伸びた影も、繋がっていた。

 「……裕一」

 里香が言った。

 「……おう」

 続く様に、僕も応える。

 二人の手が離れた。

 名残りを惜しむ様に、ゆっくりと。

 僕から離れた里香が、玄関に向かって歩いていく。

 その手が玄関にかかろうとしたその時、

 「裕一!!」

 里香が僕を呼んだ。

 「ん、何だ?」

 僕が近づいたその瞬間、

 グイッ

 突然身体が引かれる。

 瞬間、左頬に優しく当たる、柔らかく温かい感触。

 左頬。それは昼間、如月連華が唇を押し当てた場所。

 そこから唇を離した里香は、唖然とする僕を見上げるとペロリと舌を出してこう言った。

 「上書き!!」

 そして僕が何かを言う前に、踵を返すと玄関を開けて家に入ってしまった。

 主の照れを隠す様にピシャンと閉まった戸の前で、僕は左頬を押さえたまま、ただ立ち尽くした。

 やがて――

 「―クックククックックックッ……」

 腹の底から笑いがこみ上げて来た。そう。一体何を取り乱していたのだろう。僕らはこんなにも繋がっている。あんな小娘の割り込む隙間なんて、ありはしないのに。帰り道の間、僕はずっとヘラヘラ笑っていた。他人が見たらさぞ気味悪く思った事だろうが、知った事か。左手と頬に残る幸せの温もりに浸りながら、僕は一人、笑い続ける。

 すっかり日の落ちた勢田川に、僕の笑い声が響いては消えていった。

 ……そうこの時、僕らはまだ知らなかったのだ。

 あの如月蓮華の瞳に宿っていた、仄暗い強さの本当の意味を――

 

 

                                 続く


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。