ー想い歌ー   作:土斑猫

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 本作はライトノベル「半分の月がのぼる空」の二次創作作品です。
 オリジナルキャラが登場し、重要な役割を占めます。
 オリキャラに拒否感を感じる方は、お気をつけください。

 また、今作はボーカロイドの曲、「悪ノ召使」関連に関係した表現が多く出ます。
 一連の曲を知っていると、より分かりやすく読めると思います。

 興味があれば、聞いてみてくださいな。


ー想い歌ー・㉟(最終話)

                  ―35―

 

 

 ♪――目覚めたとき僕は一人 黒く塗りつぶされた部屋

 何も見えず何も聞こえず 一人震える闇の中

 天井には大きな穴 よく見ればそこには巨大なぜんまい

 その先から突如響く 得体の知れぬ不気味な声――♪

 

 

 ……~♪♪♪♪♪♪~~♪♪♪♪♪♪~~♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪~……

 「何、聴いてるの?」

 イヤホンから流れる調べに浸っていたあたしは、不意にかけられた声に閉じていた瞳を開けた。

 明るくなった視界の中で、長く黒い髪が舞う。

 いつの間に来たのか。秋の日差しを背負った先輩があたしを見下ろしていた。

 「あ、先輩」

 慌てて立ち上がろうとすると、手振りで制された。思わず動きを止めると、先輩はそのままあたしの隣りに腰を下ろした。

 「いい天気だね」

 「ですね」

 心持ち高くなった空を見上げながらそんな事を言う先輩。あたしも相槌を打っておく。

 ここは、昼休みの屋上。

 ここしばらくのゴタゴタに気を取られていた間に、季節はすっかり変わっていた。時折、秋の香りをたっぷり含んだ風が、あたし達の間を流れていく。

 でも、その白い季節に傾いた風は少し冷たい。

 あまり長く当たっていると、身体に毒ではないだろうか。

 早く用を済まさせて、校舎の中に戻ってもらおう。

 そう思い、「用は何ですか」と訊こうとした時、

 「吉崎さん、ありがとう」

 先に飛んできた言葉に、思わずポカンとしてしまった。って言うか、何の事か分からない。

 「何がですか?」

 訊くと、先輩は微笑みながら言った。

 「如月さんの事」

 「!!」

 その名に、思わず胸が跳ねた。

 「何か、ありました?」

 恐る恐る、訊いてみる。

 「さっきね、会った」

 「!!」

 もう一度、ギョッとする。

 「また、ちょっかい出してきたんですか!?」

 けど、そんなあたしの言葉に対して、先輩は静かに首を振る。

 「ううん。廊下歩いてた時、行き逢っただけ」

 「じゃあ、何か言われたとか?」

 けれど、先輩はやっぱり首を振る。

 「あたしの事、じっと見て。その後、ペコリってお辞儀して行っちゃった」

 「……それだけ、ですか?」

 「うん。それだけ」

 どうやら、余計な心配だったらしい。あの”敗北”宣言を、彼女は確かに履行していたのだ。

 もっとも、あれだけの想いがそう簡単に消えるとも思えない。しばらくは、悶々とした時が続くのではないだろうか。

 そんな事を考えていると、また先輩が話しかけてきた。

 「如月さんね、変わってたよ」

 「え?」

 「とても、すっきりした顔してた」

 「すっきり……?」

 訳が分からない。あたしが小首を傾げていると、先輩が言った。

 「きっと、何かの思いが晴れたんだと思う」

 「思い……?」

 「そう。思い」

 そして、先輩はまたあたしに微笑みかける。

 「吉崎さんが、何かしてあげたんだよね」

 「は?」

 「あの日、一緒に帰ったんでしょう?如月さんと」

 見通されていたらしい。エスパーか何かか?この(ひと)は。

 「何してあげたの?如月さんに」

 微笑みながら訊いてくるその顔に、好事(こうず)の色はない。ただ何となく、訊いてみてるだけなのだろう。だから、あたしもお茶を濁しておく。

 「まあ、ちょっとお節介はしましたけど……」

 「お節介したんだ」

 「はい」

 「そうなんだ」と言って、先輩はクスクス笑う。

 あたしも、「そうです」と言って笑っておいた。

 「で、」

 「はい?」

 「何、聞いてたの?」

 話が、元に戻った。

 「また、ボーカロイド?」

 こっちの方は、声音に思いっきり好奇心が満ちている。今回の件で、結構気に入ったのかもしれない。

 「はい」

 答えながら、ふとあたしは手の中のウォークマンに視線を落とした。

 確か、今流れているこの曲は……。

 ああ。そうか。

 運命の導きなんて大層なものじゃないし、信じる口でもないけれど。今ここに、先輩がいる意味が分かった様な気がした。

 手の中のイヤホンを、先輩に差し出す。

 「聞いてください」

 何か、有無を言わさぬ調子になったけど、先輩は気にしなかった。素直にあたしの手からイヤホンを受け取る。

 「何て言う曲?」

 当然の問いかけ。あたしも、当然の様に答える。

 「『Re_birthday』です」

 「どんな曲?」

 「聞けば、分かります」

 そして、あたしは再生ボタンを押した。

 ♪~~♪♪~♪

 微かな振動が、曲の始まりを教えてくれる。見てみれば、先輩は目を閉じて曲に聞き入っている。

 しばし流れる、静かな時間。

 やがて、ウォークマンのから伝わるリズムが静かに消える。曲が、終わったのだ。

 先輩が、イヤホンを外してあたしを見た。

 「吉崎さん、これって……」

 「作者は明言してませんけどね。そう言う、事です」

 「そっか……」

 そう言うと、先輩は愛しげにイヤホンを胸に抱く。

 「”あの娘”は、この歌を歌うのかな?」

 「分かりません。少なくとも、あたしは聞いてません」

 「そうか……」

 そう呟くと、先輩はフェンスに背もたれて、空を仰いだ。

 「歌える日、来ますかね?」

 あたしが問うと、先輩は大きく頷く。

 「来るよ……。きっと、ううん。必ず、来る」

 どこか確信を持った声で、そう言った。

 「そう、ですね」

 反論する理由などない。あたしも頷くと、先輩と同じ様にフェンスにもたれて、空を仰いだ。

 「吉崎さん」

 先輩が言う。

 「もう一度、聞こう。今度は、一緒に」

 そして、イヤホンの片方を差し出してきた。

 思わず、「ええ?」と声が出た。

 「嫌ですよ」

 「どうして?」

 いや、どうしても何もあるものか。一本のイヤホンを二人でなんて、恋人同士がやるものだろう。普通。って言うか、恋人がいる身なのに、そういう事は気にならないのだろうか。この(ひと)は。

 「そんな硬い事言わないでいいから。ほら」

 結局、半ば強引に押し切られた。

 渋々、イヤホンの片側を耳にはめる。

 近くに寄せられる、先輩の顔。サラリとした髪が頬をくすぐって、微かに甘い香りが漂う。一瞬、ドギマギしてしまった。

 それを誤魔化す様に、ウォークマンを操作する。

 「それじゃ、始めますよ」

 「うん」

 先輩が頷くのを見計らって、再生ボタンを押す。

 ♪……♪♪……♪……♪♪♪……

 静かに流れ始める伴奏。

 ふと横をみると、先輩はもう、目を閉じて聞き入っている。

 それに倣う様に、あたしも目を閉じると歌に身を委ねる。

 白い世界の中で、調べは紡ぐ。

 悪と呼ばれた姉弟。その最後の物語を。

 歌は綴る。

 罪が許される事はない。けれど、未来はあるのだと。

 今のあの娘は、きっとこの歌は歌えない。

 受け入れる事も出来ない。

 でも、きっといつかはたどり着ける。

 今は、暗闇の中でたった一人。

 でも、小瓶のメッセージは繋いでくれた筈。

 一度は途切れた、想いと絆を。

 それなら、彼女はきっと歩み出せる。

 そして、歩み続けた先にはきっと……。

 歌が終わる。

 止まっていたゼンマイを巻き終える様に。

 あたしは願う。

 きっと、先輩も願っている。

 いつの日か、あの娘がこの曲を奏でられる日がくる事を。

 あの娘のゼンマイが、動き出す日を。

 優しい調べの中、意識が眠りへと落ちていく。

 意識を手放すその間際。

 見えた気がした。

 暗闇の中、白く染まる道。

 その上を、固く手を繋いで歩く、二人の少女の姿が。

 

 

 

 ♪――廻り始めたぜんまいは静かに語る「罪が決して許されることはない」

 だけど水という言葉

 悪という言葉

 僕らはそれらを唄へと変えよう

 赤い手錠外れ僕に語りかける「これからあなたは生まれ変わるのよ」と

 青い足枷外れ僕に話しかける「今日が君の新しいBirthday」

 

 全てが廻りそして白く染まる 

 もうすぐ君に会いに行くよ――♪

 

 

                               終わり




 「想い歌」、これにて終幕です。
 半月二次創作では初めてオリキャラを使ってみた作品でした。
 やってみた感想は、やはりオリキャラの扱いは難しいという事。
 如月蓮華。
 彼女には、裕一達同様、随分と振り回されました(笑)

 また、自分にとってとても印象深かったボカロ曲、悪ノ娘シリーズを作中に絡めると言う事も試みてみました。

 共に生きる喜びを綴る、半月。
 死の先の美しさを語る、悪ノ娘シリーズ。

 相反する二つの死生観。
 これらを絡み合わせる事で、どんな作品に仕上げる事が出来るかという思いから産まれた試みです。
 もっとも、消化不良となった感は否めませんが。
 悪ノ娘関連の楽曲を知らないと、よく内容がつかめないというのも反省すべき所です。
 いずれも私の力量不足によるもので、誠に申し訳ありません。

 上記の試みを踏まえた上で、出来る限り原作の雰囲気を害さない様に努めましたが、それもうまくいったかどうか。
 果たして皆様に受け入れていただける作品であったか、疑問に残る所ではあります。

 とにもかくにも、こんな稚拙な作品に付き合ってくださった読者皆様には、心から感謝を申し上げます。

 また、機会がありましたらよろしくお願いします。
 ではでは。

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