ー想い歌ー   作:土斑猫

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 本作はライトノベル「半分の月がのぼる空」の二次創作作品です。
 オリジナルキャラが登場し、重要な役割を占めます。
 オリキャラに拒否感を感じる方は、お気をつけください。

 また、今作はボーカロイドの曲、「悪ノ召使」関連に関係した表現が多く出ます。
 一連の曲を知っていると、より分かりやすく読めると思います。

 興味があれば、聞いてみてくださいな。


ー想い歌ー・㉞

                   ―34―      

 

 

 次の日の朝、僕はいつもの上り坂で里香と行き逢った。

 僕が「おはよう」と言うと、里香も「おはよう」と返してきた。

 いつもの朝。

 いつものやり取り。

 何だかそれが、すごく懐かしく感じられる。

 「身体の調子、どうだ?」

 僕が訊くと、里香はニッコリ笑って、

 「うん、大丈夫。朝ごはんも、ちゃんと食べれたし」と言った。

 僕は「そうか」とか言いながら、まじまじと彼女を観察する。

 うん。昨日悪かった顔色も普段どおりに戻っているし、本当に具合が悪そうな様子はない。

 内心、かなり心配していた僕はホッと息をついた。

 でも、そんな僕の気持ちを当の本人は知るよしもなく、「何ジロジロ見てるのよ?気持ち悪い!!」なんて言ってくる。

 全く、少しはこっちの心情も察してくれよ。昨夜も、それでろくに眠れなかったんだから。

 そんな事を思いながら、僕はこっそりと溜息をついた。

 と、ふと視線が里香の首に止まった。

 あれ?と思う。

 そこだけ、肌の質感が変だった。

 何というか、自然じゃないというか、人工的と言うか。とにかく、普通の肌じゃない。

 よくよく見ると、それは特大サイズの絆創膏だった。

 肌色の保護色をほどこしたそれが、里香の首筋にピッタリと張り付いている。

 おかしいな。昨日はこんなもの、してなかった様な気がするんだけど。

 「里香」

 「何?」

 「首、どうかしたのか?」

 「え?」

 「首だよ。首。絆創膏なんかして。どうかしたのか?」

 「あ、ああ。これ?」

 里香が、首筋を押さえる。

 少し、慌てた様に見えたのは気のせいだろうか。

 「昨日、少し怪我しちゃったみたい。」

 それを聞いた僕は、飛び上がらんばかりに驚く。

 「おい、何だよそれ!?聞いてないぞ!!」

 僕の剣幕に、そっちも驚いたのか里香が目を丸くする。

 「小さな怪我だから。昨日家に帰ってから気がついたの」

 里香には珍しい、弁解する様な口調。それが、僕に疑念を抱かせる。

 「昨日って……やっぱり、蓮華の奴になんかされてたのか!?」

 昨日の事件の張本人は、如月蓮華。

 連想は容易につながる。

 けれど、里香はそれを真っ向から否定した。

 「違うよ。如月さんじゃない。」

 「だ、だってお前、そんな所どうやって怪我するんだよ!?誰かにやられたとしか……」

 「それでも、如月さんじゃない!!」

 里香はピシャリと言った。

 顔が、すごく真剣だった。

 目が、真っ直ぐに僕を見ている。

 さっきの、戸惑いの混じった顔じゃない。

 いつもの。

 いつもの、強い里香の顔だ。

 この顔になった里香に、僕は勝てたためしがない。

 「でもさ……」

 気勢がみるみる萎んで、言葉も尻すぼみになってしまう。

 「だいたい、本当に大した怪我じゃないから。裕一だって昨日、気付かなかったじゃない」

 「う……」

 痛い所をつかれた。

 確かに昨日、僕はそれに気づかなかった。

 他に気になる事が山ほどあったとは言え、だ。

 「だから、大した事じゃないの。全然。分かった?」

 「だ、だって……」

 「分かった!?」

 「わ、分かった……」

 畳み掛けてくる里香。

 半ば、強制的に頷かされてしまう。

 そんな僕を見て、里香はほっと息をつくと、「じゃあ、この話は終わり。いいね?」などと言った。

 「う、うん……」

 これ以上しつこく突っ込むと、本気で怒り出しかねない。

 せっかく戻ってきた平安を、こんな事で台無しにするのは御免だった。

 結局、僕の釈然としない思いを残したまま、この件はお流れとなった。

 

 

 次の日の朝、あたしはいつもの上り坂で裕一と行き逢った。

 彼が「おはよう。」と言ってきたので、あたしも「おはよう。」と返す。

 いつもの朝。

 いつものやり取り。

 何だかそれが、すごく懐かしく感じられた。

 「身体の調子、どうだ?」

 裕一が、そう訊いてくる。

 心配そうな顔。

 目の下に、少し隈が出来ている。

 ひょっとしたら、昨夜は良く眠れなかったのかもしれない。

 その事が、少し嬉しい。

 だから、あたしはニッコリ笑って、

 「うん、大丈夫。朝ごはんも、ちゃんと食べれたし」と答えた。

 それでも今一つ安心できないのか、裕一は「そうか」とか言いながら、まじまじとあたしを見つめてくる。

 って言うか、観察してくる。

 気持ちは分かるけど、そうジロジロ見られては、少し恥ずかしい。

 よって、「何ジロジロ見てるのよ?気持ち悪い!!」なんて言葉が出てしまう。

 途端にしょんぼりする、裕一。

 溜息なんてついているその姿に、ちょっと言い過ぎたかな、とか思う。けれどまぁ、いつもの事だ。すぐに立ち直るだろうなんて思っていたら、裕一がまたこっちを見ていた。

 何だろう?さっきとは少し、目の感じが違う。あたしの調子なんて漠然としたものではなく、もっと具体的なものを見る様な……。

 あたしが戸惑っていると、裕一が言ってきた。

 「里香」

 「何?」

 「首、どうかしたのか?」

 「え?」

 ドキリとした。

 「首だよ。首。絆創膏なんかして。どうかしたのか?」

 「あ、ああ。これ?」

 思わず、首筋を押さえてしまう。

 少し、慌ててしまった。不審に思われただろうか。

 「昨日、少し怪我しちゃったみたい」

 とっさに出た言い訳に、自分でしまったと思う。何を馬鹿正直に、昨日のゴタゴタでなどとのたまっているのか。昨日、帰ってから家の中で転んだとか、適当にでっち上げれば良かったのに。

 ほら、裕一があからさまに驚いている。

 「おい、何だよそれ!?聞いてないぞ!!」

 彼の剣幕に、思わず目が丸くなる。

 いつもの裕一からは、考えられない迫力だ。

 「小さな怪我だから。昨日家に帰ってから気がついたの」

 つい、弁解する様な口調になってしまった。それがまた、彼に疑念を抱かせてしまったらしい。

 「昨日って……やっぱり、蓮華の奴になんかされてたのか!?」

 いきなり核心を突いてきた。

 確かに、昨日の事件の張本人は如月さん。

 連想は、容易につながるだろう。

 そして事実、あたしの首には彼女が残したものがあった。

 それは、赤く色づいた、小さな切り傷。

 昨日、あの暗い教室で、彼女に首を切りつけられた時についたもの。

 微かに、けれどクッキリと刻み込まれたそれは、一晩明けた今日になってもその形を留めていた。

 まるで、彼女の決意を代弁するかの様に。

 気をつけなければ気付かない様な、本当に微かな傷。

 ほっとこうとも思ったけれど、万が一誰かに見られたらと言う思いが先に立ち、つい絆創膏で隠してしまった。

 けど、結果としてはそれが裏目。

 かえって、裕一の目を引いてしまった。

 ほら、彼の顔が8割方怒っている。

 犯人が如月さんだと、確信しかけているのだろう。

 けれど、ここで「うん」という訳にはいかない。

 もし、ここであたしが頷けば、裕一は直ぐに学校に、如月さんの元にすっ飛んでいくだろう。そして、その先で何が起こるのかは、想像に難くない。

 だけど、そんな事に何の意味があるだろう。

 如月さんは傷ついて、裕一も傷つく。

 得する者なんて、誰もいない。

 そう。

 全ては昨日、終わったのだ。

 それを、今更蒸し返す必要なんてない。

 だから、あたしはそれを真っ向から否定する。

 「違うよ。如月さんじゃない」

 あたしの言葉に、裕一は虚を突かれた様な顔をする。

 「だ、だってお前、そんな所どうやって怪我するんだよ!?誰かにやられたとしか……」

 「それでも、如月さんじゃない!!」

 ピシャリと言う。

 自分の顔が、すごく真剣になっているのが分かった。

 真っ直ぐに、裕一の顔を見る。

 こんなあたしに、彼が弱いのは百も承知だ。

 裕一の気勢が、みるみる萎んでいくのが見て取れた。

 「でもさ……」

 反論は許さない。

 「だいたい、本当に大した怪我じゃないから。裕一だって昨日、気付かなかったじゃない」

 「う……」

 痛い所をついたらしい。

 へタレた顔が、さらにヘタレる。

 チャンス。

 一気に畳み掛ける。

 「だから、大した事じゃないの。全然。分かった?」

 「だ、だって……」

 「分かった!?」

 「わ、分かった……」

 半ば、強制的に頷かせる。

 すっかり大人しくなった裕一。

 それを確認すると、あたしはようやく一息ついて、

 「じゃあ、この話は終わり。いいね?」と言った。

 「う、うん……」

 不承不承と言った感じで頷く裕一。

 とりあえず、矛は収めてくれた様でホッとした。

 これ以上食い下がられたら、本気で怒らなければならなかったかもしれない。

 せっかく戻ってきた平安を、こんな事で台無しにするのは御免だった。

 結局、裕一の釈然としない思いだけを残したまま、この件はお流れとなった。

 

 

 それからしばし後、僕と里香はまた並んで坂道を登っていた。

 「いい天気だな」

 僕がそう言うと、

 「うん。いい天気」

 里香もまた、そうやって返してくれる。

 そんな当たり前の事が、たまらなく嬉しくて、愛おしい。

 さっきのちょっとしたゴタゴタも、こうしているとどうでもいい事の様に思えてくるから不思議だ。

 昨日までは、いつも蓮華(あいつ)の影がちらついて、おちおちこんなやり取りも出来なかった。

 如月蓮華、か。

 結局、あいつは何だったのだろう。

 一番大切なものを奪われて。

 一番大切なものを失って。

 その果てに、その大切なものを僕に重ねて。

 その果てに、里香から僕を奪おうとして。

 結局、誰かを傷つける事しか出来なかったあいつ。

 吉崎からその話を聞いた時は、薄ら寒い思いがした。

 まるで、僕が必死に目を逸らしているものを、突きつけられた様で。

 まるで、いつか来る自分の姿を見せられている様で。

 怖気が走った。

 正直、怖いと思った。

 だけど。

 蓮華はその想いを“恋”だと言っていた。

 違う事なく、“恋”だと言っていた。

 僕は、恋とはもっと優しいものだと思っていた。

 かつての里香に生きる為の『覚悟』を与え、かつての僕に、彼女に答える為の『勇気』をくれた。

 恋とは、そんな力をくれる温かいものだと思っていた。

 だけど、蓮華(あいつ)の言う事が正しいのなら。

 恋にはもっと、別の顔があるのかもしれない。

 日向に影が出来る様に。

 昼の反対に、夜がある様に。

 もっと暗く。

 冷たく。

 闇色に沸き立つ恋も、あるのかもしれない。

 そう。丁度、蓮華(あいつ)の持っていた、あの瞳の様に。

 もし、そうならば。

 そんな形でしか、恋を抱く事が出来なかった蓮華(あいつ)は。

 こんな形でしか、恋を語れなかった蓮華(あいつ)は。

 やっぱり、哀れなのかもしれない。

 もっとも、だからと言って許したり、同情出来るわけではない。

 自分の思いのままに僕を振り回し、あげくの果てに里香まで傷つけた。

 今でも鮮明に覚えている。

 薄暗い階段の踊り場で、冷たく笑う顔。

 ――この際、秋庭さんには消えてもらいましょう――

 平然と言い放った、あの言葉。

 半狂乱の里香。

 今にも破裂しそうな、心臓の鼓動。

 全部、蓮華(あいつ)がやった事。

 どんな理屈をつけたって、犯した罪に変わりはない。

 もしまた、同じ事を繰り替えしたら、今度は何の躊躇もなく殴り飛ばすだろう。

 女だから?停学?退学?知ったことか。

 里香を守れるなら、そんな事なんの障害にもなりはしない。

 来るなら来い。里香は、僕が守るんだ。

 だけど、そう息巻く反面、僕はもうそんな事は起こらないだろうという思いも持っていた。

 なぜなら、

 ――さようなら。戎崎先輩――

 昨日の、最後の言葉が脳裏を過ぎる。

 三人だけの保健室の中で、寂しげに、だけどはっきりと言ったあの言葉。

 ハッキリ言って、僕は蓮華の事をまるで信用していない。

 あれだけ散々に振り回されたんだ。当たり前だろ?

 でも、あの最後の言葉だけは、信用出来る様な気がしていた。何故かって言われりゃ困るけど、とにかくそんな気がしていた。

 蓮華はもう、僕と里香の前には立たない。

 全ては、終わったんだと。

 そんな確信が、僕にはあった。

 「裕一、どうしたの?ボーッとして」

 そんな事をとりとめもなく考えていたら、里香がそう言って顔を覗き込んできた。

 ハッと我に帰る。

 「え、あ、いやー、ホント、いい天気だなーって思ってさ」

 慌ててそう取り繕う。

 里香に限ってそんな事はないとは思うけど、このめでたい日に他の女、それも諸悪の根源の事を考えてボーッとしてたなんて知れて、機嫌を損ねられたらたまらない。

 そんな僕の言葉に、里香は怪訝そうな顔をして、「だから、さっきからそう言ってるじゃない。裕一、馬鹿みたい」なんて言ってきた。

 普通なら怒る所なんだろうけど、今の僕にはそう言った言葉の一つ一つが嬉しくてたまらない。

 つい、「そうだな。馬鹿みたいだな」何て言って、ついでにウハハ、なんて笑ったもんだから、終いに「気持ち悪い」などと本気で気味悪がられてしまった。

 でも、いいさ。

 それもまた、嬉しいんだから。

 また、ウシシと笑う。

 あ、里香が完璧に引いている。

 何か、面白いな。もっと笑って、もっと気味悪がらせてやろうか。

 僕がそんなろくでもない企みを胸に抱いたとき、一陣の風がサァッと坂道を上がってきた。

 里香が、「キャッ」とか言って髪とスカートを押さえる。

 あ、惜しいな。もうちょっとで足の上の方が見えたのに。などと思ったところで、

 ボカッ

 「いって!!」

 頭を殴られた。

 それも、思いっきり。

 「エッチ!!見たでしょ!?」

 鞄を構えた里香が、顔を真っ赤にして眉を吊り上げている。

 「い、いや待て!!見てない!!見てないぞ!!もうちょっとだったけど、見てないぞ!!」

 慌てて弁解する僕の言葉に、里香の眉がますます上がる。

 あ、あれ?何か変な事言ったっけ?

 「……『もうちょっとだった』って事は、やっぱり見る気だったんだ……」

 「え?あ、そ、それは……」

 里香が再び鞄を振り上げる。

 「う、うわ、ま、待て!!話し合おう!!オレ達は、きっと、分かり合える!!」

 「うるさい!!バカ裕一!!」

 くだらない事を言いながら、キャラキャラとじゃれ合う僕達。

 ――“馬鹿”ですね――

 蓮華の言葉が頭を過ぎる。

 ああ、馬鹿でいいさ。

 こうやって、馬鹿みたいに笑いあって、馬鹿みたいにじゃれ合って、そして馬鹿みたいに寄り添って、僕達は歩いて行くんだ。

 ずっと。

 ずっと。

 風がまた一陣、僕達の間を通り過ぎる。

 いつの間にか、季節は動いていたのだろう。

 サラサラと流れるそれは、前に感じた時よりも涼やかな様な気がした。

 

 

                                  続く

 


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