オリジナルキャラが登場し、重要な役割を占めます。
オリキャラに拒否感を感じる方は、お気をつけください。
また、今作はボーカロイドの曲、「悪ノ召使」関連に関係した表現が多く出ます。
一連の曲を知っていると、より分かりやすく読めると思います。
興味があれば、聞いてみてくださいな。
―33―
――それは、奇跡でした。
一時の、気の迷いだと言うかも知れない。
けど、あたしにとって。
それは、確かな光。
確かな救い。
届かないけど。
届かなかったけど。
奇跡のような。
恋でした――
「あーあ、すっかり遅くなっちゃった。怒られるなぁ。こりゃ」
夜の街中、家路を急ぎながらあたしはぼやいた。
「余計なお節介焼くからでしょ?こっちこそ、いい迷惑だわ」
横を歩いていた蓮華が、嫌味ったらしく溜息をつく。
「……悪かったわね……」
ジト目で睨むあたしを見下しながら、フンと鼻を鳴らす。
憎たらしく悪態をつく顔。
けれどそれは、憑き物が落ちたかの様に様相を変えていた。何かが、彼女の中で変わっている。それは、確かな事の様に思えた。
「で、」
それを感じて、あたしは気になっていた事を訊いてみる気になった。
「何よ?」
ぶっきらぼうに返る返事。気にせずに続ける。
「あんた、これからどうすんの?」
「何を?」
「もう、戎崎先輩に付き纏うのは止めるんでしょ?」
その問いに、蓮華がピタリと足を止めた。
「……何言ってんの?今更」
冷たい、けれど、か細い声。
「いいの?」
「……いいのって、そもそもあんたもそれを望んでた口じゃないの?」
彼女の視線が、鋭くあたしを射る。けれど、そこにさっきまでの危うい昏さはない。だから、あたしも踏み止まれる。
「そりゃ、あんたの動機があんなんじゃね。けど、ホントにそれだけだった?」
「……?」
あたしの真意を測りかねる様に、目を細める。だから、ハッキリと言ってやる事にした。
「あんた、戎崎先輩には
「――!」
動揺したのか、微かに揺れる視線。でも、それもほんの一瞬。彼女は、すぐに立ち直る。
「あんたには、関係ない」
遠回しの肯定。ほんの少しだけ、年相応の表情がその顔を過る。
そう。出来た筈なのだ。この娘には。もっと狡猾に。冷酷に。残酷に。二人の仲を引き裂く事が。それをしなかったのは、ひとえに彼女が戎崎裕一を、想っていたから。彼を真の意味で傷つける事を、そして、本当の意味で拒絶されること恐れていたから。
「………」
「……あんたも所詮、女か……」
「うるさい……。馬鹿……」
カツン
蓮華の足が、進む方向を変える。
「どこ行くのよ?」
「別の道で帰る」
あたしに背を向けながら、言う。
「あんたの馬鹿話に付き合うの、疲れた」
そのまま、あたしとは別の道へと向かう。
「帰り道、分かるの?」
「馬鹿にしないで」
馬鹿馬鹿と連呼しながら、蓮華は薄暗い路地へと歩いていく。
あたしはただ、その背を見送る。
と、その足が止まった。
「あんた」
「え?」
突然声をかけられて、驚いた。
「吉崎……多香子だっけ?」
「……そうだけど?」
薄闇の向こうで、何かが光る。
蓮華が、肩越しにこっちを見ていると気づくのに、少しかかった。
「ありがとう」
「へ?」
答えはもう、返ってこない。踵を返し、彼女は再び歩き出す。その姿が、闇の向こうに消えるのを見届けると、あたしは一人ごちた。
「ありがとう……か」
ふと、夜闇の中に”彼女”の顔が浮かんだ。
それは、蓮華が“あの女”と呼んでいた
彼女達の事を、心から想って。
だけど、その心を察する事が出来なくて。
彼女達を、救う事が出来なかった
どうにかしたくて。
けれど、どうにも出来なくて。
赤の他人のあたしにすら、すがらなければならなかった。
それは、とても情けない話。
だけど、とても悲しい話。
想っているのに、届かない。
想っているのに、間違える。
それは、まるであの娘と同じ。
ああ、親子なのだな、と思う。
今日、蓮華が帰った時、その顔を見て彼女は何を想うのだろうか。
(――あの娘の、本当の友達になってくれる?――)
彼女からあたしに託された、あえかな願い。
それに、答える事は出来なかった。
だけど――
「少しくらいは……」
あたしは夜の空を見上げ、小さく呟く。
空には、大きな半月が微笑む様に浮かんでいた。
続く