ー想い歌ー   作:土斑猫

33 / 35
 本作はライトノベル「半分の月がのぼる空」の二次創作作品です。
 オリジナルキャラが登場し、重要な役割を占めます。
 オリキャラに拒否感を感じる方は、お気をつけください。

 また、今作はボーカロイドの曲、「悪ノ召使」関連に関係した表現が多く出ます。
 一連の曲を知っていると、より分かりやすく読めると思います。

 興味があれば、聞いてみてくださいな。


ー想い歌ー・㉝

                   ―33―

 

 

 ――それは、奇跡でした。

 他人(ひと)は、ただの偶然と言うかもしれない。

 一時の、気の迷いだと言うかも知れない。

 けど、あたしにとって。

 それは、確かな光。

 確かな救い。

 届かないけど。

 届かなかったけど。

 奇跡のような。

 恋でした――

 

 

 「あーあ、すっかり遅くなっちゃった。怒られるなぁ。こりゃ」

 夜の街中、家路を急ぎながらあたしはぼやいた。

 「余計なお節介焼くからでしょ?こっちこそ、いい迷惑だわ」

 横を歩いていた蓮華が、嫌味ったらしく溜息をつく。

 「……悪かったわね……」

 ジト目で睨むあたしを見下しながら、フンと鼻を鳴らす。

 憎たらしく悪態をつく顔。

 けれどそれは、憑き物が落ちたかの様に様相を変えていた。何かが、彼女の中で変わっている。それは、確かな事の様に思えた。

 「で、」

 それを感じて、あたしは気になっていた事を訊いてみる気になった。

 「何よ?」

 ぶっきらぼうに返る返事。気にせずに続ける。

 「あんた、これからどうすんの?」

 「何を?」

 「もう、戎崎先輩に付き纏うのは止めるんでしょ?」

 その問いに、蓮華がピタリと足を止めた。

 「……何言ってんの?今更」

 冷たい、けれど、か細い声。

 「いいの?」

 「……いいのって、そもそもあんたもそれを望んでた口じゃないの?」

 彼女の視線が、鋭くあたしを射る。けれど、そこにさっきまでの危うい昏さはない。だから、あたしも踏み止まれる。

 「そりゃ、あんたの動機があんなんじゃね。けど、ホントにそれだけだった?」

 「……?」

 あたしの真意を測りかねる様に、目を細める。だから、ハッキリと言ってやる事にした。

 「あんた、戎崎先輩には本気(マジ)だったんでしょ?」

 「――!」

 動揺したのか、微かに揺れる視線。でも、それもほんの一瞬。彼女は、すぐに立ち直る。

 「あんたには、関係ない」

 遠回しの肯定。ほんの少しだけ、年相応の表情がその顔を過る。

 そう。出来た筈なのだ。この娘には。もっと狡猾に。冷酷に。残酷に。二人の仲を引き裂く事が。それをしなかったのは、ひとえに彼女が戎崎裕一を、想っていたから。彼を真の意味で傷つける事を、そして、本当の意味で拒絶されること恐れていたから。

 「………」

 「……あんたも所詮、女か……」

 「うるさい……。馬鹿……」

 カツン

 蓮華の足が、進む方向を変える。

 「どこ行くのよ?」

 「別の道で帰る」

 あたしに背を向けながら、言う。

 「あんたの馬鹿話に付き合うの、疲れた」

 そのまま、あたしとは別の道へと向かう。

 「帰り道、分かるの?」

 「馬鹿にしないで」

 馬鹿馬鹿と連呼しながら、蓮華は薄暗い路地へと歩いていく。

 あたしはただ、その背を見送る。

 と、その足が止まった。

 「あんた」

 「え?」

 突然声をかけられて、驚いた。

 「吉崎……多香子だっけ?」

 「……そうだけど?」

 薄闇の向こうで、何かが光る。

 蓮華が、肩越しにこっちを見ていると気づくのに、少しかかった。

 「ありがとう」

 「へ?」

 答えはもう、返ってこない。踵を返し、彼女は再び歩き出す。その姿が、闇の向こうに消えるのを見届けると、あたしは一人ごちた。

 「ありがとう……か」

 ふと、夜闇の中に”彼女”の顔が浮かんだ。

 それは、蓮華が“あの女”と呼んでいた(ひと)の顔。

 彼女達の事を、心から想って。

 だけど、その心を察する事が出来なくて。

 彼女達を、救う事が出来なかった(ひと)

 どうにかしたくて。

 けれど、どうにも出来なくて。

 赤の他人のあたしにすら、すがらなければならなかった。

 それは、とても情けない話。

 だけど、とても悲しい話。

 想っているのに、届かない。

 想っているのに、間違える。

 それは、まるであの娘と同じ。

 ああ、親子なのだな、と思う。

 今日、蓮華が帰った時、その顔を見て彼女は何を想うのだろうか。

 (――あの娘の、本当の友達になってくれる?――)

 彼女からあたしに託された、あえかな願い。

 それに、答える事は出来なかった。

 だけど――

 「少しくらいは……」

 あたしは夜の空を見上げ、小さく呟く。

 空には、大きな半月が微笑む様に浮かんでいた。

 

 

                                  続く


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。