ー想い歌ー   作:土斑猫

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 本作はライトノベル「半分の月がのぼる空」の二次創作作品です。
 オリジナルキャラが登場し、重要な役割を占めます。
 オリキャラに拒否感を感じる方は、お気をつけください。

 また、今作はボーカロイドの曲、「悪ノ召使」関連に関係した表現が多く出ます。
 一連の曲を知っていると、より分かりやすく読めると思います。

 興味があれば、聞いてみてくださいな。


ー想い歌ー・㉛

                   ―31―

 

 

 「何もない?」

 自然に出た言葉。

 蓮華が、あたしを見る。

 昏い眼窩。真っ黒な目。

 怯みそうになる足に、気合いを入れる。

 「あんたが、そう思ってるだけでしょ」

 「……は?」

 闇色の瞳が、ユラリと揺れる。

 「何言ってんの?」

 問いながら、顔を寄せてくる。能面の様な、色のない顔。背筋を、怖気が這い登る。けど、もう引く事は出来ない。引きはしない。

 あたしでは駄目だった。母親(あのひと)でも駄目だった。彼女に届くのは、きっと”彼女”の想いだけ。

 「もう一度、一緒に歩けばいい」

 「……?」

 胡乱気に揺らめく、蓮華の目。

 向けられているだけ。その目は、あたしを見てはいない。この世の全てを、見ていない。空っぽな瞳。それに向かって、あたしは語りかける。

 「歩いてけば、いいのよ。もう一度、鈴華さんと」

 ギロリ

 鈴華の表情が変わった。虚ろだった眼差しに、昏い光が戻る。

 やっぱりだ。あたしは確信する。”彼女”の言葉なら、この娘に届くと。

 けれど――

 ガシャン

 蛇の様に伸びてきた手が、あたしを突き飛ばした。背中が橋の欄干に当たり、鈍い音を立てる。

 息を詰まらせ、派手に咳き込む。そんなあたしに、肉薄する蓮華。

 「……何言ってんの?マジで」

 ギシ......ギシ......

 耳の後ろで、鉄のパイプが軋む音がする。

 「もう一度、言ってみ?」

 冷たい息が囁く。

 「ほら、言ってみ?」

 薄い唇が、目の前で亀裂の様に歪んでいく。周りの気温が、数度下がった様に感じる。カタカタと言う、音が聞こえる。あたしの足が、震える音だ。

 その心を見透かす様に、蓮華は言う。

 「言ったよね?あんたに、鈴華の何が分かるって」

 焦点すら定かでない視線が、舐め回す様にあたしを見る。

 「教えたよね?あたしが鈴華に何をしたかって」

 無表情な笑みが、引き攣れる様な声を出す。

 「その上で、鈴華の名前出したんだよね?」

 ヒヤリ

 おでこに、冷たい感触が当たる。顔を寄せた蓮華が、自分のおでこを押し付けてきたのだ。もう、逃げ場はない。

 「さあ、言いなよ!!」

 歯を、食いしばる。

 すくみ上がる肺に、精一杯の空気を送る。

 そして――

 「もう一度、鈴華さんと一緒に歩けって言ってんのよ!!」

 蓮華の顔にぶつける様に、あたしは声を張り上げた。

 

 

 「……裕一……」

 後ろで、里香の声がした。風が鳴く様な、そんな囁き声だった。

 「ん?何だ?」

 声を返すと、ちょっとの間があった。

 まるで次の言葉をためらう様な、そんな間だった。

 「何だよ?言えよ」

 その間に、妙な不安を感じて、僕は里香を急かした。

 「さっき……言ったよね?」

 消え入りそうな声で、里香は言う。まるで、ためらう様に。そして、怯える様に。

 里香は、言った。

 「裕一は、幸せだって」

 心臓が、ドキリとした。

 (先輩は、幸せですか?)

 さっき、薄明るい保健室で問いかけられた言葉。それが、脳裏を過る。

 (幸せですか?)

 目の前に、蓮華(あいつ)の顔があった。

 昏い、だけど、真摯な瞳。

 それが、僕を見つめていた。

 「本当に?」

 後ろでは、里香が問う。

 「本当に、幸せ?」

 ああ、お前も訊くのかよ。

 心が、キュウと締まる。

 「ずっと?」

 里香が訊く。

 (その幸せは……)

 問う声が、”あいつ”のそれと重なる。

 (いつまでたっても、何があっても……)

 そして、紡がれる最後の問い。

 だから、僕はお腹に気合いを込める。

 「“幸せ”?」

 「当たり前だろ!!」

 僕は、半ば怒鳴る様な勢いで、その答えを繰り返した。

 後ろで、里香がびくりと身を竦ませる気配がした。

 ちょっと、力を入れすぎただろうか。だけど、構わずに僕は続ける。

 「お前、結構馬鹿な!?そんなの、さっきも言ったろ!?」

 「でも……」

 里香が、か細い声を漏らす。

 「あたしは……」

 「“いっしょ”だろ!?」

 里香の言葉の続きを潰す様に、僕は声を張り上げる。

 「“ずっと”“いっしょ”だって、言っただろ!?」

 めいっぱいの想いを込めて、がなり立てる。

 「いっしょなんだよ!?何があったって!!どうなったって!!俺とお前はいっしょに歩いてくんだ!!」

 そう。その先にあるのが何であろうと、僕は里香と歩いていく。

 その先にあるのが、底のない絶望だろうと。

 一歩先も見えない、暗闇だろうと。

 僕はこの手を離さない。

 僕はこの温もりを忘れない。

 ずっと。ずぅっと。絶対に。

 フワリ

 柔らかい感触と、甘い香が僕を包む。

 里香が、後ろから僕を抱きしめていた。

 僕は自転車のハンドルから片手を離して、胸に回された腕に手を添える。

 「転ばないでよ」

 里香が言う。

 「大丈夫だって」

 僕も言う。

 いつしか、隠れていた月が、再び顔を出していた。

 半分の光が、僕らの前の道を照らしていた。

 どこまでも。

 どこまでも。

 明るく、照らし出していた。

 

 

 「何、言ってんの……?」

 蓮華の瞳が、当惑する様に揺らぐ。

 そんな彼女に向かって、あたしは叫ぶ様に繰り返す。

 「もう一度、一緒に歩け!!鈴華さんと一緒に!!」

 「馬鹿……言わないで!!」

 たじろぐ様に後ずさりながら、蓮華も叫ぶ。

 「鈴華は死んでる!!もういない!!」

 だから、あたしも負けずに声を張り上げる。

 「あんたの中じゃ、死んでない!!」

 「!!」

 「だから、あんたは迷ってる!!やり直したくて!!だけど怖くて!!」

 「そ、それは……」

 狼狽する彼女の様子が、あたしの言葉の正しさを物語る。だから、あたしは前に出た。

 「つなぎなよ!!つながりなよ!!きっと……」

 そして紡ぐ、最後の言葉。

 「きっと、鈴華さんも、それを待ってる……」

 時が、止まった。

 声もなく、佇む蓮華。

 見開いたその目が、闇の向こうに彷徨っている。

 「鈴華……」

 伸ばした手が、何かを求める様に虚空を掴んだ。

 

 

                                  続く


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