オリジナルキャラが登場し、重要な役割を占めます。
オリキャラに拒否感を感じる方は、お気をつけください。
また、今作はボーカロイドの曲、「悪ノ召使」関連に関係した表現が多く出ます。
一連の曲を知っていると、より分かりやすく読めると思います。
興味があれば、聞いてみてくださいな。
―30―
「王女様ぁ?あいつがぁ?」
里香の言葉に、僕は素っ頓狂な声を上げた。
「うん」と言って、里香は頷く。
「どういう事だよ。訳分かんねぇぞ?」
「召使は、自分を捨てて、王女様に未来を残した。だけど、あの娘は違う。あの娘が出来るのは、奪う事だけ」
奪う事だけ。
その言葉が、妙に耳に残る。
「あたしから裕一を奪おうとして。裕一からあたしを奪おうとして。そして、お姉さんから、未来を奪った」
淡々と話す里香。その声には、怒りも憐憫もない。
「姉から未来を奪った」そんな下りは、僕が吉崎から聞いた話にはなかった。当然、里香の耳にも入っていない。けれど、里香の言葉に、思い込みや着色の気配はない。
里香は、時々僕達には見えない事、聞こえない事を感じ取る。今度も、僕や吉崎の話から何かを読み取ったのかもしれない。
「あの娘は、王女様。与える事も出来ない。癒す事も出来ない。他人にも。自分にも。孤独な、一人ぼっちの王女様」
囁き歌う様に話す里香。透明な言葉が、透明な夜風に乗って流れていく。
僕はただ、それに耳を澄ますだけだった。
不意に、笑い声が止まった。
顔を上げると、蓮華の視線があたしに向いていた。。
再び、背筋を這う怖気。けど、それは一瞬。すぐに気づいた。彼女が見ているのは、あたしではない。彼女が、見ているのは――
と、蓮華が動く。
ツカ ツカ
真っ直ぐに、あたしに向かって歩いてくる。
けれど、あたしの前に来てもその歩みは止まらない。あたしの横をすり抜け、橋の欄干に向かう。
そのまま、橋から下を流れる勢多川を見下ろす。
「ねえ」
突然、声をかけられる。
「この川、深いの?」
急の問いかけに、声が出ない。
「ねえ。深いの?」
再び、聞かれる。
その言葉に押される様に、ようやく頷く。
「そう」
そして、彼女は言った。
「じゃあ、終わりに出来るかな?」
言葉の意味が脳に染みる前に、蓮華はその身を欄干の向こう側へと踊らせた。
「―――っ!!」
上げるべき悲鳴が、喉に詰まった。
全身から、雪崩る様に血が下がる。
転がる様に駆けて、彼女が消えた欄干から下を見下ろす。
視界に広がる闇。その中から、見上げる瞳と目が合った。
心臓が悲鳴を上げて、あたしは無様に尻餅を突いた。
「あは、あははははは!!」
笑い声と共に、蓮華が欄干の向こうから顔を覗かせる。
飛び降りたと見せかけて、欄干にぶら下がっていたのだ。
「ははは、騙されてやんの」
ケラケラと笑いながら、欄干を掴む手に力を込める。それだけで、彼女の身体はヒラリとこちら側へ戻ってきた。
「ホント、馬鹿みたい。そんな事、する訳ないじゃん」
尻餅の体勢のまま、笑う彼女の顔を見上げる。そのうちに、メラメラと怒りが沸いてきた。
まだ震えている足に無理矢理力を込めて立ち上がると、そのまま蓮華に飛びついた。
目を丸くしている彼女の襟首を掴み、怒鳴りつける。
「あんた!!いい加減にしなさいよ!?どれだけ人を玩具にしたら気が済むの!?一体、どれだけの人があんたの事を想ってると思ってるのよ!!あんたのお母さんだって、きっと、鈴華さんだって……」
「だから、何?」
あたしの言葉は、伽藍堂の言葉に止められる。
「鈴華が何?母さんが、何?」
陸に挙げられた魚の様に、無機質に動く口。それが、パクパクと言の葉を紡ぐ。
「鈴華は死んだ。母さんは何も分からない。あたしには、それが全て。それ以上もなければ、以下もない」
ああ。
「意味が無いの。今のあたしには。生きるのも、死ぬのも、何の意味もない」
ああ、やっぱりだめだ。
「離してくれない?あたしはあたしのもの。あんたに、どうこう言われる筋はない」
手の中から、掴んでいた襟首がスルリと抜ける。
あたしの言葉も。母の想いも。今の彼女には届かない。
あたしは思う。
こんな時、彼女ならどうするのだろう。
この娘と、蓮華と同じ罪を産むかもしれない闇を抱え、それでも凛とその中を歩き続ける彼女なら。
「――!!」
と、その名を思ったあたしの脳裏に浮かぶ、一つの情景。
それは、いつか見た光景。
それは、ある日の放課後。
傾き始めた西日。
薄闇が、辺りを覆い始めた頃。
その中を歩く、二人の姿。
一人は少年。自転車を押しながら。
一人は少女。少年に寄り添うようにして。
二人は、互いを支え合う様にして歩いていく。
どこまでも。
どこまでも。
その身体は、離れない。
やがて、その姿は落ち始めた夜闇の中に飲まれていく。
だけど、見ている者には分かる。
例え、どんな闇に飲まれようとも。
例え、どんな罪に問われようとも。
あの二人は離れない。
違わない。
どこまでも。
いつまでも。
まっすぐに。
一緒に、歩いて行くのだと。
共に、寄り添って行くのだと。
その背中が、告げていた。
……罪がある。
例え、万人がそれと認めなくとも。
例え万人がそれを否定しても。
存在する、罪がある。
罪は悪を産み。
悪は罪を産む。
それは、まごうことなき事実。
だけど。
だけど。
彼らなら、どうするだろう。
そうきっと、彼らなら。
ああ、そうか。
答えは、ここに。
こんな近くに、あったじゃないか。
あたしの変化に気づいたのだろう。蓮華が怪訝そうな表情を浮かべる。
そんな彼女に向かって。
あたしは最後の言葉を紡いだ。
続く