ー想い歌ー   作:土斑猫

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 本作はライトノベル「半分の月がのぼる空」の二次創作作品です。
 オリジナルキャラが登場し、重要な役割を占めます。
 オリキャラに拒否感を感じる方は、お気をつけください。

 また、今作はボーカロイドの曲、「悪ノ召使」関連に関係した表現が多く出ます。
 一連の曲を知っていると、より分かりやすく読めると思います。

 興味があれば、聞いてみてくださいな。


ー想い歌ー・㉘

                  ―28―

 

 

 ♪――流れていく 小さな願い

 涙と少しのリグレット

 罪に気付くのはいつも 全て終わった後――♪

 

 

 夜闇の中で、外灯の光がゆらゆらと揺れている。

 その光の外に、”彼女”は立っている。

 まるで、(そこ)は自分の居場所じゃないと言う様に。

 さっきまでの嬌声が嘘の様に、彼女は黙っている。

 聞こえるのは、川のせせらぎ。そして、淡い光に誘われる数匹の虫の羽音。

 そのうちの一匹が、堪りかねた様に光に飛び込む。

 ジュッ

 小さな音。

 その身を求めた(もの)に焼かれ、虫はポトリと地面に落ちた。

 

 

 「馬鹿」

 地に落ちた虫を見下ろして、彼女は言う。

 「届かないものに手を伸ばすから、そういう事になるのよ」

 そして、まだヒクつく虫をグシャリと踏み潰した。

 そんな彼女を見つめながら、あたしは戦慄く声で問う。

 「……どういう事よ……?」

 黒い瞳が、キロリとあたしを見る。

 「言った、まんまよ」

 「……!!」

 「あたしが、鈴華を殺したの」

 なんの躊躇もなく、言い放った。

 「……分かんないわよ……」

 喉が、カラカラに干からびていた。

 さっき、潤したばかりだと言うのに。

 「あんたが殺したって……何言ってんのよ!!訳分かんないわよ!!」

 蓮華が、馬鹿でも見る様な顔でこっちを見た。

 昏く沈んだ眼孔が、ギラギラと異様に輝いて見える。ハッキリと分かった。これが、狂人の眼差しなのだと。

 蠢く闇を纏いながら、蓮華は言う。

 「……まぁ、ここまで絡んだんだもんね。いいよ。聞かせてあげる」

 ククッ

 細い喉が、引きつる様な笑いを漏らした。

 

 

 「分かってたんだよ」

 眼下を流れる川面に、大きな半月が揺らぎながら映っている。それをじっと見つめながら、蓮華が呟いた。

 「鈴華が“あいつ”と……光貴(みつき)と一緒になった時、鈴華は別にあたしを捨てた訳じゃなかった」

 「……え……?」

 どういう事だろうか。

 鈴華が、光貴という少年に心奪われた事。蓮華とのつながりを希薄にした事が、そもそもの事の発端ではなかったのか。

 「別に、鈴華は変わってなかったよ。今までどおり、あたしに接しようとしてた」

 「……?」

 「ほら、やっぱり分かってない」

 ポカンとするあたしを見て、蓮華はケラケラと笑う。

 「あたし達、ずっと一つだった。それが、たかが男の事だけで分かれると思う?」

 虚空を彷徨う様な、虚ろな口調。ボソボソのサイドテールが、フルフルと揺れる。

 「光貴と付き合う様になってからも、鈴華は変わらずあたしに寄り添おうとしてた。だけど……」

 闇色の瞳が、キュウと細まる。

 その顔に差し込む闇が、一層深くなった様に見えた。

 「あたしが、許せなかった」

 グシャリ

 さっき踏み潰した、虫の死骸。それをすり潰す様に、蓮華の足が地面を抉る。

 「あたしは、鈴華が自分だけのものでなくなったのが許せなかった。光貴といる鈴華が許せなかった。だから――」

 白い顔に、ひび割れの様に広がる笑み。

 まるで、赤い三日月の様だ。

 「”切って”やった」

 「へ……?」 

 「あたしが、”切って”やったのよ」

 「――!!」

 驚きに、息が途切れた。

 空気の切れた金魚の様に口を開けてるあたしを嘲る様に、蓮華は続ける。

 「あたしは、鈴華との関係を切った。そして、鈴華が光貴にうつつを抜かして、あたしを蔑ろにしている様に周りに見せかけた……」

 「どうして、そんな事を……?」

 訊くあたし。きっと、すごく馬鹿みたいな顔をしていたと思う。

 「どうして?決まってるじゃん」

 顔に赤い三日月を張り付かせたまま、蓮華は答える。

 「鈴華が、周りから白い目で見られる様にするためよ」

 ククク。

 引きつった笑いを漏らしながら、白い首が月を仰ぐ。

 まるで、その輝きを揶揄するかの様に。

 「当然じゃない。罰だもの。あたし達の間に、余計な異物を入れた罰。」

 そして、蓮華はまたケラケラと笑う。

 その様を、あたしは呆然の体で見つめていた。

 何という事だろう。

 二人の間を裂いたのは、鈴華でも、まして光貴という少年でもなく、蓮華本人だというのか。

 それでは、聞いていた話とは全く反対ではないか。

 「鈴華はあたしに分かって貰おうとして必死だったけど、あたしは耳を貸さなかった。まあ、元から貸す気、なかったけどね」

 可愛さ余って……というやつだろうか。

 その情念の深さに、あたしは薄ら寒いものを覚える。

 「そんな事をしてるうちに、光貴の奴が死んだ」

 蓮華が言う。

 クスリクスリと。

 嗤い混じりに。

 「気付いてたさ。光貴が死んだ後、鈴華が助けを求めてるって。苦しんでるって。まあ、知った事じゃなかったけど。当然だよね。あたしのいう事、聞かないから。全く、馬鹿みたい」

 蓮華から鈴華に向けられる、憎々しげな言葉。

 今まで思い描いていた二人の関係とは、相反するそれにあたしは狼狽する。

 「で、でも、あんたのお母さん、あんたは鈴華を励まそうとして必死だったって……」

 あたしの問いに、蓮華はさらに破顔する。

 それはとても自虐的で、自嘲的な笑い。

 「はぁ?そんなの、格好だけに決まってるじゃん」

 酷くあっけなく、そう言った。

 「あの女、母親なのにそんな事も分かんないんだから。嫌になっちゃう」

 そして、また笑う。

 その笑いは、母親に向けたものだろうか。

 それとも、自分に向けたものだろうか。

 「あたしは光貴を貶めたかった。あいつのせいで、鈴華はこんな事になっている。あいつのせいで、あたしはこんな目にあっている。それを、世間に印象付けたかった」

 あんたの言った通りの事。

 蓮華は言う。

 あんたが言った通りの事を、光貴(あいつ)にしてやったのだと。

 死んだ彼を貶めて。

 傷つけて。

 自分の溜飲を、下げていたのだと。

 「その上で、あたしは鈴華を拒絶してた。必死だったよ。あの娘。必死で「助けて」って言ってた。けど……」

 聞く気にゃ、ならなかったなぁ。

 わざとらしいほどに大きく響く、言の葉。

 そしてまろび出る、笑い声。

 まるで、嗤いが言葉の形を成して出てくるみたい。

 そう思った。

 「まだ許さない。もっと苦しめばいい。もう二度と、あたし以外の人間とつながろうなんて思わなくなるくらいにってね。そう思った訳」

 そこにあったのは、底の知れない悪意だった。

 自分の理想とは違う形へと向かった姉に対する、あまりにも無垢な、そして残酷な悪意。

 「最後の遊園地の日、鈴華はあたしに訴えかけてきた。必死に。一生懸命に。だけど、あたしはそれも、無視した。顔だけで笑って、心で無視した。最後の、念押しのつもりだったんだけど」

 そう。あの母親は、そしてあたしは、本当に何も分かっていなかったのだ。

 いや、恐らくは周りの人間全てが分かっていなかったのだろう。

 全てを拒絶したのは、想い人を失った鈴華ではない。

 一度遠くに行ったものを、もう一度縛りつけようとした蓮華の方だったのだ。

 あまりの事に、もう言葉も出ない。

 「あの娘、死んじゃった」

 終わりの言葉も、酷くあっさりと紡がれた。

 「ほら、分かったでしょ?鈴華が死んだのは、あたしのせい。あたしが、殺したの」

 大きく、一息。

 蓮華の瞳が、虚空を見つめる。その先にあるのは、冷たく輝く大きな満月。

 「馬鹿だよねぇ」

 黒い瞳が、月の光にるぉんと揺らぐ。

 「あたしの言う事を聞いてれば。光貴なんかに構わなければ」

 夜闇に落ちた橋の上を、ザザッと風がわたる。

 長いサイドテールが、それに嬲られ、ふわりと舞う。

 「死ななくて、済んだのに」

 最後に、またケラケラ。

 けど、その嗤いにもう感情は感じられない。

 まるで、能面が笑っている様だった。

 「『リグレットメッセージ』」

 不意に蓮華が言った。

 「知ってるでしょ?後半の歌詞」

 「………」

 もちろん、知っている。

 言われるままに、頷く。

 「全く、よく考えられた歌詞だと思わない?」

 笑みが張り付いたままの、顔。

 それが、今にも泣き出しそうに見えたのは、気のせいだろうか。

 「『――罪に気付くのはいつも 全て終わった後――』ってね。」

 罪の告白を終えた罪人の様に、蓮華は大きく息を吐く。

 そして、彼女はまた、ケラケラと虚ろに笑った。

 

 

                                 続く

 


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