ー想い歌ー   作:土斑猫

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 本作はライトノベル「半分の月がのぼる空」の二次創作作品です。
 オリジナルキャラが登場し、重要な役割を占めます。
 オリキャラに拒否感を感じる方は、お気をつけください。

 また、今作はボーカロイドの曲、「悪ノ召使」関連に関係した表現が多く出ます。
 一連の曲を知っていると、より分かりやすく読めると思います。

 興味があれば、聞いてみてくださいな。


ー想い歌ー・㉗

                   ―27―

 

 

 「……落ち着いた?」

 蓮華の嗚咽が止むのを見計らって、あたしはそう声をかけた。

 「………」

 彼女は黙ったまま服の袖でグイッと顔を拭うと、開口一番、

 「屈辱・・・・・・」

 と言い放った。

 「何よ?それ」

 「秋庭さんにならともかく、あんたにごときにまで泣かされるなんて」

 「泣かされたんだ」

 「訂正。勝手に泣いただけ」

 そう言いながら、蓮華はゴシゴシと目を擦る。

 今日泣くのは2回目だというその目は、幾分腫れぼったく見えた。

 やがて、ヨロリと立ち上がると制服についた埃をパンパンと払いながら、あたしを睨む。

 「この借りは、いつか返すからね……」

 そう言う声は、言葉とは裏腹に酷く弱々しかった。

 

 

 「まあ、それもいいんじゃない?」

 あたしがそう言うと、蓮華が怪訝そうな顔をした。

 「何が?」

 と訊いてきたので、

 「泣くのもさ」と言った。

 「泣きなよ。そして、流しちゃいな。鈴華さんへの想いも、相手の男の子とやらへのわだかまりも」

 全く、我ながららしくない。まるで、古い演歌の文句みたいだ。けど、他に気の利いた文句も浮かばない。そのまま、勢いに任せる。

 「でないと、あんたはずっとそのまんま。鈴華さんを傷つけ続けるよ」

 そう。この娘に必要なのは、鈴華さんの事を、そしてその相手の少年の事をすっぱり割り切る事。

 それが出来た時、初めてこの娘の世界は開かれる。

 「………」

 「………」

 蓮華は、何も言わない。

 あたしも、もう何も言わない。

 しばしの間。

 すると――

 「……くく……」

 蓮華の肩が、小刻みに震え始める。

 「……?」

 「くくく……あは、ははははは……」

 笑い出した。

 唐突に。

 「ちょ……ちょっと?」

 「ははは、ははははははは!!」

 夜闇に響く笑い声。

 壊れた様に鳴り響くそれが、あたしの背筋を怖気させる。

 「ちょっと!!どうしたのよ!?」

 湧き上がる恐怖と不安を振り払う様に、問いかける。

 けれど、笑いは止まらない。

 壊れた嬌声はしばらくの間、夜を震わせ続けた。

 

 

 「………」

 「ん?どうした?」

 帰ろうと自転車を引っ張り出していると、里香が空を見上げている事に気がついた。

 「何か、見えるのか?」

 もう一度訊くと、里香は「ううん」と首を振った。

 「何かね、如月さんの声が聞こえた様な気がした」

 「うえっ!?」

 思わず飛び上がりながら、周りを見回す。

 辺りには、すっかり夜闇が堕ちている。

 自転車置き場に建てられた外灯だけが、唯一の光源だ。

 その光の外の暗闇に、あの幽鬼の様な姿が佇んでいる様に思えて背筋が冷えた。

 「そんな気がしただけだよ。裕一、馬鹿みたい」

 キョロキョロと明らかに挙動不審な僕を見て、里香が呆れた様に言う。

 「いや、そんな事言うけどな……」

 「如月さんは、もうあたし達に関わってこないよ。さっき、さよなら言った」

 「お前、信じてんのか?あんな奴の事」

 「如月さん、嘘つかないよ」

 あっさり、言い切った。

 「いや、俺散々騙されたんだけど……」

 「何、怯えてるの?」

 呆れた様な視線が痛い。

 だって、仕方ないじゃないか。どんな目に会わされたと思ってんだ。

 そんな僕から視線を外して、里香はまた夜空を見上げる。

 「如月さんが色々したのは知ってるけど、あの言葉は嘘じゃない。それは、絶対」

 そう言う里香の目は、不思議な確信に満ちている。

 僕としては色々と言いたい事はあるけれど、里香がそう言うのならどうしようもない。

 里香と蓮華。その有り様に違いはあるけれど、僕達とは違う世界を見ている二人。何か通じるものがあるのかもしれない。里香との世界を蓮華(あいつ)なんかに専有されるのは非常に癪だけど。

 「でも……」

 「ん?」

 「それだけ」

 夜空を見つめながら、里香は言う。

 「あの娘はまだ、抜けてない」

 「へ?」

 意味の分からない言葉。

 思わずポカンとする。

 「あの娘は、まだ昏いトンネルの中にいる」

 「里香……?」

 「一人じゃ抜けれない。誰かが手を引いてあげなくちゃ」

 言葉の真意を取りかねてる僕を、里香が見た。

 「ねえ、裕一」

 「え?」

 「あの娘の手を引いてくれるのは、誰なのかな?」

 戸惑う僕を、里香が見つめる。

 その瞳は、夜空に瞬く星の様に澄んだ光に満ちていた。

 

 

 「くく……ふふふ……」

 永遠に続くかと思われた、笑い声。けれど、それもやがて細まって、夜の闇へと溶けていく。

 「ふふふ……ああ、可笑しい……」

 嬌声とともに吐き出したものを取り戻す様に、蓮華は大きく息をついだ。

 「……何が、可笑しいの……?」

 半ば呆然としながら、あたしは問う。

 そんなあたしを横目で見ると、その顔に笑いの余韻を貼り付けたまま、蓮華は言った。

 「だって、同じなんだもの」

 「え……?」

 「母さんと同じ。あんた、何にも分かってない」

 「どう言う……事……?」

 絞り出した声に返るのは、白い仮面に貼り付けた亀裂の様な笑み。

 「あんた、まだそう思ってんの?」

 言葉の意が、捉えられない。

 あたしの戸惑いを無視する様に、蓮華は続ける。

 「鈴華があいつの……光貴(みつき)のせいで死んだって、そう思ってんの?」

 ”光貴”。

 それが、件の少年の名だろうか?

 けれど、それに思考を向ける余裕は、今のあたしにはなかった。

 「ホント、揃いも揃って、馬鹿ばっかり」

 ゾクリ

 ゾクリ

 蓮華が言葉を紡ぐ度、背中を悪寒が走る。

 何だ?

 この娘は、何を言おうとしているのだ?

 「教えてあげるよ……」

 響く声は、酷く冷えている。

 死者が声を発するとしたら、こんなではなかろうか?

 そう思わせる、声だった。

 「鈴華を死なせたのは、光貴じゃない……」

 「え……?」

 瞬間、月が陰る。

 堕ちる影が、蓮華の顔を闇に落とす。

 「鈴華が、死んだのは……」

 顔型の闇が揺れる。

 冷えた声が、闇に響く。

 「鈴華を、死なせたのは……」

 闇の中で、赤い口がパクパクと動く。

 紡ぎ出す言葉は、まるで怨嗟の様に流れて溶ける。

 「殺したのは……」

 ヒクリ

 喉が、引き連れる様に鳴いた。

 次の言葉を、忌避する様に。

 でも、流れる呪歌は止まらない。

 そして、最後の言葉が紡がれる。

 

 「あ・た・し・だ・よ」

 

 辺りを染める闇が、怯える様に震えた。

 

 

                                 続く

 


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